魔法科高校の加速者【凍結】   作:稀代の凡人

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第40話

「――それで、答えは出ましたか?」

 

あれから2日後。

兄さんは今、カフェにて壬生先輩と向き合っていた。

 

俺は例によってその近くに座り、壬生先輩に気付かれないように話を聞いている。

 

「……私、今まではただ学校に私達の考えを伝えるだけでいい。こういう現状があるんだという声を届けるだけでいい。そう思ってたの。でも、司波くんと話してみて分かったわ。きっとそれは違う」

 

一度言葉を切り、そして兄さんの目をはっきりと見る。

 

「私達は学校に、二科生の現在受けている待遇の改善を求めます」

 

ほう。

しかし待遇とは、相変わらず具体性のない話だな。

 

兄さんもそれは感じたらしかった。

 

「なるほど、待遇の改善ですか……二科生の受けている待遇。その中で最も一科生との違いが表れているのは授業に関してですが、それについてですか?しかし教員の数が少ないからこそ我が第一高校は一科二科制度を取っているのです。まさか教員の数を増やせとでも?」

 

「……そこまでは言わないわ」

 

「では、部活動についてですか?しかし、剣道部は剣術部とあまり変わらないペースで体育館が割り当てられていたと記憶していますが。それとも予算ですか?確かに魔法系の部活動は予算が多い傾向にありますが、それは結果を残しているからです。活動実績によって予算が増減するのは普通の高校でも同じなのではありませんか?」

 

「それは……じゃあ、司波くんは不満じゃないの?魔法理論も、一般科目も、実戦でも一科生を上回っているのに、ただ魔法実技が出来ないだけでウィードと見下されてるのに?」

 

必死に言い募る壬生先輩。

ブランシュの奴らに、司波達也は何としても仲間に入れろと言われているのだろうか。

 

確かに兄さんのキャスト・ジャミングもどきは高価な軍事物資であるアンティナイト無しで魔法の発動を阻害できるため、特に組織の性質上比較的実力の低い学生を手駒として扱わなければならないブランシュとしてはその有用性は計り知れないものだろう。

 

だがこの人は、少なくともブランシュ程度が手綱を取れるような小駒ではない。

 

「……俺だって人間ですから、見下されて不満を感じることもあります。ですが、俺は教育機関としての学校にそこまで期待してはいません」

 

「え……?」

 

「俺が魔法科高校に入学したのは、魔法大学系列の施設でしか閲覧できない資料の閲覧権と魔法科高校の卒業資格さえ貰えれば、それ以上のことは学校には望みません」

 

兄さんが将来目指すもの。

今、目標にしているもの。

 

それらの実現のために、その二つが必要なのだろう。

後者はともかく前者は四葉で幾らでも用意できるのだが、兄さんは四葉の力に頼ることをひどく嫌う。

 

ことが姉さんに及ぶと躊躇うことなく四葉を頼るが、自分でどうにかできる、あるいは他に方法があるのならばそちらを選ぶ人だ。

 

呆然としている壬生先輩を他所に、兄さんは立ち上がる。

 

「……まあ。これも何かの縁です。生徒会長へ口利きだけはして差し上げましょうか?」

 

「口利き……?」

 

「はい。俺の妹が生徒会役員ですので、俺も面識があります。生徒会執行部は生徒の中で最も学校運営に近い人達です。先輩の仲間と会談をセッティングするぐらいはしますが」

 

壬生先輩は黙り込む。

これを受けることによるメリットとデメリットを計算しているのだろう。

 

この申し出は、一見するとメリットしかない。

 

生徒会へすんなりと繋ぎをつけることが出来る上に兄さんとの繋がりもまだ切れない。

そしてこの時点では生徒会長との会談だけで、別に何か失敗したところで特にデメリットは発生しない。

 

協力は出来ないと言った兄さんがその口で「繋ぎをつける」と言っているのだから怪しさこそあるが、生徒会長と交渉の場を持てるのならばそれで構わない。

 

そう考えるだろうと踏んだ俺の予測は正しかったのか。

それは分からないが、結果として壬生先輩は頷いたのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「――という訳で、生徒達はどうやら生徒会長との公開討論会を行うことになったようです」

 

「なるほど。引っ張り出されましたか」

 

そこは、とある暗い部屋。

二人の男が向かい合っていた。

 

「確かに、その感は否めませんね。あの女子生徒が司波達也に接触したのが3日前です。たった3日間で表舞台に出ることになるとは、予測もしていませんでした。生徒会執行部にもそれなりに頭のある生徒がいるようですね」

 

全く、忌々しいことだと吐き捨てるように言う男に、もう一人は穏やかに微笑む。

 

「仕方のないことです。何せあの(・・)四葉和也がいるのですから」

 

「四葉和也、ですか?確かに、今年の新入生総代を務めたのが四葉の御曹司でしたが……生徒会には七草真由美がいるでしょう?」

 

わざわざ特筆すべき相手ではないだろうと言外に言う男に、もう一人が首を振る。

 

「いえ、あれはかなり厄介ですよ。単体でBランク魔法師10人を五分と掛けずに倒すほどです。そして十師族の当主に匹敵するほどの政治的能力もある。第一高校の生徒の中では、どうも頭一つ抜けているようです」

 

「そのお話が本当ならば、確かに脅威ですね……。先生(・・)が用意された戦力が過剰すぎると思われたのも、それが理由ですか」

 

