艦隊これくしょん 第八九特別掃討隊任務報告書   作:読図パニキ

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意味は舵中央


Midship/変遷

「えっと……ああ」

 

 結局、深夜に帰港した朝潮たちは執務室に顔を出し、それから営内に戻った。

 翌日は、明け――つまりは一日の仕事がなく休みとなる。夜勤のあとはいつもそうだ。皆が帰るまで執務室で翳り一つ見せぬ顔で直立していた敷島――司令官がその辺りの処理をしたと言っていた。

 これが戦時編成ならば、休みなど貰える筈がない。月月火水木金金――出航している最中なら休みなどない。職務上、当番の巡りはあるが。

 今は深海棲艦の危険性がある事はあるが、扱いとしては平時に近い。故に殆どの艦娘は母港に戻っている。そのまま訓練をしたり、あるいは周辺海域の警備行動や輸送の護衛だ。

 輸送船団の護衛は特に時間を有する。その間の娯楽は、入れ替わりで船に上り人間らしい休息をする事。あとは、働き詰めだ。

 それでも、艦娘の躰は問題ないようにできていた。食事すら殆ど不要になる。

 主機の電気がアデノシン三リン酸に――とか、金属粒子の持つ艦の記憶が身体の状態を適正に保つ――とか、吸収効率が良くなる――とか色々説明をされた気がするが、実のところ朝潮にはさっぱりであった。

 それでも、己の躰の事――何よりも任務に関わる事なので、しっかりと学んだ。

 戦闘艦と化しているその最中には老廃物も殆ど出る事なく、再びそれを材料として、更には燃料の一部と空気中の窒素を化合させてタンパク質を合成するのだとか。

 兎に角、深海棲艦の生体を解析して利用した凄まじい技術が使われているのだとか。それ故に整備に当たっては、整備兵は専用のゴーグルを身に付け“妖精”と呼ばれる支援AIをヘッドアップディスプレイに表示すると聞いていた。

 その割に、そんな大層な装備が彼女たちの執務室がある庁舎の周辺の武器庫やあるいは資料庫に鎮座していたりする。それでいいのだろうか。たまに使えない部品がないかと、どこかしらの整備兵が漁りに来る。

 

 で……今はそんな職場からも離れた。人類の英知の艤装も身に纏ってはいない。

 完全に、フリーであった。

 

「不知火は……」

 

 呟いてみたが反応がない。どうやら既に出かけているらしい。

 時計を見てみると、十一時を回っていた。それはもう起きるだろう。いや、寝過ごし過ぎた。弛んでる。お腹は弛んでないけど。でももうちょっと胸部装甲増えてもいいのに。

 なんて年頃の少女らしい事を頭の片隅に浮かべつつ、朝潮は頭を振った。どうにも緩んでいる。これでは朝潮型駆逐艦ネームシップ朝潮の名の持ち腐れになる。

 尤ももう、そんなものは形骸と化しているが――。

 それは散々反芻した。昨夜の、魚雷で破壊されて散っていく船体を見ながらもまた、考えた。

 

「何か、食べないと」

 

 主体的な食の好みを失ってから久しい。出された物は何でも食べるし、味ももう構ってなどいられない。遠征に向かう艦娘に渡される高カロリーの携行食など、本当に不味いが気にせず食べる。

 それでもこうして休みとあっては、せめて何か食べようかと考えた。逆にそれぐらいしか、彼女の休日の予定などはない。

 そうと決めたら、朝潮は着替えを始める。

 白いブラウスにプリーツスカート。普段との違いと言えば、サスペンダーがあるかないか。大方朝潮の持っている服は、こんなもので調整されていた。いつも着慣れている服装に近くなるのは、やはりどうしても彼女が“駆逐艦朝潮”としてしっくりする服を選んでしまうからなのだろう。

 さてどこで食事をするかと考えて――、とりあえず基地内のフードコートはよそう、という結論に至った。他の艦娘に顔を合わせると限らない。

 受領した外出証を以って、基地の外に出る。増警の隊員は、半ば怪訝な顔をした後に敬礼を行った。

 

 

