魔法科高校の加速者【凍結】   作:稀代の凡人

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第27話

◇ ◇ ◇

 

 

 

四葉和也。

 

秘密主義である四葉の次期当主であり、今年までその存在の一切を秘匿されていた。

その為、ある程度の情報が知られている他の十師族に比べてその実力は未知数である。

 

他の十師族ならば得意な魔法ぐらいは家の名前で分かるのだが、あの家は少し特殊だ。

家としては系統外の精神干渉魔法を得意とするが、一口に精神干渉魔法と言っても様々なものがあるし、例外も何人かいる。

現当主の四葉真夜がそもそも収束系統、それも光の分布への干渉という一分野に限って特化した例外である。

 

そして唯一その実力を知っているらしい真由美は絶対に勝てないと言う。

 

だがそれでは困るのだ、と摩利は考える。

 

風紀委員を統べるものとして、生徒を取り締まれないなど言語道断である。

せめてどの程度の戦力を用意すればいいのか。

それだけでも知りたかった。

 

服部をみると、その姿にはやけに気合が入っていた。

どうせ真由美のせいなのだろうな、と摩利は溜息をつきたい思いだ。

婚約者がいるのなら男子をからかって遊ぶなと言いたい。

 

だが、相手が服部でまだ良かったのだろう、とも思う。

先ほどの服部の目には強い決心があった。

 

一方の和也はといえば、こちらは完全に気負いなどなかった。

勝つことを微塵も疑っていない強い自信と、それを裏付けるだけの高い実力があるのだろう。

 

お互いが、向かい合う。

 

「……四葉和也。君の力を、試させてもらう」

 

「……なるほど、よく分かりました。ならば俺も、全力で行かせてもらいます」

 

和也に真由美が相応しいかどうかを試すという服部に、その意図を察して真剣な顔になる和也。

 

摩利はそんな二人の心境こそ分からなかったが、和也にも気合が入ったのが分かった。

 

「お互い準備はいいな?……では、始めっ!」

 

審判を務める摩利の掛け声で始まったこの試合。

 

まず動いたのは服部だった。

CADを素早く操作し、放つのは[ドライ・ブリザード]。

十以上ものドライアイスの弾丸が和也目掛けて発射される。

 

そしてそのまま次の魔法、「這い寄る雷蛇(スリザリン・サンダース)]を発動する。

 

このスタイルを確立してから、打ち破られたことは誰にも無い。

文字通り、必殺のコンボであった。

 

しかし。

四葉和也は、その遥か上を行った。

 

射出されたドライアイスの弾丸は和也の手前1mのところで突然消失する。

そして追撃の[這い寄る雷蛇(スリザリン・サンダース)]が和也を捉えることは無かった。

直撃の直前、和也の姿がその場から掻き消えたからだ。

 

どこだ、と服部が視線を左右に動かした次の瞬間。

耳元から強い衝撃を受け、意識を失った。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

ふぅ。

 

わざわざ手札を明かす必要もないし、最初は適当に勝とうと思ったのだが……。

 

向き合った時の服部先輩のあの目を見て、俺はただ出し惜しみなどしないことを決めた。

 

多分この勝負に、服部先輩は自分の想いを賭けたんだろう。

自分が勝ったならば俺のことは認めないが、もし負けたならば真由美さんを任せるに相応しいとして諦め、真由美さんを応援する、と。

 

多分、真由美さんの隣に立つのは半ば諦めていたんだろうな。

真由美さんが十師族なのに対して自分は辛うじて百家の端くれといったところで、魔法の才とて優れてはいるが上は何人もいる、そんな状況。

 

だからせめて、真由美さんが幸せになってくれと願っていたのだろう。

 

まあ、全て俺の勝手な想像で、俺にとって都合の良い妄想かもしれないが。

それでもあの時の服部先輩の目には、適当にやる訳にはいかないと俺に思わせるだけの何かがあった。

 

だからこそ俺は、完全に叩き潰した訳なのだが。

 

「な、何だ今のは……!?」

 

周りでは今の攻防に驚きの声が上がっている。

 

「最初の[ドライ・ブリザード]を迎撃した魔法はなんだったのですか?見たところ振動系統のようでしたが」

 

