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思えば奥山との出会いは長老よりも長いかもしれない。
母に売られたあの日、奥山の兄があの場に居た。
奥山の家はある地域の温泉旅館や観光地の代表などを務めている。祖父が代議士になり、父は地方警察のトップだった。兄はよくありがちに道を反れてしまい、チンピラと付き合い関東に出てきた口だ。
奥山は連絡役として東京の大学に進学していた。似ても似つかない相貌の二人。兄は母譲りの甘いマスク、奥山は父や祖父に似ているらしい。
まあ、とにかく奥山は兄が私のビデオで稼いでるのは薄々気づきながらも、実態は分からないままだったらしい。それが露呈したのは、薬でキメてしまった母の男が裏幼児ポルノでスナッフビデオにしようぜ。と発し、実行した結果だった。私の脇腹はそれにより出来た。
少量の薬を打たれ、何が何だか分からないまま気が付いたら騒然としている部屋。
年嵩の男が興奮から心臓が止まって動かなくなったらしい。そっちに誰もが意識を持ってかれ、私は焼け付く内臓の熱さに顔を顰めていた。
奥山の兄が、奥山に連絡をし、それから逃げ出す男が二人ぐらい居た。母は、笑っていた。母の男は逃避から、私と母を犯した。
冷たさと熱さの感覚が支配するなか、奥山が駆けつけて心臓発作の男の対処と兄を連れ出し、やっと私を視界に入れたらしい。
空は薄明りを纏いだして居た。
知り合いになんとか頼み込み、緊急ではなく時間外処置で警察に通報されないようにしたらしい。だから、私のこの傷はいつまでも生々しく残ってる。
それで切れる縁でいたら、お互いに良かったのかもしれない。
やっぱり世界は無慈悲だと私は思っている。
奥山は中学生になった人形である、私がさせられた売春の客として再会した。何もしない客だった、脱がしも触りも。
思い出話に付き合うだけ、その時は多分、初恋の同級生の。
それから、何回か指名を受けて会った中で、あの時の私への懺悔があった。でも、私には何も感じられずでそのままだった。
ぱったりと奥山の姿は見かけも指名も受けなくなった。
母の薬漬けは酷くなったのもあるし、私はより酷いプレイを好む人間を顧客にさせられたのもある。
再再会は、長老によってだった。
実家がのうのうと生きてしまってる兄により、微妙な立場になり長老に奥山が頼ったのだ。
馬鹿は死んでも治らないを地で生きる兄。
尻拭いばかりの弟。
そう長老は感情も込めずに評して、奥山を自身の鞄持ちにした。長老も可愛がった方だろう。でも、奥山は奥山なりに育った環境からのプライドから反長老派に傾いていき、私への執着を見せ始めた。
怒った長老は切り離すだけだったが、奥山はそれにもこき下ろされたと感じたようだ。
私は真ん中の位置に立ち続け、長老を立てつづけた。
恩義に報いる姿であるには、誰かに偏るのは危険だから。祐麒にすら、周りから偏りを感じさせないようにした。
長老は私を人形から、アンドロイドや人工知能ロボットにしてくれた。
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蓉子さんや佐藤さん、鳥居さんに端折りながらも奥山との出会いと存在と反と長老派の動きを説明し終えてコーヒーを飲み干した。
苦い顔をしている三人に空気を変える為にお酒の提案をしようかとした時、おもむろに蓉子さんが口を開いた。
「その脇腹の傷は、その時の?」
一語一句、綺麗に発音しない蓉子さんもいるんだと発見してしまい返事が遅れる。
「まあ、そうなりますね。この傷、これでもマシになったほうです」
更に苦い顔になる。佐藤さんは俯かせて、唇を噛んでいる。
「過ぎたことは仕方ありませんよ。誰かを責めるにも、大半が死んでるので。それによって、変えられるとこの出会いもあるか分かりませんから。いいんですよ」
そう言い終わる前に、鳥居さんが泣いていた。こんなに涙を素直に見せる人だったのか、と頭のメモに付けていると柔らかい、落ち着く香りがして包まれた。
「祐巳は、これからの祐巳は何も心配しないでいいのよ...もう誰にも傷つかせないから」
蓉子さんが泣きもしないが、心の痛みが分かる声で抱き締めてきた。
佐藤さんも鳥居さんも必死に頷き、鼻を鳴らしていた。
今が空気を変えるタイミングかと図り、笑ってみせる。
「せっかくの綺麗な顔が台無しですよ」
けらけら笑っていると、蓉子さんに抓られ鳥居さんには頬を掴まれた。佐藤さんはセクハラ紛いをして蓉子さんに叩かれてた。本気で痛そうな音だった。
昨日の名残を感じながら、欠伸混じりの中、蓉子さんの出勤を見送り何をしようかと考えているとメールが着た。
送り主は蓉子さん、でも転送マーク。
〝こんにちは。島津です、今日半休なんですがお昼でもどうですか?蓉子さま、伝書鳩にして申し訳ありません。お礼はみっちり、祐巳さんからお受け取りください。令ちゃんのお菓子と自家製調味料もつけます〟
...は?
