ばあさんの話や祐巳の子ども時代とか祐巳の居ないリリアンとか。暫定ではございますが、お付き合い頂ければと願います。
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令は習慣になったジョギングを○×国に来てからもしていた。
ホテルに一言声を掛けて、ゆっくり走る。観光大国でありながら、発展途上国でもある○×国はまだまだ未舗装の道が多々あり負担にならないように。
未舗装の道が続いてる場所まで来た時、令は前方から見知った顔を見つけ速度を止める為に緩やかな速度に変えた。
「やあ、祐巳ちゃん。おはよう」
そう挨拶をした。
「支倉さん、おはようございます。走りにくいでしょう、ここは。メインストリート側を選べばマシではないかと言われませんでした?」
祐巳は令にそう伝えて、向日葵の顔を見せた。令は笑みを深くしながら、頭を掻く。
「ああ...言われたかも。英語で会話すると適当になってしまって」
令は自身の変わらざる得なかった性格を、他人をやり過ごす顔を覗かせた。祐巳には分かってたのか、頷きながら朝ごはんに買ってきた果実を半分にして令に渡す。
「栄養価は結構あるし、渇きを癒してくれます。どうぞ」
先に食べて、他意も毒もないことを示す。
「ありがとう。祐巳ちゃんは私たちが迷惑かな」
自身の職業もあり、取り繕うのも変だと感じて令はストレートに聞いてみる。祥子から聞かされた叩いた件や想いもあるし、○×国に祐巳が来る前に日本で操作をした事の何かをおぼろげにでも掴みたかったからもある。
「戸惑います。私は厚みのない存在で、それがいつしか長老に必要とされてました。あなた方が、水野...蓉子さんが求めてくる事がよく分かりません。そんな存在でもないのに」
祐巳の口調は言い切っているが、顔には表情のようなものがあるのを令は見逃さなかった。
「そっか。でもね、お姉さまにも聞かされてるだろうし由乃も強引に言ったかもしれないけど」
一旦、言葉を切った令はリリアンの頃に良く見せていた柔らかく、取り繕うことがないミスターリリアンの顔だった。
「蓉子さまが祐巳ちゃんを求めてる気持ちも、私たちが祐巳ちゃんにこうして接している気持ちも、言葉に出来ることではないんだよね。したら、それは違うものに変わるから」
令はそれだけを言うと、もらった果実を一息に食べた。
「うん、美味しい。このままで食べるのがこれはいいね。フルーツタルトとかゼリーにしてもいいだろうけど」
にこやかに感想を述べるが、祐巳に答えて欲しいからではなかった。ただ、こうして話せるのは説明が出来ないことだが必要としているのだと伝える為だった。
「支倉さんはお菓子や料理を息抜きになさってるとか。鳥居さんたちがとても絶賛なさってました。素材を活かせるように、その日の気温や食べる人間の体調を考えたりもなさってるとか」
祐巳がそう令に聞くと、令はそんなものではないと笑いながら答え、花壇の近くに花を潰さないように出来る場所に腰を下ろした。
「私はリリアン時代は、いや、由乃が小さい頃から側にいすぎたんだよね。距離を掴めないまま、お互いに押し潰してしまうぐらい。お姉さまや蓉子さまがそれを教えてくれたけど、代替のものが私には必要で...気が付くと家族が迷惑がるぐらいにお菓子や料理に入り込んでた。」
令は思い出すように、空とも遠くとも言えない場所をただ眺めてた。
「家族と由乃に迷惑がられてからは、体調やそのレシピの応用を考えたりをしてっただけ。まあ、由乃やお姉さまのバージョンが多いけどね」
そう言うと令は思い出の波に身を任せて優しい顔付きになり、流れる汗を拭い取り祐巳に顔を向けた。
「祐巳ちゃんがリリアンにもし、居たら色々違ってたかもしれないね」
そう優しい笑みを見せ、打ち明け始める。
「ごめんね、調べさせて頂きました。見えない事が多かったけど、裏の派閥とかってのかな?それもあったりで...でも、背景的なものは感じれたかな」
祐巳はただ、頷くだけで何も言わない。
「怒らないの?勝手に調べられて」
不安になった令は窺うが、祐巳は道路の向かいを歩く母娘を眺めていた。気が付いた令は何も言わずに、時折流れる風に涼を取ろうとしていた。
「祐麒のお母さんが、いつかの日に私を抱きしめて『産んであげれなくてごめんね。黙るしかできない私でごめんなさい』って泣いてました。祐麒はそんなお母さんもお父さんも嫌ってました。泣くしか出来ない母、内にしか威張れない父。父は私を抱き、母はそれを黙認する、息子は私を求め、全てを憎悪して。私は只の入れ物。でも、祐麒のお母さんの子どもだったら全て違ってたのかもしれません。私が福沢祐巳、それだったらリリアンに通ってたのかもしれません。祐麒のお母さんはリリアン出身でしたし」
誰かに聞いて欲しいのではなく、整理する為に声を出したような言い方に令は噛み締めている唇を更に噛み締めようとするが、
「世の中は無慈悲だと知ってから私は感情を凍らせ、ただ生きてきました。その先に何があるとか考えずに、長老の生きる人形のように。考えはするが欲を伴わないから、長老派にも反長老派も余り近寄らない存在。そんな私でも、あなた方に出会えてバランスを壊してしまうと分かりながらの行動を取りました。初めてでした、分からないこの変な感覚。」
そう向日葵のような笑顔を見せて、令にこれでフェアですねと言い、立ち上がる。
呆気にとられる令をそのままに、祐巳は歩き出す。
「あ。待ってよ、祐巳ちゃん。一緒に入ろう?この時間なら、もうカフェテリアかもしれないし」
祐巳が何故、口に出して整理してるかのように見せかけたのかの意味を理解した令は祐巳の横に並び、提案をする。これが本当の意味でのフェアだと言うように。
何も言わない祐巳は小さく童謡をハミングしだす。逃避ではなく習慣でもなく、楽しそうに幼子がお遊戯で歌うようなハミングで。