艦隊これくしょん 第八九特別掃討隊任務報告書   作:読図パニキ

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 ――1999年7月。

 

 ――人類は、異種との遭遇を果たした。

 ――しかしそれは我々にとって望ましい形の邂逅などではなく。

 ――未来ある若き命たちを散らせる、終わりなき戦禍の始まりだった。

 ――暦が新たな区切りを迎えようとするこの年、数々の船舶が消息を絶つという事態が発生。

 ――民間船の船体の一部が発見。同船体には「何者かに食い荒らされたような形跡」が確認された。

 ――その事実は表立つことはなく、しかし、戸を立てられない人々の口からにわかな広がりを見せた。

 

 ――また、同年、数々の航空大事故が多発。

 ――我が国では対領空侵犯措置に出撃した航空自衛隊F-4EJ改の消息不明。

 ――それに続く形で、各国の航空戦力が謎の事故を遂げる。

 ――発見されたブラックボックス、機体の一部からは「戦闘による損傷」が確認された。

 

 ――民間船からの無線救助要請。

 ――その無線電波を傍受し現場に駆け付けた報道局のヘリコプターにより、“奴ら”の姿は初めて衆目に晒される事となる。

 ――機械を生物的な意匠で形作ったような形状を取る、“奴ら”。

 ――“奴ら”こそが、一連の事故の原因であった。

 

 

 ――どこからともなく現れ、水上交通網を引き裂く怪物の群れ。

 ――いつしか“奴ら”は、こう呼ばれる。

 

 ――すなわち、深海棲艦。

 

 

 ――小さいものは鮫ほど、大きなものはクジラほどの船体を誇る“奴ら”……深海棲艦の装甲と機動力を前に、

 ――通常配備されていた海上戦力、航空戦力では有効打を与える事ができず、

 ――奮戦の甲斐もなく、我々人類は、母なる海から遮断された。

 

 ――八年後、防衛庁は、その名を国防省と改めた

 ――それに応じる形で、海上自衛隊は日本国海軍に、陸上自衛隊は日本国陸軍に改められる。

 ――また、同じくして武器の使用基準についての見直しが進められた。

 

 ――ときの総理大臣は国会の答弁に際し、「我が国は世界でも名だたる対深海棲艦技術国として国際社会での役割を全うする義務があり」

 ――「また、世界平和の観点から見てもこれは妥当な判断であり、決して平和憲法に違反することではない」と表明。

 

 ――あくまでも軍と名を改めたのはその実質的な役割と、それに応じた便宜上の名称変更であることを強調した。

 ――これに対する議論は未だに根深いが、我が日本国軍は未だ国際通例上の軍事的な交戦権は持たず(所持はしているが行使について明確な法整備が進まず)、人道措置としての派兵に留まっている。

 

 ――自衛隊は日本国軍となるに当たり、再編成を要求。

 ――地方隊・地方総監部は旧大日本帝国に倣い、鎮守府へと名称を変更。

 ――また、基地名、階級や各部課についても旧帝国軍に準拠したものへと改正される。

 

 ――これに対する野党や市民団体からの反発は、大規模なものとなり。

 ――連日のように在日米軍基地、日本国軍基地周辺ではデモが見られた。

 ――また、アメリカで放映された反戦映画のスローガンから、この年の流行語は「もう戦争はいらない」となった。

 

 ――そして。

 

 

 

 

 

 

「うーん、なんだかなぁ」

 

 ぱたんと本を畳んで、ブレザーを身に纏う少女が雑誌をテーブルに投げた。

 仄かに暗く閑散とした部屋の中、申し訳程度に用意された応接セット。そのソファに身を預けた少女は退屈そうに欠伸を漏らした。

 少女は――青みがかった銀髪を背の中ほどまで伸ばし、向かって右側の髪だけをピンで止めて耳に掛からぬようにしていた。こげ茶色のブレザーと枯葉色のスカート。

 その黄緑色の瞳がチラリとグラスに反射する自らの姿を収め、白いワイシャツの首元から伸びた、かつては橙色だったものが白く煤けてしまったスカーフを直す。

 

「鈴谷、どうかしましたか?」

 

