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祐巳が頼んだという雑炊みたいなものがやってきて、江利子と聖が興味有りげに見てる。子どものような二人。でも、例え五人が居ても他人が混じるとこんな二人は見られない。祐巳はこの輪に溶け込んでいる。元々、居たかのように。
志摩子も杯を重ねている。警戒心はあれど、いつもの辛辣さはない。
「食べます?牛骨や血が入ってますが。」
志摩子を見やるが、志摩子の信仰、公にはしなくなった信仰心を祐巳は知っているのだろう。
取り椀を勝手に祐巳は持ってくる。
「祐巳さん、ご存じなのね」
志摩子が苦笑い気味に祐巳に聞く。
「長老が知っていることは。後は、頼んだ料理や水野さんが、それぞれに分けられる際に各自の好みなどを優先されるかのような、感じでしたので」
祐巳はそんなところまでみていたの?
「まじで?蓉子のは年季ものなのに」
聖が驚き、言う。
「へー。蓉子の負けね」
江利子が面白げに言う。
「だって、年季というよりも私たちが蓉子を食事の席に呼ぶのは、誰よりも装い上手だからでもあるのにね」
続けて江利子が誤解を生む発言をするが、リラックス出来るのは私が居るからだと伝えているのだ。分かりにくいから止めて欲しいわ。
「基本ですよ。観察、の。水野さんは仕事柄、それを知ってらっしゃるから瞬時に判断されてなさるようにされてますが」
祐巳はかなり、上手の発言をするが自慢気でもなく、天気の話のように言う。
「店に行った時と今日、今の席で?」
由乃ちゃんは祐巳の態度と言葉の温度差に驚き、身を乗り出さんばかり。
「まあ。あなた達は綻びを出さないように、無意識にもなさってたから。長老が張り付いてても分からなかったでしょうね、データ以外は」
祐巳はお代わりを私たちに確認して、自身のお代わりを頼む。
「祐巳ちゃん、強いのね」
江利子がそう聞く。二人、過ごした日にも思ってた。私の話に傾けてる祐巳、祐巳が居るからペースが乱れる私。
「私、アルコールや麻酔、薬と効かないんです」
苦笑いをして祐巳は言う。
「え?その痕...」
聖が戸惑い気味に視線で場所を示す。
「ええ。ずっと激痛でした。飛行機乗る時、もう平然を装うのに一苦労で。ばあさんとこ着いたら、三日ぶっ通しで寝てました」
くだけた口調、言葉で祐巳が言う。
「医者、には見せたの?」
私はそんな祐巳にそんな事しか聞けなかった。
「もぐりの医者に。火傷に関しては早急に、緊急行けって言われました。あの時、何処の病院も長老派と反長老派が張ってましたから行けるわけありません。日本を離れたのも長老亡き後、ゴタゴタが加速してです。」
祐巳はため息を吐き、私たちを見る。
「だからって、言いなさいよ。蓉子さまにぐらい」
由乃ちゃんは泣きそうな顔を必死に我慢しているように祐巳に言う。
祐巳は答えずに、由乃ちゃんに優しく見る。
「どうやって、店から?」
江利子が最大の気になる事を聞く。
「聞きますか?顔は知ってるかもしれませんが、二人もの人間の闇を覗くことになりますよ」
祐巳が無機質に、先ほどとは違う顔付きで見る。『闇の女王』、その顔なんだろう。
「そうね、好奇心もあるけど。一番は祐巳ちゃんのこれからに私たちが居るんだから、構わないわ。祐巳ちゃんが生きてた事実に繋がることに、なら」
江利子が状況が違えば殺し文句にもなり兼ねない発言をする。私は面白くなく、感じる。
祐巳を見ると笑いを堪えてた。
「あのね、本心なんだから笑うとこじゃないでしょ!」
由乃ちゃんが江利子と一緒の気持ちだと、いや、ここに居る全員がそうなのだろう。
「ありがとう。壁画から出て来た人たちに言われると思わなくて」
祐巳は先ほどのスタッフが言っていたことを、おどけて出してくる。
「祐巳に弄ばれてる気分だわ」
ため息を吐いてしまったが、私は優しく言う。
「そうですわね。お姉さまや江利子さますら転がされてるようですもの」
志摩子が付け加える。
「え~?祐巳ちゃんのが上手かな?」
聖が呑気に志摩子に抗議ともつかない事を言う。
聖の言葉に、皆笑う。そう、昔からこうしてるように笑っている。
