東京喰種 (短編集)   作:サイレン

10 / 10

書くしかないっしょ!
という想いからできあがった妄想ルート。

独自設定。
ご都合主義。
妄想過多。

この三点を留意してお読みください。

本誌ネタバレ含みます。
それとある登場人物の性格?言動がよく分からんかったけどとりあえずスルーの方向でお願いします。




:re 59話を読んで

 

 喰種(グール)収容所──コクリアに収監されてから約一年。

 

「"フエグチ"、君の廃棄処分が決まった」

 

 最期の宣告を受けた。

 

 

 

 去年の11月、CCGでは「オークション掃討戦」と呼称される戦いがあったその日に"フエグチ"──ヒナミは捕らえられた。

 彼女は唯の喰種ではない。人間に対し好戦的な危険な喰種組織──「アオギリの樹」に所属する喰種である。

 加えてヒナミは組織の中である程度の権力を持った幹部クラスの喰種であったため、「樹」の情報を得るためにCCGは彼女を通常の喰種よりは長く生かしていた。また、彼女を所有している捜査官が意図的に廃棄を延長させていたことも理由の一端ではあった。

 

 しかし、それにも終わりが来たようだ。

 

「……背骨使い」

「貴様にその名で呼ばれるとはな」

 

 ヒナミに最終宣告を下した捜査官──真戸(アキラ)は感情の読めない顔でそう答えた。

 

 ヒナミとアキラの二人には因縁がある。ヒナミはアキラの父に両親を殺され、アキラはヒナミと「ラビット」にその父を殺された。掛け替えのない家族を奪い奪われた者同士なのだ。

 ヒナミの心の奥底にも黒い感情が湧き上がるが、取り乱すほどではなかった。

 只々、両親の仇である女を虚ろな瞳で見つめていた。

 

「……お話しするのは初めてですね」

「……言われればそうだな。オークション会場で一度会ったが、会話どころではなかったからな」

 

 ヒナミとしてはアキラが喰種の戯言に付き合うタイプの捜査官には思えなかったので、返事を期待したものではなかったのだが、予想と外れアキラはきちんと返答した。ただその表情は、父親の仇と会話している割には喜怒哀楽の何も見られない不気味なものであったが。

 

「……最期に聞いておかなければならないことがある」

「……何でしょう?」

 

 ヒナミはアキラがするであろう質問の予想は付いていたが、わざとわからない振りをした。これがせめてもの抵抗だったから。

 

「ラビットは何処にいる?」

「………………」

「答えろ!!」

 

 初めてアキラの表情に憎悪という感情が滲み出た。鬼気迫ったその気迫は、例え大人であろうと身を竦ませるだろうと感じるほどだ。

 ヒナミは一瞬だけ身体を震わせたが、決して口を開くことはなかった。幾ら声を荒げようと、何度問われようと、絶対に答えることはなかった。

 

「……そうか、なら貴様にもう用はない」

「……最期に私からも一つ、いいですか?」

「………何だ?」

 

 立ち去ろうとしたアキラの背に、ヒナミはずっと気になっていた質問を投げかける。

 

「お兄ちゃんは、佐々木さんは……もう来ないんですか……?」

「………私には分からん。ハイセとは、半年前から会っていない」

 

 背を向けていたから顔を伺えなかったが、アキラの声が儚げに揺れている気がした。何があったのかはわからないが、それでも唯一つわかったのは、佐々木はもうこの場には来ないのだということだけだ。

 アキラはその後すぐにこの場を去って行った。もう彼女とは会うこともないだろう。自然とそう確信した。

 

 残されたヒナミは詰まっていた息を吐き出す。どうやら知らずに緊張していたようで、張り詰めていた自身の身体が徐々に弛緩していくのがわかる。

 しかし、その後に襲ってきたのはどうしようもない恐怖と、抗いようのない諦念の想い。ズルズルとその場に崩れ落ち、膝を抱え込むように座り、光の映さない目を隠すように俯いた。

 もう何も見たくなかった。世界から色が失われていくような感覚がした。

 

「……お兄ちゃん」

 

