艦隊これくしょん 第八九特別掃討隊任務報告書 作:読図パニキ
「それで優等生ちゃん、どーだった?」
出迎えるなり、にいっと笑って零した鈴谷の声。室内を見回すが、提督の姿はない。
やはりかと、肩を落とす。結局そのまま、司令官の背中を見送った朝潮であった――ともすれば執務室に先に帰っているのではないか。
そう考えたが、姿はない。
それがますます歓迎されていない――本来なら歓迎するのは朝潮たちの方であるが――と思わせるには十分。
余計に胸の内が重くなるものを覚えつつも、朝潮は首を振る。
「うんうん、真面目で堅物……いいじゃない!」
「あはは、足柄姉さん狙ってるの?」
「うーん、ちょっとご飯作っても反応悪そうな人とは……パスね」
髪を掻き上げながら微笑む足柄。
先ほどまでの、あの酔いどれた状態ではない。艦娘を加味しても早すぎる回復。その辺りが流石は……というものだ。
例え朝まで飲んでいようが、海に出れば何の翳りもなく艦隊運動を行う。たとえそれが一昼夜続けた戦闘の連続であっても。
同時に、連日の会戦を続けて疲労困憊になりながらも、気にせず徹夜で飲み明かす。そういう、規格外だ。
「……で、やはりどうなのでしょうか」
「駆付き隊付きって事は、そこらへんまで大尉だから――指揮らしい指揮って取ってるのかなー、これ」
「ですがあの若さで昇進なら、少なくとも何かしらの形で実績を残しているのでは?」
「うーん」
「ってなると……セクハラ問題はそっからか。佐官になって張り切っちゃった?」
平然となされる鈴谷らの会話が、朝潮の耳には届かない。
内容が複雑すぎるというのもあった。司令官や命令系統、昇任などについて特に考えた事はない。詳しく知ろうとは思わなかった。
彼女たち艦娘の中の擬似的な階級や或いは改修や整備など、己に関わる部分については覚えがある。
だけれども、ある意味雲の上の人間である司令官が置かれた状況や機構などには、不得手であった。
逆に、意外だ。
鈴谷たちがそれらに通じており――そして、こうも真面目に何かを分析しているとは。同じ駆逐艦の、不知火が混じっている事も。
「えっと、あの……どういう……」
「ん?」と鈴谷。そこから目線が動き、足柄へ。
「あら、説明ね?」――やや胸を張り、自慢げに笑う足柄。
「……」――不知火は、黙って三者を眺める。
「どっかしらの大学から来て、士官学校を出る。そこから少尉で部隊配置……ここまではいい?」
「はい」
「で、部隊配置されながら実務訓練。そこらへんは私たちと一緒……とはいっても、海に出たりはしないけど」
「はい」
「やる事といったら司令官の補佐とか演習や訓練の立案、或いは特定の艦娘の補助や監督を行う。まあ、デリケートだから一対一とかは基本無いし実施されない部隊もあるけど」
「いたでしょ」と促す足柄の言葉に、朝潮も回想した。
編成の最小単位は二隻。
その、雑務を経験する。或いは直接隊を指揮する軽巡洋艦娘であったり提督に相談できない事を相談されたりなどと、精神的な保護であったりも含まれる。
年上の、指導員としての精悍な青年に憧れる駆逐艦娘も少なくない。同じく営舎内で暮らし直接担当や訓練を指揮する軽巡洋艦と違って、あくまでも優しいお兄さんのようである。
その時の呼び方も「司令官」や「提督」だ。敬意と信頼を以ってそう呼ばれる。
「あとはその繰り返し。偉くなったら、駆逐隊付から水雷戦隊付、戦隊付みたいに上がってく。大体一つの隊に二年から三年ぐらい?」
「それで、提督というのは……」
「大尉ぐらいになったらそこらへんの実務を見て少佐に昇任。それで俗にいう提督。駆逐隊は軽巡洋艦娘に任されてるからその水雷戦隊とか戦隊とか」
第一第二、第三と足柄が指折り数える。
戦隊の数は、様々だ。たとえば第三戦隊は全て高速戦艦娘である金剛型。かと思えば第二十一戦隊は球磨軽巡洋艦娘の多摩と木曾。或いは重巡洋艦だけで編成されたり。
潜水艦とその母艦で構成させる潜水戦隊であったり、航空機母艦娘とその護衛駆逐艦娘で構成される航空戦隊。
所在地も実に転々としている。一応の母基地はあっても、任務の都合により都度移動。だから同じ艦隊に在りながらも母基地が別なんていうのも珍しくはない。
必要に応じて移動が行われて、おまけに現状国軍は東南アジアの方にも基地を持つ為――何が何やら判りにくくなっている。
