「しっかし、ボスも大変ですねえ」
「おいこら、学校でボスと呼ぶなと言っただろう」
「おっと、こりゃ失礼」
そう言って声を掛けてくるのは、芳川修斗。
俺の呼び名から分かるように、こいつは俺の部下の一人だ。
俺こと四葉和也が創立した、孤児によって構成される組織「オーフェン」。
そのトップに収まっているのがこいつだ。
叔母上にとって最高の拾い物が
だが、魔法の才能のある孤児をどこから集めているのか。
当然、どこからか攫ってきているわけではない。
あの悪名高い魔法師遺児保護施設に裏から手を回し、魔法師の中でも比較的才能のある孤児を引き取って訓練しているのだ。
こちらとしてもただの慈善事業ではないので誰でも引き取るというわけにはいかないが、魔法に限らず役に立つ才能の欠片でも示した者は引き取るようにしている。
こいつはその中でも飛び抜けて高い魔法力を持つ。
そのレベルは手を抜いても余裕で一科生の中堅に位置するほどである。
「しっかし、ボス……失礼、和也も良くやるよなあ。今日のあれも姫様と嫁さんのためだろ?」
「ほっとけ」
姫様とは姉さんのことである。
最初に呼び始めたのは確か歌唄だったが、それがいつの間にか広がっていた形だ。
ちなみに本人はそんな風に呼ばれていることは全く知らない。
それどころかこいつらの存在すら知らないはずだ。
嫁さんは、まあ……察してくれ。
「大体、それだけのためにやったわけじゃないから」
「主な理由はそれだろうに」
くくくっ、と笑う修斗に舌打ちをする。
と、教室に教師が入ってくる。
「ほら、先生が来たから前を向け」
「はいはい」
◆ ◆ ◆
「しかし、良かったのか?先生達が解説する授業を見なくても。見ても損は無いと思うが」
「時間の無駄だよ。今更高校レベルの授業で教わることは何も無い。ここに来たのはあくまで国立魔法大学への進学の資格獲得と格付けの為だからな。お前もそうだろう?」
「俺の場合は和也が来いと言ったから来ただけだけど……それに、お前がここに入ったのはあの七草の長女と学校生活が送りたかったからでしょうに」
「……それより、学校の地図やセキュリティだとかは全部頭に叩き込んだか?」
話の流れが悪くなって話題を突然逸らす俺に、修斗はニヤニヤしながら頷く。
こいつめ、覚えてろよ……。
「そりゃもちろん。魔法科高校を襲う奴がいるなんて考えづらいから警備は結構杜撰だねえ。その分機械の警備は厳しいけど、まあそれなり以上の腕があったら掻い潜れない訳じゃない。俺なら行けるだろうよ。多分歌唄さんなら鼻唄歌いながらでも入れるぜ」
「あいつを基準にするなよ……」
見た目も態度も軽薄でどこか嘘臭い男だが、その実力は超一級だ。
あいつが侵入できないようなところなど日本に両手の指ほどもないのではないだろうか。
とまあそれはさておき。
警備体制を少しでも改善しておきたい。
先述した通り、アンティナイトはまずい。
対策を取れたら良いのだが、それが出来るのだったらアンティナイトの価値はもっと下がっている。
取り敢えず学校の警備システムは全部乗っ取っていつでも介入できるようにすることにしているから良いとして。
警備自体の強化はどうしようか。
ーー少し、策を弄することにするか。
◆ ◆ ◆
さて、お待ちかねのお昼の時間である。
俺は修斗と別れ、一人生徒会室を訪れていた。
「いらっしゃい、和也くん」
そこでは真由美さんを筆頭に、朝に会った市原先輩と渡辺先輩、それに小動物っぽい女子が一人いた。
「失礼します」
「おお、和也くん。さっきぶりだな」
「先ほどから会長がそわそわしながらお待ちですよ」
「べ、別にそわそわなんてしてないわよ!」
からかうような市原先輩の口調に噛み付く真由美さん。
残念ながら顔が少し赤いですよ。
っと、そうではなくて。
「すみませんが、先にこちらの先輩を紹介してもらえます?」
「ああ、ごめんごめん。こちら、生徒会書記の中条あずさ。通称あーちゃん」
「会長!そう呼ぶのはやめて下さいと何度も……というか初対面の後輩の前でその呼び方をしないでください!」
真由美さんの紹介に若干涙目になって真由美さんに詰め寄る中条先輩。
「まあまあ、良いじゃないですか中条先輩。それより俺のお昼はどこですか?」
「ああ、お弁当ね。ちょっと待って、今出すから」
「会長〜!!」
そろそろ本当に泣き出しそうな中条先輩を放って荷物をゴソゴソと漁りだす。
「ん?真由美。お前料理が出来たのか?」
意外そうに渡辺先輩が尋ねる。
今までは弁当じゃなかったのか?