 黒色の木目が浮かんだ焦げ茶色のテーブルを挟んで反対側のソファに腰掛ける少女が眉を上げた。

 鈴谷と呼ばれた少女がソファに完全に身を任せているのとは対照的に、その少女は浅く座り背筋を伸ばしていた。眼前には、内線の通じる灰色の電話が設置されている。

 半袖のシャツに包まれた肩から伸びる白い手袋の繋がれた手が、所在なさげに腿の上に置かれる。

 その下には黒のハーフスパッツ。学校の制服のような濃灰色のスカートの裾から見えるそれは活動的な印象を与えるかもしれないが、当の少女は沈着冷静の仮面を脱がない。

 赤味がかった肩ほどまでの銀髪を全て後頭部で纏めて結わえ上げてしまった少女は、まさしく軍人然と憮然としていた。

 

「んー、いやさぁ……不知火も見てみなよコレ」

「『衝撃:艦娘の真実』――ゴシップ誌ですか」

「そーそー、なーんか面白い記事でも書いてあるのかなーって思ったら……」

 

 不知火が、群青色の瞳を雑誌に落とす。

 ペラペラと頼りないつくりの、大げさな見出しに任せたよくある三文記事ばかりを乗せたゴシップ雑誌。少なくとも普段不知火がお目に掛かろうと思う雑誌ではないし、年若い少女たちが好む雑誌でもない。

 大方左寄りの言説ばかりで、それを大層な信じがたいゴシップと共に報道しているのだった。

 

「なーんか真面目な感じに書いてあってさー、興ざめだよねー」

「はぁ……」

 

 「歴史の勉強したいんじゃないっつーの」と口を尖らせる鈴谷に、なんて答えていいものかと言葉を飲んだ。

 窓の外からは、景気のいい歓声が聞こえる。

 整備兵の一部が、駆け足を始めていた。大体二十人ほど、一個小隊規模。大声を出しながらのランニングは思った以上に腹筋に来る。

 不知火はそのまま、視線を移した。そう言えば半島の逆に向こうには陸軍の前期教育隊がある筈だ。あちらでも同様の事を行っているのか。

 見える筈もない風景と、既に遠すぎる自身の訓練兵時代を思い返し、また、あの時の遠間に島々の浮かぶ瀬戸内海の景色を思い起こした。

 そう言えば――目の前の鈴谷は、元は呉の所属だ。ともすれば、ここに来る前に出会ったりしてはいないか、と……。

 

「真実だのなんだの言っても、肝心なとこは乗ってないか」

「それは……」

「ま、乗せられるわけ無いけど」

 

 人権団体とかうるさいもんね、と彼女は付け加えた。

 プライベートでの交流は碌に行われないが、それでもなんとなく不知火は鈴谷の性格を分析している。

 基本的にフランクであるが、その陰にはシニカルとアイロニカルが顔を覗かせる。元の生活が影響しているのか知らないが、しばしばエスプリとウィットに富んだ言葉も飛び出す。

 言語学者や社会学者の執筆した高尚なアニメ論のごとき人物評はさておき、分かりやすく言うなら、機知に富み諧謔を多用する明るい皮肉屋――と言うところか。

 

「そう言えばさ……」

 

 鈴谷が、そう口を開いたところだった。

 同時に勢いよく扉が開かれた。二人の視線が集中するその先には、僅かに癖のかかった茶髪をふり乱した女性。

 陸上に打ち上げられたブラックバスか、それとも紫外線照射装置に晒されたモグラか――息も絶え絶え、這う這うの体で肩息を付く。

 整った、妙齢の色気のある顔立ちをしている。しかしそれもこの様では、百年の恋も冷めるというもの。

 

「お二人さん、ちーっす」

「み、水……」

 

 挨拶を返さず脂汗を浮かべて額を押さえる女性へと、不知火は無言で冷蔵庫からミネラルウォーターを差し出した。

 女性の背を支える年若い少女がそれを受け取り、キャップを開いた。

 白シャツの潜る、灰色のプリーツスカートを釣るサスペンダーが軋む。未だ十代前半という風情の少女が二十代も半ば以上の女性を支える構図には些か無理がある。

 浮かび出た汗に張り付いた黒の長髪。アイスブルーの瞳も、半ば困惑気味。

 

「陸酔いですか」

 

 不知火が、冷静そうに女性を見た。

 普段のそれから、見る影もない。ウェーブのかかった茶髪は乱れ、紫を基調とした修道女めいた制服とタイトな黒スカートには皺が多い。

 これが教育隊ならば、もれなく全員で大声を上げながら走り回るかカッターボートの搭乗練習をする羽目になる。

 

「海に出れば……なんとかなるわ……」

 

 頭を押さえて壁に寄りかかる女性――重巡洋艦娘妙高型三番艦、足柄である。

 

「陸酔い……ってそれ意味違くない?」

 

