IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第3話

渦巻く灼熱の焔が大空を犯し尽くす暴虐となる。

亡霊の残り火は歴史に名を刻むはずだった、この腐った世界を変えるはずだった、自分達を乏しめた者達への復讐の業火となるはずだった、正義を持って悪を断罪するはずだった。

全てを喰らう地獄の大炎が虚空に散って、男達は初めて自分達に向けられる死神の鎌を理解する。

 

「クロエ・クロニクル、武力介入を開始します」

 

一筋の閃光だった、美しいまでの蒼だった、流れる銀髪の主に目を奪われてしまった。

 

蒼いラファール・リヴァイヴ。

ISの歴史を辿るのであれば第二世代はある意味でISがISの形になった世代。

デュノア社の看板、様々なカラーバリエーションと汎用性に富んだカスタム要素は旧式であっても未だ高い人気を誇る。

専用機と言えば第三世代機とも呼ばれるが、カスタム機を愛機としているIS乗りは多く、乗り手次第で世代差を十分に覆せる。

が、戦場でカラーリングを意識するならば茶系か緑を主軸に置くべきで、目立つ色は個性であると同時に戦場に向いているかの判断は難しい。

しかし、囁く呟きのような噂がある。

ISが戦場に現れた時、光と共に蒼が現れると、死神が戻って来たと。

 

「無駄な抵抗は止めて下さい」

 

クロエ・クロニクル。

義母が贈ってくれた戦場での偽名である。

彼女の本名は実際の所不明であるが、少なくとも生活をする上で与えられている苗字は余りにも含むべき意味が大きすぎる。

クロエ自身は普段名乗っている名前を苗字を含め気に入っているが「どうせならかっこいい名前にしよう!」とはしゃぎながら偽名を考えてくれた人がいる。

戦場における彼女の名前はクロエ・クロニクル、そう名乗るに十分な理由だ。

 

「次弾装填開始しろ」

 

片腕の軍人の声に全員が意識を取り戻す。

まだ終わっていない、砲弾を一つ破壊されに過ぎない。彼等の反逆はまだ始まってすらいないのだ。

たった一人の小娘の乱入に諦めるような大人ではない。

 

「アルファ! ベータ!」

 

男の声に従い黒いラファール・リヴァイヴを身に纏う二人の少女の瞳が憎悪に燃える。

標的は言うまでもなくクロエであり、憎しみの炎は両親の仇を取る為に身を落とした悪意に委ねられていた。

 

「……抵抗を確認、無力化します」

 

悲しそうなクロエの声とは反比例し蒼いラファール・リヴァイヴが戦闘の意思を表示する。

飛翔した二機のISのスペックは決して高くはない。量産型のラファール・リヴァイヴをまともな整備もせずに動かせる状態にしているだけだ。クロエのラファール・リヴァイヴと同じであるはずはない。

だが、踊るように空中に飛び出した二機の黒いラファールの動きにクロエは僅かに表情を曇らせる。

瞳に憎悪が宿っているにも関わらず、その動きに彼女達の意思を感じない。

そっくりな顔立ちと同調する動き、更に記号で呼ばれる意味に気付けない少女の時代は終わっている。

 

「酷い事をっ!」

 

双子の少女、その思考回路は洗脳されている。

それも機械的なものではなく、長い時間をかけて頼れる大人が狂人しかいない環境で育った結果だ。

二機の機体は近接ブレードを展開、左右から全く同じタイミングで切り掛かって来る。

対する蒼いラファールは両手に桃色のビームサーベルを展開、高出力のエネルギーが凝縮された刃で攻撃を受け流す。

黒い二機のISは切り掛かった後、距離を取り射撃武器に持ち直す。

円の軌道を描きながら左右で同じ距離を保ったままに飽和射撃を開始、その攻撃はクロエをその場に足止めし微量であるがエネルギーを削り続ける戦法。

 

「そうだ、それでいい」

 

列車砲を指揮する男が歪んだ笑みを浮かべる。

アメリカの主力ISは格闘戦を主軸に置いたファング・クェイク、もしくは秘蔵っ子のシルバーシリーズだ。

量産型の代表とも言うべきラファール・リヴァイヴは各国で運用されているが、単機で現れたと考慮すれば所属に疑問が残る。

アメリカ所属のISであるならばすぐに仲間が集まって来るはずだが、蒼いラファール・リヴァイヴにはその動きがない。

だとすれば空路にせよ海路にせよある程度の距離を移動してから現れたはずだ。

条約はこの際横に置いておくとして、実戦におけるIS戦であれば持久戦に持ち込みエネルギーの消耗を狙うのは間違っていない。

ただし、これは相手が常人であると仮定しての話である。

 

亡霊は知らない。

クロエの機体に搭載されているシステムの一つを。

かつての戦争から学び天災が更なる成長をしていると言う事を。

 

天災は宇宙に自分の眼を打ち上げた。小さな人工衛星は誰にも見つかる事無く世界を監視している。

それはまるで、今その場にいるかのように、当たり前のようなタイミングで現れた。

突如として超高高度から空を貫き青白い光が蒼いラファール・リヴァイヴに目掛け飛来する。

 