「自分の分だけ作るのは面倒だからね」
「つまりは会長の愛妻弁当ですか」
「あ、愛妻……」
「ありがとうございます真由美さん。わざわざ俺のために作ってくれるなんて、すごく嬉しいです」
「……うぅ、どういたしまして」
市原先輩の茶々に俺が乗っかり、真由美さんは照れて真っ赤になってしまう。
というかそろそろ耐性がついてもいいのではないか。
まあそのままの方が面白いのでそれは良いとして、真由美さんの手作り弁当を食べてみる。
「……美味しいですよ。また腕を上げました?」
「ありがとう。ちょっと練習したのよ」
俺の称賛に照れたように微笑む真由美さん。
「……しかし、七草の長女が料理をするとは少々意外だな。お前らは使用人達の仕事を奪わないのが仕事とか前に言っていなかったか?」
砂糖でも飲み込んだような顔で、渡辺先輩が尋ねる。
「だって、わたしも女の子よ?男の子に料理で負けてそのままでいれるわけないじゃない」
「ということは、四葉君も料理を?」
「そこらのプロより上手よ」
市原先輩の言葉に真由美さんが迷いなく頷くので、思わず苦笑する。
「それほどのものでもありませんけどね」
「真由美がそこまで言うとは、今度君の料理を食べてみたいな」
「そうですね、是非頂いてみたいです」
「わ、私も良いですか?」
「もちろんですよ。じゃあ、今度適当なお菓子でも作ってきますかね」
◇ ◇ ◇
因みに、和也が幾つかお菓子を作って持ってきた日。
生徒会室では、女としてのプライドを完璧に打ち砕かれた女子が何人か見られたとか。
◇ ◇ ◇
「しかし、これで生徒会も安心ですね」
「ん、何が?」
市原先輩の呟きに真由美さんが首を傾げる。
「いえ、今年は勧誘する必要も無く主席入学者が入ってくれるのですし」
「ああ、和也くんは生徒会長になる気は無いそうよ。だから、何にせよ勧誘はしなければならないわ」
「え、ならないんですか!?」
一番驚きの声を上げたのは意外にもここまで静観していた中条先輩だった。
「ええ。少なくとも次の会長は絶対やりませんよ。学校を十師族が牛耳っているなどとでも言われたら面倒ですから」
本当に、十師族とは面倒なものである。
まあそんな事情がなかったらやったかと言われると、やはり面倒だからやらないのだろうが。
いざという時に、生徒会長の役目に縛られて自由に動けないのは嫌だからな。
「そんなぁ……」
それを聞いてガックリとする中条先輩。
「あーちゃん、そんなに会長やるのが嫌なの?」
「私に務まるとは思えませんよ!私には無理ですよ……」
「そんなことないと思うけどなぁ……」
中条先輩のあまりの自信のなさに納得がいかないのか、首を捻る真由美さん。
「まあ、中条さんの代は服部君がいるから大丈夫なのでは?」
「ん?あ、ああ。はんぞーくんはーー」
ーーキーンコーンカーンコーン。
続く言葉は、古き良きチャイムの音でかき消されてしまう。
と、突然中条先輩が立ち上がる。
「あ!私、次の授業は移動なんでした。お先に失礼します!」
そのまま慌ただしく礼をして、生徒会室を出ていった。
「あら、行っちゃった……」
「会長、先ほど何か言いかけていたようでしたが」
「ああ、何でもないわ。それじゃあ和也くん、後でわたしたちの授業の見学もあるはずだから、絶対見に来てね」
「分かってますよ」
そして真由美さん達も去っていった。
……俺もそろそろ行くか。
お読みいただき、ありがとうございました。