「ええ。何年も掛けた策を彼に潰されたこともありますから。出来るならば、この機会に彼は消しておきたいのですよ」

 

早いうちにどうにかしなければ、近いうちに必ずこちらの邪魔となる。

 

「とはいえ、予想よりはだいぶ早かったものの先生が仰る通り早いうちから準備をしておいて良かったですね。お陰で、恙無く計画を実行に移せます」

 

「ここからは、私がすることはありません。後は任せましたよ?」

 

「はい、先生」

 

そう言って、男は部屋を出て行った。

 

一人残った方……今出て行った男に先生とよばれていた男は、一人呟く。

 

「四葉和也……どこまでも私の計画の前に現れる。やはり、あの男はこの辺で消しておかなければなりませんね。今回の件で成功すれば御の字ですが、そうはいかないでしょうし。……大亜連合に、少々働きかけてみましょうかねえ」

 

男は暗闇の中で、静かに嗤うのだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

なんやかんやあって、とうとう公開討論会を明日に控えた今日。

明日のために色々と最後の調整を行い、今出来ることはほとんど手を尽くした俺は、真由美さんと共に帰路を歩いていた。

 

「ついに、明日ですね……」

 

「そうね……出来れば、何事もなく終わってくれれば良いのだけれど」

 

物憂げな顔で呟く真由美さんに、頷く。

 

「様々なケースに対応するために色んなことを手配しましたが、確かにそれが一番ですよね」

 

誰だって、進んでトラブルや厄介ごとに巻き込まれたくはない。

俺だって、そこに親しい人が巻き込まれていなければ進んで首を突っ込もうとは思わない。

 

「……一つ、聞いてもいいかしら」

 

「何でしょうか」

 

遠慮がちに尋ねる真由美さんに首を傾げつつ先を促す。

 

「今回の一件。和也くんはどこまで掴んでいるの?」

 

「また、えらく抽象的な質問ですね……」

 

思わず苦笑いして頬を掻く。

 

要はどれだけの情報を俺が掴んでいるのか。

それを聞いているのだろう。

 

この人にわざわざ知らせる必要はなかったから何も言わなかったが、聞かれたからには答えないわけにはいかないだろう。

 

「剣道部を中心に、非魔法系の部活動に所属している生徒がブランシュの下部組織であるエガリテに吸収されているのは紛れも無い事実です。そして明日、討論会の途中に学校へ武装集団が侵入することも」

 

「……その情報は、どこから得たの?信憑性は?」

 

「信用は出来ますよ。何せ、俺が指揮権を持っている組織からの情報です。3年前、攫われた真由美さんを救出した後の後始末をやってくれた奴らを覚えていますか?」

 

「え、ええ。確か私と変わらないか少し上ぐらいの人が多かったから、印象に残っているわ」

 

「あれは、俺がとある場所から引き抜いた才能ある子達を鍛え上げて作った組織です。『魔法師遺児保護施設』ってご存知ですか?」

 

「あの、悪名高い?……ということは、そこから引き抜いたのね」

 

「はい。その組織、『オーフェン』と言いますが、そこから2人は俺と同じように一高に入学しまして。その内の一人が、剣道部に所属しているんです」

 

俺の言葉に絶句する真由美さん。

 

それが真実ならば、俺は入学前から剣道部とブランシュの関係について把握していたことになる。

 

「いつから、分かっていたの……?」

 

「入学一ヶ月前ぐらいですかね。自分が入学するところですし、下調べぐらいはしますよ」

 

その言葉に唇を噛む真由美さんだが、高校入学時に俺のように自由に動かせる駒があることの方が珍しい。

 

更に俺は前世の知識ゆえに剣道部に何かあるとわかっていたから、気付くことが出来たのだ。

そうでもなければ、真由美さんと同じことになっていたのは想像に難くない。

 

今も1人は剣道部に潜入して逐一報告してくれているし、その間にもう一人――修斗は校内の人脈の形成に専念している。

普段ほとんど一緒にいないのは俺たちの関係が同じクラスの友人程度であると思わせるためだ。

 

そして念には念を入れて、間には必ず修斗が入るようにしている。

最も敵もさるもので、完璧な計画の把握は出来ていないが。

 

「とにかく、俺の持つ伝手というのはそれですよ。一科には俺ともう一人、二科に一人。そしてそいつのおかげで、明日の敵のおおよその動きは特定できました。そのお陰で、それを推測という形ではありますが十文字先輩や服部先輩に伝えてより精密な計画を立てることができました。だから、明日は大丈夫ですよ」

 

一昨日ぐらいから、2人になると少し不安げにしている真由美さんを安心させるように言う。

 

俺たちが武装集団が来ること前提という不穏な会話をしていたからか。

少し不安になってしまったのかもしれない。

 

いくら十師族と言えども、どんなに普段は気丈に振る舞っていても、中身はまだ今年18歳になる一人の女の子でしか無いのだ。

 

むしろ俺にだけでもその不安を見せてくれたのは有り難いし、何より頼ってくれているようで嬉しい。

 

だから、俺の大切な婚約者を安心させるように言う。

 

「――大丈夫。貴女は、俺が守りますから。たとえ何があろうとも」

 

「……うん。ありがとう」

 

真由美さんは、ふわりと微笑んだ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

そして、その日がやって来た。




お読みいただき、ありがとうございました。

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