艦隊これくしょん 第八九特別掃討隊任務報告書 作:読図パニキ
汗で張り付いた前髪。シャツの背中が不快であるが、それに構わず背筋を正す朝潮。
火急の報を受け、執務室へと急行。始終此れ戦中――と、常に戦闘服装は着用済み。脱ぐのは眠るときだけだし、それでも散々の訓練で暗闇の中でも五分と経たずに着用可能。予め用意しておけば一分も必要ない。
見れば他の人員も似たりよったり。息を乱す者はおらぬが、額に汗を浮かべるものは多い。
その正面には、机を挟んで司令官が立つ。
「課業外ご苦労。早速だが、指令が来た」
毛先に乱れがない、やはり表情の仮面を保ったままの司令官。
戦闘配備の報を受けてから執務室に来たとは思えない。或いは提督の中には執務室に泊まり込む(私室同然にして)者もいるが、寝具や夜食の調理器具などは見られない。部屋に備えられた冷蔵庫の中身に、食料はない。
窓の外には、赤色灯を灯すクレーン。移動司令部室となる護衛艦や艦娘移送護衛艦(低速艦編成や人数が多く距離も遠い場合使用する)が、稼働状態で鎮座する。
だが、この部隊にそれらが用いられる事はあまりない。
どうしても艦娘を鎮座させて移動するに当たっては、試験艦などを用いる事となっていた。
「三宅島から東北東二〇浬ほどの沖合に、当該目標が存在。はぐれ深海棲艦が哨戒網を抜けたものが原因と思われる」
広げた海図に、目標を打つ。そこだけ赤く開いたピンが、宛ら海に散る血しぶきが如く。
緊張感が、形を成した。
目に見えぬし音に聞こえぬが――さりとてそれでも肌を打つ。全員の様子に変化はないが、部屋を覆う雰囲気は一変した。
朝潮も、己の内から己を遠ざけた。
恐怖心や焦燥感などが置き去りになって――それでも消えきれずに残るが、これは闘いとなれば何れ失せる。
実感を伴わない、ただの情報と消えるのだ。
「武装の用意は整っている。出撃後、浦賀水道を南下。当該地点へと移動しろ」
武装については、本来廃棄される装備を使用している。自衛隊、それ以前の旧軍からの伝統――物品愛護の精神。
日夜継続する深海棲艦の脅威に対して、次々と武装の開発や配備が進められてはいるものの、満足にいかないというのが現状である。
しかし、ないものを嘆いても仕方がない。事実在り合わせの物でも戦ってきていれば、それは問題なしと判断される。
「既に深海棲艦の撃滅に第六駆逐隊と護衛艦“いかづち”が出撃した。当該海域の戦闘状態などを確認次第、こちらから連絡する――それと」
全員の手元に、資料が落とされる。
周辺の天気図。他、この時期に於ける潮流の予想図であった。
更にはそれらが統合されたもの――気圧配置等から海面温度=潮流の温度や速度等を予想したものである。
「あくまで参考程度であるが、記憶しておけ。深海棲艦撃破後、当該対象が潮流によって移動する事もあり得る。くれぐれも見失うな」
果たして何時間掛かるかと、朝潮は指折り数える。
横須賀からの直線距離にしては六十マイル程だろうか。第五戦速なら二時間ほど。あくまでも直線でだが。
それでも実際の戦闘を加味すれば、確実に帰還は日を跨ぐ。捜索を付け加えるならば、言わずもがなだ。
だがこの資料のおかげで、多少なりとも時間が削れるかもしれない。あくまでも司令官が言うように参考程度――なのだろうが。
それでも航海に当たっての知識と経験は、艦娘となる以上誰もが有している。その助けとなる事は間違いない。
「何か質問はあるか?」
「はーい、てーとくー」
鈴谷が手を挙げた。薄い笑み。されども侮るようなものはなく、身体はしなやかに気勢が満ちる。
或いはその微笑はどこか、得物を見つけた肉食獣を思わせた。
「……なんだ」
「周辺の船の状況とかどうなってるのー?」
「既に各所を通じて警報を発してある。船団を護衛する艦娘により、航路の安全性の確保は行われている。民間船についても――」
「いやいや、違うって」
「……作戦海域周辺の視程状況も確認済みだ。作戦行動の隠密性に支障はないものと産出された。必要なら――」
「いやいや、“支障なし”なんだよね? それなら鈴谷的にはオッケー」
そう言って、鈴谷は下がった。提督は眼鏡を押し上げて、小さく息を漏らす。
その話を聞きながらも、朝潮は――提督が日中執務室に殆ど顔を見せなかった意味を知った。ひょっとしたら彼は、各部署への調整に回っていたのではないか。
だとすれば真実、彼が朝潮たちの指揮官であると告げた言葉に嘘はない。
「それじゃあ私からもいいかしら?」
「どうした、足柄」
「船団を護衛していた艦娘の方は? それと、哨戒を行っている方は……」
「安全圏に移動が確認されたので、直接護衛については既に外されていたらしい。哨戒については現場に向かっている。第六駆逐隊と挟撃するだろう」
「えっと――」
「――こちらからも当該所属隊に状況の確認を行う。そちらについては問題はない」
