そこにある花‐その先へ‐   作:待兼山

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第14話

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明日の昼の便で日本に帰る。それだけなのに、こんなにも憂鬱になる。溜まっている仕事、煩しい日常、そこに祐巳は居ない。

「ねえ、一緒に帰れないの...本当に」

私が持って来た本を寝そべりながら読んでいた祐巳が顔を上げる。

「私は私なのだ、誰にも止められないこの生の中でお前に出会い、愛し、求め手を伸ばす。だから、お前はお前だけは、傍に居て笑って居ておくれ」

舞台でも一番の見せ場として演じられる、主人公の親友と主人公とのやり取りを祐巳が淡々と語る。

「こういう時の気持ちが分かりません。共感、同調、支持、共鳴をしても上辺だけでしょう?」

多分、祐巳は小説に対しても私の気持ちに対しても分からないと言ってるのだろう。

「いいのよ、分からないことは今は。焦ってしまった私の責任でもあるから...」

最後は涙が声を震わせる。

「慰める勇気と突き進む力、どちらが私を強くするのだろうか。ああ、愛しい親友よ、せめてその心を大事にしておくれ」

主人公の親友が出自からの因縁から袂を分かつ場面を祐巳が語り出す。

「もう...やめて。私は綺麗な心を持ってないわ!あの時、起こしたのが由乃ちゃんでも指示を出して証拠品などを隠ぺいしたのは私なのよ...!取り繕っても、消せない事実よ!それなのに私は日々、法律に関わり続けてるのよ!?耳を澄ませて、あの時の事を探られないように...」

私は箍が外れたように、止まらない叫びを綴った。小さく点けていたTVが、急に大きく聞こえた気がした。

「大丈夫、もう誰も知らないんですから。蓉子さんは苛まれるでしょう、みなさんも。でも、それが贖罪なんです。それが償いなんです。自分に問いかけ続ける事だけが」

祐巳がおずおずといったような様子で抱き締めてくれた。私はただ、只管泣いて縋った。

 

 

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あのまま、祐巳に抱き縋り眠ってしまったのだろう。デジタル時計は現地時間と宿泊客の母国、私の場合だと日本に合わされてる、時間を秒数まで教えてくれる。

気だるさを抱え、祐巳を起こさないように抜け出し、シャワーを浴びに行く。

鏡に映る私はとんでもなく醜く、酷い顔をしていた。それでいて、水野蓉子らしさが感じられる顔でもあった。

熱めのお湯を出すよう調節をし、ただ肌にあてる。今日帰るだとか、自身の弱さから泣いてしまわないように。

気が付けば、時間を忘れていた。赤くなった、年齢相応の肌にバスタオルで水分を切り、バスローブを羽織る。

荷物を纏めるかしないと、そう考え出た部屋には祐巳が居なかった。さっきまで一緒のベッドで眠っていた祐巳は仄かに残る体温だけを残して、トイレにも少し大きなクローゼットにも居ない。

自然と昨日、祐巳が読んでいた小説が目に入った。部屋のメモに祐巳が書いた文があった。

『ちょっと散歩がてら市場に行きます。心配しないで、今日は帰られるまで一緒に居ます。直接、フロントを通すからお願いします。祐巳』

少し不満に感じるが、荷物の整理と機内持ち込みの確認とお土産に不足がないかを確かめて時間をやり過ごすことにする。

 

朝日が完全に照らし、活動を促す時間になってもフロントから連絡は来ないからカフェテリアに朝食を摂りに出かける旨を伝え、出る。

相変わらず志摩子が先に居り、困った顔で迎えてくれる。

「おはよう、志摩子。」

私は仏頂面でも晒しているのだろう。

「おはようございます、蓉子さま。」

志摩子は何も聞かずに、私に新聞を勧めてきた。

「明日から日常ですから、読まれていた方がよろしいかと思いまして。」

気遣い、私の表情がこの新聞のせいに出来るようにしてくれたのだろう。

「ありがとう。聖にはつくづくもったいない妹よね、志摩子は。」

ため息も親友のせいにして、酸味と苦みをきいてる豆にしてもらったコーヒーを飲み込む。聖が好きなキリマンジェロにすれば良かったと後悔していると不思議な組み合わせがやって来る。

「良かった、入れ違いになりませんで。」

令がジョギングでもしていたのかトレーニングウェア姿で、横には祐巳が両手に紙袋をしっかり抱えて居た。

「ささっ。祐巳ちゃんも座って。お姉さまがここの朝食もいけるって言ってたから、一緒に」

令はミスターリリアンと言われた当時のスマイルを持ち出して、祐巳を私の横に座らせる。

ウェイターが令のルームナンバーを確認している際に、私は英語で祐巳の分の注文と私の部屋のナンバーを伝える。祐巳が私たちを見やる。志摩子が優しく微笑んだ。

「美味しいのよ、本当に。」

祐巳は子どものように頷くだけだった。

 

色々気になったが気まずい思いでの帰国をしたくなかったから、聞かずに部屋を開けた。

荷物を隅に置いてある部屋は、ここに滞在した当初と似ているが部屋の調い方は違う。

「先に蓉子さんに子どもたちからのプレゼントを。」

祐巳が抱えて居た紙袋を調えたベッドに広げだす。色とりどりの糸で編まれた、ミサンガのようなでもしっかりと編まれていないものだった。

「この国の伝統で女性に送る、お守りみたいなものなんです。売っているのは、色をもっと使っていてしっかりとした編み方なんですけど。子どもたちがなんだか、皆さんを気に入ったみたいで。買えるお金でだと糸しか人数分が出せなくて作ることにしたみたいなんです」