 だからヒナミは過去に想いを馳せる。慕っているその人を思い浮かべる。優しく笑ってくれたあの人を。そうしないと恐怖でおかしくなってしまうから。

 

 お兄ちゃん、今は佐々木琲世という喰種捜査官。

 でもヒナミは知っている。彼の本当の名前を。そして、ほんの少しだけど、彼の歩んできたその大変な人生を知っている。

 

 彼との最初の出会いは正直あまり良いものではなかったかもしれない。今はもう存在しないあの暖かな喫茶店で、ヒナミの食事中に急に現れたのだから。とてもびっくりした。

 でもあの怯えきった反応はどうかと思う。腰が砕けたように尻餅を付いて、目が点になるほど見開いて何か見てはいけないものを見てしまったというあの反応は。唯でさえ苦手だった食事がもっと苦手になったし、実は物凄く傷付いた。

 

 すぐにパタンと扉が閉められ、3分ほどして今度はコーヒーを持って現れた。ただし、その顔はとても気まずそうだったのが印象的だった。

 過去に玄関口で挨拶はしたことはあったから、名前だけは知ってたけどそれだけで。元来人見知りの気があるヒナミは何を話せばいいのか迷っていた。

 

 それに何より、会った瞬間から気になってたことがあったのだ。

 彼が自分たちと同じなのかが分からない。同類ならばここまで近付けば必ず分かるのに、それだけでなく喰種なのか人間なのかも判断出来なかった。

 

 だって、人間と喰種の匂いがする人なんて初めてだったから。

 

 だから得体の知れない彼に声を掛けることすら躊躇われ、おどおどとあたかも本を読んでますよという態度を強調してたのだが、でもやっぱり気になったので思い切って聞いたのだ。

 

『お兄さんって……"どっち"なんですか?』

 

 今思い返してもこの質問はちょっとデリカシーがなかったなと感じる。だって、問われた直後の彼は明らかに動揺してたから。

 その理由もすぐに分かった。困ったようにだったけど、彼は正直に話してくれたのだ。

 

『……僕さ、元は普通の人間なんだ。でも、事情で"喰種"の身体が混ざっちゃって。今は普通の食事は摂れないし、存在は君たちに近いんだと思う……』

『……元……人間……⁇』

 

 当時そんな呼称はされていなかったが、彼は──金木 研(お兄ちゃん)は、『半喰種』という存在だった。卑屈そうに『変なやつでごめんね』と言っていたのをよく覚えている。ただ、ヒナミには初めて出会った不思議なヒトという認識が強かったのだけれど。

 

 これが彼との初めての出会いで、初めての会話。

 

 その後は高槻泉の著作が好きということで意気投合し、学校に通ってないから漢字が全然読めないヒナミに、カネキは一つ一つ丁寧に教えてくれた。

 

『これは"はくひょう"って読むんだよ。

 でも他に"うすらい"って読み方もあるんだ。こっちの方が響きが綺麗じゃない?』

 

 言葉を綺麗というカネキの感覚は、ヒナミにはすごく新鮮だった。これもまた初めての経験だった。

 カネキと言葉を交わすのは楽しかった。彼と言葉を交わすだけで新しい体験が一杯ある。自然と心が安らいでいく。

 

 ヒナミがカネキに好意を抱くのにそう時間は掛からなかった。

 

「……お兄ちゃん」

 

 カネキと出会った日からも色々なことがあった。

 母親が喰種捜査官に殺された。

 その喰種捜査官を間接的に殺した。

 「樹」に攫われたカネキを取り戻すために喫茶店のみんなと協力した。

 一人別行動をとるカネキと一緒に暮らした。

 高槻泉のサイン会に一緒に行った。

 高槻泉にプライベートで会って、名刺を貰った。

 

 そして、みんなとの楽しい思い出が詰まっていたあの喫茶店──『あんていく』がなくなった。

 ヒナミにはあの日何が起こったのか詳しくは分からない。

 どうしてCCGが『あんていく』のことを知ってたのか。

 どうして前以て襲撃を知っていた店長たちは逃げなかったのか。

 

