次話より第二章「入学編」を開始します。
◇ ◇ ◇
その後、俺は「オーフェン」に追加の連絡を入れると気を失ってしまった。
そして、目覚めたのはなんと4日後だった。
これは、真由美さんを見つけた時の手段のせいだ。
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これはイデアにアクセスして求めるエイドスを探し出し、その位置情報などを割り出すことが出来るものだ。
特殊な魔法でも無ければ生まれ持った異能などでもない。
使おうと思えば、どの魔法師でも使えるはずだ。
全ての魔法師は魔法行使の際にイデアへとアクセスしているのだから。
ただ、普通ならば一秒と経たずに廃人となるのだ。
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そんな莫大な情報が脳に大量に流れ込んでくるのだ。
その情報量は[
一度見つけてしまえば大した負荷はないのだが、そこまでが厳しくて結果として4日も寝込む羽目となったのだろう。
これを使えるのは、精々が一週間に一回というところ。
それ以上は反動が深刻になり回復しきれない恐れがある。
一回というのは対象一つを見つけるまでで、同時に複数を追うことは出来ない。
などと制約も厳しいが、代わりに利点として地球上のどこにいても必ず発見出来る。
モノ探しにおいては最後の切り札というわけだ。
◆ ◆ ◆
目を覚ましたその日の内に、真由美さんが飛んできた。
相当心配してくれていたようで、部屋に入って来た瞬間抱きついてきたからな。
本当は俺にずっと付いていたかったそうなのだが家の都合上そういうわけにもいかず、目を覚ましたら真っ先に知らせることを条件に泣く泣く帰ったのだそうだ。
真由美さんを助けるにはあれしか方法が無かったとはいえ心配を掛けたのは事実だから、俺に抱きついて泣きじゃくる真由美さんを宥めるのに何ら異存は無いのだが……。
やたらとニヤニヤしながら出て行った桜井さんが妙に気に掛かった。
出る時に「お幸せに〜」と言っていたのが唇の動きで分かったし。
今から夜が憂鬱である。
きっと凄い勢いでからかわれるのだろうなあ……。
「何か、恥ずかしいところを見せちゃったわね」
ようやく泣き止み、どことなく赤い顔でそう言う。
「いえ。俺だって目の前で倒れるなんて醜態を晒しましたしね。おあいこ、ということにしておきましょう」
せっかく格好良く助けたのに、あれで全てが台無しである。
近いうちに限界が来るのは分かっていたのだが、せめて後始末を終えるまで頑張ってほしかった。
と、真由美さんが急に改まる。
「……和也くん。助けてくれて、本当にありがとう。お陰でわたしは悲惨な未来を迎えることもなかった」
「何を言っているんですか。俺は
今まではこんな言い回しはしなかったが。
真由美さんが連れ去られたことに気がついた時、俺の心に何かが芽生えたらしい。
ほんの小さな芽を出したそれは愛か、或いはただの独占欲なのか。
かつて一度愛を失くしてしまった俺には分からないが、それはとても暖かく、心地良いものだった。
◆ ◆ ◆
「お久しぶりです、叔母上」
『あら、和也さん。もう身体は大丈夫なの?』
「はい、概ねのところは」
その日の夜。
俺は後始末の結果を聞くため、叔母上に連絡をしていた。
『ひとまず良くやった、と言っておくわ。今回の件で七草には大きな貸しが作れた。これでしばらくあの男もこちらに強くは動けないでしょうね』
「そうですか。こちらもそれなりに危なかったですからね。精々上手く使って下さい。それで、敵は?」
『七草に敵対していた組織よ。今回の件でだいぶ力を削がれたから、もうダメでしょうけれど』
「その様子だと、『オーフェン』は上手くやったみたいですね」
「オーフェン」は俺の提案で作った組織だから、手柄を立てると俺も嬉しい。
親心、みたいなものだろうか。
『ええ。あと、貴方の耳に入れたいことが一つ』
「……何ですか?」
『今回の一件。また、例の中国人の青年も一枚噛んでいるらしいの』
例の中国人の青年、というと……。
周公謹か。
「一枚噛んでいる、とは?」
『今回の襲撃。やけに手が込んでいると思わなかったかしら』
「それは……確かに」
あれだけの数の、しかもそれなりの腕の魔法師がいるにも関わらず、最初の攻撃は遠距離からの魔法を用いらない銃による狙撃。
結局急所は外し、その後真っ先にそいつを消したからあまり支障は無かったものの、もし俺が視認しないと魔法が使えない普通の魔法師ならば苦戦も免れなかった。
「しかし、あの男が絡んでいるにしてはお粗末な点もあるのでは……?」
『おそらく今回の件で貴方の手の内や実力を測るつもりだったのでしょうね。もし殺せたら御の字、という感じで』
「なるほど。……となるとまずいですね。多分今回ので俺の[眼]の最大の弱点は見抜かれましたよ」
『それは痛いわね……。それ以上のことは?』
「もしかしたら[
『なら、許容範囲ね。……話はこれで終わりよ。ゆっくり休みなさい』
「は。失礼します」
通信を切った。
……周公謹。
やはり奴は消しておきたい。
だが、今はそのための人員が足りない。
やらなければならない最優先事項を同時に二つも抱えるとどちらも破綻する。
二兎を追う者は一兎をも得ず、だ。
今はひとまず、現在抱えている問題に力を集中させよう。
他のことは、その後だ。
◇ ◇ ◇
ここは横浜中華街、とある中華料理店の奥にある一室にて。
一人の青年がいた。
顔はおそらく中国系か。
そして端正に整った顔は、何処か作り物めいた印象を見るものに与える。
その青年ーー周公謹は、手元の資料を読みながら呟く。
「相変わらず、四葉に関わりがあるということ以外、情報は無しですか……この密偵も中々使えませんねえ」
ここは私が出るか……と考えて首を振る。
「情報を掴むには直接私が出るしかないのでしょうが、相手があの四葉だからこちらとしても手が出しづらい。彼自身も知覚系の魔法を持っている上に実力も相当なもののようですから」
あれ以来、四葉は「
さしもの周と言えどあの家に準備も無しに直接手を出す気はさらさら無かった。
前回だって、かなりの準備を重ねた上で事を起こしたのにも関わらず結果として目標は半分達成、といったところだったのだ。
四葉内部に繋がりを作って大漢の崑崙方院に真夜を誘拐させ、四葉家の当主をはじめとする四葉の魔法師がその報復に乗り出すところまでは周の描いた筋書き通りに事が運んでいた。
だが、四葉の魔法師は大漢的には大した損害を受けることもなく全滅すると思っていたのだ。
幾ら四葉家が日本の魔法師の頂点に君臨する十師族の一角だとしても、所詮は30人程度。
魔法師3000人を抱える崑崙方院が相手ならば普通は到底歯が立たない。
それを、圧倒的な人数差をひっくり返して国の存続にすら影響が出るほどの大損害を与えた。
結果的に四葉家の力を大きく削ぐことには成功したが、代わりに大漢の滅亡という大きな代償を支払うことになってしまったのだ。
さらに当人の和也も、今回それなりの質の魔法師を集めたにも関わらず、あっさりと一蹴。
その実力が伺えるというものだ。
「事前情報によると特筆すべきは
初めから完全に殆どの情報をシャットダウンするなど、よほど先見の明があるとしか思えない。
果たして手強いのは四葉真夜か、和也か。
「まあ、しばらくは私の目的の障害となることも無いでしょうし。触らぬ神に祟りなし、ですかねえ」
こうして、和也と周はお互いの方針の一致により偶然にも互いに不干渉のまま時が過ぎていくことになるのだった。
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