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志摩子は先に隣国に旅立っており、聖は社内方針会議と由乃ちゃんは秘書主任として私たちより一日半の遅れでやってくる。令は丸二日の遅れ、警察広報といえど事件などでは来れない可能性もある。私と江利子は今日、○×国に降り立った。
「日本より蒸し暑さはないにしても、暑いわね」
江利子が観光地を楽しむマダムのような恰好で、日本を離れた解放感から述べる。
「そうね、スコールとまではいかないけれどあるらしいから」
それでじゃないからかしら。と付け加え答えてみる。
「蓉子、生真面目なのはいいけれど。もっとワンピースとかなかったの」
江利子が私の恰好に文句をつけてくる。
「白のブラウスにダメージジーンズ。確かに、崩してるけど。ヴァカンスさを出してよ」
バカンスをヴァカンスと綺麗に発音する点が江利子らしい。
「崩したいけれど、これが私なのよ。しょうがないでしょ」
わかっているけれど、変えれなかった。彼女に会えるかもしれない、空似かもしれない。拒絶されるかもしれない、彼女だとしても知らないふりをされるかも。とネガティブなことを鬱々と考えてしまい、この恰好に至った。
「ま、いいけれどね。今日、ご飯どうしようかしら」
江利子は祥子が押さえてくれたリゾートホテルのフロントでキーを貰いながら聞いてくる。聖、由乃ちゃんが来てから小林くんに聞いた場所に行くことになっている。明後日の昼に、確かめに行く。
「そうね。先ずは荷解きしたいわ。どちらかの部屋で考えましょう」
江利子に言うと、微笑みながら迎えに来てねハニーと言いながら擦り寄ってくる。エレベータをちょうど出るタイミングだったせいで、乗ろうとしていた西洋系の男性がニッコリ笑いながら楽園で羽伸ばしを。みたいなニュアンスを言って乗り込んで行った。
何だか、前途多難のような気がして来た...
ホテルのコンシェルジュに聞いたレストランとガイドブックの評価を検討して決めた、店はとても美味しく価格の割に日本語も英語も通じる点が私には良かった。
江利子はサービス的に、観光客目当て過ぎて面白くなさげで少々のハラハラ感を私に与えてくれた。
「この、魚介の網焼き。こんな二番煎じ的なレストランじゃなきゃ、もっと美味しく感じれると思わない?」
こんな評価をしながらも賛辞を、江利子特有の褒め言葉を出すくらい料理は美味しい。
「素材をきちんと分かっている人間を雇ってるからよね。江利子、明日の昼までどうする?」
江利子の言葉を誰が聞いても褒め言葉なのだと分かるように付け加え、話題を変える。
「蓉子は?メインストリートにある何件かのショップに行きたいの。モールにも何件か面白そうなショップがあるけれど、由乃ちゃんたちが合流次第の方がそっちは良いでしょうし」
江利子は仕事にもこの旅行を活かせるように考えていたようだ。
「いいわね、江利子の付き添いさせてもらおうかしら」
私は彼女以外の目的がないから、休暇を持て余している。
「じゃあ、蓉子に服を選んであげるわ」
ふふ、と笑う江利子は昔のままの錯覚をさせる。最近は私のことの心配と仕事へ停滞で顔に気難しさを張りつかせていた。
「江利子、ありがとう。まだ終わってないけれど、これで、これが良かったって言えるような結果を導かせてくれたのは江利子や聖のお蔭でもあるわ。感謝しきれないくらいよ」
思っていることをこんなに、結果もまだ出てない内から言うのもリゾート効果かしら。
「なら、結果を出してから言ってよ。泣いても喚いても、笑える未来でも、取りあえず確かめてからでしょ。」
優しく笑いながら、本来私が言うことを江利子が言う。
「今度はきちんと吐き出してね。抱え込まれると面白くないじゃない」
江利子なりの気遣いが今日は、緊張を緩めてくれる。
こんなにも本当の優しさをくれる親友に出会えて、私はどんな結果にも向き合わないと。
私という存在が彼女には必要がなく、抜け出すきっかけに本当はすぎなくとも。再び会えることは望まれてなくとも。
