そして、その日の放課後のことである。
「会長。この二科生を風紀委員に推薦することには反対です」
服部先輩が真由美さんに詰め寄っていた。
「大体、風紀委員には実力が必要なことぐらい会長にもお分かりでしょう」
「力比べなら私がいる。それは分かっているだろう?」
そこに渡辺先輩が割り込んでくるが、服部先輩は怯まない。
「だから誰でもいいとでも言うのですか。二科生を指名することで、校内の意識改革を図りたいのでしょうが……」
「なんだ、そんなことは容認できないか?」
言葉を濁す服部先輩に目を細める渡辺先輩。
今までの言動から、ウィードだからダメだと言うとでも思ったのだろう。
だが、服部先輩が後に続く言葉を躊躇ったのは違う理由からだったらしい。
「……いえ。ただ、徒らに実力のない生徒を危険にさらすような真似は容認出来ません」
その言葉に一同が驚く。
まさかあの服部先輩がそんな事を言うとは、と。
真由美さんも目を瞠っていたが、少ししてフッと笑みをこぼす。
「……大丈夫よ。達也くんを推薦したのはそれもあるけれど、何より彼が発動前の魔法式を読み取れるからなの」
「発動前の、魔法式を……?」
「ああ。これまでは発動前に魔法を潰したらどんな魔法を使おうとしていたかが分からないからに罰の重さが曖昧になっていた。それだけに、この能力は貴重だよ」
二人の説明に、服部先輩は信じ難いとは思いながらもその有用性は理解したらしい。
「……なるほど。彼を推薦した理由は分かりました。しかし、荒事に飛び込まなければならない風紀委員です。自分の身も守れないようではやはり危険なだけでしょう」
「それは……どうだろうか、司波さん」
「ちょっと待ってください、なんで俺ではなくて深雪に聞くんです」
実力のほどが分からない渡辺先輩が姉さんに尋ね、それを兄さんが突っ込む。
が、渡辺先輩は何を分かりきったことを、と言った目で兄さんを見る。
「風紀委員になるのに積極的ではない君に聞いたところで、正当な評価が返ってくるとは思えん」
「それは……まあ、そうですが」
返す言葉も無かったらしい。
「それで、どうなんだい?」
「お兄様は学校の成績こそあまりよろしくはありませんが……それでも、実戦となれば誰にも負けません」
「ほぅ……それは興味深いな。正しく和也くんのスピーチのモデルケース、ということか」
渡辺先輩の言葉に思わずどきりとする。
確かに、あのスピーチは兄さんを念頭においたものだったからな。
そう思うのも不自然ではない。
だが、幸い渡辺先輩は特に他意があっての言葉ではなかったらしい。
「では、今度こそ構わないな?」
「……まあ、それならばこれ以上反対する意味もないでしょう」
「だ、そうだ、達也くん。では、風紀委員会室に行こうか」
「……分かりました。深雪、お前は生徒会の仕事を頑張っておいで」
「はい。お兄様こそ、頑張って下さい!」
「ああ。じゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃいませ」
恭しく一礼する姉さんを見て、一同が溜息を吐く。
「……まるで夫婦のようですね」
市原先輩が小声で呟いたその言葉は、幸い二人の耳には届かなかったようだった。
◇ ◇ ◇
とても些細なことではあるが。
摩利の先ほどの言葉とそれに対して和也が微かに反応を示したことを隣にいたからこそ気付いた人間がいたことに、和也は気付きもしなかった。
◇ ◇ ◇
その後、俺と姉さんに仕事の大凡の段取りややり方などを説明してから、今日の本題に入った。
会長としての真面目なキリッとした顔をした真由美さんが、議題を切り出す。
「いよいよ明日は、新入部員勧誘週間の初日です。例年通りならば、また騒がしい一週間となることでしょう。……っと、深雪さんには新入部員勧誘週間のことは説明していたかしら?」
「いえ、聞いておりません」
「じゃあ、説明するわね」
俺も確認の意味も含めて、改めて真由美さんの口から説明を受ける。
新入部員勧誘週間の期間は、生徒会役員や風紀委員などの一部例外を除いて普段は禁止されている校内でのCADの携行が解除される。
そのため、各部活動同士の勧誘合戦や新入生の取り合いから揉め事に発展した場合、魔法が絡んで普段よりも大騒ぎになる恐れがあるのだ。
「もちろんこの期間は風紀委員会も巡回を強化して対応しているわ。実際に何かが起こった時の為に備えるのが風紀委員会ならば、わたしたち生徒会はその何かが起こらないように対策をするのがその役目です」
と、ここで緊張感が感じられる姉さんに真由美さんは表情を緩める。
「と言ってもその為の対応マニュアルは先代から受け継いでいるし、目を通して穴が無いかの確認も済ませてあるわ。今日は主に段取りなんかの確認ね」
じゃあ、あとははんぞーくんお願い、と真由美さんは服部先輩に委ねる。
この後、確認や議論は下校時刻まで続いた。
◆ ◆ ◆
そして、生徒会での活動は終わり。
俺は真由美さんと共に帰り道を歩いていた。
「しかし、今日の服部先輩は昨日とは全然違いましたね」
「そうね。ただ頭ごなしに二科生だから、というのがなくなって、視野も広くなった気がするわ」
昨日から今日にかけて服部先輩にどんな心境の変化があったのかはわからないが、その変化は俺としてはとても良いものだったと思う。
今日の兄さんを風紀委員へ推薦することへの反対も、今思い返すと二科生を風紀委員にする際に生まれる懸念についてを事前に全て提示して潰していくためだったような気がする。
副会長らしくなったというか、なんというか。
以前の服部先輩を直接知っているわけではないので比較などはあまり出来ないのだが、そんな感じがする。
「はんぞーくんも、これでようやく成長してくれたかなあ……」
「……あまり、服部先輩を気に掛けすぎないでくださいよ」
「うん。……あれ、和也くん?もしかして、嫉妬してるの?」
おやおや、と笑みを浮かべて俺の頬を突いてくる真由美さん。
「……嫉妬、とは少し違うような気がしますがね」
これは、そんな綺麗なものではない。
もっと見苦しくて醜い、自分の矮小さというものを嫌という程思い知らされるような、そんなナニカだ。
普段あれだけ好きだと言ったりしているのは、その表れなのかもしれない。
そんな俺の顔を見て何かを感じ取ったのか、真由美さんも真面目な顔になる。
「……わたしには、和也くんが何を考えているのかなんて分からないけれど。もしかしたらそれが、今までそっちからは手も繋いでくれないのと何か関係があるの?」
「そう、かもしれませんね……」
そう。
情けないことだが、俺は今まで真由美さんとキスをしたことなど一度もないし、抱き締めたことすら2年前の一度きりだ。
手を繋ぐことすら、それが必要とされる状況でないとできない。
どうにかしなければ、俺のことなどはとにかく置いておくとしても、何より真由美さんに失礼だ。
それは分かっている。
分かってはいるのだが……。
そんなことをつらつらと考えているうちに、目的地に到着してしまう。
「……真由美さん、おやすみなさい。また明日」
「……そうね、おやすみ。また明日ね」
真由美さんに別れを告げ、俺は一人家へと足を向けた。
お読みいただき、ありがとうございました。