全て読ませていただいてはいますので。
◇ ◇ ◇
『次は、新入生の言葉です。新入生総代の四葉和也さん、お願いします』
新入生代表、その名前を聞いて会場がどよめく。
「四葉……?」
「四葉に同い年の子供がいたっけか?」
「いなかったはずなんだけどな……」
そんな新入生達の様子を、真由美と摩利は舞台袖で眺めていた。
「そういえば、真由美。あいつ、どんなスピーチをするのか知っているのか?リハーサルでもなんだかんだ言って読まなかったし」
「いえ、知らないわ。ただ、ちょっと面白いことを言うとだけ……」
ここで和也が舞台に登場すると、会場が今度は違う理由でどよめく。
黒すぎるほどに黒い髪と、それとは対象的に透き通るような白い肌。
細い身体ながら虚弱な感じは与えない絶妙なバランスの体型。
それらが合わさって辛うじて女子とは間違えない程度に中性的な美形となっていた。
男子から上がるのは優れた容姿に対する怨嗟の声。
そしてそれより大きなのが女子の黄色い声。
「おい、真由美。顔にシワが寄ってるぞ?」
「えっ?」
摩利に指摘されて慌てて顔に手を当てると、確かに眉間にシワが寄っていたらしい。
顔を揉みほぐしてどうにか元に戻す。
「いやあ、お前も嫉妬なんてするんだなあ」
「そ、そんなんじゃありません!」
真由美は面白がっている摩利の言葉を必死に否定するも、逆効果にしかなっていない。
「はいはい。ほら、もう始まるぞ?」
「もう……」
摩利のことは一旦置いておいて、壇上に目を向ける。
そこには、自分の婚約者が堂々とした立ち姿でそこにいた。
しかし、そのあまりに堂々とした態度に真由美は却って違和感を抱く。
「和也くん、あんな態度取る人じゃないのに……どうしたんだろう」
「ん、何か言ったか?」
「いえ、何でもないわ」
自分の呟きを拾った摩利に首を振り、真由美は和也の言葉に耳を傾けた。
『新入生の諸君、新入生総代の四葉和也だ。疑いを持っている人もいるようなので答えておくが、たまたま名字が同じな訳ではなく、本当に十師族の四葉家の一員だ。ただ、だからといって権力を振りかざす気も威張る気もないので安心して欲しい』
新入生の言葉は、基本的に今後の目標や意欲など、皆さんこれから頑張りましょうなどという内容が多い。
それなのに初っ端から新入生に語り掛けるスタイルを取った和也に、摩利は首を捻る。
「なんか頭から例年と違うんだが……というか真由美、あいつはあんな喋り方だったか?」
「いえ、そんなことはないわ。同年代や年下相手ならばもう少し砕けた話し方になるけれど、それでもあんなんじゃないはずよ。だからこそおかしいのだけれど……」
真由美はどこか釈然としない顔で続きを待つ。
『さて、私は新入生の言葉を例年通りの無難な内容で終わらせようかと思ったのだが。せっかくなので、この場を借りて君たちに言いたいことがある。
君達は何のためにこの学校へ入学したんだ?
それは、魔法を学ぶためだろう。
では、何のために魔法を学ぶのか。
それは何より、この先生きていくために他ならない。
我々はもう15歳、或いは16歳だ。
何も分からずにただ日々を生きている子供とは違って、たとえ漠然とにしろ将来のことは考えているはずだ。
将来何になるのか。
それは一人一人によるだろうが、現在最も魔法師が求められているのは軍だ。
隣の大亜細亜連合に比べて人数で圧倒的に劣る我々は、質で勝負しなければならないからな。
さて、ここで君達が一科生か二科生かを分けている基準を思い出してみると、実技試験で評価されるのは魔法式の処理速度、演算規模、干渉強度の3つだ。
これは国際魔法協会が決めた基準で、ライセンス取得の際もこの3つが試される。
この基準は各国の学者たちが叡智を結集させて考えたものだ。
魔法師の魔法の実力を測るためならば、この基準はよく適していると思う。
この基準で上位に来た者は、間違いなく優秀な魔法師であることに疑いはないだろう。
だが、例えば戦いにおける実力と実技試験の結果は必ずしも同じになるとは限らない。
ライセンスは精々がC級ぐらいしか取れないが、軍人としては一線で活躍できる能力を持った魔法師など何人もいるし、俺も何人か知っている。
無論これは軍だけの話ではない。
何が言いたいのかというと、だ。
必ずしも学校の成績だけが全てではない。
一人一人得意なことは違うだろうが、だからこそその長所をどんどん伸ばしていって欲しい。
実技が苦手だろうと理論が得意ならば魔工技師になる道だってあるだろう。
たとえ自分の才能が学校に評価されないものだったとしても、その長所を伸ばしていけば必ず将来役に立つ仕事がある。
だからこそ、今回の成績で自分を劣等生だと決めつけているとこの先も伸びないし、自分は強いのだと勘違いをしているとあっという間に下の者にも抜かれてしまうだろう。
二科生の諸君、この結果に腐るな!