「マイクロウェーブ、来る」

 

母は娘の願いを聞き届け戦う為の力を与えた、それは親が子へ差し伸べる大きな手であり、無償の愛である。

機体の中心に届いた光が広がり、天使の輪のように広がり霧散する。

男達だけでなく黒いISの少女達も攻撃を止め、目の前の出来事に目を奪われる。

その光は世界の理さえ書き換える最強と呼ばれるシステムの一つ。

 

「なんだ、何が起こった!」

 

目の前の出来事が理解出来ず声を荒げた男を静かに見据える。

 

「改めて言っておきます、貴方達の抵抗は無駄です」

 

そのシステムの名は絢爛舞踏、白と対になる為に産まれた紅に許された永遠を可能にするISの常識を打ち破るモノである。

 

 

距離を取った二機の黒は目の前で起こった事実を受け入れるのに僅かな時間を有したが、すぐに切り替え止めてしまった射撃を再開する。

迸る悪意、憎悪、殺意、それらはクロエの精神に食い込むが、クロエ・クロニクルを名乗る以上は敗北は許されない。

無機質なバイザーで瞳こそ隠れているが、そこにあるのは確固たる自信と強者としての風格だ。

蒼を身に纏い銀髪を靡かせる少女は一人で戦っているのではない。

命を助けてくれた恩人がいた、機体と名前を用意してくれた母がいる、戦う為の術を教えてくれた姉がいる。

本来であれば忌むべき対象であるはずのISを使う事を是として、身も心も受け入れ人機一体を果たした少女に立ち塞がるには憎悪だけを糧とする者では足りるはずもない。

彼女は、クロエ・クロニクルは死神を最も近くで、ただ純粋に見詰め続けて来たのだから。

 

少女の戦う意志が、折れない覚悟が、眠っていた戦士を呼び覚ます。

蒼が呼応し、赤が覚醒し、機体が主人に応じる。

 

 

──ALICE System Stand By

 

 

機会音声が鳴り響き、機体と同じ蒼であったバイザーが赤く変色しコアネットワークが急激に範囲を広げる。

IS同士の繋がりであるコアネットワークに強制的に介入するシステムがあった、コアネットワークを通じエネルギーを分け与えるシステムがある、その二つを織り交ぜてISに擬似人格を植え付けるシステムの名はALICE。

北極で暴走する機体を鎮静化させ、十七の英雄を作り上げた天災の切り札、その完成形が搭載された唯一無二のIS。

正式名称をラファール・リヴァイヴ カスタムBLUE-Extraordinary、通称ブルーEX、またの名をアリス。

かつてバーサーカーシステムの実験機として使われ、蒼い死神に打ち倒され、北極の地で少女の願いに応じて奇跡を体現した機体、第二世代型ラファール・リヴァイヴを改修し完成した旧式にして新世代である。

 

「行くよ、アリス」

『Yes, my master』

 

ブルーEXが音声を持って応じる。

更に機体の背面ウイングからブースター、脚部と腕部の装甲が展開式に可動、移動や攻撃に最も適した形状を機体が自ら考え組み上げる。

人機一体がISの真価であるならば、ISとの意思疎通を可能にしたブルーEXは生体同期の域に到達している。

 

「バカな!?」

 

亡霊の一人、車椅子に乗った老人が叫び声を上げる。

彼等は世界中で活躍していた優れた軍人や技師の成れの果て、上空のISが何をしているのか理解出来てしまった。

それ程の頭脳を持ちながらも、堕ちてしまったのだ。

 

「アレは一体何だ! 説明しろ!」

「展開装甲だ! 第四世代のISにしか、天災の妹の機体にしか搭載されていないはずのシステムだ!」

 

世界の技術は日々飛躍的に進歩しているが、未だ第四世代に到達出来ている機体は一機しか存在しない。

彼等は知らなかった、天災に妹は一人だが、義理の娘がいる事を。亡国機業が利用しようとして失敗した少女がいた事を末端の人間は知らなかった。

今目の前にいる存在こそが、最恐を受け継いだ者である事を。

 

「次弾の装填はまだか!?」

「古い機械なんだ! そんなにすぐ動くか!」

「くそ! あいつを何としてでも落とせ! アルファ! ベータ!」

 

黒い二機が二つの砲門を持つガトリング砲を両手に展開、機体に返って来る反動も無視して弾丸を一斉に吐き出す。

しかし、そこにあったのは蒼い残像だ。

命中したと錯覚する程のスピードを持って蒼が黒に接近、高出力に高められたビームサーベルが一閃しガトリング砲を破砕する。

 

「っ!?」

 

アルファと呼ばれた少女はガトリングを破棄すると同時に再びブレードを展開するが、それよりも速く腹部にブルーEXの蹴りが突き刺さっていた。

ISの防御性能が搭乗者を守り絶対防御が命を奪わせまいと発動するが、それはつまりISが搭乗者を守る為に戦いを放棄したのと変わらない。

一閃と一撃を持って黒いラファール・リヴァイヴは行動不能に陥った。

 

