そこにある花‐その先へ‐   作:待兼山

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第13話

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外が薄闇からゆっくり光を纏い始める中、私一人ではない事を音が知らせてくれる。

「すみません、起こしましたね。」

祐巳は着替えを済ませて私に笑いかける。

「いいわ...まだ...、起きてないから」

祐巳の手を掴む。

「水野さ...蓉子さんが起きられる時間までゆっくり休まれてください。また、あとでお会いしましょう」

祐巳が優しく顔に掛かっていた髪を払ってくれ、手を上掛けの中に戻される。その行為に安らぎを感じてまた、眠りを求めてしまう。

 

完全に太陽が生きているものに力を与えだした時に、私は覚醒した。

隣にあったであろう温もりはなく、簡単に身支度を調え朝食に向かう。今日は江利子と志摩子という珍しいコンビで待ち構えていた。

「祐巳ちゃん、もしかしてもう出かけたの?」

江利子が今日ぐらいは違うだろうと言うように訊ねてくる。

「行ったわ。」

そう簡潔に言い、席に着き三人分のルームナンバーを分かりやすく置く。

「今日ぐらいって言えば良かったのよ。」

江利子は呆れも含ませながら言うが、拗ねた顔でもしているのだろうか。志摩子に視線をやると困った顔をしていた。

「蓉子はもっと我を通すべきよ、心からの声に従うことも祐巳ちゃん相手だと必要よ」

もっともらしく江利子は言うけれど、少しづつ祐巳の心が顔を覗かせてきているのに余計な行動を取りたくなかった。

「それはそうだけれど、まだ早いわ。今はまだ」

ウェイターがコーヒーと紅茶を持ってくる。途切れた話を志摩子が、コーヒーを注いでくれながらし出す。

「蓉子さまは一緒に帰りたいと仰らないんですか」

たまに見せる志摩子の隠れた強さ。

「分かり切ったこと、だとしても祐巳ちゃんに伝えることは大切よ?水野蓉子の弱さを見せるのは伝えてからよ」

二人は優しい顔をしていた。

本当は納得出来ない自分がいた。一緒に帰ろう、って言いたい自分がいた。私を優先して、と言いたい自分がいた。

祐巳の温もりと共に起きたい自分がいた。

 

 

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外は祐巳に再会した日のように雨が降っていた。叩きつけるような、自然の強さを知らしめるようなそんな雨。

部屋の電話を鳴らすと言っていたけれど、おおよその時間を聞きそびれていた。時計はまだ、10時半。

何となく手持無沙汰が嫌になり、祥子の妹である瞳子ちゃんが今度舞台でやると言っていた原作を読むともなく開く。

どれくらい経ったのだろうか、時計を確認しようとした時に部屋の電話ベルが鳴った。

「Hello?」

緊張の為、上ずるがフロントスタッフが祐巳からの電話だと愛想よく簡潔に伝えてきて交換する。もう十分もしない内にここに戻ってくる。

身支度を急いで調え、化粧を。キーを取る手がもどかしい動きになる。エレベータは待ち構えてたかのように私を乗せ、下降する。

祐巳はロビーではなく、玄関口の植え込みに雨に濡れて立っていた。

「中でどうして待ってなかったの?!風邪ひくわ」

もしかしたら、と考えて持って来ていたタオルタイプのハンカチを祐巳の頭や服、むき出しの腕に当てるが追い付かない。

「気になさらないでください。」

祐巳はこんな時にさえ、向日葵を咲かす。

「気にするわ。とにかく中に、部屋に戻ったらお風呂に。」

強く祐巳の腕を引き、ホテルに入る。他の利用者やホテル関係者が少し驚き、視線を引くがどうでも良かった。

 

ルームサービスで紅茶を頼み、お湯に浸かる祐巳が出てくるのを待つ。ずぶ濡れの祐巳の服をクリーニングサービスに出し、靴をドライヤーで乾かそうとしていると、出てきた。

「ちゃんと温まった?」

少しきつい言い方に聞こえたかもしれない。

「はい、ありがとうございます。靴、あとで自分でしますから」

祐巳は無機質に言う。

「どうして外にいたの」

突っかかるように言う。祐巳が私からドライヤーと靴を取り、作業をし出す。

「答えなさい、濡れてたなら迷惑かかるとかなら、屋根があるとこにどうして居なかったの?」

答えない祐巳に焦れて、祐巳の手を止めさす。

「水...蓉子さん、強引すぎます。」

強く握っている手をやんわり拒まれる。祐巳は少し笑った。

「どうして、こうして一緒に居るのかな。日本を離れたのに、よく分からない気持ちにもうなりたくなかったのに」

ああ、祐巳は変化によってどうしょうもない気持ちを抱えてしまったのだ。欲する、伸ばす、望むことを出来ないままの祐巳が、目覚めた祐巳との溝に怖がっているのだろう。

「大丈夫、こんな気休めしか言えないけれど。大丈夫だから、どんな祐巳も私が認めて一緒に手を繋ぐわ」

離れて行かないように強く抱きしめる。祐巳は痛いと言っていたが、されるがままだった。

 

 

