テイルズオブフェイティア〜宿命を運命へと変えていくRPG〜 作:平泉
静まり返る研究室。クリムゾンフレアの炎の術により、ただただ焦げ臭い臭いが充満している。やがてそれが反応し、天井のスプリンクラーが作動した。
「っつ!」
ガットは見上げ、降り注ぐ細かい水飛沫に迷惑そうに手で額を覆う。やがて視線を下ろし、先程までそこに”いた”デンナーとローガンを一瞥し、暫くしてリオに視線を向けた。
「リオ…トレイル…意識が、戻ったのか」
ゆっくりとガットは語りかけた。彼女達の表情は決して変わらなかったが、声色はひどく優しかった。
「あぁ……ありがとう」
「うん、ありがとうガット。ハナタレ少年が、立派になったものね」
2人は懐かしんでいるようだった。20年前、2人の後ろに金魚のふんのようにいつも後ろに居た少年はもういない。成長し、今は逆に仲間を守り、そして頼れる存在になっていた。
「………話してぇ事がいっぱいあんのに……、言葉が出てこねぇよ……」
ガットは震える声で、正直に今の気持ちを伝える。
「ガット。お前は多分、俺を、俺達を見捨てた事を今まで散々後悔してきただろう。強がっていても無駄だ。分かるさ」
「気にしなくていいのよ。私はもう、助からなかったんだからさ。あの時、アンタだけでも脱走しきれて、本当に良かった」
自分の心を全て2人は見透かしている。ガットは拳を強く握った。
「すまねぇ……すまねぇ…!分かってたんだ……!2人は助かってないって!あの時、幼いながらも心のどこかでそう感じていた。あんな状況で、助かる訳がない。例え助かったとしても、2人の体の状態から、もう長くない事だって……!」
「その通りよ」
「あぁ、お前は間違っていない」
「怖かった…!例え生きていたとして!スヴィエートへ行って2人を助けたら、非難されるんじゃないかって!それにまた俺は捕まるんじゃないかって!またあのトラウマに近い恐怖が蘇る!リオは人格が変わっていたしっ……!
元の2人はそんな事はしないと、思っていても!!怖かった!そして、あの3人の中で俺だけ生き残ってしまったという罪悪感で!何度も死にたくなる思いが俺の中をかけ巡った!」
ガットの悲痛な想いは、決壊したダムの水の如く溢れ出す。
「だがその度に!トレイルの声を、思い出す!ガット、生きろ!生きるんだ!って…。2人の分まで長生きしなければという思いと、俺だけ生きているという罪悪感が、生への鼓舞と、そして一体俺は何の為に生きているんだという、堂々巡りの呪いにもなってくる……!」
ガットはただ今までひたすら生に執着するだけで、それ以外の事にはあまり関心を示さず、のらりくらりと生きてきた。果たして自分のような存在が、幸せになって良いのだろうか、2人はどう思うだろうか。面倒くさがりだが、何だかんだ言って人の面倒を見てしまう自分は、多分寂しかったのだと思う。人と接し、触れ合う事をどこかで求め、それを手にして少なからず喜んでもいた。仲間達。それらは呪いを紛らわす一時的な効果にもなる。万屋という仕事について、仕事にさえ集中していればその事は一時忘れられる。
しかし、その呪いは今───────、断ち切られる。
「幸せになりなさいガット。そして、人を幸せにもしなさい」
「あぁ、俺達の分まで存分に自由に生きて、楽しんで、幸せになれ、そして少しでもいい、人の役に立て。それが俺達の、心からの本心だ」
20年間心を曇らせていた雲が、スーッと割れていく。2つの光の兆しが差し込み、やがてみるみると晴れ渡る。
「リオッ…、トレイルッ…うっ…、うぅっ……」
ポタポタと己の緑色の髪から雫が垂れる。スプリンクラーはまだ止まっていない。その水飛沫は、自分の涙を隠してはくれても、涙声は隠してくれない。
「言いたい事はそれだけだ。俺達はもう、長くない」
「そう、長くない」
そう2人は言うと、ゴーレムである自分達の身体のエヴィを自ら剥がした。その下にあるのは、淡く光る結晶が1つ。
「俺達の精神は元々もう凶暴化して、奥底に封印されていた。今は、昔の思い出やデンナー達に対する怒りでほんのすこしだけ抑えられているだけだ」
「そう。あと3分もすれば私達は完全にまた元の凶暴化した精神に戻ってしまうわ」
ガットは、2人が言いたい事が分かり、目を見開きただ見つめた。
「また俺達が暴走する前に────」
「私達を完全に殺して、ガット」
黙って聞いていた仲間達は、目を伏せた。
「そっ、そんな……!何か!何か方法はねぇのかよ!?2人が助かる方法は!?」
ガットは、現実を受け入れたくなかった。やっと再会できたのに。やっと心のもやもやが晴れたのに。まだ話したい事が沢山あるのに!!
