東京喰種 (短編集)   作:サイレン

5 / 10
最新巻までのネタバレを含みます。
読んでいて溢れ出た妄想を形としました。

ハイセ = カネキ

が前提となります。




東京喰種:re 3巻の分岐ルート

 ーー……消えてもいいよ。だから……僕に、守る力を下さい。

 

 意識が闇に溶ける。

 夢を見ているような独特な浮遊感に包まれ、身体と心が徐々に弛緩していく。

 以前にもこの感覚が訪れたことがあった。最近では『オロチ』と呼称されている喰種(グール)との戦闘の際のこと。但しそのときは意識的ではなく、殆ど無理矢理主導権を奪いされたのだが。

 

「ーーハイセ」

 

 『彼』の声が聞こえる。

 気付いたときには、ハイセは白と黒のタイルで埋め尽くされた奇怪な空間に立っていた。

 正直に言えば、ここは好きではない。自身を隙あらば呑み込もうとする『彼』が、どうしようもなく怖いから。

 でも今は、不思議と怖くはなかった。

 

「……君は、"カネキケン"って言うんだね」

「……知ってたんじゃないの?」

 

 手錠を手に掛けられて座っている『彼』は、何時にも増して此方を真剣な眼差しで見つめている。夢で見たような、嘗てここで感じたような雰囲気とは違っていた。

 どこか此方を慮っていて、ハイセは何故か『彼』の態度に笑みが零れる。

 

「そうだね。ずっとずっと、知っていたのかもしれない。記憶が無いのも本当だし、僕は自分を『佐々木琲世』だと思ってるけど、やっぱりこの身体は君のだから」

「……そう」

 

 俯く『彼』に、ハイセは初めて自分から近付く。

 そして、その手にある無骨な手錠を。自身の手で破壊した。

 これには流石に驚いたのか、『彼』は顔をバッと見上げてくる。

 

「……力が要るんだ。大切な部下と、僕を守ってくれた優しいヒトを守る為に」

「……知ってるよ。ずっと見てたから」

「……僕は、あの喰種(グール)の女の子のことは全然覚えてないけど、絶対に守りたいって思ったんだ。もう、何も出来ないのは嫌なんだって」

「………………」

 

 ハイセの独白に、『彼』は黙っていた。

 悲壮な気配を漂わせながらも、心に固く誓った覚悟が感じられたから。

 もしかしたら消えてしまうかもしれないけど、それでも最期の瞬間まで生きていたいという想いが見て取れたから。

 

「可笑しいよね。僕は所詮借り物の存在なのに。本当の持ち主である君を差し置いて、ただ消えたく無いって我儘でこの二年間怯えて暮らしてただけなのに」

「……別に可笑しくないよ。君がそう思ったのは、君が優しいからだよ」

「ううん、それは違うよ」

 

 即座に否定が返ってくる。

 ハイセは諦めたような、それでも少し嬉しそうな表情をしている。

 

「それは、僕はどうしようもなく"カネキケン"だからだよ」

 

 ずっと怖かった。

 記憶が無かったことが。

 自分が何者かも分からないことが。

 

 だから、やっと安心した。

 

「……君に、返すよ」

 

 迷いなくそう言っていた。

 

「消えるのは怖いけど、本来なら僕は生まれることすら無かった。この二年間、本当に楽しかった。嫌なことや苦しいことも沢山あったけど、それでも充実していたよ」

 

 父親みたいな人がいて。

 母親みたいな人がいて。

 子どもみたいな人もいて。

 仲の良い友達も出来て。

 

「だから、ありがとう」

 

 万感の思いの込もった笑みで、『彼』に感謝を伝える。もう、恐怖は無かった。

 そんなハイセの表情を見て、動揺したのは『彼』だった。

 

「……ごめん。お礼は、本当は僕が言わないといけない」

「……どうして?」

「……僕が弱かったから。僕が自分のことしか考えてなかった小心者の怖がりだったから。そんな醜い僕のせいで、君を辛い目に合わせた」

「君は弱くなんかないよ。困ったときは、いつも僕を助けてくれたじゃないか」

「……違うんだ。僕はただ、消えたくなかったから。だから……」

「……なぁんだ」

 

