そこにある花‐その先へ‐   作:待兼山

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第10話

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先に江利子らにタクシーを紹介し、聖と志摩子にガイドを付けた祐巳は私たちに見せる温和な態度ではなく少々、迫力があった。

「あれくらい脅しておかないと、鳥居さんも佐藤さんも言い値を出してしまいますから」

私の心を察ししたのか、態度の理由を言う。

「満足したら、ね。しなかったら二人は交渉するわよ、英語が堪能なガイドたちみたいだし」

少し、拗ねているように聞こえてしまうだろうが取り消せない。

「満足させますよ。そういう奴らでないと、紹介できません」

自然に祐巳は手を繋いでくる。

「少し歩きますが、気温に疲れたら言ってください。」

今日は一応持って来たスニーカーにした。それでも私が日本で歩くという行為が余りしない生活に浸っていることを知りながら、国柄のせいにして言ってくる気遣い。

「ええ、喉が渇いても言うわ。」

祐巳の背面にある、痕に向けて答える。

「この市場は、地元の人間を相手にしているから穴場なんです。バックーパッカーたちがちらほら、長いこと来る旅行者でも玄人向って言われてます」

退屈をしないように、私が気をまわし過ぎて疲れないようになのか、祐巳が市場の特徴を説明をする。

「ここを曲がると、観光客や現地の人間でも富裕層向けの市場に行けます。その手前の角を曲がれば、中級クラス、旅行客で通が行く市場です。どちらも行かれます?」

祐巳が歩みをゆっくりにし、説明をする。

「時間であればでいいわ。壁画、壁画を見に行くんでしょう?」

祐巳の澄んだ瞳に映る私と祐巳を交互に見つめ、先ほど交わした約束を言う。

「わかりました。気になるところが見つかれば言ってくださいね」

祐巳の手を離さないように握り、歩調を合わせる。

「薬浴って、毎日なの?」

余りきょろきょろしないようにしながら聞く。現地の人たちは今を生きる生命力に溢れている。

「ばあさんの体調が良ければ。子どもたちにも必要なことですから、私が入れる役目を仰せつかってます」

少し低い祐巳の目線が私に向けられ、上がる。

「祐巳は、日本に未練はないの?」

澄んだ瞳に怖じ気つきそうになる。

「未練、ですか。何もないですね、ほかの人たちは眉を顰めますが私には長老より与えられた役目での居場所が唯一で絶対でした。」

言葉を一旦切り、道路を渡ります。と言い添える。

「祐麒は死にました。血は半分でも、弟でした。だから、あの子には幸せになって欲しかったんです。柏木さんの秘書になったと聞いた時、ここに居ましたがこれで私は居なくなれると思いました。日本に帰った時に探し出された瞬間、せめて祐麒を高みに上らせようと。結局、私が狂わせ死なせました。小林にさえ、嫌われ役をさせて私はここでひっそりと」

祐巳は前だけを見、無機質に言葉にしていく。

「私は他人の隙間を見つけ出すらしいです。自覚もしています。佐藤さんが最初に来た時も、水野さんや鳥居さんが来られた時も、ぽっかりと口を開けた隙間がありました。それを分かっている長老派や反長老派が日本にも居ます。あなた方と一緒に居ても私という『闇の女王』の亡骸が付いて回ります、死神になるかのように」

信号に差し掛かり、歩みを止める。何か言わなくては、祐巳が消えないようにしないと。

「上辺だけだとしても...私は祐巳と歩きたい。険しい道でも...祐巳が居るから他方からの理不尽な力が働いても、私は...負けずにやり切りたいわ」

こんな言葉しか言えない自身の内が、もどかしい。

「ありがとうございます。もうすぐ着きます」

向日葵のような笑顔に陰りがさすのを、見た。祐巳は私の手を少し強めに握り直し、歩き出す。

風が吹き、肩下の祐巳の髪が舞う。自身の髪も乱れるが、気にも掛けれない。

爆発の痕が残る、肩から背中に視線が釘付けになったまま。

祐巳が泣いているように感じられたから。

 

 

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この国が最初に有名になった壁画は、今にも気まぐれに倒壊を起こしそうな遺跡にあった。

十人の女性と三人の賢者、闘士、希望持つ者。

そう祐巳は説明をする。

「あと一人か二人、もしくはもう何人かが居るみたいです。戦争や内乱で見つかるのが遅かった為、こうしてしか保存できてないようです。」

祐巳は欧米系のふくよかな老婦人に席を譲り、私の横に立つ。老婦人の連れで、中年男性に私も席を譲り軽く会話をして離れた場所に移動する。

「水野さんはネイティブのように話せるんですね。流石、すごい」

祐巳は子どものように、褒めてくる。

「からかわないで頂戴。聖も江利子も堪能だし、私よりも気の利いた会話が出来るわ」

気恥ずかしさとコンプレックスのない交ぜになった言葉を出してしまう。

「あの二人には気の利いた会話よりもそれくらいの会話でいいんですよ。佐藤さんや鳥居さんに引け目や憧れがありますか?」

祐巳が私の心内を読むかのように言ってくる。壁画の十人の女性を見たまま。

「いけない...かしら。大学の時も、社会に出てからも...あの二人のようになれたらって思ってしまうことがあったわ。二人は二人なりに抱えてきたものがあるのに...」