 呆れ顔で頬を掻く鈴谷に、不知火は照準。僅かに首を傾げながら問いかけた。

 

「そう言えば、さっきは何を?」

「ああ、提督がやっとここにも来るって。余所の命令書に書いてあった」

 

 随分前だけど、と付け加える鈴谷。

 本来、軍や部隊であっては大いなる問題なのだが――誰一人、気にはしない。

 ただ、ああそうなのかと頷いた。

 

 

「という事は……」

「そ、やーっと真っ当に司令官が付くかも知れないって事。これで責任の所在もめーかくじゃん?」

「……」

「前の人も良い人っちゃ良い人だったけどね、まー、定年前に余計な仕事は増やしたくないよねー」

 

 言われて不知火は、以前の司令官を思い出した。

 口数の少ない、どこにでも居るような平凡な顔をした壮年の男性。

 定年間近であり、本来ならどこかの基地の司令官か、はたまた大規模な戦隊や艦隊の司令になっていてもおかしくない。

 ただ、軍学校での成績と派閥の関係で、主だった基地の要職に入る事は困難なので――一応は名目上は隊の司令になると配置された人間。

 必要な分の書類を仕上げて、決済をして――それで終わりだった司令官。

 

「という事は、私たちにも司令官が……!」

「あはっ、朝潮張り切ってるねー」

「それは……やっぱり……」

「でも、期待なんてしない方がいいよ? 仕事が増えても減っても、この隊には碌な事はないし――」

 

 ――それに、希望なんてものが箱の中にあるから絶望が生まれたんだよねー?

 そう、鈴谷が付け加えた。艶を伴う、不穏な声色だった。

 それに顔を曇らせたのは朝潮だけ。他の艦娘は、泰然と遣り過ごす。

 

「……それでその提督なんだけどさ」

「どうしましたか?」

 

 他人には干渉しない――良く言えば懐深く、悪く言えば無関心な不知火も先を求めた。

 鈴谷は何故だか事情通だ。それは元の艦隊との縁なのか、それともこちらに来て新たに情報源を入手したのかは分からないが、どこからか四方山話を持ち込む。

 他に不知火の評価で言う事情通は、この場にはいない。

 そして直後鈴谷から告げられた言葉に、全員が驚愕した。

 

「なーんか、セクハラ野郎って噂なんだけど」

 

 「え゛」――朝潮=硬直して。

 「……」――不知火=黙殺。

 「……戦闘指揮の経験は? 経験はどうなの!?」――足柄=重要なのはそこだけだと。

 

「さあねー。ま、うちに来る時点で真っ当な人材じゃないっしょー」

 

 三日月形の笑み。口角を吊り上げる鈴谷の冷笑が、全てを物語る。

 全員、誰しもが無言。先ほどまでの空気は雲散し――代わりに覗かせたのは、粘ついた煉獄の気配。

 不知火――無言。冷淡に他人を拒む硬質ナイフの風情。この世の一切と自分は独立している、揺らがないという決意めいて。

 足柄――獰猛さを湛えた笑み。炯炯と眼を輝かせて、されど光りはない髑髏の双眸。唯一の実感と生存価値を確かめるように。

 朝潮――伏せられた瞳。僅かに残った良心から、この場が――この世界が酷く耐えがたいものであると告げる如く。

 鈴谷――嘲りが目の端に浮かぶ。張り付いたような三日月笑い。全てが茶番だと言いたげに。

 

 

 故に皆が気付いた。部屋に近付きつつある靴音。

 不知火が腰を上げた。この部屋に近付くものは余り居ない。庁舎自体が寂れたもの。他の部隊の執務室からは離れており、他の行き場のない書類や廃棄処分待ちの装備などの保管庫となっている。

 鈴谷と足柄が目を合わせた。朝潮はどうしたものかと考えた後、司令官席に目をやった。掃除は行き届いている――筈だ。

 

「失礼する」

 

 ノックから一呼吸遅れて開いた扉のその先に立つは、革製の書生鞄を片手にした白い海軍服。凛とした、一本筋の通った金属質の声色。或いは天へと伸びる青竹か。

 制帽の鍔の影に押し込められた双眸は、感情を感じさせない冷たさをレンズの奥に押し込んでいる。

 

「どちら様でしょうか?」

 