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部屋に戻った私は、彼女からの手紙を取り出す。
小林くんに貰って読んでからずっと、仕舞ってた。小説のような再会も出来事も否定するしかない、爆発だった。
店指定のシャツに、黒のチノパン。
そんな恰好では守る術がないではないか、と。
令に聞いた、事件担当刑事によると、入り口側に男性と女性スタッフが倒れていた。最終確認を、スタッフとしての責務を全うした二人として記録されていたらしい。
店奥に男性二人が、これは逃げ遅れた店スタッフはそこに居た私たちは誘導済みと思い込み、責任云々は微妙な点になっている。男性二人に近しい遺族が居ない為、警察は追及出来ないとしている。
勤務していたスタッフは店長併せて四人で二人は巻き込まれ死亡。店長は火傷を負いながらも、軽傷。もう一人は、ディナー営業用に必要な食材を買い出しに行っていた為に生き残っている。
だから、女性スタッフは祐巳なのだ。
どう考えても、買い出しに行ったスタッフは男性で女性スタッフは祐巳しか居なかった。
その日の出勤簿にもそう記入されている、コピーからでも分かる書き直しのない店長自筆の、鉛筆書きからのボールペン書き。
事実を考える脳を休ませるように、真実かもしれない手紙に向き合う。
『こうして誰かに手紙を書く、そんな行為を生まれて初めてしています。
何かを望む、手を伸ばす。それすらもしたことが有りません。小林が言ったかもしれませんが、私は堂々と生きれる人生を歩いていません。母親がああだったからとか、父親のはずの男がどうしょうもない人間だからとは言いません。見てきた大人たち、覗いた社会から私は自分で選びました。血の繋がりある弟とも寝てしまう、好意を向ける小林とも、小林の優しさを利用するように寝て、あなたに求められたから寝ました。
誰かに何かを感じたこともないですし、思うこともありません。感情、心が、あの映像、店で長老に見せられた最初の時に失くしたのか生まれたころから無かったのかわかりません。世の中が、慈悲のなさで出来ているからその仕組みを生きる術に使ってました。
あなた達に知り合い、初めて良く分からない気持ちになりました。
利用、そんな言葉に至らない。それは綻びを出し、長老や弟に気付かれてしまいました。
もっと、感情を理解していれば違ったのかもしれません。
あなた達ともっと言葉を交わせたかもしれません。
新しく始めるにも、私には抱えて生きてきた闇が多すぎます。闇の女王、そう呼ばれ生きてしまったからには新しくなんて出来ません。
葬るには、もう遅いところに立ってしまったのです。
だから、この手紙をあなたに。
水野蓉子さんに。
私の脇腹にある、傷を慈しんでくれた。共に歩きたい、そんな気持ちを込めてくれたあなたに。
私が、平凡な笑い溢れる家庭とやらに生まれていたらあなたとの関係も、皆さんとの関係も変わっていたかもしれませんね。お互いに抱えないで良い闇を持たずに入れたのかもしれません。
こんなにも、もしもを考えている、そんな自分に戸惑いを感じます。
これも良い意味であなた達に出会えたからです。
あなたに幸せになって欲しいから、抱えてしまったソレを一生、掘り起こされないようにしておきました。差し出がましいことをして、すみません。前祝いと思い、お受け取りください。
さようなら』
どう辻褄を合わせても、祐巳は生きてるとしか考えれない内容だ。
店での爆発に触れてないが、過去形で語られている。
前もって書くには、もう少しぼかすはずのところが何か所かあるはずなのにない。
気付かれないようになのか、初めて書くからなのか、淡々としすぎている。
だから、武嶋さんの写真を空似ではない。と考えてしまう。
これからも歩めるようにと考えてしまう。
私の幸せは、祐巳、あなたと歩む事なのだ。不確かな関係だけれど、続くかぎり努力を重ねながら。
あなたの無いものを補いたい。
補って、満ちる日々に包み込みたい。
大きなお節介だと自覚している。
空っぽだとあなたが言うなら、私が勝手に満たしてもいいでしょう?