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テーブルの上には六人のグラス、祐巳がキープした焼酎のボトル。
ゆっくりと更ける夜、祐巳は目を伏せて語る。
「こうちゃん、男性スタッフがあなた達を出迎えたと思います。その人が爆風から庇ってくれました。過去、幼馴染をいじめて自殺に追い込み、のうのうと生きる自分が怖くなり誰かの役に立って死にたかった。そう言ってました。自殺した幼馴染が視界の端々に現れ、会社も退職せざる得ない時に若い血気盛んな子にリンチを受けてるところを長老と通ったのが縁でした。」
祐巳はグラスに口を付ける。
「女性スタッフは、そんなこうちゃんを愛してました。ただ救えないから、寂しくないように一緒に死にたい、と私の代わりにあの場に。彼女は昔、ホストに入れ込んで風俗に入り、客として来たこうちゃんに惚れました。」
祐巳はゆっくり目を開く。澄みきった瞳は、綺麗で怖かった。そう思ってしまった私は、自身に悲しくなる。
「私は感情がないから、客観的にしか分かりません。共感、同調、支持。それをすると人が落ち着くことが分かりました。長老と出会うまで私には存在に厚みがありませんでしたから、ただ、時を過ごしてただけ。そんなことをすることはありませんでした。長老が喜ぶことも分かりませんでした。」
祐巳はこれで終わりだと言わんばかりに、グラスの中身を干す。
「厚みがないって...」
由乃ちゃんが言う。衝撃から掠れた声で。
「小学校で三人の教師を母親とその男が精神的にダメージを与えました。公立だからついて回るんですよ、あの家には関わるな、朝見たら一日出席だ。そう言われてたみたいです。」
さらに衝撃的な言葉が投げられ、江利子ですら口を開けない。
「それでも怠慢だわ...まだ、右も左も分からない子どもを、放っておくなんて。」
私は仕事柄もあり、憤りを表す。
「商品。私はあの頃、商品でした。母親にしたら、知らぬ間に付属品が増えてた感覚だったみたいでした。小学校上がる前から食事すら疎かな形でしかしませんでしたし」
救いの見つからない話に唇を噛み締める。私たちに向日葵のような笑顔を祐巳は向けてくる。泣かないで、と言うかのように。
「だから、感情がないの?」
由乃ちゃんは祐巳の為に泣かないようにしているのだろうか。堪えながら聞いている。
「長老が言うには、母親によって得られる後天的な感情の育成が成されてなかったんだろうって。本能からくる、先天的なものはあるようです」
祐巳は私たちにお代わりの確認を取る。
「どうして、祐巳さんは...平気なの?」
志摩子が何故、怒りもしないのか。と言う。珍しい、ここに祐巳が居ることはイレギュラーではなく、当たり前なのだ。
「それが当たり前でしたから。母親という同居人、そう感じてました。人は、人に何かを期待をするから絶望するんでしょう?」
祐巳は、話し初めて疑問を私たちに投げかけた。
答えようとしたその時、年が定かではないが幼稚園ぐらいの子どもが私たちのテーブルにやってきた。祐巳に何か話しかけ、腕を引いてる。祐巳は答えながら、頭を撫でてやる。
「そろそろ、薬浴しないと。」
薬浴、多分、火傷の治療だろう。
「ねえ、祐巳ちゃん。今日ぐらい、蓉子と一緒に居られない?」
江利子が過保護に言う。
「江利子っ。急すぎるし、勝手に言わないで頂戴」
慌てて、抗議する。
「今日は子どもらに伝えてませんから、明日にまたお会いしましょう。」
そう言いながら、立ち上がり子どもを抱き上げる。私たちの退店準備を待ちながら、子どもと一緒に童謡を歌っている。
「祐巳、会計は?」
ふと思い聞く。
「ああ、聞きますかこの瞬間で」
悪戯っ子のように言うと、ホテルまで送ります。と言いながら先に歩く。子どもが私たちに異変がないか、真剣な眼差しで見てくる。
明日も、祐巳に会える。
出来るなら今日、二人できちんと話したいと思っていたが明日があるなら。
確約された未来があるなら。
そう思い、祐巳の隣に寄り添うように並び、歩く。
江利子と聖の声が聞こえる。
祐巳が抱いてる子どもがニッコリ笑う。
私は返す、幸あれと。