「ないわ。崩壊した人格や身体を元に戻す事は、出来ない」
「それに、こんな身体になってまで、俺達は生きていたくはない」
リオとトレイルは淡々と答える。助かる方法は───────無いのだ。
「この
トレイルは自分の胸を指で指した。核は淡く光を放っている。
「貴方の手で、破壊して。ガット」
「──────ッ!!」
残酷な現実だった。2人はもうどうやっても元の体には戻れない。時間が経てば、本人の精神は完全にシャットアウトされる。制御装置のないゴーレムは、本来にデフォルトに下された侵入者排除命令、そして殺戮衝動の人格よってたちまち支配される。
「お前をまた、傷つけたくはない」
「それに、貴方の仲間達もよ」
ガットは後ろを振り返った。彼らはただ、自分を見守ってくれている。誰とて口出しは一切しない。これはガットの問題で、選択を下すのは自分自身であり己と仲間を生かすも殺すもこの手にかかっている。スプリンクラーの水飛沫がやがて弱まりはじめ、刻々と時間が過ぎていく。
「お前にはもう、俺達が居なくても大丈夫だろう?」
「貴方自身が一番よく、分かっているはずよ」
リオとトレイルは低くしゃがみ、隣同士2人寄り添い、ガットに語りかける。
「俺は………っ!」
目の前の2人を見つめ、まだ迷っている。自分は本当に心が弱い。強がっていても、誤魔化してきたけれども。これだけは、すぐには決断出来るはずがなかった。そんな彼に2人は喝を入れる。
「早くしなさいガット!あと少しでも遅れれば!私達は貴方達を排除する機械に戻ってしまうのよ!?」
「ガット!早くしないと、げんこつを食らわせるぞ!!」
トレイルが言った懐かしいセリフ。彼のげんこつは、とても痛かった────。
「ふっ、ははっ……、ゴーレムのげんこつなんざ食らっちまったら、シャレにならねーっつーの……」
ガットは俯き、下に落ちている少々長く、手に持てそうなガラスの破片を2つ拾った。先程吹っ飛ばされた時に割れたガラスケースの残骸だ。そして両手にそれを握りしめた。
「っ……!」
ツー…と血が滴る。その痛々しい光景にルーシェは思わず目を背けた。一番痛いのはガットだが、呻き声は一切上げはしない。
「…………………さよならだ、リオ、トレイル─────」
フッと2人に笑いかけた。
覚悟を決め、両手に握りしめたガラスの破片を一直線に2人の核に突き刺した─────────。
「……それで、いい」
「ありがとうガット……」
リオとトレイルは最後の力を振り絞り、ガットを腕で抱きしめた。無機質で、冷たいエヴィの塊でしかないが、しっかりと彼を両脇から抱擁する。
「幸せに……なれ……よ…」
「私達の……ぶ……ん、まで……、生き…て」
2人の声がかすれてゆく。
「ああっ……、ああ!!」
一度返事をし、もう一度大きく返事をして己と2人に言い聞かせる。カタカタと両手は震え、これでもかと握りしめたガラスの破片は真っ赤に染まり、床を鮮血で染め上げる。
「さ……よ…うなら」
「じゃあ…な…」
2人の核の輝きが弱まると同時に、スプリンクラーの散水も止まり、大きな雫となってピチョン、と垂れる。リオとトレイルの表情は、一切変わることは無い。しかし、スプリンクラーの水滴が、彼らの額を、こめかみを伝っていく。やがて瞳に到達し、瞼が閉じられると、まるでそれは、2人が涙を流しているように見えた──────。
「くぅっ……うぁぁっ……、ああっ、うわぁあぁぁあああぁぁぁっ!!っ!あああっ……、リオッ………トレイルゥ……!!」
ぐっと奥歯を噛み締め、我慢していた。が、溢れるものがどっと溢れた。歯茎を剥き出しにし、ボタボタと落ちる雫はとどまる事をしらない。
「──────っぁぁああぁあああああぁぁっ…………!」
泣き叫ぶガットの声が、静寂な研究室にこだました───────。