その後は特筆すべきことはなく、今回の事件は終わった。
俺は敵のアジトへの襲撃には加わらず、学校に残って真由美さんとともに後片付けや事後処理などに追われていた。
強いて語ることがあるとすれば、今回のこの件の首謀者であった司一、その背後で策を全て組み立てた男のことだろうか。
まあ今更語る必要もないかもしれないが、やはりこの件にはあの眉目秀麗の中国人の青年、周公瑾が関わっていたようだった。
俺が最後に捕まえたあの男を、渡辺先輩のあまり人には言えない特技――気流を操作し、複数の香水を組み合わせて違法薬物を使わずに自白剤と同等の効果を得る技術――によって尋問したのだ。
その結果、ブランシュ日本支部のリーダーである司一の部屋から出てくる整った顔の中国系の青年を見たのだと言う。
それ以上のことは何も知らない、とのことだ。
しかし、ここでまでもあの男の名を聞くとは……いや、名前は出てきていないが。
今回の件は、完全に俺の負けだった。
色々なところに無駄に手を出しまくって盤面を荒らしまくった挙句、それを全て相手に逆手に取られてしまったのだ。
力づくでどうにか策を打ち破ったから結果だけ見れば良かったものの、こんなやり方は全くもって評価できない。
そう何度も力づくが成功するとは思えないからな。
俺など大した策士では無いが、まさに「策士、策に溺れる」といった感じだった。
これまで奴の実際の顔は見たことも無いが、思えばあの男には昔から苦汁を飲まされてばかりだ。
沖縄での件では脳の処理能力を限界ギリギリまで使わされてぶっ倒れたし、箱根では一度真由美さんを攫われてしまっている。
そして今回の件だ。
ここまでは奇跡的に大切なものは失わずに来たが、これからもそうだという保証はどこにも無い。
もっと精進しなくては。
そう決意する俺なのであった。
◇ ◇ ◇
一方、その頃。
この男――周公瑾も、今回の件の顛末についての話を聞いていた。
「……なるほど。襲撃は全て生徒によって退けられ、その上アジトに逆襲撃を受けてブランシュ日本支部は壊滅、ということですか。私の雇った部隊は?……ああ、やはり捕まりましたか。ご苦労、下がっていいですよ」
まあ、そんなところだろう。
というのが、周の率直な感想だった。
ブランシュ日本支部のリーダーと名乗っていた男は魔法もお粗末なら頭もお粗末で、ただ光学系の幻惑魔法のようなもので洗脳し、どうにか勝負になっていただけに過ぎなかった。
こちらの話術にもいとも簡単に嵌ってくれたので、わざわざ魔法を使う手間が省けたほどだ。
今回、周が支払ったのは頭の悪いリーダーをこちらの意図の通りに誘導する為に必要だった労力だけ。
それを代償に得たのは第一高校の内情など、幾つかの有用な情報。
収支としては明らかにプラスだった。
「四葉和也のデータも得ることができましたし、総合的には上出来でしょうね……」
今回の一件への対応を見る限り、四葉和也は急な状況の変化には弱いようだった。
囮の存在を漏らした後の対応は、明らかにそれまでと比べて判断力が落ちているとしか言いようがないものだった。
正直、お粗末に過ぎる。
だが、その一方で予め準備の出来る状況には強いようだ。
今回だって和也の作り上げた状況を利用することが出来たが、そもそも今回こちらは相手の情報を全て把握していたのに対して向こうは自分の存在すら知らなかったのだ。
敵の様子だって、こちらは第一高校の生徒を使って自然に逐一状況を把握出来たが、向こうは剣道部の中に手駒を忍ばせ、しかも表立っては動けなかった。
それでもやりようはいくらでもあったのだが、こちらの方が圧倒的に有利だったことは間違いない。
トランプでいうと、初めから向こうの手札だけが開示されている状況でポーカーをするようなものだったのだ。
だが、もし条件がお互い同じだったならば、果たして結果はどうなっていたのだろうか。
そして、さらに厄介なのは和也本人の強さだった。
