そこにある花‐その先へ‐   作:待兼山

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無防備に何の負の感情も抱えずに誰かが眠っているのなんて、ばあさんとこの子ども以外では初めてで。隣で寝息を立て、起きてるときにはあり得ない顔を晒してる。ブラインドから垣間見える空は月との時間を名残惜しむようで、誰かのようで。

起きて水を飲みたいけど、こうして寝顔を眺めていようか。自然とあいつとの会話が思い起こされる。

 

『お久しぶりです、お元気そうでなりよりです。』

嬉しそうに言うあいつ。

『奥山も元気そうだね。何の用?待たせてる人がいるんだけど』

そう答えれば、滅多に笑わないから刻まれた眉間の皺は更に深くなり。

『小笠原の関係者とお付き合いがあるとか。信じられませんな、疎いというか興味がおありになられないかと思っておりました』

最後は私か小笠原さんらに言ってか。

『ねえ、私は“戦争”しに来たんじゃないんだけど。』

目つきを『闇の女王』にし、口調は甘えるようにしてみせればフリーズする。

『しかし...!あなたがそう仰られても、周りはどう捉えるかお分かりになられるでしょう?私にどうか手助けをさせて下さい!』

縋るあいつに笑いかけ、解く。

『邪魔しなければ、どうぞ。コーラ、ごちそうさま。ホテルのコーラは最高の温度とグラス、瓶状態で美味しいね』

その言葉に安堵するあいつ。でも、何かが見え隠れしている。まだまだ私は青いのかもしれない。蓉子さんたちに何かあれば舞台に自ら上がってやろう。

時計が半円を描き、太陽が主張し始めた。もう身動きしても大丈夫かなと思い、水を飲みに立ち上がる。

 

冷蔵庫を勝手に開ける。それは新品だからか蓉子さんの性格からか、丁寧に使われていながらも機能性や省エネなどを考え、吟味を重ねた結果選ばれた家電。ここの全てが蓉子さんの人柄を表すかのように配置、選択されているのだろう。ここが私のこれからの住まいだと昨日、はにかみながら蓉子さんは言っていた。

それでも気まずさを感じながら、ダイニングとリビングの間に設置された間接照明だけにし、ソファに座る。

メールのやり取りで蓉子さんとの会話に敷居を低くし、日本に戻ろうと決心をし、○×国でのある出来事がきっかけになったけど私はこれからが見えない。

考えが更に考えを呼び起こしていくから飽きて、立ち上がる。ちょうど蓉子さんが起きてきた。

「おはよう。早いわね、祐巳」

気だるげな様子だけど、言葉はしっかりしてる。

「おはようございます。何か作りましょう」

思考の波を彷徨っていたせいか、敷居を除く前の口調で話してしまう。微かに顰められる顔に笑ってみせる。

「食パン、冷凍庫にあるの。適当でいいわよ」

女心とか言うけど、私はどうも人心を勉強するべきかもしれない。

 

 

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待ち合わせの時間まで、することがなくて洗濯物や水場の掃除をしてみる。長老は汚れが溜まることや水場が綺麗になってないと嫌悪する人だった。だから、どんな時でも私は遂行してきた。

ふとリビングのテレビボードに目がいき、そこに飾られた写真立てを見やる。

高校時代の七人。

並ぶ、何処かの建物の前。

偶像の前で小笠原さんと卒業式を迎えた蓉子さん。

鳥居さんと佐藤さん、蓉子さん。

私が経験しなかった、青春時代ってやつ。

寂しさ、ってなんだろう。

ふいに、祐麒の顔が浮かぶ。そして、小林の顔。あいつに連絡しなきゃ。昨日渡された携帯は蓉子さん名義で、なんとなくそれで連絡したくなくてもう少し後でいいかなって思い直す。

そして、出かける支度に取り掛かる。

 