 どうしてカネキは無謀だと知りながら『あんていく』を助けに行ったのか。

 

 わからないことだらけの中で、わかったことは二つだけ。

 もうみんなとは一緒に居られないこと。

 

 そして、自分に残されたのはたった一枚の紙切れ(高槻泉の名刺)だけだということ。

 

 ヒナミはカネキの気持ちが知りたかった。

 元人間だと言った彼が、何故命を懸けて喰種を救おうとしたのか。『あんていく』でお世話になった喰種ですらあの場に駆け付けていないのに、途中からは別行動をして距離を置いていたのに、どうしてカネキは店長たちを助けに行ったのか。ヒナミは知りたかった。

 でも、それを知るためにはヒナミは何もかもが足りてなかった。力が、知識が、経験が。全部ヒナミには足りなかった。

 だから彼女を、高槻泉を──隻眼の梟を頼ったのだ。

 

「お兄ちゃん……」

 

 「樹」に所属してからは激動の毎日だった。毎日が必死だった。そして、一人で頑張り続けることは辛かった。

 別に悪いことだけがあったわけではない。良いこともあったし、学ぶことも多かった。それと同じくらい失うこともあったけど。

 

 転機が訪れたのは「樹」に所属してからどのくらい経った頃だろうか。決して長いとは言えないが、短くもなかったと思う。

 お兄ちゃんが生きていた。衝撃的な報らせだった。ただし、名前は変わり、記憶は失われた状態だったが、彼が生きていたことが判明した。

 この日からヒナミは、彼を知るためではなく、救うために強くなろうとした。

 

 その代償がこんな結末なのだろう。

 

「お兄ちゃん……」

 

 後悔はしていない。そのために手に入れた力だったから。

 たとえカラッポでも。

 ヒナミのことがわからなくても。

 彼の魂の容れものがそこにしかないのなら、ヒナミが彼を守るのにそれ以上の理由はいらなかった。

 

「お兄ちゃん……」

 

 捕まってからの半年はいつの日か"廃棄"されるのがずっと怖かったけど、彼と再び言葉を交わせたことは嬉しかった。変わったようで根っこは何一つ変わってない、優しいお兄ちゃんだったから。

 

「お兄ちゃん……」

 

 でも、半年前から突然来なくなってしまった。一日、一週間、一ヶ月と待っても、彼は一向に姿を見せてはくれなかった。

 

「お兄ちゃん……」

 

 せめて最後に言葉を交わすヒトは、お兄ちゃんが良かった。お兄ちゃんであって欲しかった。

 

「お兄ちゃん……」

 

 ヒナミの悲嘆を含んだつぶやきは、誰の耳にも届くことなく空気に溶けていく。

 ヒナミは一人、ずっと彼を呼び続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コクリアに収監された喰種はその場で"廃棄"されるわけではない。CCG本局がある1区、そのラボラトリー区画の隣の廃棄場でなされる。

 ラボではクインケなどの対喰種兵器の製作や、喰種に関する諸々の研究、開発を行っている。廃棄場がラボの隣にあるのはそういう理由からだ。

 

 その廃棄場は人間の法律や倫理観などで考えるのならば、途轍もない残酷さを伴った設計されている。

 造り自体は簡単である。直径10メートルほどの"穴"があり、"廃棄"する喰種を底に突き落とす、それだけだ。

 ただしその"穴"の底は弁のような構造をしている。落ちたら最後、真っ暗な空間に閉じ込められ、どんなに暴れようと中からは脱出することのできない暗闇に叩き込まれるのだ。そこで喰種は最期を一人で、苦しみながら迎える。死因は餓死か自殺が多い。偶に、クインケ製作のため赫子を暴走させてから仕留めることもあるそうだ。

 このような造りにされたのは、この廃棄場が作られた当時は喰種の権利など今以上になく、また設計に関わった責任者が過激な喰種排斥者であったのが原因である。

 今では極一部から問題提起はされているが、時間もお金ももったいないし、何より「喰種には残酷な最期を」と支持する局員も多数存在するため、今後も変わることはないだろう。