 不知火が応じた。一瞥した男の眉間に二本筋が寄る。

 鈴谷と足柄は無言。しかし、いつでも動ける程度に脱力。朝潮は、男から注目を外せない。

 ふと彼女が連想したのは憲兵。隙のない佇まいと、抜け目の無さを思わせる黒の明眸。柳眉は歪み、それが頑なさを印象付けた。

 だが、憲兵とするには瞳に険が薄い。どちらにしても刃物めいてはいるが、彼らのそれには炯々と熱と煙が籠もる。男の瞳には、温度が足りない。

 

「揃っているから、出迎えかと思ったのだが」

「というと……」

「本日付で着任する者だ」

 

 それで判るだろうと、男から睥睨。促されるまま不知火は脇に避け、その内を割り進む規則正しい踵の音。

 男が止まる。縞黒壇のデスク。備え付けられたパソコンを脇に反らして、少女達へと視線。

 応じて、鈴谷らも机の前に整列した。号令の後の集合完了の報告をする際も、脇を引き絞りつつも鈴谷の頭を過るのは“本当か?”だ。

 余りにも現実味が薄く実感を伴わない――その内に男の答礼が終わり、右手が降りる。

 それから一言。

 

「私が諸君らの司令官になる。名は敷島旭(しきしま あさひ)。階級は少佐。好きに呼ぶといい」

 

 司令官――青年というには些か薹が立った男性。三十手前か、その前後。若いとは言えないが、さりとて年寄とも言えない。微妙な年齢だ。

 としても、これが佐官というのは――若々しいだろう。

 国軍予科士官学校を経て(以前は防衛大学校と呼んだ)、或いは一般大学を卒業し士官学校で幹部候補生となるのは二十二歳。

 そこから部隊に渡って二十三歳で少尉(以前は航海演習があった為二十四歳だったが短縮された)。

 国軍予科士官学校なら大尉まで、一般大卒なら中尉までが自動昇進――この間はどこかの艦隊司令部で補佐官としての役割を果たし、軍務を学ぶ。

 それから成績や勤務実績に応じて、少佐の位に挙げられて「提督」と俗に称される司令官へと任官するのである。

 特異な事情でない限り、艦娘の指揮――特殊機甲海上歩兵の司令官は優遇されて、普段以上の昇任を見せる。

 最年少最短で二十八歳か二十九歳。大尉からほぼ即座に少佐だ。

 

 さて、その若いエリートだ。どう見ても――ストイックだろう。

 指揮も出来るし、座学も出来る、運動も勿論。そして、冷静であり、人格としても問題ないからこその最速特例昇任。

 少なくとも、セクハラをするようには見えない。その辺りの自分の操縦も得意そうだ。

 いや、或いはどことなく……こう、言い方が悪いが……その……エリート特有の、女性との付き合いのなさもありそうだ。

 その辺り、気軽に接触する艦娘との距離感を勘違いしたのか。凄くあり得ない話ではない。

 或いは、こう……鬼畜眼鏡っぽいので、女性隊員と付き合ったはいいもののやらかしたか。へへへお嬢ちゃん、皆に見られてると興奮しやがるなあ……とか。

 

「いや、ヘタレ受けね。これは」

「アッハイ」

 

 足柄が呟いた言葉に、鈴谷は口を閉ざした。なんだか酷く踏み込んではならない領域である。

 確かに真っ当な人材がこの部隊には来ないと、彼女自身――鈴谷自身もこう言ったが、意味が違う。ひょっとして、提督同士のそう言う話でも書いたから左遷されたのか。

 近寄ると毒される。いや、毒されたらどうなるんだろう。だがやっぱり恐ろしい――若干距離を取る鈴谷であった。

 

「何を話している?」

「え、いや……そのー」

「提督自身の指揮経験に付いてお聞かせ願いたいと思って」

 

 しれっと足柄は、顔を取り繕って言った。流石の歳の甲である。

 言葉を濁した鈴谷に向けられたのは冷徹な瞳――一人だけ梯子を外された気分であった。

 フン、と鼻を鳴らして、

 

「五駆付。それから、三水戦付の経験はある」

 

 「五駆?」「松風とか朝風とか……五水戦旗下よ」「そっから三水戦? あの夜戦のとこだっけ?」「栄転でしょうか」――口々に話し合う四人を前に、不機嫌そうな咳払い。

 見れば、眼鏡のフレームを中指で押し上げる提督。

 それが非常に様になっている。彼女たちからすれば、どう見ても堅物のエリート――セクハラ問題というのは彼を妬んだ言われもない噂――だと思えた。

 しかし、やはり。

 現実として彼は――この部隊に着任したのだ。

 