 ゲート前の大型の交差点。眼前に伸びた歩道橋はペンキが新調されている。人通りはそれほどでもないが、車通りは多い。

 活気がない、という訳ではない。朝潮は直接知っている訳ではないが、深海棲艦被害が甚大であった頃はこの交通流も寂れていたのだろうか。

 深海棲艦が発見されたのは、彼女が生まれる以前の話だ。だから朝潮には、平和であった時代の記憶がない。生まれたその頃から、深海棲艦がいるのは普通だった。

 ただ、漠然と記憶している。人々の沈鬱とした表情を。彼女が生まれてすぐ、深海棲艦によって完全に人類は制海権を失ったのだ。

 朝潮は親の顔を知らない。彼女の育ちは孤児院であった。

 そこから、ある程度の年齢になって国防省の運営する教育機関へと編入した。艦娘となるべく、幼年から教育するのだ。代わりに関係者は相応の社会保障を受けられる。孤児院も、国の援助を多分に受けられる。

 その後朝潮型駆逐艦ネームシップ“朝潮”の名を拝命して、彼女は横須賀にいた。流石にもう、勝手知ったる横須賀である。

 艦娘や軍関係者の家族を収容した庁舎――国が摂取した基地近くの白いマンションを右手に眺め、片側二車線の十六号沿いを歩く。途中、ショッピングプラザへと寄ろうかと考えたが、打ち切る。この辺りは軍の関係者が多い。

 横浜へと向かうか。それにしたって、普段使う駅から遠ざかる方向に進んでしまっている。

 

 気が付くと朝潮は公園の中に居た。シンメトリーに切り取られた区画の芝生と、薔薇の植え込み。レンガ畳の瀟洒な庭園。海沿いからは、護衛艦が鎮座する桟橋が一望できる。

 手すりに両肘を預け、そのままぼんやりと朝潮は海を眺めた。周囲には幾人か双眼鏡を持った人間が来ている。趣味なのか仕事なのかは判らないが、しばしばこうして現れる。

 そう言えば中には、他国のスパイが混じっているなどという話も聞くが――その辺りはノータッチになっていた。なんでも、広報効果を期待している面もあるのだとか。

 それにしても、と。

 過去の事を思い出すのはいつ以来だろうか、と黄昏る朝潮に……

 

「あら、恋煩い?」

「あ、足柄さん……」

 

 軽く肩を叩き、ウィンクを飛ばす女性。足柄が、いつものウェービィヘアーを潮風に靡かせて、其処に居た。

 ジャケットにタイトなパンツスーツ。こちらも普段とあまり格好が変わっていない。

 答えてから朝潮は、辺りを見回した。艦娘任官中は艦との記憶との兼ね合いとの事で、常に艦の名で呼ばれるが……さりとて外でもそれを行ってよいものか、というのがある。

 未だに艦娘に対しての反対論も存在しているし、また、好意的であってもそこに好奇の目が入るとも限らない。良からぬ企みを以って近づいてくる人間もいるし、何より彼女たち自身、どことなく艦娘である事を他人に明かすのを忌避していた。

 

「海、仕事中に観れるじゃない」

「えっと……」

「まあ、見たくなる気持ちは判るけど。昨日の後なら、特に」

 

 言って、潮騒に眼を細める足柄。そう言えば、と朝潮は考える。基地の外で八九特掃隊の面子と会うのは、これが初めてかもしれない。少なくとも今まではなかった。

 

「足柄さんは……」

「ん?」

 

 また艦名で呼んでしまった――などと考えつつ、朝潮は続けた。

 

「深海棲艦より、前の人なんですよね?」

 

 ああ、と呟く足柄。僅かにその目が、遠いどこかを望む。

 

「そうだけど、どうかした? 丁度、朝潮ぐらいの歳だったわ」

 

 自分と同じほどの年齢で、深海棲艦の事件に遭遇した足柄。ならば話を聞くのは持ってこいかと、朝潮は一人頷いた。

 今まで、艦娘になるにあたっての教育で散々深海棲艦の被害は聞いた。自衛官(現在:日本国海軍兵)もそうであるし、或いは被害に遭った一般の住民からも。

 しかしそれ以上に、実際にそんな経験を経てから艦娘になった者の話は――今の朝潮にとって重要であった。或いは他の者にも聞いてみたいが、どうにもその辺りの話題について触れるのは避けられたし、また、聞いたところで簡単には話そうとしない者たちばかり。

 ここで出会えたのは、丁度良かったのだろう。

 

「足柄さんは、どうして艦娘に?」

「あー」

 