 この廃棄場は昔からの伝統で、何故そう呼ばれるのかは定かではないが、『ピラミッド』と呼ばれている。

 

 ヒナミは今、その"穴"のすぐ近くに立っていた。

 

 ──あぁ、私はここで生を終えるんだ……。

 

 逃げようとは思わない。そもそも逃げられるわけがない。

 拘束具を着けられた状態ではろくに動けないし、ここは本局がすぐ近くにある1区である。大勢の捜査官が蔓延っているから、喰種にとっては絶対に侵入しない危険地帯なのだ。

 しかもそれだけではない。ヒナミはすぐ側にいる捜査官を見つめた。

 

(……どうして有馬貴将がこんなところに……)

 

 有馬貴将。喰種捜査官最高階級「特等捜査官」であり、CCG内最強と謳われる無敗の捜査官──通称CCGの死神。

 何故かそんな大物がヒナミの側にいた。

 

「……フエグチ」

「……なんでしょうか……?」

 

 しかも有馬は声を掛けてきた。それだけでもう心臓が止まりそうだ。

 ただもう死ぬとわかっているからか、有馬に対する恐怖はなかった。

 

「ずっと君と話をしたかったんだけど忙しくて、結局遅くなった」

「……?」

 

 彼はヒナミに用件があるらしい。ただ何のようなのかさっぱり見当が付かないから、ヒナミは内心眉をひそめる。

 次の言葉を待っていたヒナミだったが、有馬のその後の行動には目を見張った。

 彼はヒナミに頭を下げてきたのだ。

 

「ハイセを守ってくれてありがとう。君のお陰でハイセは今も生きている」

 

 驚いた。本当に驚いた。

 喰種捜査官が、それもあの有馬貴将が、喰種に頭を下げるなんて。しかも礼を述べるなんて、想像もしていなかった。

 

「……私がそうしたかっただけです。礼を言われる筋合いはありません」

「……そうか、それでもハイセは助かった。ありがとう」

 

 ……少し勘違いをしていたのかもしれない。

 有馬はもっと喰種に対して一切の慈悲の無い人間だと思っていたが、意外とそうでもないのかもしれない。でなければ、喰種にお礼など言えるわけがない。

 そして同時に、この人にとってハイセは大事なんだと理解できた。ハイセは大事にされているとわかった。

 ハイセにはもう、新しい場所ができたのだ。

 

「……では、私から一つお願いしてもいいですか?」

「……内容による」

「私のことではないです。難しいことでもないと思います。ただ……」

 

 ヒナミは久しぶり笑顔を浮かべた。

 

「お兄ちゃんのこと、よろしくお願いします」

「……あぁ」

 

 有馬はそう言った後、数メートル離れた場所に下がった。どうやら彼はヒナミを突き落とすつもりはないらしい。かといって、自分から落ちるのにはとても勇気が必要だった。

 

 自身の最期を心が受け入れて、思ったのはあの頃の日々とみんなのこと。

 お父さん、お母さん、店長、古間さん、入見さん、お姉ちゃん、四方さん、西尾さん、万丈さんたち、月山さん……お兄ちゃん。

 

 ──みんなと会いたかったなぁ。

 

 瞳から一筋の涙が流れる。

 

「……バイバイ、お兄ちゃん。──大好きです」

 

 地から脚が浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──直後、背後に何かが降ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 宙に浮いた僅かな間に振り向く。

 

 その先に見えたのは巨大な異形。

 武器を構える捜査官。

 

 そして、巨軀の背から飛び立つ真っ黒い影。

 

 自身の身体が落ちていくのがわかる。風が肌を撫ぜる感触。伴い身体は重力に逆らわずに下へ下へ向かっていき。

 

 唐突に何かに自分が抱き留められた。

 

「──間に合って良かった」

「……えっ?」

 

 懐かしい声が聞こえた。心を癒す、あの人の声が。

 ヒナミはばっと顔を上げる。

 

 そこには、灰色が真っ黒な髪になったカネキが微笑んでいた。

 

「……お兄、ちゃん?」

「──久しぶり、ヒナミちゃん」

 

