◇ ◇ ◇
薄暗い部屋に、男たちが集まっていた。
議題は、今日初めて社交界にその姿を現した四葉家の次期当主についてだった。
「どうだった、四葉家の次期当主は」
「一条をけしかけて情報を探らせようとしたのだがな。上手くあしらわれたらしい」
「たかだか高校一年生のガキに煙に巻かれるとは。全く、一条も使えんな」
「まあ、奴らはその分戦場で役に立ってくれるからな。精々日本の国防のために頑張ってもらいたいものだ」
全くだ、と頷く男たち。
「しかし、一条剛毅とて駆け引きも知らんただの馬鹿ではあるまい。仮にも十師族の一角を担う、その家長なのだからな」
「となると、四葉和也も一筋縄ではいかぬということか」
「厄介だな。やはり、四葉の血筋を引くものだということか」
「奴らの事前情報も抽象的なものばかりで具体的な情報が殆どなかったからな」
「四葉和也が愚鈍ならば問題はないと思ったが……やはり、このまま七草と手を結ばれたら少々不味い」
「四葉の勢力は七割をこちらで握っているとはいえ、四葉真夜の[夜]は戦闘になった際には単独で戦況をひっくり返しうるからな」
そして、男は一人の方を見る。
「
話を振られた男――九島真言は首を横に振った。
「ダメだな。若い女特有の恋愛に酔っている感じだ。四葉和也の方は分からんが、恐らく仲違いさせて引き裂くのは無理だろう」
「チッ、これだから女は……まあ仕方あるまい。面倒だが搦め手を使うしかないだろうな。九島殿には迷惑をかける」
「いや、構わんよ。このまま愚鈍な敵を演じればいいのだろう?」
「うむ、頼んだぞ。九島殿にはこのまましばらく表に立って囮となっていただきたいからな」
「……そういえば、もう一方の計画はどうしたのだ?」
「……あれか」
問われ、顔を顰める男。
「失敗したのか」
「四葉真夜に捕らえられた」
「あの女……いつもいつも我々の邪魔ばかりをしおって……!」
忌々しそうに吐き捨てる男に、同じく顔を歪めつつ頷く男たち。
「……まあ、捕まってしまったものは仕方があるまい。捕まったのはどうせ使い捨ての奴らだろう?」
「当然だ。いくら拷問をかけられようとも我々のことを漏らすはずがない。知らないのだからな」
「ならば構わん。では、次の計画を立てようか」
「そうだな――」
◇ ◇ ◇
屋敷に戻った後。
俺は、叔母上と話していた。
「しかし、敵は九島でしたか。これで一歩近づきましたね」
「さて、どうかしら」
俺の言葉に、叔母上が疑問を呈する。
「しかし、私の真由美さんの仲を引き裂きに来たことから四葉と七草が結ぶことを良しとはしないのは確かでしょう」
「それは間違いないわね。でも、どうも釈然としないのよ」
「釈然としない、ですか?」
「ええ。確かに九島真言は敵でしょう。でも、九島烈は違うのよ」
「はあ。まあ、叔母上の師匠でもあった閣下が例の事件に関わっているとは思えませんが……」
だからといって、何が釈然としない……そうか!