「ご名答です、市原先輩。あれは振動系加速魔法の[物質蒸散(ヒート・ヴェイパリゼーション)]。俺の得意魔法ですよ」

 

「……聞いたことがありませんね。インデックスには?」

 

「当然載ってますよ。ただ、実際に運用するとなると物質の熱運動を一瞬で気体になるレベルまで加速させなければなりませんからね。そこまでの事象干渉力を持つ魔法師があまりいなかったのでしょう」

 

俺は確かに振動系統の加速分野が得意だが、中でも[物質蒸散(ヒート・ヴェイパリゼーション)]に関しては別格と言っていいほどに適性が高い。

 

だからこそこれを愛用しているのだが、魔法の性質上人に対して使う場合は文字通り必殺となってしまうので殺してもいいときにしか決め手としては使えない。

 

その為模擬戦などではいつもやりにくい。

要は力加減が下手なのだ。

多分模擬戦で同級生の誰かと戦うよりも、戦場で一個大隊と対峙する方が心境的にはよっぽど楽だと思う。

 

「そして、その後の移動。転移魔法のようにしか見えなかったが……まさかあれが自己加速術式だと言うのか……!?」

 

「その通りです。タネは単純明快ですよ」

 

硬化魔法で身体を頑丈にして、あとは魔法で加速するだけ。

停止の際は慣性を極小にするので身体への負荷も最低限。

普通はそれで思うように動けるわけもないんだが、俺は体感時間を延ばせるので。

 

加速系統が主にくる魔法の中ではかなり強力な魔法だと思う。

 

そして服部先輩の背後に移動し、九校戦のときの兄さんのように耳元で指を鳴らして音を増幅させ、意識を刈り取ったというわけだ。

 

「……何にしても、俺では圧倒的に負けていたというわけか」

 

「気が付きましたか、服部先輩。お加減は?」

 

身体を起こそうとする服部先輩に駆け寄る。

真由美さんを近寄らせないことに注意だ。

今の心境で来られても困るだけだろうし。

 

「ああ……清々しい気分だ。吹っ切れたのかもな。お前のお陰だ、ありがとう」

 

「いいえ、こちらこそ」

 

手を差し出すと、服部先輩はその手を握って勢い良く身体を起こした。

 

最も接近した瞬間。

 

「――会長を、幸せにしてやってくれ」

 

俺にだけ聞こえる声でボソッと呟いた。

 

貴方に言われるまでもなく、真由美さんには幸せになってもらいますよ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

念の為服部先輩は保健室に行くと言い、中条先輩がそれに付き添っていった。

 

それを見送って戻ってくると、真由美さんと渡辺先輩が話していた。

 

「ね、だから言ったでしょう?和也くんは強いって」

 

「ああ……だが、まさかここまでとはな」

 

嬉しそうに言う真由美さんに、信じ難いとでも言うように首を振る渡辺先輩。

 

あんなのどうやって止めたらいいんだ!と内心頭を抱えているのだろう。

 

この辺でその懸念を払拭して差し上げようか。

 

「渡辺先輩、その心配は無用ですよ」

 

「……無用、とはどういう意味だ。まさか問題など絶対起こさないからとでも言う気か?私としてはそんな不確かなものに頼るわけにはいかんのだが」

 

「いえ、そういうわけではありません。俺だって人間ですし、何があるか分かりませんからね。ただ、俺を止めたいときは……」

 

敢えて言葉を切って、真由美さんの方に目をやる。

釣られて渡辺先輩も、そしてその場の全員がそちらを見る。

 

きょとんと首を傾げる真由美さん。

すごく可愛い。

 

ではなくて。

 

「もし俺を止めたかったら、真由美さんが一人で来れば大丈夫ですよ。たとえ正気を失っていたとしても、操られていたとしても。真由美さんだけは攻撃しませんからね」

 

周りの視線が、急速に暖かいものになる。

 

そんな視線を浴びた真由美さんは。

 

「……もう、なんでいきなりそういうこと言うのよ……」

 

俺の言葉に悶えていてそんなことを気にする暇も無いようだった。




お読みいただき、ありがとうございました。

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