「正しい意味での司令官とか提督っていうのは、艦隊の司令ね。戦隊とか色々組み合わせて――鎮守府ごとの偉い人」
改めて説明されて、朝潮はなるほどなと頷いた。
思えば今まで、命令書で深く考えずに右に左にだ。重巡洋艦娘や戦艦娘のように、特別な教育課程に入っている訳ではない。
そういう意味では、あの提督の着任を歓迎すべきなのかもしれない。
少なくともこれまで己が踏み込もうとしなかった知識を得られたし、また、仲間のこんな面も新たな発見となった。
……いや、決して朝潮が提督を歓迎していない訳ではない。寧ろ、あのように優秀そうな人間が配置されたところは望むべくでもある。交流を深められたらな、とも。
しかし――。
「で、だからさー」
と、継いで鈴谷。
「セクハラ問題どうこうしてるなら、あの若さで少佐には昇任しないから……やらかしたのは提督になってから、って話」
そこで漸く朝潮は、会話の内容を理解した。
だが同時に疑問。それが分かったところで、だからどうだというのだろうか。何か変わるものがあるというのか。
一先ず彼は優秀そうであり、恐らくは実際その通りなのであろう。それはいい。司令官が優れているというのは、別に疎む事ではない。本来なら――、本来でなくても。
ただ別に、それがどこで起こされたのかなどは気にする事だろうか。
いずれにしても何某かの事情があり、この名目上は装備実験部隊へと送られた。処分の対象となるような事が身の上に起きた。
「……」
だとしても、判っているはずだ。
他ならぬ朝潮自身がそうである。軍は無慈悲だ。というよりも、それを統治する政府と支持する国民と、その仲立ちとなる報道が無慈悲なのだ。
故に軍人でありながら――その特異性が加味される事なく、或いは加味した上なのか――公の組織に属する職員として処分を受ける。
そこに、人が持つ思いは関係ない。戦場の空気などはない。どんな理由があったとしても、違反は違反だ。
かつて鈴谷はこう言った。「半端に追い詰められてないからこそ、そうなんだ」と。
切迫してないから非情が生まれる。緊迫してないから批難が生まれる。だからこそ他人事で、理解は進まないと。
事件が起こらないからこそ事件であり、静かに負の沼へと向かう停滞は何もかもを焼き払う破壊よりも恐ろしいものだと。
朝潮はその意見に素直には頷けなかった。
また同じく口にした鈴谷も、いつも通りの明るさでお茶を濁した。彼女の中でそれはもう終わった事なのだと、静かな嘲笑へと返る。
そう――朝潮も理解していた。自分とて、軍紀に違反した身なのだと。それは非難されて然るべきなのだと。
だけれども、言い訳がましくも事情はあった。部隊の他の者については彼女の知るところではないが、艦娘などという職業をしている以上同じであろう。
だったら、提督だって――そうなのかも知れない。彼なりの正当性があって、何かを行ったのかも知れない。その結果が、ここなのだとも。
ならば、ならばこそ、他ならぬ自分たちが彼の身上をこのように探りかける行為は控えるべきなのではないだろうか。
少なくとも、こうして集団で……面白おかしく話し合う事ではない。揶揄や憶測を以って語るべき事ではない。
それが、何故違うのだろうか。司令官を分析する隊の面子を見ながら、朝潮は一人取り残された気分であった。
「あの」
「およ、どしたの?」
「司令官の事をこういう風に言うのは良くないと思うわ……思います。もしも仮に、如何に司令官が女性問題でこちらの部隊になる事になったと言っても、そこには――」
「――そこには事情がある、と」
「はい。きっと止むに稀ない事情があって……」
朝潮が半ば走り気味にそう告げると、鈴谷は嗤った。
あの酷薄な笑み。近しいようでいて酷く遠い、死人の目。淀み切って何もかもを小馬鹿にする冷笑。
道化師。皮肉屋。どう呼べばいいのか――何もかもに身近にありながらもその実、何とも分かり合おうとせずに俯瞰するかの如き瞳。
「まー、あんまり喋り過ぎても良くないってのは昔から言われてる話だよねー」
「そうではなくて、こんな風な形で――」
「“習慣は偽りの友を作る。あたかも機会が偽りの恋人を作るように”……ってね」
「……?」
「だから、“自分もこうだから相手もこうだ”なんて考えない方がいいよ。それに、私たちの場合は友じゃなくて上官じゃん?」
「だから、面白おかしく噂話を……?」
「面白おかしくしたつもりはないけど……あー、そー見えちゃったならごめんごめん」
