さっちん喰種   作:にんにく大明神

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しばらく導入です。


わりと良くある話

 喰種対策局。英訳のCommission of Counter Ghoulを略してCCG。世に潜み人を喰らう悪鬼から人の社会を守る国家機関である。

 彼らは日夜自らの身を戦いに投じ、愛する者を守るために身を粉にする。 

 

 CCGの喰種捜査官は二人一組で行動するのが通例であった。

 上位捜査官と下位捜査官の組み合わせである。それは教育のためであったり、安全のためであったり、様々な理由があるのだが、有馬貴将と平子丈もそういったペアの一つであった。

 CCGにおいて天才と名高い有馬、そんな彼が組む最初のコンビだということで、このペアへの期待は結成当初から相当なものであった。そして彼らはその期待を裏切ることは無かった。

 有馬の高い実力と平子の堅実な実力も相まって、二人は危なげなく着実に実績を積み上げていった。多くの名のある喰種の屍を重ね、結成から一年もしたころには局内で当然のように大きな戦力の一つとして数え上げられた。

 そこには目立った失敗や犠牲は見られず、あえて彼らがした苦労をあげるとすれば、平子と有馬の認識の齟齬程度であろう。所謂天才である有馬の視点は、凡人であった平子には理解しがたい点が多かったのだ。

 しかし、それでも平子は適度に折り合いをつけつつなんとか有馬について行った。

 次第に無愛想な二人の間にも絆のようなものが芽生え、気付けば六年の月日が経っていた。その六年の間に有馬は当然のように階級を特等まで引き上げ、平子もまた明日の叙任式で上等捜査官となる。

 そして、平子が上位捜査官となることは、すなわち二人のコンビが解消されることと同義である。つまり六年間連れ立ったペアも、今日この日までなのだ。明日からはそれぞれ別の現場で戦うことになる。

 

 さて、この解散にあたって、この二人は驚くほど無感動であった。と、少なくとも周囲にはそう見えた。

 仮にも六年連れ立った仲であるというのに、平子の昇進の旨を知らされた際もこの二人は二三言葉を交わしただけですぐさま仕事の話に移っていた。

 しかし、それも不仲であるからではない。それが二人にとっての普通だったのだ。

 互いに死別するわけでもなし、ただ現場が変わるだけでいずれはまた共闘する日も来るだろう。そんな程度の認識である。

 

 とはいえ、このまま叙任式を迎えてしまいそうな二人を見て放っておかない同僚もいた。

 その同僚の勧めもあって、二人は最後の夜に食事に行くことにした。といっても、飲み屋では無くどこにでもあるようなファミリーレストランにふらっと立ち寄った程度である。

 

 

 

 

 

 子連れの家族や学生たちの喧騒の中、二十代後半の男二人は黙々と食事をとった。近くの席の学生のカップルにクスクスと笑われていることに平子は気付いたが、彼は特に反応することも無くドリアを完食した。

 有馬の奢りでその店を出ると、夏にしては涼しげな風が二人の間を通り過ぎた。

 平子はこのまま解散しそうだと踏んでいたが、彼にとって意外なことに有馬は少し話をしよう、と平子を公園のベンチに誘った。

 対する有馬にも、特に伝えたいことがあった訳では無い。

 純粋なる気まぐれ。いつもは右に曲がる道を、何となく左に曲がってみようという程度の思い付きだ。

 そして、その思い付きは平子丈にとっての今後に少なからず影響を及ぼすことになる重大な分岐となった。

 

 

「話ってなんですか?」

 

「ほら、このコンビはこういったことってしなかっただろう? 最後くらいは、と思ってね」

 

 緑豊かな公園。

 都心の中のオアシスといった立ち位置なのか、それなりの広さを持ち、地面はランニング用に舗装されていた。

 昼ならば子供や老人で賑わいそうなものだが、喰種の出る街の午後十時過ぎとなれば話は違う。二人の他に人影は無く、ポツポツと浮かぶ街灯の明かりも相まって静かな公園というよりどこか寂しげな公園といった様子である。

