俺の事が好きなのであろう人形使いが毎回付きまとってくるのだが一体どうすればいいのだろうか? 作:エノコノトラバサミ
命蓮寺のある部屋で、俺は布団の中へ潜っていた。
「……眠れん」
布団に入ってから大分経っていて、寺の中は既に寝静まっている。多分、俺だけが起きている。
「……はぁ」
ため息を吐く。俺らしくない。こんなこと、いつもの事だと気にしないのが一番なのに……
やっぱり頭から消えない。あの時のアリスの様子が。
いや、あの時だけじゃない。今日、アリスが俺に関わっきた頃から、ずっとだ。
ずっと忘れていた感覚。他の者達が介入してから、俺の中ですっかり消えていたあの思いが、俺の中を過っていく。
風に当たりたくなり、俺は外に出た。
アリスが俺の事を好きなのは知っていた。初めて会った時の事は、今でもはっきりと覚えている。俺が飛脚を初めて間もない事、初めて訪れたアリスの家で。
それから、あの生活が始まった。アリスは毎日の様にしつこくアプローチを仕掛けてきて、俺が適当に流す、そんな日々。正直疲れてる時は鬱陶しかったけれど、楽しくないと言えば、嘘になる。
そんな日々が、気が付けば消えていた。アイツは、どんな気持ちだっただろう? 変態でストーカーなアリスの仮面に隠された、本当の彼女は、どんな思いで俺の事を見ていたのだろう?
今日のアイツ、本当に嬉しそうだったな。
普段は綺麗だし、人形とか大好きだし、興奮するとついうっかりするけれど、女性なのに頼りがいもあるし、そして一途で……
「……あれ?」
何だか、顔が熱くなってくる。アイツの笑顔が頭から離れなくなってしまった。
「あれ、あれ、あれあれあれあれ?」
まさか、そんな、嘘だろ?
頭を掻きむしり、床にぶつけても、アイツの笑顔は消えない。頭から離れてくれない。
「……何だよ、頭の中まで付いて来やがった」
もう駄目だ、逃れようがない。
「……俺、アイツの事──」
「──何してるの?」
「ッ!?」
背後から俺に声が掛けられる。
「あ、アリス……」
「物音がしたから来てみたら……何してるの、お兄さん」
「……眠れなくてさ」
俺の隣に、アイツは腰掛けた。
「ダーリンって、呼ばないんだな?」
「……気にしてるんでしょ、お風呂場での事」
「ああ」
「ごめんなさい、私その……本当に焦ってたの」
そんなことは知っている。
「……滑稽よね、普段はお兄さんの貞操狙ってたのに」
「そうだな、おかしいよな」
分かってるんだよ、もう。お前の考えていた事なんて。
「……私さ、お兄さんに会うまで、退屈だったのよ。魔法使いになって、捨食の魔法も覚えて、色々な物を集めたりしてたけど……なんか、心から満たされる様な物はなかったと言うか……あんまりよく分からないけど」
アリスは、そのまま続けた。
「何でかな、何でお兄さんに牽かれたんだろ、私。魔界にいた頃だって、お兄さんよりカッコいい人はいたのにね」
「……運命の赤い糸って奴じゃないですか、人形使いさん」
「残念ですが、その糸は取り扱っておりません」
クスリ、とアリスは笑った。つられて俺も笑う。
「アリスは、さ」
「何?」
俺は、意を決して問う。
「俺が人間を辞めるって言い出したら、どうする?」
アリスの顔から笑顔が消えた。そのまま、彼女は俯く。
やはり、聞かない方が良かったのかもしれない。俺が言葉を発しようとしたその時、アリスは俺に向かって真顔で言った。
「襲うわ」
「意味わかんねぇよッ」
予想外の返答に、ついつっこんでしまった。ちょっぴり痛そうな素振りで、俺に叩かれた頭を抱えるアリス。誰も見ていないのに漫才みたいな感じになってしまった。
「──まあいい、吹っ切れたわ、寝る!」
俺は立ち上がった。
「いいか、俺はお前みたいな変態発情ストーカー野郎となんか絶対に付き合わないからな!」
「ふん、いいわよ別に、無理矢理ヤってやるんだから」
アリスに背中を向けて、俺は自分の布団へと向かった。
──愛してるよ、お前の事。
「え、何か言った?」
「お前もさっさと寝ろって言ったんだよ」
「……う、ぅん……」
息苦しさを感じ、俺は目を覚ました。日は既に昇り始めている。体を起こそうとしても、上手くいかない。
「……ん?」
体が重い。俺の布団の中に、誰かいる。しかも俺の体の上に乗っかっているではないか。
まさかと思い、俺は急いで布団を捲った。
「……」
「ゴロロロ~♪」
あんたかよ、星さん……
「ダーリン、朝よ! 私と一緒に二人羽織で朝ご……な、何よ貴方、邪魔よ!!」
「フシャー!!」
「痛ッ!? 引っ掻いたわね、このォ!!」
「ニャー!!」
……まあいい、ほっといて朝ご飯食べよ。
お兄さんとアリスの関係がはっきりと分からないという方、イオシスさんの『アリス→デレ』という曲をPV付きで見てください。ある程度は分かると思いますよ。
という事で次回から紅霧異変に軌道が戻ります。