 それを聞くかと、足柄は困った笑いを浮かべた。

 やはり不味かったのだろうかと、朝潮も眼を落とす。どうにもこうにも、デリケートな話題だ。教育課程でいくらかそんな話になる事もあったが、皆特に詳しくは語らない。

 深海棲艦によって、現実被害が現れている。畢竟、それはその人の辛い記憶にも結び付く事があり得たので――往々にして、軽く触れていいものではない。

 どうにもらしくない事をしてしまったと、肩を落とす朝潮。普段から彼女とて意識はしていた。同じ部隊の艦娘の事には迂闊に踏み込むまいと。朝潮自身、されて嬉しいものではないから。

 そんな無意識の枷を解いてしまったのは、やはり高揚が原因なのだろうか。

 

「うーん、そうね。話せる範囲の昔の事ならいいわよ。その代わり――」

 

 「お昼に付き合って貰ってもいい?」と、足柄が目を細める。

 朝潮は無論だと、頷いた。

 

 

 

 住宅街の一角。こんな場所に食事をとれる店があるのかと不安がる朝潮を知らず、足柄が歩を進める。

 やがて辿り着いた、一軒の店。入口の右のショーケースには、ケーキが連合艦隊めいて鎮座する。喫茶店兼、ケーキ屋なのだろうか。

 朝潮が眺めているのを置き去りに、足柄がドアを引いた。涼やかに鳴る、ベルの音。

 

「ここ、他の人が居なくていいのよ」

 

 そう笑う足柄に、朝潮は身を竦めたまま店内を見渡した。

 テーブルが十席ほどの喫茶店。カウンターに立つのは、年若い男性。口髭と目元を過ぎるほどの長さの髪。シャツの上に黒のカマーベストを着込んでタイを垂らしたその姿は、喫茶店のマスターと言うよりはバーやホストクラブが似合いそうなほど。

 なお、どちらも朝潮は入った事がない。あくまでもイメージだ。

 

「ほっとけよ、お嬢さん」

 

 店主が眉を寄せて、そう吐き捨てた。ただ、その声色に怒りはない。苦笑交じり。どうにも彼も深刻には受け止めていないらしい。

 笑いを零すと、またカップ研きに戻る店主。閑古鳥が鳴くとはこういう事かと、やけに古めかしい店内を見渡しつつ奥のテーブルへ。

 

「私、いつもの」

「はいはい、大盛りカツカレーね」

 

 大盛りカツカレー。

 この喫茶店に。この、ケーキを売っている喫茶店に。この、鄙びてうらぶれた喫茶店に。ちょい悪系ホストが経営してそうな、この、純喫茶に。

 大盛りカツカレー。一体なんというパワーワーズか。

 

「あ、カツは三枚よ! 三枚!」

 

 しかも三枚。一枚は分かる。二枚も分からなくはない。だが三枚。ロースカツを――いや、ヒレカツかも知れないが――三枚。

 あの、ちょっとおしゃれな名前のケーキが置かれた喫茶店に。なんだかハイセンスでハイカラでハイクオリティでファンシーなケーキが置かれた喫茶店に。

 三枚。ロースカツを三枚などとは……。(つわもの)である。

 

「はいはい、いつものヒレ三枚ね。……って、うちは大衆食堂じゃないんだがね」

 

 ヒレだった。

 

 

「それで、あの頃の話ね……何から話したらいいのか判らないけど」

 

 首を捻る足柄。それから、訥々と語り出した。

 その前にはカツ……ヒレカツが三枚乗ったカレー。処狭しと並ぶカツ。カツの三連星。須らくカツ。どこまでもカツ。まごう事なきカツ。カツが単横陣。カレー沖に浮かぶカツ。というかカツの陸地の方が多い。なんだろうこれ。

 話を聞こうと思うのだが、どうにも朝潮の目線は自然とそちらに向かってしまう。インパクトが大きすぎる。

 店主はどこか、げっそりとしていた。そりゃあ……まあ、そうだろう。ケーキのある空間で、鬼の如きカツカレーを作らなければいけないなんて、ある種罰ゲームじみてた。

 

「船の事故が……どこかの国の客船が遭難してニュースになってたのよ。連日報道されてて」

 

 一口。金属製の鉾が勝利の象徴を抉り取った。そのまま口元まで。

 口に含むと、それが直ぐに消える。さながら深淵(アビス)への直結。

 

「それで……そうね。自衛隊の戦闘機が行方不明になって、やっぱりこれもニュース。色々特番が組まれたりしてたわ」

 

 懐かしいなと視線を上げて、同時に持ちあがるスプーン。

 こぼれんばかりのカツとルーとライスの暴虐。正しくこれが飽和攻撃か。それとも絨毯爆撃か。確かにカツは絨毯めいて広がっている。

 