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祐巳と微睡みの中に居ると部屋の電話が鳴った。ため息を吐き出し受話器を取る。内線で聖からだった。

「ねえねえ。お昼どうするのさ?もう一時過ぎなんだけど」

この親友は食べ物紀行をしているのかと思うくらい、食べ物の心配ばかりしている。

「...江利子たちと行って頂戴。」

効果音として採用されそうな豪快な笑い声で聖が宣言する。

「残念でした!皆、雨で足止めくらってたから祐巳ちゃんに慰めて欲しいんだって」

聞こえるようにため息を吐き、祐巳を見る。まるで子どものように、起きたての眼をこすっている。

「適当な、カフェみたいなとこでいいなら」

掠れた声で言う。

「祐巳が案内してくれるって、二時にロビーでいいわね。嫌ならそっちで勝手にして頂戴」

聖にきつく言ったが、笑いながらお楽しみをお邪魔しました~と気にもせずに言ってくる。何も言わずに受話器を置き、祐巳の髪を邪魔にならないように払う。

「水野...蓉子さんも含めて強引ですよね」

私の手から逃れるように祐巳は背を向ける。爆発の痕が露わになり、それをなぞる。

「日本に帰ったら消す?」

そうなら祥子のグループ会社が提携を組んでいる病院が何軒かあったはずだ。

「いいえ。これは『闇の女王』の墓標なんです。汚くとも、それ以上のことをしてきましたし」

祐巳は私に向き直り、

「日本に帰ったら、どう生きて行けばいいのか分かりません。」

そう言うと身を起こして支度を始める。

「引きこもってもいいわよ?部屋、余ってるし」

優しく本心も込めて言ってみる。

「蓉子さんってダメンズを育てそう」

祐巳が向日葵のように、笑った。言い直しもせずに私の名前を呼びもした。

 

 

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祐巳が案内したカフェはここの甘味を出している観光客向けだった。

「ここのオーナー、ばあさんとこの出身の女の子を息子の嫁に迎えました。たまに、ばあさんと来ます」

どことなく祐巳は私たちとの会話に集中してないように感じられる。江利子が気が付いたのか、こちらに向くように話しかける。

「祐巳ちゃんがお世話になってる人って、ここの国の人なの?」

祐巳が遠くに行くような感覚に飲み込まれないように視線を向ける。

「そうよ、考えたら挨拶してないじゃない」

由乃ちゃんが祐巳に食って掛かる。

「ばあさんは、そうですね...まあ、調べようとしたら簡単に噂が聞けるでしょうし。」

一旦、祐巳はレモンソーダを飲み、練乳の甘さを追いやった。仕草がいつもと違うと感じるのは思い過ごし?

「長老の、若い頃に愛した女性の姉のようです。噂に、妹と取り合って妹を死に追いやったとか実は姉が死んでいてばあさんは妹だとかがあります。」

祐巳は『闇の女王』の仮面を被り、私たちを見た。そこに一切の感情はなく、生きているものに慈愛が感じれなかった。

「私もばあさんがたまに話すことを繋ぎ合わせてるだけですが。ばあさんは生きる為なら何でもしたそうです。妹を育てる為に、戦前も戦中も戦後も女であることしか縋れない状況でも」

誰かが、喉の渇きを癒す。私も手を伸ばしたかったが、祐巳の瞳が澄んでいくのが怖かった。

「妹が、長老に出会いばあさんは心から祝福したそうです。疲れていたのも事実あったのでしょう、生易しいものではなかったはずの時代ですから。」

語る口調には変化はなく、表情さえも変わることはなかった。

「ある日、戦争が終わり長老が帰還した時に全てが変わっていたそうです。二人はそれから、歪にしか妹を弔うことが出来ずに居て長老は長老として。女はある日、姿を消しました。ばあさんが本当にこの物語の登場人物かは分かりません。長老が何故、この国で生きる老婆を知っているのかも。」

グラスが汗を流す。

「長老もばあさんも国籍は不明です。激動の時代を生きてきたとしか。私には国籍も年齢も、その人のデータでしかありません。長老よりはマシですが、長老はデータを信用してました。そのデータによって感情は構成されると良く聞かされました。悩みすらもデータが教えてくれる、と」

祐巳は笑いを溢した。錯覚なのだろうか?

「何笑ってるのよ」

由乃ちゃんが祐巳に言う。

「いえ、データから読み取ると私はなんだろうなって」

由乃ちゃんを通り越して、何かを見つめる。

「祐巳さんは祐巳さんだわ。データや出身で感じ取ることも出来るでしょうが、その人の本来のものは接していかないと分からないわ」

志摩子がそう言い切る。聖が姉馬鹿を見せ、江利子が良いことを言いたかったのは自分だと珍しく拗ね、令と由乃ちゃんが慰めていた。

私はただ、祐巳の手を握っていることしか出来なかった。

「ありがとうございます。蓉子さんの手って綺麗で、でも、安心をくれますね」

私の掌を子どものようにひっくり返したり、眺めたりをし出す。

「私の方がありがとう、よ。二番煎じで使い古された言葉かもしれないけれど、生きててありがとう」

祐巳を包み込みたかった。

ただ、そう願っていた。

 

 

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