そこにある花‐その先へ‐   作:待兼山

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のどに小骨とはいかないけど、違和感があるような感覚をある。これが大切なものができたからなのか。そう考えることも、いずれそう出来ることを望んだこともなかった。それが気が付けば手にあって慈しむように抱きかかえられてる。

「ねえ、蓉子さん。ちょっと、量が多いような?」

男子学生でもわんこ蕎麦の要領で取りよそわれたら、ギブアップすると思う。

「そうかしら。今日も昼はきちんと食べなかったんでしょう?」

いや、だからって。一食に量を詰め込むことが健康に繋がるとは思いません。

「蓉子、質よ?量をいくら食べても太るだけだわ」

鳥居さんが摂り方の重要性を説いてくれて助かった。ちらちらと視線を感じてそちらを見る。

「何か?そんなに欲しいなら食べて下さい。介抱が必要になる、初体験はちょっとアレなんで」

意味あり気に言えば、佐藤さんは噴出していた。蓉子さんと鳥居さんは唖然とした顔で、島津さんと藤堂さんは真っ赤。え?お嬢様ってこっち系だめ?何だか、さっきまでの引きずる荷物の感覚が和らぐ。顔に手をやり、笑った。

「はっははははっ、あははっ!すいません...ちょっとっ、アレでしたねっ」

呼吸困難な内に頭に衝撃を受ける。島津さんが真っ赤な顔が恥ずかしさを隠す為に、怒りを出してきていた。

「聖さま以上のセクハラは禁止!」

その後、蓉子さんにタイミングについての説教を受けた。

 

 

「ところで、祐巳さん。あの車は、どこのどなた様かしら?」

まるでその笑顔は慈しみを無限に与える、聖母のように思える。だからこそ、ここで切っ先を向けてきたのも皆の為だろう。ずっと気になっていたことを、もぞもぞと腰を動かすくらいなら。蓉子さんや島津さんを思いやる鳥居さんは私を切り裂くことは出来ないし、何処か私に何かを縋り求める島津さんは口火を切れないし、佐藤さんは使い切ったし。蓉子さんは傷付く道を選ぶだろうし。結果、藤堂さんが逃がさないように手を打ったのだろう。

「親切な方がタクシー代わりを提案してくださったんです。学校では、習う以前に知らない人だらけなんで倫理というか道徳の欠如が著しくありまして、頷きました。」

冗談のような口調を心掛けて、一気に言い募り、いつかこの手を放しても笑えるように。私は、手を放すタイミングを違えていることぐらい承知。でも、知らないから温かみなんて。

蓉子さんが何かを言おうとした時に、席を立つ。

「祐巳さんっ。そうやって隠して動くつもり?それとも、また回避の為にどこかへ消えるの?」

何かに耐えるように、それが続くのが限界にきたようにも思えるけどこの人、察知能力高い。

「そうね、祐巳。座りなさい、志摩子がここまで言うのが珍しいのよ。」

厳しく言い放つ蓉子さんにいつも通りの笑みを向けられない。

「どうにもこうにも。知らないようですので、事前にお伝えしておきます。」

慇懃無礼にも程があるくらいの座り方で、蓉子さんに小さく怒られる。心地よくなる、マゾっ気あるかな。

「どっちもの言い方が出来るんですが、私か小笠原さんかが掌握すると。それに乗っかったのが蓉子さんたちで、その他諸々の噂がもう蔓延してます。私には興味ありませんから、些細なくだらないことに」

興味、それに上手く強弱を付けて放てば、頬に熱が集まった。叩かれた、何度目かの痛みを刺激する優しさ。

「どうしてそうして、逃げるの?逃げてないようにしていても、大切な人を避ける事は逃げているのよ?自虐的になれば成る程、周りは傷つくのよ?大切な人だからこそ、一緒に出口を探したいものなのに...」

藤堂さんの言葉に皆、固まる。もう唖然と、茫然と。ははっ、美人が台無し。

「だったらどうなんです?私はおままごとって良く分かりません。これが楽しいんですか、分からない。」

もっと唖然とさせる事を言って席を立つ。

誰かの声が追い縋るかのように、背にあたる。

 