一科生の諸君、この結果に驕るな!
日々切磋琢磨して、自分を磨き上げていってほしいと思う。
もし、俺の言葉に納得がいかないのであれば。
せめて俺に並んで見せるぐらいの気概を見せろ。
それぐらいの覚悟が無い奴の言葉などに、俺は聞く耳を持たん。
では、これで新入生の言葉を終わります』
色々と衝撃的な内容の新入生の言葉は、これで終わった……と思ったが、和也がマイクの前に戻って来た。
何かを言い忘れたらしい。
『……ああ、最後に一つ。
先ほど挨拶をした生徒会長の七草先輩ーー真由美さんは俺の婚約者なので、手を出した者は俺が許さん。
以上だ』
「「「はぁっ!?」」」
大勢の男子が怨嗟の声を上げる中を、和也は悠々と壇上から降りていった。
「……くくくっ、確かにこれは中々面白いな」
堪えきれず、といった風に笑い出す摩利。
一方の真由美は、しかし話の内容を気にしている余裕なんか無かったらしい。
「何もあんな大勢の前で言わなくても……皆に広まっちゃうじゃないの……」
「良いじゃないですか、別に。それとも真由美さんは俺のものだと全校に知れ渡るのは嫌ですか?」
「嫌じゃないけど……もう少し伝え方があるでしょう?」
「皆に早く知らしめたかったんですよ。それとも……嫌でしたか?」
「……そういう言い方はずるいわ」
恥ずかしそうに頬を染める真由美に、全くこいつらは……と頭を抱える摩利なのであった。
◇ ◇ ◇
俺が自分のホームルームである1ーAに入ると、全員の視線がバッとこっちに向いてその殆どがすぐに逸らされた。
その反応に苦笑しながら、自分の席に着く。
まあ、こういう反応はスピーチの内容を決めた時点で予め分かっていたことだ。
それでもこれを、わざわざ慣れない高圧的な態度で言うことにしたのには、幾つか理由がある。
一つ目は、本当にこの学校の生徒たちの差別意識を無くしたかったこと。
現状のままでは、質のいい魔法師は育たない。
仮にも国防の一端を担う十師族としては、この状況は到底容認できるものでは無かったからな。
たとえほんの少しにせよ、これで凝り固まった差別意識が変わったのならば御の字である。
二つ目は、我が敬愛する兄上の為だ。
原作の流れ通りに事が運ぶのならば、兄さんはこれから風紀委員として大活躍することになる。
俺の言葉の後ならば、主に二科生にとって兄さんは希望の象徴となってくれるだろう。
そして三つ目が。
「貴方、四葉君でしたっけ?素晴らしいスピーチだったと思うわ」
今目の前でこっそりウインクしている美少女。
姉さんのためである。
姉さんも腹芸ぐらい出来なくはないのだが、仲の良い、というか実の兄弟と余所余所しく接しなければならないのは嫌だと言われたのだ。
とはいえ初めから何のきっかけも無く親しかったら怪しい、というかおかしいだろう。
側から見れば俺たちは男と女だ。
しかも俺は七草真由美という婚約者がいるのである。
きっとそれはかなりまずい。
だからこうしてきっかけを作ったという訳である。
「そう言ってくれると嬉しいな。君は?」
「私は司波深雪よ。よろしくね」
「こちらこそ、よろしく」
微笑んで手を差し出す姉さんに、俺は笑顔で応えたのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。