会場に入った瞬間、幾つもの目がこちらに向くのが分かった。
「……あれが、噂の……」
「……隣にいるのは七草の長女か……?」
「……四葉真夜、一体何を企んでいるんだ……」
あちこちで囁き声が聞こえる。
さてどうしようかと考えていると、1人が目の前にやってくる。
「来たのね、和也さん」
「叔母上」
このやり取りを見て、次に出てきたのは今回の主催者だった。
「おお。よく来たな、和也殿」
「義父上、今回はご招待いただきありがとうございます」
「うむ。娘をよろしく頼むよ。真由美も、失礼のないように」
「分かっています、お父様」
どこか得体の知れない叔母上に比べ、弘一殿は割と話しかけやすかったのだろう。
そちらに多くの人が集まり、俺を紹介するようにと言う。
俺はそれを横目に会場に目をやる。
十師族は未だ動かず、か。
と、ここで周りの声に応えて弘一殿が俺を紹介するらしい。
真由美さんとは反対側の隣に立つ。
「皆さん、見慣れない少年がいることにお気付きだろう。紹介しよう。四葉真夜殿の実の甥に当たる、四葉和也殿だ」
指し示されて、礼をする。
「そして隣にいるのは我が娘の真由美だ。この度、 和也殿と婚約をすることとなった」
今度は真由美さんが礼をする。
会場に起きるどよめきは、思ったよりは多いが、それでも少ない。
ただ、今度は何を企んでいるのかと叔母上や弘一殿を睨んだり、俺を見極めようとするのみだ。
さて、最初に動く大物は誰かな?
◆ ◆ ◆
「四葉和也殿、だったかな?」
「……一条剛毅殿。初めまして」
最初に来たのは、一条だった。
話題がある分話しやすいと思ったのか。
ちなみに真由美さんは、一時的に席を外している。
これは偶然か必然か……多分偶然だろうな。
こちらに向かってくるのに俺が気付いた瞬間席を外したし、それまで真由美さんは俺との話に夢中だった。
「そちらの方は、ご子息ですか?」
「ああ、息子の将輝だ」
「一条将輝だ。よろしく」
「よろしく。確か同い年でしたね?」
後半は剛毅殿に尋ねる。
「ああ、今年第三高校に入学した」
「九校戦では、正々堂々と戦おう」
手を差し出してくる一条に、苦笑と共に応える。
「もし競技が同じになることがあったら、その時はよろしく」
ここで、剛毅殿の目が細まる。
「和也殿は、九校戦ではどの競技に出場する予定かな?」
「さあ、今の段階ではなんとも言えませんね」
「おや、得意系統を生かせる競技に出るのではないのか?」
「それも一つの手だとは思いますが、
「ほう……随分な自信だな」
「……それは、俺に対する宣戦布告と取っていいのか?」
舌打ちでもしそうな剛毅殿に対して、一条将輝は燃えていた。
「ご自由に」
肩を竦めてみせると、一条はビシッと俺を指差す。
「四葉和也、俺は。いや、第三高校は君には絶対に負けない。覚悟しておけ」
「それはこちらのセリフだ。第一高校は、必ず優勝する」
こうして、一条将輝との初邂逅はお互いの宣戦布告で終わった。
◆ ◆ ◆
「随分と、一条を熱くさせていたな」
「十文字殿」
「今は学校の立場でいい。……ああいや、その前に。婚約おめでとう、四葉、七草」
「ありがとうございます」
「ありがとう、十文字君」
あらたまって言う十文字殿に、二人で礼を言う。
「で、一条のことだが……九校戦か?」
そう聞かれたので、十文字先輩と真由美さんに先ほどのやり取りを掻い摘んで説明する。
「なるほど……で、実際どれに出るんだ?」
「本当にまだ決めてはいませんが……一条が出るのはアイス・ピラーズ・ブレイクとモノリス・コードでしょうね。なので、それには出ないつもりです」
「……なるほど。一条の[爆裂]とアイス・ピラーズ・ブレイクは相性最高だからな」
[爆裂]は、液体を気化させることに特化した魔法だ。
俺の[
更に、一条にとっての[爆裂]と同じなのは、俺の場合[
その点でも少し劣る。
それぐらいのハンデなら[加速]さえ使えば余裕で跳ね返せるのだが、フライング防止のため魔法の使用が厳格に監視されている会場で[加速]を使ってバレない保証はない。
従って[加速]も封じられているというわけである。
あまり外に明かしたくないのだ、あの魔法は。
これらのことから考えて、アイス・ピラーズ・ブレイクではまず厳しいと言っていいだろう。
さっきの「どの競技でも勝てる」というのはハッタリである。
「しかし、モノリスも勝てないのか?」
「いえ、モノリスなら多分勝てると思います。だから出ますよ」
一条と正面からやりあったら、まず勝てる。
ただ、そこに吉祥寺真紅郎が加わると、手札を幾つか切らないと勝てないだろう。
多分、例の高速移動魔法を使えば間違いなく勝てる。
だが、あれは不意打ちの要素が大きいからあまり開示したくはない。
あれがあると相手に分かっていれば、そして相手に一定以上の実力があれば、対応されてしまうのだ。
現に俺は、歌唄と模擬戦をして勝ったことは一度もない。
本人は「それなりの精度の先読みが出来れば、余裕っす」とか意味の分からないことを言っていたが、実際無理ではないのだろう。
[物質蒸散]は知っていたところで対処も何もない力技だから幾ら使っても問題は無いのだが。
だから、味方によるのだ。
原作では何らかの事故で全員が大怪我をし、代わりに兄さんたちが出ていたのだが、兄さんがいれば多分勝てる。
森崎たちはどうなのだろうか……。
実力の程を知らないのでなんとも言えないが、或いは少々厳しいかもしれない。
それでも無闇矢鱈と怪我させるわけにもいかないので、モノリスには出るのだが。
「まあ仮に負けたところで、司波さんが一条のような働きをしてくれるでしょうし。総合優勝はまず間違いないですね」
姉さんがその辺の女子に負けるとは到底思えないからな。
そう思って言うと、隣から不機嫌な雰囲気が漂ってきた。
「へえ、随分と深雪さんを信頼しているのね……?」
それを見た十文字先輩が、苦笑しながら「じゃあ、学校でな」と言って離れていく。
ちょっと、この状態で放置していかないで下さいよ!?
……ったく、仕方ない。
「真由美さん。俺と司波さんは入学試験で一位を競った仲です。つまり戦友と言っていいでしょう。分かりますか?」
競い合ったといってもお互い向かい合ってやったというわけではないのだが、まあ細かいところはいいだろう。
「戦友?……戦友、ね」
言葉の意味を理解したのか、少しずつ機嫌が回復していく真由美さん。
これで解決したか思いきや、俺の目の前に回り込んできて悪戯っぽく笑ってこんなことを言う。
「ねえ和也くん。深雪さんが和也くんにとって戦友なら、わたしは何?」
……全く、この人は。
普通に答えれば婚約者、或いは恋人だ。
真由美さんは俺の口からそう言わせたいのだろう。
だが、それでは面白くない。
俺はニヤッと笑って、一歩踏み込む。
そして、微かな良い香りを感じながら耳元で囁いた。
「――もちろん、真由美さんは世界でたった一人の、俺のお姫様ですよ」
真由美さんの顔がきょとんととした顔になり、そして次第に赤く染まっていく。
最初は思っていた言葉と違うことにあれ、と思い、そして言葉の意味を理解して赤くなったのだろう。
「も、もう……なんでそういうことを言うのよ……」
恥ずかしそうな真由美さんに、俺は微笑みかけるのだった。
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