 その灯りの一つの元にある三人掛け程度の木製のベンチ、公園の中心付近にあるそれに二人は腰を掛けた。

 

「それとも嫌だったかな」

 

「……いえ、なんというか意外だっただけです」

 

「そうだね、自分でも意外だ」

 

 二人はお互いの顔を見ることもせず、ぼんやりと前方を見ながら言葉を交わした。

 内容はさまざまであるが、喰種捜査官という身分であることから必然的に喰種が話の中心となった。

 自分達の討伐した名のある喰種についてや、違う班から聞いた珍しい喰種の話。ピエロマスクの掃討や、四区で追い詰めたもののリーダーを逃した喰種集団。

 喰種の話が一通り尽きると話題は私生活のことに移っていった。

 

「有馬さんは結婚とかは考えないんですか?」

 

「そういうタケはどうなんだい? 君だってたいして歳は変わらないだろう」

 

「……こんな仕事ですし、俺は有馬さんと違っていつ死ぬか分かりませんから。所帯を持つのはちょっと……。出会いもありませんし」

 

「いつ死ぬか分からないのはお互い様だよ。出会いが無いのもね。……そうだ、今度篠原さんにでも聞いてみたらどうかな。なかなかの愛妻家だと聞くし、勉強になるんじゃないか」

 

「……ですかね」

 

 想像より話が弾んだことに平子は純粋に驚いていた。

 どこか一般の人と違う視点を持った有馬に、平子はこれまでどこか距離を感じていたのだ。平子とて有馬との仲は特別悪かったとは思っていなかったし、同じ組織に身を置く同僚としてむしろ関係は良好だったと思っていた。それでも平子丈という個人と有馬貴将という個人の間には埋め得ぬ溝があるようにも感じていた。

 それがどうだろう。違う視点だと思っていたのは有馬の性格が天然だっただけだったのかもしれないと平子は思い始めた。

 同時に、もう少しこういった時間を持つのも良かったかもしれないと若干の後悔のような物が胸に去来してきたころだった。

 

「…………」

 

「…………」

 

 二人して言葉を失う。

 息を呑むような驚愕では無く、静かな驚き。

 眼前に突如として直径1mほどの黒い球体が現れたのだ。

 

「……なんでしょうね、コレ」

 

「穴だろう」

 

「いや、それはそうなんですが」

 

 有馬が天然であることを再確認しつつ、平子は仕方なく自分で観察する。

 しかしどう見ても黒い球体としか表現できなかった。いや、正確には穴だ。まるで空間に穴が穿たれているかのようである。

 

「それじゃあタケ、今日は楽しかったよ。明日は別に早くないけど、そろそろ帰って寝るといい」

 

「……はい」

 

 目の前の怪奇現象にたいした興味を見せず、有馬はベンチから立ち上がった。それにつられるような形で平子も立ち上がる。彼もまたこの現象に対して自分が出来ることは無いと判断したのだ。

 二人がその場を去ろうとしたとき、またしても状況が変わる。宙に浮かんでいる球体から、人が出てきたのだ。

 黄色いセーターに青のプリーツスカート。どう見ても女子高生である。

 女子高生は地面に落下すると、短いうめき声をあげて動かなくなった。続いて四角い紙袋が硬質な音を響かせて落下した。二人がそれに目を取られている間、球体は景色に溶け込むように見えなくなった。

 

「タケ」

 

「……はい」

 

「出会いだ」

 

「……さすがにそれは」

 

「ああ、冗談だ」

 

 表情一つ崩さずにそんなことを言う有馬に平子は何とも言えない気持ちになったが、その平子も真顔のままなので、はたから見れば気味が悪いと評されることだろう。

 しかし平子も内心は動揺していた。まるでSF作品である。今の光景に平子は何となく、昔見たネコ型ロボットが登場するアニメで、タイムマシンが到着した先に出来る穴を連想した。

 どうすれば良いか分からなかった平子は、とりあえず少女が生きているか確認することにした。

 しゃがんで女子高生の脈をとってみれば、規則正しく脈打っている。別段死にかけているということも無く、どうやらただ気を失っているだけのようだった。

 