精誠と、言葉を出す青年。予めの根回し等などは済んでいるのだろう。
ともすると一度も帰る事もなく、この場で仕事を続けているのかも知れなかった。
或いはそれは、普通の部隊の普通の提督ならばそうなのかも知れない。だからこそ、執務室というのは私的な色を帯びる。
そうだとしてもこの部隊にとっては特殊であり、それまで朝潮が望んでいた司令官という像には――彼はひどく合致していた。
「当該海域まで無線封鎖。任務達成や不測事態の際には連絡を行え。それと――」
「周囲の無線の把握に関しては問題ありません」
「……その通りだ、不知火。現場と司令室では情報に開きがある。絶えず警戒を厳にせよ」
自然と、皆の内に気配が満ちた。
誰もがこれを望んでいた。任務自体には忌避感のある朝潮とてそうである。
やはりその身は、闘いに置いている。本来の名を捨て、実在した艦艇の名を冠する戦闘者である以上は、優秀な指揮官にまみえる幸福を感じるのだ。
自然と頬が吊り上がる。
この先の事は努めて考えぬように意識から追いやって――彼女らは、高揚を身に宿した。
「――それでは、出撃だ。任務に掛かれ」
そんな暴力装置である己たちの引き金を弾く声すら、むしろ誇らしかった。
◇ ◆ ◇
――数時間後。
「了解した。……任務ご苦労。帰投しろ」
司令部に備え付けてあった中波・長波通信装置からの任務完了の報告を収め、提督――敷島旭は一先ず溜飲を下げた。
眼鏡を外して目頭を抑える。未だに日付は変更されていない。
その後に、秘匿回線を立ち上げ、報告を済ませる。
深海棲艦は既に撃破済み。当該海域に於いても新たな深海棲艦との遭遇がなかったというのは、初動の迅速さか。
兎に角艦隊に損害はなく、無事に帰りの航路に着くという訳だ。
「……フン」
しかし、彼の顔は満足とは程遠い。
手元にあるのは、終わった受話器。指先が僅かに浮いた白手袋を握りしめ、青年は再び眼鏡を掛け直した。
既に受話器は役目を果たした。本日の彼の役目も終わる。
伝えられた報告。彼の元に寄せられた“民間船の雷撃処分完了”という――任務の完了報告。
「これが、第八九特別掃討部隊か」
軍紀違反や精神的な疾患反応を起こした艦娘の受け皿。
言うなればある意味の落ちこぼれの集まり。それは彼とて変わりない。
ただ異なるのは、全員が極めて優秀なる戦闘能力を有している事。
そして表向きの処分の為の左遷で、使い勝手が良く、その秘密を漏らす事がないという精神適性での上での判断の事。
艦娘となる資質を持つものや優秀なるものが不足していながら――やはり同時に建前が存在する。国際的な条約にしろ、国内的な法令にしろ。
その逃げ道ともしている、使い勝手のいい部隊。表向きは装備の実験部隊。保有数を誤魔化す予備の部隊。
内実は、あらゆる害敵行為の実行と利敵行為の排除を行う特務部隊。
鋼材や弾薬、燃料などをその身に蓄え侵略を行う深海棲艦の持つ有利となるを破壊し、不利となるを破却する。
襲撃を受け着底した民間船/奪われた泊地や陣地の壊滅/資源地域での非公式戦闘。
実際はそれに留まらない。
任務内容には自力航行不能になった艦娘や、或いは鹵獲が難しくなった深海棲艦の破壊も含まれる。他国のスパイ船の撃沈も。
「……」
深海棲艦がシーレーンへの打撃を与えたとしても、人間の営みは未だ止まる事はない。政治に軍事に経済――様々な思惑が絡み合う。
戦前の力関係がそのまま反映されたような、艦艇の記憶を持つ艦娘の配置――錯綜する国際情勢。
技術の差。資源の差。経済の差。世論の差。戦力の差。
ある意味ではこの深海棲艦の到来を、新たな技術資源や社会の転換期であると捉える人間もいる。
その理論の内にあっては艦娘も貴重な資源。他国からの鹵獲を行われれば、果たして何が影響を及ぼすとも判らない。
故の――第八九特別掃討部隊。この国に撃ち込まれた二発の爆弾に由来する忌み数を与えられた、大いなる踏み絵にして生贄の山羊。
「……ふざけた話だ」
眼鏡を押し上げ、敷島は心底鬱陶しそうに鼻息を吐いた。
前に言った、水雷屋などからの転換の場合は移送護衛艦などの指令も出来るが、艦娘だけを扱っている提督たちには些か難しいご様子
それゆえ艦長などが別に存在するが、結構その辺りの指揮権が怪しい事に
なお艦内の階段は非常に急であり、そのあたりスカートが短い艦娘たちが乗り込んでくると下士官や兵卒は割と気が気じゃない。美人さん多いしね
燃費は色々だが、低速艦と高速艦を組ませて出撃するときは最大戦速を遅い方に合わせる必要があったり、色々と困るので艦娘移動艦は重宝する。お風呂も入れるし艦娘も嬉しがる
他には戦闘で戦闘服装が破壊されても、衆目に晒される事なく回収が出来るので風紀的にもいいが、やはり下士官や兵卒は(ry
朝潮型はガチ
なお、大体ここまででアニメ1話程度の分量