「九島真言一人でやったにしては、規模が大きすぎる。そうですね?」
「ええ。例の事件の時はまだ、九島真言は当主では無かった。その立場で、一人で四葉や他の者たちには悟らせずに大亜連合と繋ぎをつけるのには少し無理があるわ」
「だから、もっと敵は強大だと」
「恐らく、九島真言は氷山の一角に過ぎないわ。しかも恐らく、敢えて表に出てきた囮でしかない。仮にも十師族の当主よ?あんなに迂闊なわけがないもの」
「わざと、ということですか……」
思ったより、敵は大きいみたいだ。
俺と叔母上だけでやるには、少々無理があるほどに。
「……そろそろ、うちだけでやるには限界が来ているかもしれませんね」
「ええ。せめて四葉の内のことは私たちだけで解決するけれど、その後のことは他家の協力を仰いだほうが良いかもしれないわね」
「でしたら、今のうちから仲間は集めておいたほうがいいでしょうね。私は同年代に声をかけてみますよ」
誰がいいだろうか。
一条、十文字あたりは大丈夫そうだ。
後は……九島烈を通して光宣にも声を掛けてみるか。
後は、百家とも顔つなぎをしておこうかな。
「私はこちらの準備を進めておくわ。そうね……11月あたりを目処に、ね」
11月……というと、論文コンペティションの後ぐらいか。
横浜騒乱編の後だな。
「承知しました。それでは、失礼します」
「おやすみなさい」
ひらひらと手を振る叔母上にお辞儀をして、俺は自分の部屋へと戻った。
◆ ◆ ◆
翌日から3日間。
パーティのことなど思い返している暇もないほど、俺は生徒会の仕事に忙殺された。
初日のようなトラブルは起こらなかったためそこまで忙しくはならないはずだったのだが、1日仕事を休ませてもらった代わりとして様々な仕事を押し付けられ、こちらも忙しくて一人抜ける余裕もない中を休ませてもらった負い目があるため断りきれずに大量の仕事をこなす羽目になってしまった。
ちなみに、仕事を押し付けてきたのは主に真由美さんと市原先輩、それに姉さんである。
真由美さんはいつも俺にからかわれている分を返してやろうとでも思っているかのように次々と仕事を与えてくるし、姉さんには逆らえるわけもなく。
休んだこと以外に負い目がないのに断りきれないように仕事を押し付けてくるあたり、市原先輩は中々にいい性格をしていると思う。
中条先輩は人に仕事を押し付けたりするとその罪悪感に耐えきれなくなってむしろ一生懸命手伝ってしまうような性格だし、服部先輩は生徒会役員の中では一番真面目なので他人に自分の仕事を押し付けるような真似はしなかった。
それがせめてもの救いと言うべきか。
まあ何にせよ、俺は1年分は働いたと胸を張って言える程度には大量の仕事をこなしたのである。
その代償として、今は俺に与えられた生徒会室のデスクに突っ伏しているのだが。
「本当、お疲れ様。大変だったわね」
「一番仕事を押し付けてきたのは貴女ですけどね、真由美さん……」
「えー、だってわたしたちは誰かさんが仕事を休んだ日も一生懸命働いていたし。人数が全員揃っていても大変な仕事量を一人少ない状況でこなしたのよ?その分、休んだ誰かさんが苦労するのは当然のことじゃない?」
……くっ、事実なだけに何も言い返せない!
得意げに笑う真由美さんを恨みを込めて睨むことしかできなかった。
「まあまあ、今回は仕事をサボった和也くんが悪いだろう?普段手玉に取っている分、今回ぐらいは気分良くさせておけ」
「渡辺先輩……別に俺は仕事をサボった訳ではないんですが」
「なに、理由はなんであれ仕事をやらなかったことに変わりはないんだ。どちらでも同じだろう?」
まさにぐうの音も出ないという感じだった。
「まあ、それでも押し付けた……失礼、休んでいた分の仕事はちゃんとこなしたのですし、ここは労ってあげても良いのでは?」
そう言って俺の前に紅茶を置くのは姉さんだ。
フォローしてくれるのはありがたいが、今押し付けたと言ったことは聞き逃さなかったぞ。
それに、真由美さんに負けず劣らず遠慮無しで俺をこき使ったのは貴女ですけど。
同じように睨むと、姉さんはそっと視線を外した。
「……まあ、この話はもう良いです。どうせ終わったことですし。俺のブラック企業も真っ青な職務内容は置いておきましょう。全然、これっぽっちも気にしてませんし」
「物凄く気にしてるじゃないか……」
渡辺先輩が何かボソッと呟いたが、俺には何も聞こえなかった。
うん、聞こえなかった。
「さっき、司波さんから聞いたんですけど。今、達也がカフェで剣道部の壬生先輩?と会っているらしいです」
「「「よし、今すぐ行こう(行きましょう)」
そうなるだろうとは思っていたが、予測していた俺もドン引きの反応の速さだった。
「しかし、どことなく深雪さんがそわそわしているのはそれが理由だったんですね」
「べ、別にそわそわしてなんか……」
「司波さん、もうポットが空ですよ」
「え?……あっ」
手元が疎かになっている。
そのことを指摘すれば、言い逃れは出来ないと観念したようだった。
「……別にお兄様と壬生先輩がどうこうなるとか、そういうことを心配しているわけではありませんから」
つん、とそっぽを向きながら言う。
そう言ったのはせめてもの抵抗だったのだろうが、その言葉は皆が推測する姉さんの気持ちを裏付けただけだった。
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