日本の空は、障害物だらけで私の人生のようだと思う。

だって、待ち合わせ場所に着たら、蓉子さんに小笠原さんと確か、その親戚で女優の松平さん?挨拶も充分してないのに何処ぞの有名レストランを貸し切って昼食とか。

「祐巳さん、先ほど軽くご紹介しましたが。松平瞳子、リリアン学園高等部での妹でもあって現在、舞台をメインに活動をしてますわ。」

小笠原さんは穏やかに、社交的な顔を向けてくる。

「まだまだ知名度がなくて...祥子さまや蓉子さまから祐巳さまのお話は伺っておりますわ。よろしくお願い致します」

深くお辞儀をされても私はどうしたらいい?○×国の公用語に逃げかけたが、蓉子さんが何か言いたげで止めた。

「初めまして。大層な人間ではないので、“祐巳”で構いませんので。時折、顔を雑誌や広告で拝見してます」

風俗店のだけど、言ったら彼女たちは嫌悪や不快感を表すだろうか。

「祐巳さん、好き嫌いはおありかしら?今日は夕方まで貸切だからなんでも仰って」

小笠原さんと松平さんは嬉しそうにこちらに視線を寄越す。

「気を遣わなくていいわよ、祐巳。」

優しく蓉子さんに微笑まれたけど、好き嫌いなんてない。食べ物から生活備品に至るまで。

「蓉子さんたちと同じもので構いません。好き嫌い、ないんですよ。生存機能の為にしか摂ってこなかったから」

松平さんがどんな話を聞いてるかは知らない。少し悪戯心が出て、言ってみる。

三人は姉妹制度とは建て前かってぐらいに複雑な表情を似通わせて作る。物心ついた頃から空腹を感じたことも何かを訴えかけたこともなかった。さすがに、長期間放置された時は本能からの警告で菓子パンをスーパーで手に入れたけど。

「瞳子。祐巳さんは少し、特殊なご環境で育ったの。自分の感覚を押し付けないであげてね」

檻の中の動物気分を今日は味わえそう。

「祥子。気が悪いわ、その言い方。」

蓉子さんはきつく言う。でも、それじゃあ小笠原さんが...

「お姉さま、私だけが悪いとでもお言いでしょうか?」

ほら、姉妹げんかが始まった。松平さんは小笠原さんを宥めてるけど、私も蓉子さんを宥めるべきだろうか。でも、気分的に昨日味わったコーラがもう一度味わいたいな。○×国でのコーラとホテルのように最高の状態で出されるコーラ。どちらも私は唯一、好きだと言えるものかもしれない。

「蓉子さん、小笠原さん、松平さん。コーラ、飲みたいです」

無意識に口に出していた。

 

 

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昼に小笠原さん、松平さん。夜は、昨日のことを聞きたいらしい、鳥居さんと佐藤さん。

さすがリリアン出身だけある、店の使い方や買い物の仕方がこうも違う。

「祐巳ちゃん、そんなに見つめないで欲しいわ。蓉子が嫉妬しちゃうでしょ」

鳥居さんに言われてみやれば、無表情の蓉子さん。

「そうそう、江利子に見惚れるぐらいならこのお姉さんにしなさい。」

佐藤さんはかき回してくるけど、自分の立ち位置的を分かってないみたい。

「昼間と今でのでリリアン出身者における、買い物の仕方を観察してました。」

特に蓉子さんに向けて笑ってみせる。少しの呆れを含ませた表情に変わった。蓉子さんが隣に来て、取敢えずの服を選んでいる。

「祐巳ちゃんはいつもどこで買ってたの?」

鳥居さんが蓉子さん越しに話しかけてくる。

「店の子の付き添いでしたから、そんな店で。」

そういえば元気かな。

「細いよね、考えたら。若い子のジーンズとかって、ウェストあんの?ってくらいのものでしょ」

佐藤さんも気を遣ってか蓉子さんを真ん中にしてくる。

「気にしたことありませんでした。」

何もかも気にしなかった。ただ、生きてきた。本能と長老に叩き込まれた生きるルールをなぞって。

蓉子さんらに出会い、解凍されようとしてるのかもしれない。

少し、ハイレベル過ぎる人たちで怖いけど。

 

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