 ハイセは面白がるように、『彼』を安心させるように笑顔を見せた。

 

「やっぱり、僕たちはそっくりじゃないか」

 

 それが全てで。

 それだけが真実なんだ。

 

「……ふふっ、そうだね」

 

 『彼』が初めて笑った。

 その笑顔はハイセと瓜二つで、鏡写しの同一人物だった。

 

 白と黒のタイルで埋め尽くされた部屋に、紅い彼岸花が咲き乱れる。

 ハイセと『彼』はその中を、落ちた脳漿の記憶たちを拾い集めて歩き出す。

 行く宛のない旅ではない。

 過去から今へと向かって、確かな終着点を見据えて歩き続けた。

 

「これが、僕の記憶?」

「そうだね。僕と君の、"カネキケン"の記憶だよ」

 

 幼い頃に父親が事故で亡くなり、優しい母親が女手一つで育ててくれた。しかし、自己犠牲も厭わない優しすぎた母親も棍を詰め、過労死してしまった。

 その後は母親の実姉に引き取られるも、愛情を注がれることはなく、蔑ろにされていた。

 唯一の心の拠り所は親友。人付き合いが苦手だった『彼』を、持ち前の明るさも強引さで引っ張ってくれた。

 転機が訪れたのは大学一年生の晩春。お気に入りの喫茶店での、ある女性との出逢い。

 

「彼女は?」

「このヒトはリゼさん。僕が喰種(グール)になった原因、と言えばいいのかな……」

 

 一目惚れだったのかもしれない。

 少なくても、淡い恋心のようなものは抱いていた。

 親友からは無謀だ、諦めろと言われていた。当時の自分も事実そう思っていたのだが、ひょんなことから交流が始まったのだ。

 

「……高槻泉の「黒山羊の卵」がきっかけだったんだ」

 

 丁度そのとき同じ本を愛好していた。たったそれだけがきっかけだった。

 趣味嗜好が一致して親しくなって、後日一緒に出掛ける約束をした。生まれて初めての女の子との外出、しかも本屋を巡り巡る自身が思い描いた夢のようなデートに、完璧に舞い上がっていた。

 だから、衝撃の度合いは大きかった。

 まさか、あんな"悲劇"に見舞われるなんて、思ってもいなかったのだ。

 

「彼女が、喰種(グール)だったの?」

「そう。"大食い"って呼称される位の喰種だったんだ」

 

 デートの帰り、彼女を送るまでは特に突飛なことのない、平凡なものだった。非日常が牙を剥いたのはその後。

 正体を明かした彼女は『彼』を喰べようとした。『彼』は傷付きながらも抵抗するが、最終的には追い詰められ瀕死の重傷を負う。

 

 もう駄目だ。

 命を諦めかけたそのとき、奇跡に見せかけた"悲劇"が顔を覗かせた。

 

「鉄骨事故?」

「うん。まるで仕組まれたようなタイミングで、彼女に鉄骨が降り注いたんだ」

 

 その結果死ぬことはなかった。

 それでも、死よりも辛い人生が待ち受けていた。

 

「この事だけは君も知ってるよね?」

「……『アオギリの樹』の狂科学者『嘉納』の手によって、『赫包』を移植された……」

 

 この出来事の所為で、『彼』の人生は狂ってしまった。

 

 それでも、色んな出逢いと巡り会った。

 

「その後も色々あったんだ。お気に入りの喫茶店、『あんていく』って言うんだけど、そこの皆が実は喰種(グール)で、それから……」

 

 それから、それから、それから。

 

 『彼』は絶え間なく思い出をハイセに語り掛ける。ハイセも『彼』の話しをまるで懐かしむような気持ちで聞いていた。

 時間はあっという間に過ぎ去っていった。別れの時間が迫っていた。

 

