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家へ帰り着くと、桜井さんが迎えに出た。
「おかえりなさい、和也くん」
「ただいま、桜井さん。どうしたんですか?」
普段は迎えに出たりすることは無い。
何かあったのだろうかと首を傾げながら尋ねると、実に阿呆らしい答えが返ってきた。
「今日のデートの成果を聞こうかと。どこまで進みました?」
「……あのですね。たかだかショッピングモールに買い物に行ったぐらいで何か起きると思います?」
どこまで、というのは恋人としての段階だろうが……というか、仮に進んだところで正直に答えるわけがないとは思わないのだろうか。
……赤ん坊の頃から俺をずっと見てきた桜井さんのことだ、それぐらいのことなら些細な反応から見抜かれてしまいそうだが。
「理性的な和也くんのことですから、流石に最後まで行くとはは思いませんけど。少しぐらい進展しなかったんですか?」
「するわけないでしょう。俺はともかく、向こうは俺のことを仲の良い男友達か年の近い弟ぐらいにしか思ってないでしょうね」
「お、弟……」
桜井さんが顔を引き攣らせる。
好きな女子に思われてはいけない二大巨頭の一つだ。
因みにもう一つは「お父さんみたい」である。
どちらも場合によってはプラスに向くことがあるが、大概はどれだけ好意を持たれてもそれは恋愛感情には向かない。
「この一年、電話で話し過ぎたのがいけなかったんでしょうね。直接会わないうちに親密度だけが上がったから、結果としてそういう感情に繋がったんでしょう。頭では俺を婚約者だと理解しているでしょうが、感情は今言った通りだと思いますよ」
そう言って肩を竦める。
或いは丁寧語を崩さないでいるのも理由の一つなのかもしれないが。
今日俺のことを散々振り回してくれたのも、だからだろう。
最後のあれだけは、未だに何でやったのか意味がわからないが。
挑発に乗ったにしても、あれはやり過ぎだろう。
俺が宵闇のアレで慣れていなければ危なかったかもしれない。
俺だって男なのである。
「それより、今日はもう疲れたんで風呂に入って寝ることにしますよ」
では、と告げて俺は自分の部屋へ向かった。
◇ ◇ ◇
「……とのことですが、お聞きになりましたか?」
実は穂波は先ほどの会話の際にとあるところと通話中の子機を隠し持っていたのだ。
話し掛けた相手は、誰とは言わないが四十代独身の女性である。
『今何かとても不愉快なことを言われた気がするけれど……ええ、聞いたわ。しかし、残念ねえ。感情面を無視する訳にもいかないけれど、家のためには沢山の子を産んで欲しい。だから、二人が深く愛し合ってくれればちょうど良かったのだけれど……』
「とはいえ、さっきのもあくまで和也くんの考えですからね。相手がどう思っているのかは分かりませんよ?」
和也は聡い子で、決して鈍感ではない。
だが、同時に恋愛に関して言うと理解に乏しいところがある。
恋愛未経験なのだから仕方ないのだろうが……彼の見立てが必ずしも正しいとは限らない。
相手もそれは分かっている。
『何にせよ、一計案じてみても良いでしょう』
「そうですね。和也くんならば相手に了承を得ず襲ってしまうことも無いでしょうし」
『最悪行くところまで行ってしまったとしても……当人たちが黙っておけばいいでしょう。じゃあ、詳細が決まったら教えるわ』
「畏まりました。では、よろしくお願いいたします」
こうして、和也の知らないところでとある計画が立案され、進行していくのだった。
◇ ◇ ◇
七草家本邸、その一室にて。
七草家の長女である真由美は……ベッドに伏せて枕に顔を埋めていた。
「あ〜あ。今日、せっかく初めてのデートだったのに……はしゃぎ過ぎて振り回し過ぎちゃったわ……」
今日のことについての反省である。
ただ、真由美にも言い訳、というか言い分がある。
彼は何というか歳の近い弟か仲の良い男友達のようで新鮮だったのだ。
真由美としては家族以外で自分を対等に扱ってくれ、しかも腹の探り合いをしなくていい相手など久しぶりだった。
学校の友人にも同じような者は少ないながらも何人かいるが、男子ではいない。
自分で言うのもなんだが、七草真由美は美人である。
背こそ低いもののスタイルも良い。
そのためか、殆どの男子が下心を持って接してくるのだ。
別にそれが悪いとは言わない。
男とはそういう生き物だということは知っているし、そこまであからさまでなければ特に気にしたりはしない。
それこそが自身の容姿の優れている証でもあるからだ。
では和也が大半の男のような欲を持っていないかというと、それも違うだろう。
そこまで頻度は高くなかったが時々自分の胸元などに視線を送ることはあったし、その他にもそういう部分は見て取ることが出来た。
だが恋愛感情はどうかというと、これは全くなかったように思える。
これが気安い男友達のように感じた大きな理由なのだろう。
正直、少し女性としてのプライドを傷付けられた。
悔しくなって、最後に思わず少しやり過ぎてしまったほどだ。
この一年間、和也とはメールに電話にと言葉を交わして来た。
家が決めた結婚ではあったが、相手の和也は賢くて優しく、ついでに顔も良い。
人は外見よりも中身だという。
確かに真由美も人を外見だけで判断してはいけないとは思う。
だが、人間が五感のうち最も頼っているのは視覚情報であり、また最初のうちはどうしても中身など分からず外見しか判断基準に入らないことを考えると、こと第一印象という点においては顔は重要だ。
その顔が良かったからか和也には第一印象から好意をもてたし、彼を知れば知るほど好感度は上がっていった。
増してや相手は婚約者、将来結婚する相手である。
相手が嫌な人とかよほど反りが合わなければともかく、普通は例え初めが家の利害の一致によるものだったとしても、お互いに好きになる努力をするものだ。
その相手が進んで優しくしてくれるのだから、好きにならないはずがなかった。
今では、この世界の誰よりも心が近い存在になっている。
しかし、これが恋なのかと問われると真由美としては首を捻らざるをえない。
確かに彼のことは好きだが、それが友人としてなのか一人の女と男としてなのかは分からないのだ。
自分が和也に抱いている感情は、何なのだろうか。
これまで恋というものをしたことがない真由美には判断出来ない。
ただ、彼を振り向かせてあの落ち着いた端正な顔を動揺させてみたい、とは思う。
それが最後にあんなことをさせたのかもしれないが。
「今回はちょっと……いや、大失敗だったかもしれないけれど、次は翻弄してやるんだから」
ベッドの上で、一人ひっそりと決意を固める真由美なのであった。
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