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空港への道すがらでは祐巳の横顔をずっと眺めていた。そのつもりなんて無かった。会話に加わりながらも昼間に壁画の場所で話した事、いや、祐巳が魂からの叫びを上げたことを思い出していたらそうなっていた。
何度か気付いた祐巳がこちらを向く度に、祐巳への想いが積み重なっていく。運転する聖とその横の志摩子はもちろんのこと、江利子や由乃ちゃんまで素知らぬふりをしてくれている。気恥ずかしを感じながら、祐巳に流れる景色から会話を拾い、少し距離を詰める。
「この海を越えれば、カジノです。興味があれば行かれますか?」
祐巳は私だけでなく、皆に聞いている。迎えに行った際に入っていた薬浴の匂いが微かに香る。
「楽しそうね、カジノは読めないけれどトリックがあるんでしょう?」
江利子が喰いつく。江利子は何度かカジノ接待の為に、行っていたっけ。
「ものに、よります。とだけ、お答えしておきます」
笑いを堪えるように祐巳は江利子に返す。江利子は更に聞き出そうと畳み掛ける。祐巳が私の指先に触れた瞬間、手を握る。祐巳は私に顔を向け、微笑んだ。多分、私は赤くなっているであろう。後で、親友たちにからかわれるだろう。
「令ちゃんの便、もうすぐ着くって。祐巳さん」
由乃ちゃんはすっかり祐巳が居る空気に慣れてしまっている。
「私の孫に嫉妬しないでやってね」
後ろから江利子が耳打ちしてくる。
「しないわよ。それより、江利子の背後の取り方は心臓に悪いからやめて頂戴」
言い方に気を付けながら、江利子を窘める。
「あら、ごめんなさい。それより今日は一緒にホテルでしょう?」
悪びれた感じもせずに江利子は、由乃ちゃんと志摩子と会話をする祐巳を見やる。
「それは...まだ聞いてないし。祐巳と少しでも過ごせる今があるから」
濁しながら自身の心の声も誤魔化す。
「悠長なことしてたら日本に帰る日になるわよ。後三日もないんだから」
江利子は真剣な目をして事実を突きつけてくる。
「そうそう。今日でダメなら、明日もダメってね。」
いつの間にか聖まで会話に加わって来て私を煽る。
「祐巳が...祐巳が決めることだわ...私は祐巳に会いにきたんだし」
臆病になる私はあの時を率先した私ではなく、ただの女だった。
「じゃあ聞いてみましょうよ、今日は遅くなるけどいいかって」
江利子が優しく言ってくる。もう間もなく令が到着して、晩御飯とも言えない夜食を摂るのだ。その席か、移動時に聞けと。
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「なんだか祐巳ちゃん、馴染んでるね。」
令が加わり、聖のリクエストも兼ね揃えた深夜営業の肉と魚介メインのレストランに腰を落ち着かせた。
「令ちゃん、悪いの?祐巳さんはこれから私たちと歩むんだから」
由乃ちゃんが祐巳の了承も得ずに言い放つ。江利子と聖がニヤニヤしている。祐巳は、聞かなかったかのように志摩子と隣国の話をしている。
「よ、由乃...急すぎるし...祐巳ちゃんが言ったの?」
令は由乃ちゃんの変化とイケイケ発言に驚いている。
「いいのよ、引きこもってたんだから」
由乃ちゃんは連れ出すのは当たり前だし、と優しく言い添えた。
「令。彼女は私たちに必要だし、蓉子の大切なおひーさまなんだから。」
江利子がからかうこともなく、優しい口調、顔で言う。
「祐巳ちゃん、離さないからな~」
聖がおどけて祐巳に向かって手を広げている。祐巳は網で焼かれた、とうもろこしと肉を交互に見ていた。
「時期が来たら、ですね。あなた方とは一緒に帰れません。」
それはいつかのように、拒絶でもなく祐巳の心内が分からない言い方だった。
「あのね、過去のことが嫌なら令ちゃんや蓉子さま、皆がどうにかするわよっ」
由乃ちゃんがどうにか、は浮かばないが必死に祐巳に訴えかけてる。
「そうではありません。子どもたちは急に私が居なくなれば、急かされるように大人に成らざるを得ません。ひたむきに生きる力を捻じ曲げ、歪になります。それに、パスポート。偽造で入ってますから、色々めんどくさいんですよ」
祐巳は気になることを言って、私を見つめた。
「その時期は教えてくれるの?」
聖や江利子が口を開く前に、祐巳に縋るように聞いた。皆が居るとかは今はどうでも良かった。
「ええ、せっかく頂いた皆さんのお気持ちですから」
祐巳が向日葵のような笑顔を咲かせる。
由乃ちゃんと志摩子、令が帰り支度の為に化粧室に立ったタイミングで江利子が余りお目にかかれない顔つきで祐巳に言う。
「祐巳ちゃん、帰国のことは仕方ないけれど。今日から私たちが帰るまで、蓉子と一緒に居てね。夜、もね」
祐巳は苦笑い気味に何かを言おうとしたが、
「ダメだよ~もうこれは決まってしまったんだから。」
聖も茶化してるように見せているが、佐藤部長の仮面だろうか。きっぱり言う。
「拒否権はなしですか。朝、かなり早いんですけど、すみません」
祐巳は江利子、聖、私と見てくる。
「え?何時起き?」
聖が、朝に弱い聖は驚いてる。
「朝日が拝める時間の前です。朝市を手伝って、家で作業してる子どもらに朝ごはん作ってとかしてるので」