「……僕の思い出はここまで。ここからは君の物語だね」

「そうだね。でも、これは君も知ってるよね?」

「うん。ずっとずっと、見てたから」

 

 景色が変わる。

 真っ白な、真っ白な空間に。

 

 ハイセは終わりの時を、覚悟した。

 

「……さぁ、もうお別れかな。早く行って、皆を守ってあげて。でも、前みたいに無茶しないでね」

「……うん。それは努力するよ」

 

 『彼』はどこまでいっても優しいから、この約束は果たされないのかもしれない。

 けれど、言っておいて損はないだろう。

 このことがきっかけで、ハイセのことを思い出してくれるかもしれないから。

 誰かが覚えていてくれるだけで、ハイセの存在は完全に消えることはなくなるのだから。

 

 そんなハイセの心の機微を、『彼』は敏感に感じ取った。

 

「ハイセ。君は一つ勘違いをしているよ」

「……勘違い?」

「君は消えないよ。だって、君はずっと、僕の中で生き続けるんだから」

 

 天恵を得た思いだった。

 この世界における神である『彼』からのこの言葉は、ハイセの胸を強く打った。

 

「……本当に? 本当に僕は消えなくていいの?」

「当たり前だよ。君は僕の恩人だから」

 

 震えるハイセを、『彼』は優しく抱き締める。幼い子どもを泣き止ませるように背中を撫でる。

 

「ごめん。ありがとう。僕の代わりに、一杯頑張ってくれて」

「……こっちこそごめん。それでありがとう」

 

 暫しの間、互いに謝って感謝して。満たされた時間を過ごしていた。

 

「……そうだ。君に紹介したいヒトたちがいるんだ」

 

 突如として話題を変える『彼』に疑念の目を向ける。一体何のことだろうか。

 そんなことを思っていた矢先。『彼』の側に二人のヒトが現れていた。その二人に、ハイセは見覚えがあった。正確に言うなら、つい先程拝見した『彼』の記憶にあったヒトたちだった。

 一人は理知的な眼鏡を掛けた、魅力溢れる女性。

 一人は白いスーツを着こなした、野性味溢れる男性。

 

「……知っての通り凄く色々あったけど、今はこうしてそれなりの仲が築けたんだ。僕たちは一心同体だからね」

「……この二年間で、そんなことしてたんだ……」

「何もしないってのも、あれだったから。ハイセ、出来れば君も二人と仲良くしてね」

「……そうだね。僕も一人は退屈だなーって思ってたし」

 

 これで本があれば完璧なのに、などといった文句を垂れるハイセは、もう悲壮感を滲ませてはいない。これからの『彼』の活躍を影ながら応援しようと、新たな気持ちを迎えることが出来ていた。

 

 これで本当にお別れ。

 でもそれは、永遠の別れなどではない。会おうと思えば何時でも会えるのだから。

 

「それじゃあね、"カネキケン"」

「うん、行ってくるよ。ハイセ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雰囲気が一変した『彼』を見て、ヒナミは思わず声を掛けていた。

 

「お兄、ちゃん……?」

 

 髪の色が、灰色のグラデーションから雪のような真っ白なものへと変貌を遂げていく。その姿は、ヒナミの脳に深く刻み込まれた、大切なヒトを想起させる。

 目の前に対峙していた白髪鬼も、何かの片鱗を感じ取ったようだ。

 

「くひっ、くひひひひひひひひひひッ! お前は(ゴミ)か? それとも(おたから)か?」

「……あなたの言う(ゴミ)(おたから)が何を示しているのか僕には分からないですがーー」

 

 毅然とした態度で、『彼』は敵を睨み付けた。

 

「ーー僕は、カネキケンだ」

 

 










こんな展開が良かったよぉぉぉぉ!!!
中にいる二人と仲良くなったことで、このカネキは完璧な赫者へとなれたりしなかったり。
それでこの後はヒナミちゃんと一緒に脱出したり、懐かしの面々と再会したり。そんな展開がいいな(笑)

最後に一言。






ヒナミちゃあああああああああああああああああああああああああん!!!!!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。