「で、ニュースの実況中継で……深海棲艦が映されて、ノストラダムスの大予言って知ってる? 世界の滅亡が何だかって、色々話題にもなってたのよ」

「はあ……」

 

 寧ろ目の前のそれが世界の滅亡じみている。少なくとも、瀟洒で古風な喫茶店という世界は破壊されていた。ノストラダムスというかカレートライスである。全然上手くないけど。カレーは美味いのだろうけど。

 

「そこから、自衛隊と米軍が深海棲艦相手に戦って……で、一応勝った。勝利ね! でもしばらく、厳重警戒は続いたし……やっぱり深海棲艦は出続けたわ」

 

 あの頃は、よく避難訓練をやったものだと足柄は頷いた。

 どさくさに紛れて、カツも避難した。が、すぐさま持ち上げられる。飢えた狼は伊達ではない。カツに退路はなかった。

 

「それでも、被害は完全に消えるとはいかなくて……段々と世の中全体が暗くなっていってたわ。少しずつ、影響も出てきてたし」

 

 輸出と輸入、貿易が圧迫された――とは朝潮も教育を受けた。

 石油が高騰。電気料金も値上げを受け、流通費用の増加から品物なども値上がり。畜産業も、飼料として輸入していたトウモロコシなどが手に入り難くなり、政府が農業政策を転換。企業的に管理を行う事を許可したとか。

 一方で、米国相手の輸出量が減少した事から、とりわけ自動車産業――その下請けなども経済的な打撃を蒙った。

 株価の変動も相次ぎ、経済に支障を来たす。所謂、第一次深海棲艦経済危機だった。

 なお、今カツカレーも危機的状況である。

 

「暫くは……その時は難しくて判らなかったけど、色々と社会が混乱していたわ。それから――」

 

 911、と足柄は目を伏せた。

 米国本土近海に出現したと思われる深海棲艦による、民間旅客機への攻撃。操縦不能に陥った航空機は、米国ニューヨークなどに墜落。多数の死者を出した――と言われている。

 それを機に、米国では深海棲艦撃滅が叫ばれた。今こそ人類の平和と自由の為に、戦うべきだと。

 在日米軍の保有する艦艇――横須賀に寄港していた船と、米国本土からの挟み撃ち。西海岸東海岸を問わず、米国は出撃を行った。

 その結果、米国第七艦隊――つまり日本に逗留する米国籍の艦艇が、甚大な被害を蒙った。今までとは違う、「空母型」「戦艦型」「重巡型」の出現があったのだ。

 

「その辺りからかしら。お隣の方に、輸出とかエネルギー系統を頼り出したのは」

「……」

「まあ、それが良かったのか悪かったのかなんて私たちが考えてもしょうがないけど。とにかく、日本近海は今までのように防衛線の維持が難しくなったの」

 

 当時の海上自衛隊は、対潜水艦能力や対空能力は高度の物を有しているが、攻撃能力はそれほどである。

 そこに来ての、ヘリコプターよりも素早い空母型。そして、重装甲の戦艦型の到来。特に戦艦型の装甲は厚く、対艦誘導弾を直撃させても破壊しきれない。

 それも人間大であり、レーダー誘導がきわめて難しかった。知らずに初会合した米国海軍は、大きな損害を受けたのだ。

 なお、カツカレーも絶賛大きな損害を受けている。次々と胃袋に収まっていた。

 

「で、そこから……段々と失業者も増えて、世の中がどんどん暗くなっていった。それでも――まだ何とか、成り立ってはいたんだけど」

「私が、生まれた当たりですね」

「そうなの? まあ、その辺りに深海棲艦がインド洋の石油経路を襲ったわ。……色んな国が利用するところだから、各国が海軍を出して――」

「……敗北」

「ええ。人類は、制海権を奴らに奪われた。動かす油がなきゃ、残った船も……」

 

 とりわけ我が国が顕著だったと、足柄は言う。

 海洋国にとって海上輸送は生命線。輸出入ができないというのは、即ち気道を締め上げられるようなものだった。

 いくらかの政策の結果、かろうじて国内の自給率を高めていたので決定的に社会は崩壊には至らなかった。だが、真実敗戦と同じだけの失業者は生まれた。

 それがスラムを形成し、或いはその戦い以前に深海棲艦被害による移民を受け入れたのも相乗して、相当な社会不安が発生する。

 加えて、経済不安により自社の利潤を追求した企業が低賃金労働者となる移民や、或いは大陸にその工場を作成したのも大きかった。経済の殆どが、甚大な衝撃を与えられたのだ。