 心が震えた。

 名前を呼んでくれたから。フエグチさんではなくヒナミちゃんと。それだけで、彼がカネキなんだと理解した。

 出会った頃と同じ黒い髪の毛。でもあの頃と比べると滲み出る雰囲気はまるで別人だ。白い頃にもまだあったあの温和な感じがなくなり、どこか不気味な迫力を醸し出している。

 だが、そんな些事ヒナミには関係なかった。

 彼はカネキケンだ。ヒナミが大好きなお兄ちゃんなんだ。

 

「……うっ、ぐすっ。良かった、良かったよぉ……」

「……ごめんね、ヒナミちゃん。心配してくれてありがとう」

 

 もう会えないと思っていた。

 もう自分は死んでしまうと覚悟していた。

 それでも会えた。会いに来てくれた。助けに来てくれた。

 嬉しくて嬉しくて、溢れ出る想いが大き過ぎて、ヒナミの瞳からは涙が溢れ出る。

 

 最期を受け入れたつもりだったけど、やっぱり駄目だ。

 カネキと会えただけで、こんなにも生きたいと、一緒にいたいと思ってしまうのだから。

 

「ヒナミちゃん、じっとしててね」

「……はい」

 

 そのためには、この窮地を切り抜けなければならない。ヒナミは感情と表情を引き締める。

 

 カネキは腰から伸ばし上に引っ掛けていた赫子を操って一気に地上へと降り立った。

 ヒナミは眩しい光に眼を細める。先程まで覗いていた真っ暗な世界と異なり、視界の先は陽の光で明るく照らされていて、上を見上げれば蒼い空が延々と広がっていた。

 

「……綺麗」

 

 こんなにも世界は明るかっただろうか。

 こんなにも空はキラキラと輝いていただろうか。

 ヒナミは危機的状況下にも関わらず、美しく煌めく景色に感動してしまった。

 

 カネキはヒナミの心の機微を察したのか、優しい微笑みを浮かべていた。

 だけれど、刹那のうちに表情と思考を切り替える。ヒナミも同様だ。

 

 なぜなら。

 

『……なんで、コイツが……?』

 

 目の前では、焦った様子の隻眼の梟がCCGの死神相手に頑張っていたからだ。

 

(…………どういう状況なんだろう?)

 

 カネキが助けに来てくれた安堵と、突然すぎる展開にヒナミは呑気にもそんなことを思ってしまった。

 

「よし、それじゃあここから逃げようか」

「え……? ……いいの?」

「うん、あのゴミは死んでも僕は構わないから」

 

 辛辣なその言葉に少しびっくりするけど、どうやらカネキは目の前の怪獣大戦争を無視するらしい。

 まぁ、ヒナミはカネキがそう言うのなら従うまでだ。

 

「ヒナミちゃん、手を出してくれるかな?」

 

 言われた通りにすると、カネキは赫子を操って装着されていた拘束具を破壊する。対喰種用の拘束具なのでかなりの強度を誇っているはずなのだが、どうやら今のカネキには関係ないようだ。

 問題なく動かせる両手を確認して、カネキはヒナミを抱える腕に力を加えた。

 

「長居は無用だね。よし、飛ばすよ!」

「ふぁっ!?」

 

 急に動き出したカネキに振り落とされないように、ヒナミは力一杯カネキに抱き付く。以前から速さが取り柄であったカネキであるが、ヒナミが知っている頃の彼とはまるで大違いである。

 

 辺りから警報が鳴り響くが、カネキは迎え出る捜査官や飛んでくる羽赫のクインケの攻撃など全てを無視して駆け抜ける。追いかけようとする者もいたが、逃げに徹した喰種とは元々の運動性能が違いすぎるので追付けるはずもない。

 

「ヒナミちゃん」

「なに、お兄ちゃん?」

「近くに捜査官がいるか分かる?」

「……ちょっと待ってて」

 

 耳を澄まし、鼻を利かせる。感知に優れたヒナミは遠く離れた喰種の気配はもちろん、捜査官も判別することができる。

 

「……大丈夫みたい。近くにはいないよ」

「よし、ならそろそろいいかな」

 