「……」
「ま、どう考えててくれてもいいけどさ……少なくとも鈴谷はこんなところで死にたくはないし、それが駄目な指揮官の元なら最悪。知れる事は知りたいし」
言いつつもそれが本心なのか、判らない。変わらずに浮かべられた微笑。
それすらもある意味芝居や何かのように、遠い世界の事に想える。
「どうしてそんなに、笑ってられるの」
朝潮の咎めるような目線に、鈴谷は笑いを零して頬に手をやった。
触れてから、やや唖然とした顔。彼女自身、己が笑っていると思っていないのか。それは無意識の内に行われているのか。
しかしそれでも、やはり鈴谷は余計に破顔。
「偉い人曰く“敵のため火を吹く怒りも、加熱しすぎては自分が火傷する”ってさ。何事もほどほどにしとこーって」
その身ぶるまい、或いは教養と博識。
黙っている彼女を一見すれば令嬢にも見えるが、話してみれば気安い鈴谷。それ故に評価が変わるのだが――こうした言動からは、育ちの良さが窺えた。
そう、やはり知らない。お互いの事を知らなすぎる。
部隊の特性上、止むを得ない事だ。己自身、脛に傷を持つからこそ過度に他人に踏み込まない。或いは踏み込ませようとしない。
「なーんて、こーゆーの鈴谷らしくないよねー」
「忘れて」と、手を振る鈴谷。喜怒哀楽の、楽しか覗かない。何をしていても当事者のようではなく、漏らす皮肉さえも本心からとは思えない。
これまで朝潮は別段気にはしていなかった。そこまで激しく互いについての論議や論理に踏み込まなかった。
あの司令官という存在が現れて、その潮流の変化に漸くそれらが顕在した。
「はいはい、まーこの話はここまでよ。ここまで」
流れを読んだ足柄が、丁度良く手を叩いた。鈴谷はいいタイミングだと片目を閉じて、朝潮は不承不承頷いた。
ここで打ち切られるには、何とも座りが悪い。
だとしても同様に、このまま続ける事を躊躇う己もいる事を朝潮は認識していた。
「まあ、私としてはどんな人でも構わないわ。本当にやらかしちゃった人でも、同情するような境遇でも」
「というと?」 不知火が眦を上げる。
「実際に戦ってみれば分かる――って事。優秀かそうじゃないか、試してみるのが一番よ!」
「まー、一理あるかもね」
「……同感ね」
「……」
果たしてそれでいいのか。
朝潮は足柄のようには割り切れない。かといって、鈴谷のように飄々としつつも注意するような真似もできない。
そもそも、戦い自体が余り好ましいものではない。特にこの部隊では。
だから――宙ぶらりんだ。
足柄の言葉にも一理ある。鈴谷の持論も理解できる。
だけれども願わくば……一番願わしいのは、そのどちらもが証明されないでいる事であった。証明したい、或いは明らかになって欲しいとも思いつつも。
割り切れない。いつだってそうだ。
と、
「まあ、仮にとんでもなく飢えに飢えた、ド変態ドスケベ鬼畜ドブ川工場製ムッツリエロ眼鏡セクハラ提督だとしても……それならそれで弱みでも握っちゃえば――」
足柄は、未だに渋面の朝潮を気遣ったのだろう。彼女は何だかんだと面倒見が良い。頼れる年長者であった。
元々の駆逐隊ならば、重巡洋艦娘とは語り合う機会も少ない。もっとも身近で最も恐ろしいのが軽巡洋艦娘。
重巡や戦艦は、艦隊としての作戦行動中やそれ以後に会話の機会があるかないか、というところ。つまりは直接的な利害関係にないのだ。
それは足柄としても同じだった。故に今までの習性として働いた老婆心(尚、決して足柄は老婆ではない。妙齢である。妙齢である)。
であるから見かねて、年若い駆逐艦へと気を回したのであるが――
「……」
――非常にタイミングが悪かった。
開かれたドアから部屋に入ったのは、むっつりとした真顔。そのまま努めて平静に椅子へと腰を落とす提督。
しかしどことなく雰囲気が重い。疲れが滲むと言おうか。
非情に居心地が悪い。そう考えて隊の面子を見回すも、残りはそれぞれ平常通り。鈴谷はあっけらかんと笑い、不知火は沈黙。足柄は腕を組んでいる。
これは別の意味でやってしまったと、朝潮は肩を落とした。
結局その後課業も終わり、朝潮は隊舎へと帰還する。伴った不知火は、やはり仏頂面を崩さない。
鈴谷と足柄は書類関係の引継ぎと、提督と残業をしていた。本来の部隊ならあり得ぬが、司令官の空白期間が存在した。
