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気が付けば、子どもが出来ていた。私の中に宿る、未知の存在に激しく嫌悪しつつも、これがあの人との繋がりかと思えば、何だか愛おしく感じている気がする。
学校の先輩経由で出逢い、遊びに程近い感覚で惹かれ合った。私だけがそうで、あの人は遊び以下だったのだろう。
彼は会えばそこそこ優しく、話は面白おかしくて同学年の男子にはないものを手に出来たと嬉しかった。
身体を許すには対して時間の必要性がなかった。親密に無邪気にも、私は更に重ねていく身体ではこうなることぐらい小学生だって分かる保健体育や道徳の話。
でも、私には分かりながらもその体温に縋りついてしまった。手を伸ばして、代わりに求められるモノの虚しさにため息を溢さないようにするのが精いっぱいだった。
両親は、そこそこの地位を自らで築き上げた人たちだった。
愛情溢れながら、仕事一辺倒でもある父を内助の功で支え、家庭を守りながら豊かな趣味とご近所や父や自身の実家、友人をないがしろにしない母。
あの頃の誰もが、憧れて止まなかった、難しいがそれが幸福という名のあるべき家族の理想像。
それを両親は実現した。
だが、手にした代償はやはり大きかった。
私しか、子どもが出来なかった。
いや、出来なくなった。
私が生まれて間もなく産後の肥立ちが悪く、元通りにならず摘出せざる終えなかったようだ。もう随分前、小学校に上がるか上がらないかの境に母方の祖母に聞いた。身体の弱い祖母は、涙ながらにそれは自身のせいなのだと責め苦しんでいた。
だけど、じゃあ。
私だけではいけないのか。
そう、純粋に思った。
道徳の時間に先生が言い聞かせるように、押し付けるように、命は久しく平等で有限で尚且つ、誰しも祝福と慈愛が込められていてどんな人も生き物も植物さえ大切だと説明を聞く度に重ねて思った。
ただ、拗ねていることぐらい分かっていた。
でも、報われたかった。幸せになりたかった。肯定されたかった。
両親のおままごととも言える、私にはそう見えていた、枠組みに型をはめ込まれたくなかった。
誰しも平等だと、決めつけている大人たちが嫌いだった。
全てが嫌いに分類されていく事が、そう判断していく自分が価値のない人間に思えていく事が増えていった時にあの人に出会ったから依存していった。
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目の前では父が激しく怒りを露わにして、その横では母がさめざめと泣いていた。
その姿に、滑稽さを見出してしまう私は人格破綻者だろう。
「お前はっ。母さんにまで泥を塗っているんだぞ!俺が仕事に向き合ってばかりなせいで、お前の世話や実家や近所付き合いまでも、全てしてくれていた母さんをっ。」
それは、妻を気遣うという建前で私を責めて自身の言い逃れにしている。そう言いたかった。火に油だから、私は言わない。母にしても、悲劇に酔いしれている節もある。
「あなたっ。その子のお腹はもうどうにも出来ない所まで、来てしまって...」
こんな風に酔いしれながら、選択肢から摘み取っていく狡猾さは尊敬する。そして、私に遺伝しなかった事が悔やまれる。その狡猾さがあれば、私は自らあの人に選ばれるように仕向けたかもしれないその先に思いを巡らせる。
『ごめん。お前とは、遊びのつもりだったんだよ、お前だってそうだろ?』
頭の中ではあの人が顔色悪くして言った言葉が文字の様に浮かんでいた。
言い捨てて、伝票を手に喫茶店から出て行く姿に無ざまにも縋り付けたらと思った。あの人の婚約者をいつか盗み見た、その姿や雰囲気、顔立ちに私には無いモノがあり、そんな女性であれば良かったと寂しく一人、立ち尽くした。
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実家にも縁を切られ、か細くお金だけが繋がる術となった私は生まれてしまったこの子が愛おしくも憎悪が湧き出てしまい、上手く抱きしめれない。
泣けばあやせるし、その泣きで何を欲しているのかは見極めるが、先回りしなければならない時、訴えが出るまで放っておくなどの距離感が分からない。助産婦さんが新米さんはそんなもんだと笑っていたが、これからも私には分からないだろう。
二人、この部屋で居るには溜息しか生み出さなくて、私には憂鬱だ。
私もこの子も選択肢から、全ての選択肢から外れてしまった。
その事実がこの部屋に陽が差す。
西日のように、きつく無遠慮に。