「無駄話をしたいのなら、この部屋の外で行って貰おうか。……他に質問は?」

 

 そこで、朝潮が手を挙げた。いつも精々闊達とした彼女の動作からしてみれば、見る影もなく鈍い。

 或いは彼女を知らぬ人間からするならば、或いはこれは緊張の表れか――それとも流石に目の前の堅物に威圧されたのか、と考えるところだが。

 

「司令官、よろしいでしょうか」

「なんだ? ……確か、駆逐艦朝潮だったな」

「はい、朝潮型駆逐艦ネームシップ朝潮です!」

 

 歯切れよく答える朝潮に、僅かに青年も頷いた。どことなく満足げで、それが残る艦娘たちには教師を思わせた。

 確かに、教師としてならどこかに居そうだ。あまり軍属と言う感じはしない。風紀に五月蠅い、教育指導も多い教師――という感じだ。

 やはりと考えつつ、セクハラというよりは逆セクハラによって狼狽えそうな男と言う方が似合う。

 

「それで、質問は?」

「あっ、はい! あの……質問ではないのですが」

「何だ?」

「この部隊には、この部屋しかありません」

 

 言うと――沈黙が訪れた。考え込んでいるのか戸惑っているのか。鉄格子状の窓から漏れいる光がうるさいと感じるほどの静寂。

 それから、遠来の如く駆け足の声が聞こえてきた。列中の隊員が上げるが鳴り声が酷く、場違いである。

 ややあって、

 

「……なら、久しぶりの横須賀を見回ってくる。あとは好きにするといい」

 

 硬質の声色でそう告げて、踵を返す提督。

 余りの取り付く島もない態度には余裕のなさまで感じさせるほど。

 朝潮が案内を申し出れば、

 

「必要ない。散策するだけだ」

 

 にべもない。そのままカツカツと、靴音が遠ざかる。人格と同じように、几帳面で固い歩調であった。

 全員で顔を見合わせる。雰囲気はある意味、和らいでいた。

 「……“あれ”? 何かの間違いじゃなくて?」 鈴谷=右掌を天井に向けながら。

 「優秀そうね……いいわ、漲ってきたー!」 足柄=手の甲で口元を拭いながら。

 「不知火は構いません。問題ないわ」 不知火=視線を再び、憮然としたものに変えて。

 「司令官、緊張してるんじゃ……」 朝潮=去っていった背中をまだ追うように。

 

 そのまま二三言、それぞれの抱いた印象を交わす。感想は様々であったが、共通しているのはやはりどことなく男が教師のようである事。

 それから、セクハラをするような人間には見えないという事。

 あの気難しさは、生来のそれなのか或いは初対面の故にかという事。

 

「でもさぁ……」

 

 と、再びの歪んだ弧。喜色を湛えつつも、その実何も映していない嘲りじみた鈴谷の笑み。

 この場の誰もの言葉を代弁するように――或いは彼女自身が何かを皮肉ったのか、それとも司令官を嘲笑ったのか。

 兎に角一言、漏らした。

 

「いやー、これで面白くなってきたよねー」

 

 鈴谷のそれは、実に他人事じみた囁きだった。

 

 

 

 ――日本海軍横須賀基地。

 

 深海棲艦の発生から十数年。今ではこの施設も、大きく変わっている。かつて在日米軍が使用していた地区はそのまま艦娘が転用。彼女たちの居住区域に。

 中にはいくつかもの隊の執務室も置かれているし、火急に備えた船渠や装備工廠も。娯楽となる施設もあれば、フードコートもある。

 つまり戦前の横須賀鎮守府の土地を米軍が接収していたのを、そっくりそのまま取り戻したもの。

 一口に横須賀基地と言っても、区画がいくつか存在する。それらの移動に於いて、外の一般道や電車を利用する必要もあった。

 未だに存在している護衛艦隊の船着き場やその弾薬燃料補給所。潜水艦や艦娘の医療実験施設。海軍としての鎮守府等中央施設など多岐に渡る。

 判りやすくその位置関係を言うとしたら。

 北を上として、千葉県の象徴たる房総半島を右側に東京湾を挟んで反対の左側に三浦半島。

 そのまま三浦半島を下に下れば突き出た観音崎。遥か上に辿っていけば横浜。

 丁度八景島寄りを上として、上から自衛艦隊司令部(船越地区)・術科学校や海軍医学実験隊及び船舶補給処等(田浦地区)……と間にも色々来て、ついに艦娘の存在する区画だ。