つっかえつっかえではあるが、祐巳だから話せるのか。

「あそこの綺麗な女性は、女神のように言われてます。生きる女神、手を広げ九人を見守る。賢者も闘士も希望持つ者も、九人ですら他を見つめているのにあの女性だけ」

祐巳は優しい口調で、私の言葉に何も答えず壁画を見つめる。

「この壁画を初めて見た時、私はあの女性に視線がいきました。」

私を見る祐巳は優しかった。

「あのスタッフが言うのも頷けますね。佐藤さん、鳥居さん、島津さん、藤堂さん。あれは、小笠原さんかな。島津さんの近くに居るのは支倉さんでしょうね」

祐巳は私が言葉を紡がないことに焦れることなく、壁画を楽しそうに七人をなぞらえて言う。

「水野さんは女神じゃないけど、あの女性ですかね。」

後三人居るのに、祐巳はそう締めくくる。

「祐巳は?祐巳はどれかしら」

やっと言葉を発し、問いかける。

「私は、ここに登場できる人間でしょうか...」

今度は祐巳が弱々しく言う。

「私は重ねたものが多すぎます。必要に迫られたとか、それしかなかったでは済まされない。弟すら、死に追いやって平気でここに居るんです。これからも、何も抱けれない」

祐巳が二人だけになった場所で、壁画に手を伸ばす。

「水野さんが六人とは別のところで抱いているように、六人も何がしら抱かれてます。だけど、水野さんが居る空間になると相殺され、羽を休めるのでしょう。そう感じてました」

祐巳は先ほど、私が言ったことの考えを言い、

「私にはそんな存在を願ったことも、考えすら浮かびませんでした。祐麒が良く言ってました、お前を幸せにする、何も考えなくても穏やかに暮らせるように。って。祐麒を狂わせてました、温もりすら与えれないのに隣に居るように見せかけて。祐麒の裏を引き受けて、祐麒は私の表なんかじゃなかったのに。」

祐巳は力が抜けたように、膝を落とし壁画を見上げた。そんな祐巳が魂から泣いているように感じて強く、きつく抱きしめる。

「いいの、祐巳はこれからを見ればいいのよ。闇の女王だとか、弟さんのこととか、生きて考えていけばいいのよ。私が支えるから、皆も支えるわ。抱え過ぎたものは誰かに預けたり、地に置いたりすればいいのよ。」

言いながら、祐巳の代わりに泣いてしまう。表面は泣いてなくとも祐巳は泣いている、目に見える涙は私が流そう。そんな私に祐巳は、困ったような笑顔をして抱きしめてくれた。

ベンチに移動し、祐巳が歌う童謡を聞きながら壁画を見つめる。

祐巳はもしかしたらあの生きる女神と呼ばれている壁画の女性ではないか。

そう考え、祐巳の肩に頭を乗せる。ゆっくり流れる時間を二人で感じれるように。

 

 

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ホテルに戻ると江利子と聖がカフェでテーブルを囲みながら、会話をするともなく待ち構えていた。

「で、祐巳ちゃんは?」

聖が私に紅と朱の織り込ませたストールを渡しながら聞いてくる。

「一旦、家に帰ったわ」

泣いたことを気取られないように、ウェイターにハーブ紅茶を頼む。

「ふーん。今日の晩御飯は楽しみね」

江利子は泣いたことに気付いたのだろう。含ませ笑いをしながら、祐巳が夜にも居ることは決まってるように話してくる。

「今日は何かな~。今日暑かったからガツンとしたのが食べたいよね」

聖は呑気に言うけれど、私はそんな気分にはなれなかった。江利子もそうなのだろう、呆れ顔でため息まで吐いてる。

「聖、元気な胃袋をお持ちでしょうけれど、多数決よ」

江利子の分も窘める。

「え~、なんでさ。まだまだ、32なんだからいけるっしょ」

胸焼けがしてくる、祐巳に会う何か月か前に自棄食いのような高級焼肉店での出来事を思い出す。

「勘弁してよ、令と由乃ちゃん連れて行きなさいよ」

江利子も思い出したようでげんなりしている。

「酷いよ~、友達を見捨てるなんて」

聖が泣き真似をしているが、そのままにして江利子に話しかける。

「令は今日来るのかしら?」

江利子は自身のカップを持ち上げながら、

「そうみたい、今頃雲の上かしら」

優雅に、祥子と違った様を出し飲む。

「由乃ちゃん、迎えに行きたがるんじゃない?」

ハーブ紅茶を透明のカップに注ぎながら聞く。

「ええ、祐巳ちゃんを連れて行きたいみたいよ?」

祐巳の行動を私が決めるかのように江利子は言う。

「祐巳に聞かないと分からないわよ」

ミントも入ってるハーブはさっぱりさせてくれる。

「ね、ね。迎えに行って聞けば?私も江利子も国際免許あるし、車貸してくれる知り合いとか祐巳ちゃん知ってるでしょ」

聖が日本からの移動時間を考えて言ってるのかしら。

「少し早めに乗れたらしいから、21時ぐらいだって。怖い島津秘書主任に怒られたくないから、令はいつだって大目に伝えてるらしいよ」

おどけて聖が言うが、令の癖になったそれは由乃ちゃんの閉ざしたドアには必要で、時間の優先では公がいつだって重視される令にも必要だった。

祐巳が加わり、気を抜けることを自然と知った私たちは一つの罪と罰する為にこだわった、数々の習慣を緩めるのだろうか。

それぞれが、それぞれを守るために無意識に計算していった所作や付き合い方の数々。

多分、息苦しいとは思わなかった、皆。

ただ、ぬかりがないように自身をも滅ぼさないように。

気持ちはあの時のまま。

気を緩める、それが今出来てる。

日本に居る、祥子もそれに触れて欲しい。そう願いながら親友たちの会話に加わる。

 

 

 




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