 なお、カツは既に全滅した。

 

「あとは細々と……本当に深海棲艦の発生が少ない日本海側との遣り取りね。余所は余所で、地続きのところに資源を求めるし……」

 

 アフリカ大陸での紛争の激化。反面、石油産出国との陸路の整備や、それに伴う当該国内の環境整備が行われる。

 ユーラシア大陸は、複雑怪奇な国際情勢を見せるようになり、人類は地球の七割を占める海上から追いやられ、残り三割の限りある牌の奪い合いを要する。日本はそれを、ただ眺める事しかできない。米国も同じだ。

 

「本当に、あの頃は大変だったわ。流通も、娯楽も、食卓も、治安も……何もかも」

 

 その名残で、今もスラム街が残る場所もある。平和で一億中流などと言っていた日本はもうどこにもなく、それこそアメリカかどこかのように超格差社会となった。

 政府の政策の結果、農地を一斉に買い上げ出荷する企業。その社員となるのは、賃金の安い移民。元々の農家の一部はその企業に勤める事が出来たが、そうでないものは言うまでもない。

 そして、都心はより悲惨だ。

 そんな話は、朝潮も聞いていた。

 なお、今度はカレーのライスとルーが悲惨である。

 

「まあ、そんな事があって……それからしばらくして、艦娘が生まれた。成り手は多かったのよ。他に仕事らしい仕事もないし、艦娘になると家族にも社会保障が受けられる……深海棲艦の被害に遭ったって、人々を助けるんだって理由だってあった」

 

 呟く足柄が、どの層だったのかは朝潮には判らない。

 ただ、艦娘にならざるを得ないからなる――そんな人間は純然と存在する。ほかならぬ朝潮とて、そうである。

 

「あの頃は賛否両論だったけど……でも皆、口では文句を言っても分かってたわ。こうするしか、人類が生きていく道はないって」

 

 一方、カレーは死んだ。

 話を聞きながらの朝潮の手前の皿のサンドイッチは、まだ生き残っている。

 そこへと、ケーキが差し出された。何故と店長を見ると、柔らかなる苦笑い。

 

「ま、おかげで今はコーヒーに在りつける。艦娘さまさまだな」

 

 当然の事ながら海外産の嗜好品など、碌に輸入される筈がなかった――――そう、店長は肩を竦める。

 

「私にはないの?」

「……カツだけで勘弁してください、お嬢様」

 

 

 

 結局それで話は終わった。

 朝潮が訊きたかった、足柄が艦娘になった理由は確かめられなかったが――それでいいのだろう。話に上がらないというのは、つまりはそういう事だ。

 今を生きる朝潮にとって、この状況は普通だった。生まれた頃は確かに当事者であるものの記憶は当然ないし、さりとて物心ついた頃からと言われても若干怪しい。

 だから深海棲艦の抗争よりも前に生まれて――そしてその経緯を(つぶさ)に見てきた、同じ艦娘の話というのは貴重であった。

 彼も――。

 敷島旭もまた、そんな社会の変革によって軍に属する事になったのだろうか。

 などと考えながら執務室のドアを開けると――

 

「え゛」

「あら」

 

 胸元のシャツを肌蹴て谷間を強調する鈴谷と、そんな彼女の近くで眼鏡を押し上げる司令官が其処に居た。

 視線が交錯する。

 鈴谷は引き攣った笑い。足柄は眼をしばたたかせた。司令官は、そのまま長嘆息。

 

「あ、あああ、ああああ、ああああああああ」

「あちゃー」

「えっとこれ、どういう状況?」

「……」

 

 壊れた機械めいて、朝潮から上がる吃驚音。

 

「ししし、しししし、しししししししし」

「あ、し…………足柄?」

「え、私なの?」

「……」

 

 ブリキ仕掛けの発条めいて、朝潮の人差し指が二人を指さす。

 

「しししししっししししっしっしししししし――――――――――――し、失礼しました!」

 

 脱兎。

 面舵一杯。反転回頭。全速前進で、朝潮はその場を駆けだした。

 




社会情勢何かはちょいちょい説明していけたら
アニメでいう説明の2話
なるたけほのぼのさせていきたい

朝潮型はガチ
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