この時、クロエは戦いにのみ集中しており、機体の展開装甲に関しては一切考えていない。

搭乗者の戦いに最も適した形状で最高のパフォーマンスを生み出すように考えるのはアリスの役割だ。

すぐさまベータと呼ばれた少女に向き直りビームライフルを展開したクロエの意図を悟り、射撃に最も適した形状に機体が移行する。

バイザーに射撃補助が表示され、銃身がぶれない様にブースターを切り姿勢制御と機体安定を最優先とさせる。

 

「だ、だめっ!」

 

アルファが姉なのか妹なのかは分からない。

落下しつつあるアルファから発せられた懇願が本人の意思なのか洗脳による結果なのかも分からない。

それでも引き絞られる引き金を止める事は叶わない。

放たれた閃光がガトリング砲を展開したまま目の前の出来事に理解が追い付いていないベータの機体に命中、整備の不完全な機体が耐えられるはずもなく衝撃の瞬間に絶対防御が発動、そのまま落下を開始する。

ISは搭乗者を守る、その願いは母が子に与えたたった一つの約束だ。

絶対防御を過信するなと警鐘を鳴らした異なる世界の軍人を否定するつもりはないが、それでも断言できる。

ISは最後まで搭乗者を守る為に全力を尽くす、それこそがアリスの誕生に由来するのだから。

 

「強くなりなさい、操り人形じゃなくてね」

 

瞬く間に二機のISの戦闘継続不可能に追いやったクロエの言葉がアルファとベータに届いたかどうかは分からないが、少なくともこの場でクロエを止める可能性は潰えた。

もしこの戦いにISが関与していなければ天災は行動を起こさなかったかもしれない。

蒼を纏う少女は現れず、都市を煉獄の炎が焼き払っていたかもしれない。

亡霊はISを否定しながらISを利用してしまった。故に、天災の逆鱗に触れた。初めから彼等に勝利などありはしない。

 

 

二十人の亡霊の残り火の反数は愕然と上空を見上げる事しか出来ない。

しかし、まだ唯一残された火器は息吹を止めていない。

 

「次弾装填完了!」

 

その声に男達は最後の気力を振り絞る。

が、その希望は高々度から飛来した銀の鐘の音が許さなかった。

列車砲から次弾が放たれる事はなく、その巨大な砲身は舞い降りた天使によって粉砕された。

 

いつかの日を再現したような光景に自然に笑みを浮かべるクロエの上空から銀色の機械天使が現れる。

 

「本来なら私達がやらないといけない仕事なのに、ごめんなさいね」

「お気になさらないで下さい」

「まぁ、後は私に任せて撤退しなさい。軍が鎮圧に来る前に離脱しないと面倒になるでしょう?」

「そうさせて貰います」

「ふふ、また会いに行くわ。お母様に宜しく」

「はい、お待ちしています」

 

それは決して手柄の横取りではない。

現れた女性は世界中で暗躍するクロエを知る者。

少女の行為はある意味で越権に等しいが、少女が間に合わなければ都心が焼け落ちていた事だろう。

このままここにいれば少女に降り掛かる余計な火の粉は増える一方だ、損な役回りは大人である自分が受ければいいだけだと銀色の天使は高度を上げる蒼を笑って見送るだけだ。

 

 

 

 

『Master?』

「うん?」

 

海上を猛スピードで移動するステルス飛行物体を捉えられるものは存在しない。

仮に存在したとしても蒼い英雄を押し留めようとする愚か者はいないだろう。

だが、屈託なく笑みを浮かべる主人に疑問形で呼び掛けたのは他ならぬブルーEXこと擬似人格であるアリスだ。

 

「懐かしい人に会えたから嬉しくなっただけ」

 

笑うと言う感情をアリスはまだ理解出来ない。

それ故に、緊急離脱を行っている最中に笑い続けているクロエの思考がアリスには判断つかなかった。

 

「ねぇ、アリス」

 

クロエは意味もなくアリスに話し掛ける事はあるが、返事を期待している訳ではない。

 

「いっぱい色んなモノを見に行こうね。見たくないモノもいっぱいあるけど、全部ひっくるめて、貴方に世界を見せてあげる」

『Yes, my master』

 

救われた命は新しく生まれた命を導く鍵となる。

蒼は受け継がれ、死神は英雄として世界に名を刻み続けていく。

 

これは、名前の無かった少女が名前を手に入れ、語り継がれていく、あったかもしれない可能性の物語。




ひとまず、番外編、あったかもしれない未来編はこれにておしまい。
スコールの名前は出ていますが、本編の登場人物の名前を殆ど出さずにやってみました。
クロエ・クロニクルはこの物語では偽名です。
番外編から読んでいる人はいないと思いますが、言うまでもないかもしれませんが、本編にて出ている、あの少女です。
しかしまぁ、きっとこの母は娘に激甘に違いありませんね!

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