 その中には未だ米軍使用時代の名残が残されているが――。

 一角、新しいものが存在する。石碑。深海棲艦の犠牲となった人々に向けた追悼碑。

 その前に、脱帽をした提督が佇んでいた。

 

「司令官、こちらにいらしたんですか」

「朝潮か……私に何か?」

 

 結局後を追う事に決めた朝潮は、しばし散策の後再び司令官と相見えた。

 だが――決して拒絶ある態度でこそないが、表情を崩さない鉄面皮のそれには、言外の意味が含まれている。

 職務以外のあらゆる交流を拒むような。喜怒哀楽の内、青色の怒に連なる感情以外を置き去りにしたかのような。

 鋼鉄と称するべきか。或いはそこまで重くないにしろ――少なくとも人の情というものを介さない、機械じみた冷徹さ。

 

「いえ、用と言いますか……司令官の歓迎会についてです」

 

 言えば、提督は僅かに沈黙。ややあって、口を開いた。

 

「……なるほど。予め、計画はしていたのか?」

「その、着任の知らせ自体を受け取っていなかったので……」

 

 朝潮の呟きを、冷淡な視線が受け止める。眼鏡を押し上げる中指。どこか呆然と朝潮は、それが以前見た映画やドラマの風であると連想した。

 長息。失望か軽蔑か。朝潮は自然と、身を固くした。

 

「だったら結構だ。余計な時間を取らなくていい」

 

 即座に一断。それ以上話す事はないと、提督は口を閉ざした。

 シルバーフレームの奥に覗く切れ長の瞳。癖がなく垂れた黒髪は、額を見せる程度に分けられている。

 朝潮は国防省の教育機関あがりであり、また駆逐艦で在るために鈴谷や足柄などの重巡とは違って士官制度については熟知していないが。

 それでも目の前のこの男がやはり優秀であり、だからこそこの場が酷く不釣り合いに見えた。

 それが朝潮たちへの態度の裏返しなのか。

 己に言われもない咎を与えられて――だからこそ、こんな望みもしない場所へと不当に陥れられた。そう言いたげにも見えた。

 伸ばそうとした朝潮の手が、力を失い垂れる。対する提督は無言。そのまま、慰霊碑を眺める。顔色は変わらず。

 しかしそれでも、指先に力を籠めて司令官を正面から見やる朝潮。

 

「あの!」

「……なんだ?」

「折角なのでやはり、歓迎会を行いたいと思います! よろしいでしょうか!」

 

 緩やかに動かされる首。眉間に刻まれた皺。思わず身を竦ませそうになるが、朝潮は何とか耐えた。

 そのまま眺められる。眺めるというより――殆ど睨まれているに等しいと、朝潮は思った。

 

「……それは隊の他の者も同じ考えなのか?」

「それは――」

 

 朝潮は逡巡。僅かに視線を逸らした。

 他の艦娘たちは、積極的に計画はしまい。誰も彼もが倦んでいるし、今更余計な気を使おうとか干渉を行おうという性質ではない。

 しかし、行うなら反対はしない筈だ。

 皆、自分たちが命を預ける司令官に対してそこまで酷く冷淡ではない。或いは本当に無関心かもしれないが、無関心なら無関心で際立った反対はしない。

 誘えば、きっと来る。

 そう言おうとしたが――

 

「なら結構だ。私に余計な気を回さなくていい。必要があれば系統を通じてこちらから呼びかける」

 

 話は済んだなと、白地に黒の海軍帽を被り直す提督。

 そのまま朝潮に背を向けて歩き出そうとして、止まる。

 

「ああ、君たちの……この部隊の役割については判っている」

「……」

「余計な心配はしなくていい。私は正式な、君たちの指揮官だ」

 

 再び鳴る硬質の足音には、追ってくるな――と言われた気がした。

 指揮官であるという言葉と共に、同時に抱いたのは拒絶だ。あくまでも自分と艦娘は別だという――そんな境界。

 それが彼女たちの部隊の、その任務も知った上だとするのであれば……。

 

「……っ」

 

 胸の前で朝潮は、両手を縋り合わせた。

 シャツがくしゃりと揺れて、午後の日を反射していた。

 




朝潮:主人公。生真面目
不知火:メンバー1。鉄面皮
鈴谷:メンバー2。フランクな皮肉屋
足柄:メンバー3。戦闘大好き姉御
提督:エリート教師風眼鏡

提督の名前は旧軍の艦艇由来
なお、今後地の文・名称ともにあまり呼ばれる事はない

朝潮型はガチ
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