 粗方の捜査官を振り切ったと判断したカネキは、進行方向を変え目的地まで一直線に走っていく。

 向かったその先には駐車場があり、一台の車が用意されていた。

 

「カネキ! ヒナミも無事!?」

「お、お姉ちゃん!?」

 

 カネキが乗り込もうとした車の運転席から顔を出したのは、ヒナミが姉と慕っているトーカであった。

 

「詳しいことは全部後! カネキ、乗り込め!」

「分かってる!」

 

 開いたドアに突っ込むようになだれ込む。それと同時にトーカはアクセルを踏んだのか車は急発進した。

 

「ちゃんと振り切ったんだろうな?」

「うん、大丈夫だよ」

「ならいい。それと」

 

 助手席に置いてあった紙袋二つ分を、トーカはカネキに投げ渡す。

 

「そこにアンタとヒナミの変装用の服装入れといたから」

「ありがとう、トーカちゃん」

「ヒナミ、こんなところじゃ嫌だと思うけどさっさと着替えちゃって。そのまんまの格好じゃ白鳩(ハト)にバレる」

「は、はい!」

「カネキ、目を開けたら殺す。音を聞いても殺す」

「分かってるよトーカちゃん」

 

 苦笑いを浮かべて、カネキは静かに目を閉じ耳を手で塞いだ。どうやらこの状態でヒナミは着替えなければならないらしい。顔に熱が集まるのが分かる。

 隣に男性が、しかもカネキがいる状況での生着替え。これは結構くるものがあった。

 三年ほど前みたいに、身も心も成熟していなかった頃なら特に何も思わなかったが、思春期真っ盛りな現在は恥ずかしくって仕方がない。

 

(……こういうときは無心になればいいんだ。無心無心無心……)

 

 ……ヒナミは知らない。

 普通こういう場面では、男性がそういう心境になるということを。現にカネキは心の中で念仏を唱えながら素数をかぞえている。

 紙袋の中に用意されていた毛布を頭からすっぽりと被り、その中でヒナミはなるべく高速で着替える。約一年振りの普通の服は妙に懐かしく感じた。

 最後に黒のロングのウィッグを頭に付けて完成である。

 

「……できた。お兄ちゃんもういいよ」

 

 つんつんとカネキの肩を叩く。するとカネキは目をゆっくりと開けた。

 

「終わった?」

「うん!」

「それじゃ僕も着替えないと」

 

 今度は隣でカネキの生着替えが始まる。ヒナミは頑張って目をそらし続けていた。

 

「またこれか……」

 

 カネキの手には真っ白な女装用のウィッグ。嫌そうな顔をした割には、何の躊躇いもなく装着した。

 

「またってアンタ、女装癖でもあんの?」

「ないよ、トーカちゃん。だからそんなドン引きしましたみたいな顔しないでくれる?」

 

 互いに軽口を叩き合い、軽快なやり取りを交わすトーカとカネキ。それはまるであの頃のような光景だった。

 

(……あぁ、お兄ちゃんとお姉ちゃんだ)

 

 戻ってきたんだ。

 やっと、やっと取り戻せたんだ。

 

 そう思った瞬間、今の今まで無意識に張っていた緊張の糸が切れ、気付けば涙が頬を伝っていた。

 

「ヒナミちゃん? 大丈夫?」

「……あれ、ぐすっ……おかしいな。すごく……ひっく、すごく嬉しいのに……」

 

 拭っても拭っても、涙は止めどなく流れていく。さっきはすぐに抑えることができたのに、今はもうどうやって止めればいいのか分からない。

 そんなヒナミを見兼ねたカネキは、ヒナミを優しく抱き寄せ、背中をゆっくりと撫でる。

 

「……大丈夫、大丈夫だよ。僕はもう何処にも行かないから。ヒナミちゃんに心配掛けないから」

「……本当?」

「本当だよ。ヒナミちゃんに嘘はつかないよ」

「……良かった」

 

 暖かなカネキの体温を感じて、ヒナミは安心する。緩んでいた涙腺も、乱れていた呼吸も元に戻っていった。

 そして、溜まっていた疲れが一気に表出して、急激な眠気が襲ってきた。瞼が重くて開けていられない。

 

「ヒナミちゃん、もしかして眠い?