13歳にして単独で軍艦10隻の主砲斉射を防ぎ切り、遠方からの狙撃にも咄嗟に急所を外すだけの警戒心と反射神経を持ち、キャスト・ジャミングもあまり効果がない。
その上、最強の対抗魔法とされている
そして魔法師としての実力は、既にトップクラス。
大人でも、大概の魔法師ならば簡単に退けるだけの実力を持っている。
流石は四葉直系といったところか。
もし彼を殺すならば、相当な戦力を用意しなければならないだろう。
後は、戦い方を見る限り遭遇戦よりも開けた場所での戦闘の方が強いようだ。
まあ、あの機動力ならば狭い場所よりも広い場所の方が良いことは間違いない。
いかに、相手にとって悪い条件を整えるか。
それに尽きるだろう。
「屋内の狭い場所で、あとは
暗闇で、一人呟く周公瑾なのであった。
◇ ◇ ◇
「……ふぅ、ご馳走様。美味しかったよ、姉さん」
「お粗末様でした。紅茶を淹れてくるわ」
「ありがとう」
その日の夜。
俺は司波家において兄姉と夕食を共にしていた。
というかご馳走してもらった。
「……さて。次の話をしようか」
少し雰囲気を変えた俺に、兄さんは黙って先を促す。
「次の舞台は九校戦だ。細かい話はまた今度するけれど、香港系犯罪シンジケート
「……随分と意味深なアドバイスだな」
かなりぼかして話をした俺の言葉に、兄さんは顔を顰めて考え込む。
と、そこに姉さんが紅茶やコーヒーを持ってきた。
「何の話をしていたの?」
「ん?もうすぐ九校戦だねって話。……あ。そういえば姉さん、真由美さんたちが九校戦のメンバーを決めるのにかなり困ってたよね?」
「ええ。そうね」
本当にどうしようかしら、と首を捻る姉さんに、兄さんが意外そうな表情を浮かべる。
「そうなのか?一年生は深雪や和也を始め、結構な役者が揃っていると思うが。上級生だって、会長や委員長に会頭の三巨頭を筆頭に、かなり優秀な先輩が多かった気がするが」
「ああ、そこは問題無いんだよ。選手はね。ただ……」
「技術スタッフが中々集まらないそうなんです。どうも今代は魔工系よりも実戦の方に人材が偏っているらしくて」
そこまで聞いた兄さんは、少し考えてからハッと何かに気が付いたのか、俺のことを睨んでくる。
でも今更遅いよ、兄さん。
ニヤッと嫌な笑みを浮かべて自然になるような声色を出す。
「……そういえば姉さん。やっぱり最高のパフォーマンスを披露するためには、最高の技師にCADを調整してもらわなきゃいけないよね?」
「……そうね。CADが劣悪でもそれなりにやれないことはないでしょうけれど、最高の、と言われるとやはりそうなるわね」
この辺で姉さんも勘付いたらしく、目を輝かせている。
まるで「その手があったか!」と言わんばかりである。
兄さんは隣で全てを諦めたような顔で首を振っている。
「それじゃあ、姉さんにとって最高の技師は?」
「もちろん、お兄様以外にはいないわ!」
そして二人でそちらを向く。
「「お兄様(兄さん)。もちろん、出ていただけますよね?」」
兄さんは、深々と溜息を吐いた。
「……もう、好きにしろ。最も、推薦したところで賛同を受けられるかは分からんぞ。何せ俺は一科生への受けが悪い二科生だからな」
「そんなもの、直にその技能を見せつければ認めざるを得ないに決まっています」
自らを卑下するような言葉を、姉さんが否定する。
その横で、俺は唇だけ動かして兄さんをよりやる気にさせるべく言葉を放つ。
『技術スタッフになったら、より近くで姉さんのことを守ることができるよ?』
先ほどの言葉は、兄さんにすんなりと認めさせるための布石だった。
まあ、実際第一高校の優勝のためには兄さんは欠かせない。
真由美さんの最後の九校戦だからな。
ちゃんと、最後を優勝で飾ってあげたい。
最終的に兄さんが出した結論は、技術スタッフとして九校戦のメンバーに入ることを受諾するものだった。
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