私は嬉しさから涙を少し流してしまう。

「ありがとう。お礼、言わなきゃ。出発前に行けないかしら?」

涙をティシューで拭いながら祐巳は無機質に変わりながら言う。

「駄目です。今日は...」

言い淀む祐巳に促すが何も言わない。

「祐巳、どうしたの?どうしても言いたくないならいいけれど、教えて欲しいわ」

祐巳は何度か口を閉じたり開いたりをし、ぐっと引き締める。祐巳が新たな顔を見せている。

「壁画を見に行った日に、市場で食べた店で働いてる男の子。覚えてます?」

耳が不自由な女の子のお兄ちゃんのことだろう。しっかりと覚えている、妹も兄もお互いがはぐれない様に手を握って人ごみをかき分けて行った。

「ええ、妹思いのお兄さんだったわよね」

そう言うと祐巳がまた、ぐっと引き締める。

「死にました。今日、ばあさんが野辺送りをしています」

だから、駄目なんだと言い祐巳は童謡を歌いだす。

「祐巳、泣きなさい。こんな時は泣くのよ、あなたの心は凍ってなんかないのよ?自分からも感情を吐き出せる事を認めてあげなさい。もう十分、祐巳は人間のエグさを見たかもしれない。私たちの身勝手な行為も、自分たち可愛さで隠してきたことも。でも、あなたはまだまだ甘えるべきなのよ?甘えてこなかった子ども時代を取り戻す手伝いを私にさせて頂戴」

言いながら私が泣いていた。泣いてばかりの私は祐巳に圧し掛かり、祐巳はあの爆発の時のように、一筋の涙を流した。

 

 

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祐巳が運転する車で空港に向かう。

車中では子どもたちが編んだミサンガのようなものを手に話が咲いている。

「令なんか会ってもいないのに、しかも祥子なんてホテルを押さえただけで来てもいないのに」

聖が子どものように不服そうにする。

「不満なら没収よ、聖」

窘めるように言うと、聖は慌てて志摩子と自身の間に隠した。よっぽど気に入ったのと嬉しかったのだろう。

車を駐車場に停め、港内に入ると自然と皆、祐巳との別れに口数が少なくなる。

「祐巳さん、絶対に帰ってきなさいよっ。破ったら連れ戻しに来てやるんだからっ」

由乃ちゃんが息巻く。

「そうだよ~今度はトンボ返りになる私たちへの代償をしてもらうからね」

聖がおちゃらけるが聞き捨てならない言葉が混ざっている。

「とりあえず、今日はごきげんよう。かしらね」

江利子が聖の言葉を流すようにして言う。そして、少し離れた所に皆を促す。私は祐巳に向き直り、日常へ戻る努力をする。

「祐巳、ありがとう。なんでもいいからメールをして、電話だっていつでもいいから」

手を握り締めてくる祐巳が愛おしく、全てを捨てたくなる。

「駄目ですよ、切り替えないと。」

私の心を読むかのように祐巳は向日葵の笑顔を向けてくる。

「必ず、連絡します。時期が迫れば電話をします。お仕事があるんですから、いつだっても良いなんて言わないでください」

悪戯っ子のように言う口調は、私を日常へ戻る後押しをする。

「そうね、祐巳が引きこもれるように頑張らなくちゃいけないわね」

軽口を叩いて祐巳に応える。

「小笠原さんに、また叩かれますから引きこもりませんよ」

そう笑いながら言い、

「ではお気をつけて。またお会いしましょう」

まるで映画のシーンのように私の唇近くに軽く触れるようなキスをした。

祐巳は江利子、聖、志摩子、由乃ちゃん、令に挨拶を交わし出発ロビーから手を振っていた。

 

機内で江利子と聖に先ほどのキスの事をからかれ、適当に相槌を打っておく。しばらくはこれを集まればツマミにされると思うとため息が漏れるが、嫌なため息ではない気がする。

そう、祐巳が来るとか来ないとかは確約された事ではないけれど待つ楽しみが広がっている。

帰れば憂鬱な毎日が諸手を広げていようが、その先には後悔をしないように進む道を選ぶ事が出来る私がいるから。

「そういえば、令、あなた祐巳と何を話していたの?」

反対の通路側に座る令に訊ねる。

「お。蓉子って意外に嫉妬深い?」

聖がにやにや笑いながら、令にご愁傷様と言っていた。

「ええと...祐巳ちゃんと約束したので教えれません」

令は気まずそうに視線を逸らす。

「あら、蓉子。可哀想に」

ちっとも思ってないであろう江利子がibookに視線を向けたまま言う。由乃ちゃんは珍しく寝たふりを決め込む。志摩子ですら、書類に真剣になっている振りをする。

「いいわよ、祐巳に聞き出すから」

そう言うと聖が今度は拗ねだしたとはしゃぎだす。

子どもたちから貰ったミサンガを、撫でながら私は祐巳の笑顔を思い浮かべながら仮眠を取れるように、ゆったりシートに身を沈める。

 

 

 

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