「……うん」

「……僕の脚を枕にしていいから少し寝る?」

「……いなくならない?」

「……大丈夫だよ、ずっと側にいるよ」

「……それじゃあ、ちょっとだけ」

 

 ヒナミは言われるまま横になり瞳を閉じる。意識が完全に落ちるのには一分も掛からなかった。

 

「おやすみ、ヒナミちゃん」

 

 目が覚めたら、きっと幸せな毎日が待ってる。キラキラと色付いた世界で、ずっとお兄ちゃんと一緒に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オマケ

 

 その後『:re』に到着し、四方や西尾、月山との再会を喜んでいたのだが。

 

「ふぃ〜、やっと帰ってこれた……」

「……ちっ、生きてたんですかゴミ」

「……分かってたけど、こうして囮として命辛々逃げ出した共犯者に対する言葉じゃないね」

 

 姿を現したのは包帯ぐるぐる巻きの女性、ではなく、一般的な服装をした女性──高槻泉であった。

 相変わらずと言えば正しいのか、カネキの高槻に対する言葉遣いは辛辣そのものである。

 

「お兄ちゃん……」

 

 以前は味方であった彼女であるが、カネキの側に付くのが決定事項なヒナミにとって、既に高槻を含めた「アオギリの樹」は敵でしかない。

 だというのに、彼女は堂々と此方に乗り込んできた。カネキも言葉は厳しいが驚いた様子はないので、一応は受け入れているようだ。

 そのためどう対処するのが正しいのか分からない。一先ずヒナミはカネキの背に隠れることにした。

 

「さて、これで取り引き成立でいいんだよね?」

「……ちっ、仕方ないですね」

「……取り引き?」

「ふふーん。今回ちゃんヒナを助けるために私とカネキくんは交渉してたんだよー」

 

 それを聞いて、ヒナミは罪悪感に苛まれる。どう考えても自分の所為だ。それでカネキが余計な負担まで背負うことになってしまった。申し訳なくて顔を合わせられない。

 取り引き成立ということはもうこの決定は変えられない。一体高槻は何が望みなのか。カネキを「樹」に引き込むのか。それとも捜査官狩りでもさせるのか。まさか嘉納に引き渡そうとでも──

 

「それじゃカネキくん、今度私とデートしてね♫」

「…………………………はっ?」

 

 今何て言ったの? デート? デートって言ったこのババア? 誰と? 誰が? まさかとは思うけど、まさかとは思うけど、お兄ちゃんとババアなんて言わないよね? 私のお兄ちゃんなのに、私のお兄ちゃんなのに!!!

 

「ダメっ!! お兄ちゃんは私の!!」

「ちゃんヒナにはあげませーん。残念でしたー!」

「ダメったらダメー!!」

「ちょっ、ヒナミ! お店壊さないで!」

 

 ──懐かしいあの頃とは少し変わってしまったけど、それでも取り戻したかった日常がここにある。そんな気がした。

 

 でもお兄ちゃんは渡さない!

 こんなババアには絶対に!















私肝心なことに気付きました。
どうやら私は最後までシリアスを書けないらしいです(笑)




闇カネキ様って一体どーなってんだろう……?
月山さんを助けた?ことから一応仲間に対する慈悲はあると思うんですよ。そして敵と認識したら以前以上に容赦がなくなる感じとか?
口調とか変わるのか分からなくてもうただのカネキくんだけど、ヒナミちゃんがヒロインしてれば私は満足なのでこんな感じになりました。





てか!廃棄ってなんですか!?
認めない!絶対に認めないですよ!(願望)

もし、もしも本当にそんなことになったら発狂する自信があります。
単行本を破り捨てる、なんてことはないですが、なんて言うんでしょう、多分心の底から東京喰種を楽しめなくなりそうです。

お願いです。神様仏様石田スイ先生様。
どうか、どうかヒナミちゃんを!!

長文失礼しました。
でもやっぱり東京喰種は面白いです。
今後も目が離せません!

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