艦娘の中では階級(厳密には通常の兵のそれと異なるが)が高い二人が、部隊長代行をしていたのだ。
食事を負えて部屋へと戻るその間も不知火は無言。いつもはもう少し賑やかではあるが、それとなるもう一人は不在である為どこまでも静寂が重い。
あの重巡二人組は、その後平然と提督と仕事をしているのか。している気がする。気にせずに。
ただ自分は――非常に顔を合わせ辛いと、朝潮は枕に顔を埋めた。
「あぁ……」
朝の段階で司令官が来ると聞いて心が躍ったのもすっかり霧消し、それどころか頭痛の種だ。
職場に非常に顔を出し辛い。今日は失態ばかりを重ねてしまった。鈴谷に対してあのような言動をぶつけたのもそうであれば、司令官に対してもそう。
話す機会が多かっただけに猶更悪い。
散々と司令官に近付こうとした。鬱陶しいと思われたかもしれない。空回りしていたと思う。しかも色々と詰めが甘い。評価を下げに近付いたようなもの。
それでおまけに、あの暴言。ド変態ドスケベ鬼畜ムッツリドブ川工場製エロ眼鏡セクハラ提督――ああいや、ド変態ドスケベ鬼畜ドブ川工場製ムッツリエロ眼鏡セクハラ提督だったかも――どうでもいい。
兎に角、余りの悪口である。いくらなんでも酷すぎる。
「うぅ……」
あれは状況からして、朝潮が足柄に泣きついた結果の言葉だと思われなくもない。
あの司令官が性的な目で舐め回すように私の太腿や胸元を見つめてくるんです助けてください――大丈夫よ、小さな子に手を出そうとする変態は足柄姉さんが許さないわ……みたいな。
それまでの行動で悪く思われなかったとしても、ご破算である。どうしようもない。
そのまま、顔をばたばた。スカートから覗かせた足もバタバタ。
酷い。いくらなんでも酷い。酷過ぎる。逆の立場なら――とか言い出せない酷さ。余りに酷い。きっとメロスでなくても激怒する。メロスならいきなり46センチ砲を撃ち込んでる。
なんて事を言ってしまったのだろう。なんて会話の流れになってしまったんだろう。どうしてこうなった。誰が殺したクックロビン。山は死にますか。川はどうですか。朝潮の名誉は死にました。私は貝になりたい。
泣きたいくらいだ。
「……朝潮」
「あ、ごめんなさい! うるさかった?」
「いえ……珍しいなと思いました」
天井が覗く、仕切りの向こうから聞こえる声。部屋は四つにパーテーションで区切られていて、それぞれの区画にベッドが一つと周りに私物。一つは空きベッド。
中央は通路じみたものとなっており、端にはロッカー。逆にはドアに通じる。
それぞれ通路を挟んで左右に区画が二つ。通路に面するところには簡素なピンクのカーテンが掛かった部屋である。
左奥、適度にものが置かれて整頓されているのが朝潮の区画。その手前が不知火の区画。そもそも物自体が少ない。
一方朝潮の向かい側はカーテンが開きっぱなし。一応は整えられてはいるが、物自体が膨大だ。
「そんなにだった?」
「そうですね。まるで恋する乙女かと」
「……っ!?」
平坦な口調で告げられた揶揄に顔を赤くしつつ、朝潮は頭を振る。それから何とか、別の方に思考の羅針盤を向けた。
いや――そう、そうだ。珍しいと言えば、不知火がこのような事を言いだす事それ自体が珍しい。余り他人に関心を抱かないタイプであると思っていた。
やはり彼女も、新しく環境が変わった事になにがしかの影響を受けているのだろうか。
だとすれば――
「……ただ」
「え?」
「任務が任務なので、浮ついた気持ちはよした方がいいわ」
「……分かってるわ」
背中に差された水。
それまでの浮ついた気持ちは消え、朝潮の顔はアイスブルーの瞳よろしく、温度を失ったものへと変わっていった。
それから暫し後、その任務が発生する――。
大尉までの昇任速度については自衛隊を参考
提督の兵科については、水雷屋などからの転換(艦長になるようなもの)かと考えたが、どう考えても年頃の少女を扱いおまけに船の技術などとは違う当たり専門に兵科を設けた方がいいか、と考えた為
それらが出来る前までは水雷屋などからの転換が為されており、現在は両立耐性。通例での佐官が新たに高等術科などに入り艦娘の扱いについて学ぶ
流石に経験の足りない若造に他国とのやり取りや連合艦隊投げるのはちょっと……という国防省からの措置
他には、○○付などというのはその兵科は「少佐に昇任するまで何してるのよ?」という事で色々勝手にでっちあげた。でち公が悪い
朝潮型はガチ