もう誰も追って来ないように、そしてこの手にあった温もりを忘れないように刻む。この背中の痕のように、過去に馳せても追い縋りたくないから。

一瞬途絶えた店内の喧騒は再開されて、何事もないまま。

この出会いも何事もないままになれるかな。

奥山に持たされたスマホを適当に操作し、コールする。

「迎えをお願い。適当に歩いているから」

 

この場所でいいのだ、私には。

夜空に輝く星の灯りすら、私には似合わない。

思えば、遠くに来たもんだ。そんな小説だか詩だかがあった気がする。

そんな心境。

 

 

 

 

 

 

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ふいに蓉子さんの体温と匂いを思い出す。

揺り籠の落ち着く振動、それを味あわせてくれた。

 

『大丈夫よ、いつでも私が傍に居るから。私に言えない事は志摩子や由乃ちゃんに言えばいいのよ、聖や江利子はからかうから止してね?』

悪戯っ子の笑みと知ることの無かった、包まれる感覚。それは蓉子さんだから、私は手に出来た。

ばあさん、私は境界線上に立ち続けることも〝あっち〟に行くことも、出来なかった。これが精いっぱいだった。私は、どうしようもない欠落を補うことも安らぎに手を伸ばすこともしない馬鹿だ。

 

「女王。車を寄越してます。お疲れでしょう」

Kがいつもの調子で私に話す。

些末な事柄を国内外で駆け引きを立ち回り、もう私に退きを自ら出来ない状況。奥山もKも、それはさせないようにしているけど私自身の戒め。反の存在は未だ、ある。あるからこそ、蓉子さん関連の全てを切り捨てた。小林ですら、連絡を寄越させないように奥山に達した。

「ありがとう。疲れたな、エネルギー補給的な食事でもしようか。」

ぼやくとKは嘲笑をもって返してきた。

「胃は若いのに、体力は落ちたんですね。」

その言葉に気遣いを感じられた。返そうとし、視線を何処からか感じて、見やればまさかの人物。

「祐巳さん。貴女、何をなさってらっしゃるのかしら」

必死に感情をコントロールして、ここが駅で、しかも新幹線出入り口と弁えようと抑えている。目でKに合図を送り、離れる為に動き出す。

「待ちなさい、お姉さまが...どんな想いで過ごしているか貴女に分かって?」

腕を取られ、そこから感情が怒涛のように流れてくる。小笠原さんの関係者が何事かと心配気にしている。珍しいのだろう、確かに彼女がこうも抑えつつ無数の他者がいる場所で、誰かを厳しく接するのはデータ上にはない。

「人違いなさってませんか。私は確かに、ユミですが。あなたのご存じの祐巳さんではありません。失礼します」

小笠原さんの手を、ゆっくりと解き言い聞かせるように伝える。

もう、あなた方の知っている私ではない。

あの出来事は、おとぎ話のように作られた時間だった。

戻りはしない、作り物の時間。

 

『どれだけ一緒に居ても、祐巳がその時間を思い返せなくとも、私が、ああ幸せだったなあって思えるようにしたいのよ。そこに祐巳が居てくれていたら、私はどんな最期でも甘んじて受け入れるわ。』

そうふんわり笑っていた。蓉子さんが微睡みの中、幸せそうに。

何処かでサイレンと騒ぎの声が聞こえる。私は思い出に胸が潰されそうになりながら、終わらない夜を眺めた。そして、久しぶりにかつて、母が歌ってくれた童謡を口ずさむ。

 

 

 

 

 

 

〝怪物は、みんなが泣いているのがどうしてなのかわかりませんでした。怪物にだって、感情はあります。だから、みんなを泣かした悪いやつをこらしめました。でも、みんなが泣いているのです。怪物はわけがわからなくなり、わんわん泣きました。わんわん、わんわん。気が付けば、みんなの住んでいる場所からかなり遠いお山に来ていました。知らない場所です、来たことも聞いたこともない場所です。そこで怪物は王様になりました。ひとり寂しく、誰も一緒に笑ってくれないお話してくれない。怪物はただ、そこで王様になりました。〟

 

 

 

 

 

 

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