「この子どうしましょう」

 

「落し物は交番にという訳では無いけど、やっぱりここに置き去りにするのは危ないだろう。交番まで背負っていこう」

 

「そうですね」

 

 気を失った女子高生を夜の公園に置いて行くのは危険だ、という意見に平子は賛同した。それはこの子が女子高生だからという以前に、この街には喰種が出るのだ。彼女を置いて行くというのはライオンの檻にシマウマの子供を放り込むことに等しい。

 有馬は少女を危なげなく抱きかかえるとそのまま歩き出した。平子は一緒に落下してきた紙袋を拾うと、こちらを気にせず公園の出口に進んでいく有馬を慌てて追った。

 

「この辺に交番ってあったっけ?」

 

「駅前に一つあったかと」

 

「じゃあそこを目指そうか」

 

 

 

 

「公園のベンチで気を失っていたので、危ないから連れてきた、ということでいいですか?」

 

「はい」

 

 しばらくして交番は見つかった。

 眠たげにうつらうつらとしていた警官を平子が起こすと、その少し太り気味の警官は初め怪訝な目で二人を見た。理由はもちろん有馬が抱きかかえる少女であり、いくら有馬が理知的な容姿をしていようとも、気を失った女子高生という要素はいやおうなしに犯罪の香りを漂わせる。しかし、有馬が状況を説明し、身分証を見せるとすぐさまその警戒は解かれた。

 説明の際、有馬は例の怪奇現象については黙っていた。そんなことを口にすれば頭のおかしい奴だと再び疑われることになるからだ。平子もまた有馬と同じ考えの様で、いつもの仏頂面を顔に張り付けたまま黙って事の成り行きを見守った。

 件の女子高生はといえば、交番についても一向に目を覚ます気配が無く、交番の奥の座敷に寝かされた。平子はその傍らに、彼女と共に落下してきた紙袋を置いた。

 

「それじゃあ、念のために連絡先を教えておいてもらえませんか」

 

 すっかり態度の改まった警官が有馬にそう言った。

 彼はすでに二人を疑っていなかったが、こういった特殊な状況では不測の事態に備えて連絡先を聞いておくのが常識だったのだ。

 

「それじゃあこれを」

 

 有馬は胸のポケットから小さな革のカードケースを取り出し、その中から一枚の紙片を抜き取った。

 

「有馬さん、名刺持ってるんですか」

 

「うん。特等になるといろいろ面倒なことが増えるんだよ。宇井にも常備しろって口を酸っぱくして言われてたし。タケも特等に上がるなら気を付けた方がいいよ」

 

「……はぁ」

 

 自分の名刺をしげしげと見つめた有馬は、それをゆっくりとテーブルに置いた。

 あくまでなろうとすれば特等になれる、そんな口ぶりの有馬に、平子はもうわざわざ何か言うことも無かった。

 

「はい、確かに」

 

 警官は名刺を少し眺めてから、それを大事そうにデスクの一番上の引き出しにしまった。

 

「それじゃあ、あの女の子をお願いします」

 

「お願いします」

 

 一礼して二人は交番を後にした。

 有馬が腕時計を確認すると、時刻は既に11半を回ろうかという頃である。

 

「それじゃあタケ。今度こそさよならだ。急がないと終電を逃すんじゃないのか」

 

「まだ大丈夫です。今日はありがとうございました」

 

「うん。こっちも楽しかったよ。それじゃあ」

 

 軽く手を上げる有馬に平子は会釈で返す。

 こうして二人はコンビ最後の日を終えた。

 

 有馬はこの近辺に住んでいるのか、改札には向かわずに住宅街に向かって歩き始めた。

 平子は改札を通り過ぎ、丁度到着した各駅停車に乗って自宅を目指した。そして家に着くころには黒い穴から落ちてきた少女のことなどほとんど忘れ去ってしまっていた。




この作品では平子さんが中心人物として展開していきます。

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