「ついにできたぞ」
長年の研究の末、博士が何かを完成させたという噂はすぐに広まった。
それを聞きつけたひとりの客が訪ねてきた。
「いったい何の発明なんですか」
好奇心を隠そうとせず、身を乗りだして客は聞く。
博士はもったいぶって隣にある機械をゆびさした。どうやらヘルメットのようなものからケーブルが伸び、巨大なコンピュータに繋がっているようだ。
見るからに複雑そうで、素人目にも重要な機器だとわかる。
「これが発明品ですか?もしかして嘘発見装置かな」
「いいや、たしかに脳に関係するものだが、ちがう。なにを隠そう、特定のワードに関する記憶を消す装置だよ。これを頭にかぶせて、こっちの機械に文字を打ち込むというわけだ」
「本当にそれだけで忘れることができるのですか」
「ああ。すでに何度か実験したが、安全性も問題ない」
客は関心して息をついた。
「ははあ、それはすばらしい。ぜひ私に使わせてくださいませんか」
「ふむ、いったいどうして?」
「私は物書きをやっているのですが、どうしても既存の作品にアイディアが引っ張られてしまうのです。ですから、まったく無知の状態に戻って執筆したい。参考にするものがなければ間違いなく自分の作品になるはずです」
「なるほど。悪事に利用するのはいけないが、そういうことなら許可しよう」
博士は慎重にヘルメットを持ち上げると、客の頭にしっかりと固定した。
次に仰々しい機械の前に行き、なにやらパネルを操作する。
「いまから睡眠状態にはいってもらう。意識が戻ったとき、小説に関連することはすべて忘れているはずだ」
「はい、おねがいします」
すぐに強烈な眠気が襲ってきた。博士が起動スイッチを押したのだろう。
抗うこともなく深い眠りのなかにはいる。
◇
目を開けると、本を手に持って博士は尋ねてきた。
「この小説の内容を覚えているかね」
「いえ」
客は首をかしげる。その返答に博士は満足そうにうなずいた。
「やったぞ。私の研究が人助けになる、これほど嬉しいことはない」
小躍りしている博士を眺めて、しかし客は首をかしげたまま動かない。
どうも様子がおかしい。
さては、電波がよくない作用を発生させてしまったか。しかし、私の研究にかぎって失敗するはずがない。
不思議がって疑問をつぶやく。
「なんだ、きみは嬉しくないのかね。これで悩まずに小説を執筆できるというのに」
客はやはり首をかしげて、こう言った。
「いえ。ところでショウセツとはなんですか」