それに江利子も驚きを隠せないようだ。私も驚いた、祐巳はそんな疲れを微塵も見せない。
「だって、ニートって。」
江利子らしくない言い方で祐巳に聞いてる。
「働かずもの食うべからず。本当に何もしなかったら、子どもたちは私に寄りもしませんよ。とりあえず、一旦家に行かせてもらいます」
そう言い終わるタイミングで由乃ちゃん、令、志摩子が戻って来た。
テーブルで会計をし、祐巳にスタッフは色々聞いているようだった。スタッフは英語が堪能であるが、母国の言葉が落ち着くみたいに会話は弾んでいる。
「日本からのお客様で一番綺麗だって言ってましたよ。支倉さんと佐藤さんなんてさっきから色んなお客様が視線を飛ばしてたって。」
祐巳は帰り支度が調うのを待ちながら、スタッフとの内容を言ってくる。
「そうね、令と聖はリリアン時代から有名、人気だったものね」
江利子が少し得意げに言う。
「どうでもいいや。祐巳ちゃんは?この中で一番誰の顔が好き?」
聖が本当にどうでもよさ気に聞いてる。私は何気ないふりをするのに必死で、何とか聞かないようにした。
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帰りは祐巳が運転した。助手席は私だった、それを言葉にすることもなくそれぞれが話しながら車に乗り込んだから。
「祐巳、運転できたのね」
会話をしたくて、話す。
「ええ、長老が高校四年が始まった日に行けって。機会がなかったから拙い運転ですみません」
祐巳はそう言うが、流れるような運転で砂利道を通っても揺れが心地よかった。
「無理やり、決めてごめんなさい。」
後ろの席では江利子が令をからかい、由乃ちゃんがムキになっているとか、聖が志摩子の肩を借りてるとか穏やかな空気で。私は祐巳と築き上げたいこれからを思った。
「急でしたが、気になさらないでください。水野さんや皆さんと一緒に居ると、生きてきた甲斐があるとかこう、感じるんです。」
祐巳は透明度を持ちながら、困った顔で私に顔を向けた。
「こんな気持ちなったことがないから、言葉にしにくいですね」
少し祐巳は疲れを滲ませる声音で、前を見つめている。私たちと居て疲れたのか、と考えかけたその時、祐巳がブレーキを掛けた。
「ここの歩道を行けばホテルです。車を置きに行きます」
祐巳が先ほどの声とは違い、そう皆に伝える。
「ありがとう、祐巳ちゃんは蓉子と戻って来てね」
江利子はそう言うとさっさと車を降りる。令、由乃ちゃんを引き連れ、歩き出している。
「蓉子が居ないと部屋入れないしね」
聖はウインクをして、志摩子が降りた後を追う。
「勝手なんだから、もう。」
親友たちへの友愛のこもった態度に気恥ずかしさを感じて、軽くため息を吐いてみせる。
「ごめんなさい、ここに来てからずっと振り回して」
祐巳に顔を向ける。
「いえ、気になさらないでください。こうゆう温かさっていいもんなんですね」
祐巳は家への道を走らせながら何も感じさせない顔で言う。
「そうね、私は祐巳にもそれを感じて欲しいわ。ぬるま湯かもしれない、でも、人にはそれだって必要よ?極端な温度は痛さにもなるしね。」
車は家に着いた。ハンドルから手を離したまま祐巳は降りようとせず、私もそのままにした。
「一旦、ばあさんの家に行きます。鍵を返すから、一緒に来てください」
そう言い、降りる。後に続くが祐巳の窺い知れない表情に気持ちが加速していく。
家に入って祐巳がお世話になって居る方に私も挨拶しようとしたが、夕方に来た部屋で待つよう言われた。数分で祐巳は戻って来た。夜道を歩くからと手を繋がれ、灯りの少ない道だからこそ二人の距離はより近くに。
「考えてみれば、一緒に夜を歩くのはあの日以来ですね」
祐巳が向日葵のような笑顔をしているのが、夜道でも分かる。
「ええ、祐巳を待ち伏せした以来ね。」
私も思わず顔が綻ぶ。
「水野さん、蓉子さんは強引ですよね?あの時から」
下の名前でわざわざ呼び直してくれる。祐巳が、祐巳は私たちを受け入れてくれようとしているのだろうか。
「それだけ好きなのよ、あなたが。ずっと、気になって気になって考えてばかり居たわ。小林くんに手紙を渡されてからもどこかで生きてるなら会いたいって。好きとか嫌いとか分からないなら、判断出来るまで付き合うわ」
一気に言い募る。もうすぐホテルの玄関口だからこそ、少し早口になる。
「それが、わかるのがおばあちゃんになっても?」
祐巳が苦笑いを浮かべて言う。
「ええ、江利子みたいな喰いつきも聖みたいな危なっかしさもないけれど。私は忍耐も秀でてるの」
軽口を叩くと祐巳が柔らかい表情になった気がした。
「死に際まで分からないとかだったらどうするんです?」
悪戯っ子の口調で聞いてくる。
「それは、決定よ。それだけ一緒に居たんだから、嫌いではない」
自身にも言い聞かすように言葉にする。
飽きもせず居られるのは、嫌いより好きなんだと。先の見えない事に、不安に駆られないように。私が私を押し潰してしまい、子どもたちから祐巳を引き剥がした事実を導き出さないように。良い意味での、習慣を。
フロントに着く瞬間まで祐巳は笑っていた。
安堵とは言い難いが、纏う空気が優しくなった気がした。