時が止まる。
蓉子さんは持久走が得意すぎて、年甲斐なく若いなあでは済まされないのに。
取敢えず、返信を打ち込み蓉子さんに転送してもらう。
私の毎日は塗り替えられ、更新され続ける。
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待ち合わせに指定されたカフェはオープンタイプで、外にしか既に席はなかった。
野菜をベースにお菓子や軽食を提供するこの店は、女性が好きそうで野菜ブームの頃からずっと廃れずに構え続けている。
鳥居さんや小笠原さんの影響もあるのか、店内や店員、客層や好みに自然と目を向けてしまう。
だから、違和感がないことが違和感である人間の気配と道路に止められた、ビックスクーターの存在に遅れて反応してしまう。
「何の用?お呼びではないって分かんない?」
女性特有が作り出す喧噪を遮らないように、店員がお連れだと勘違いしてやって来ないように穏便に済ませようと努める。
「姉さん、ひでえな。」
何も知らない女性なら、弟属性のこいつにこんなこと言われたら笑顔なんかを見せてしまうだろう。だけど、凶器を見えないようにして突きつけているこいつは私を元に居た場所に返すか、私を狩るのだろう。
「あのさ、今日予定入ってるんだよね。だから、後日改めて...」
言い終わらない内に、チャキっと鈍い音が聞こえる。渋々、手を僅かに上げて睨む。
「はははっ!やべえ、姉さん。楽しいことしよう」
店員が気が付き、こちらに来るのが見える。タイムリミットと従う、それを天秤に掛ける。後ろのこいつが母国語で何か言ってくる。只、目を伏せたままで居る。小突かれようとも、今は未だ開ける時ではない。
強く突かれ、大きくなる声とかき消される女性の囀り。
分かっていた音が、北から聞こえてきた。
目を開けて笑顔を見せる。
慌てるこいつに、
「鬼ごっこだよ、昔遊んだでしょ」
放って駆け出し、音に飛び乗れるように踏み込む。
反対側の歩道に島津さんと支倉さんが見えた。
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令ちゃんが今日、非番だって伝えてきた時から祐巳さんとまったりしたい。そう考えていた。江利子さまは蓉子さまとの口実で会えるだろうけど、私は自分から近づかないと祐巳さんとの距離は接近しないって分かってたから。
私や志摩子さん以上に他人との距離を計算する祐巳さんは、蓉子さま伝いでも帰国連絡をくれなかったから。
腹が立ったのもあるけど、ちょっと悲しくなった。
蓉子さまにしかまだ、心を開ける努力をしてくれないんだって。
朝早くって分かりながらも蓉子さまに苦笑いされようが、突撃連絡を入れた。蓉子さまは転送メールの最初にお礼を足してきていた。
考えてると令ちゃんが何かに気が付いて足を止めていた。険しい顔で、仕事の顔つき。
咄嗟に私は蓉子さまか江利子さまに連絡を入れようと手が動く。
凄まじい音が国道と街を支配した。