テイルズオブフェイティア〜宿命を運命へと変えていくRPG〜   作:平泉

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ちょっとグロ注意


ラオとサイラス

ボクは、エストケアラインと言う現象が発生し、第一次世界大戦が終わった後の時代に生まれた。言うなれば結構激動の時代だったヨ。

 

エストケアラインは国々に様々な影響を与えていった。イフリートが言っていた通りだネ。不公平にもロピアスにばっかりいい事ずくめ。スヴィエートやアジェスは苦労だらけだ。

 

アジェスという国にとってはエストケアラインはとんでもない迷惑だったとしか聞いていないヨ。

 

腐海とかいう訳の分からない底なし沼が発生するし、夜はすぐに訪れる、蒸し暑いし、月明かりは暗い。

 

当時、アジェスは土地の環境変化に追われ、また政治も疎かな状態が長く続いた。そんな中ロピアスがスヴィエートとアジェスに更なる土地拡大を目指して喧嘩を売ってきたもんだからこの2国は溜まったもんじゃないヨ〜。

 

治癒術師虐殺はアジェスでもやられたヨ。全く、ロピアス王国はホント狂犬というか、欲深いネ。あわよくばアジェスを植民地にしようとしたのだろうが、お生憎様。こっちの土地に腐海だらけって事が分かると大人しく手を引いた。狡猾な奴らだヨ。

 

ロピアスの暴虐を尽くす限りの酷い有様にアジェスとスヴィエートはもう堪らず停戦を申し込んだ。とにかく、欲しいもんはやるからもう戦争は辞めてくださいって頼んだワケだネ。さっきも言った通り、アジェスの欲しい土地なんてロピアスにはなかった。そう、その代わり一番の目の敵のスヴィエートに領土割譲を要求した。それをしなければ停戦条約にサインはしないと、つまりまんまと足元を見られたわけだ、スヴィエートは。

 

アジェスとスヴィエートのトップが話し合って、当時のスヴィエート皇帝ライナントは泣く泣く領土を割譲、そして多大な賠償金、不利な関税を押し付けられ戦争は集結した。まぁ結果、アジェスは若干の漁夫の利食えたわけだネ。スヴィエートはすっごく可哀想な事になったケド。

 

この時割譲した土地ってのが、かの有名なアルモネ島だネ。今のアルスの時代でも根強く話題に残る、水結晶のエヴィ資源が豊富な島だヨ。第二次世界大戦後、スヴィエートは取り戻したみたいダケド。

 

 

 

とにかく、戦後の影響で凄まじく貧しかったアジェス時代の、シャーリンという極貧の小さな村でボクは生まれた。この村は忍者の里とか言われて、天災以前の昔は忍者も沢山いたみたい。だが里の大半は水の底に沈んだ 。

 

しかも、今のこの世の中衰退しきった忍者なんて文化の中で生きていける訳がない。しかも皆不思議な事に、忍なんてものがあった事を忘れていたように、どの忍一族もボクが物心つく頃には衰退の一途を辿っていた。

 

現実はいつだってボクの背後につきまとう。

 

ボクの出身のシン家は、何でも忍の家系として代々有名で優秀な家系だったらしい。けど、同じくエストケアライン以降一族は著しく衰退。そもそも忍者の里の大半が水に埋もれてしまえば文化が衰退するのは必然だった。水ならまだマシだ、腐海でないのなら。

 

お金が無くちゃ、何もかもやってられない。ボクが10代後半になる頃にはシン家はやがて破綻の危機に面した。ボクには2人の兄が1人、そして2人と弟、妹がいた。ボクは3男だ。長男が絶対に家を継ぐ。次男はそのサポートに全面的に回っていた。父も母も兄も、家を復興させようと、必死だった。

 

そんな中、時代は大きく動いた──────。

 

遠い北の国、スヴィエートの地で産業革命が起こったのだ。

 

当時からスヴィエートとロピアスはとことん仲が悪かった。悪かったというより、技術発展で睨み合ってたカナ?結果皮肉な事に切磋琢磨してたけどサ。スヴィエートはとにかくロピアスにリベンジしたかったんだヨ。その執念というか、ライナントの息子のサイラスが優秀だったのか、スヴィエートは戦後とにかく頑張って国を復興させていったみたい。

 

─────そう、このサイラスという人物がボクの親友になるなんて当時は思いもしなかった。

 

18歳の夏、兄から話があると言われ向かった。

 

「エ?出稼ぎ?」

 

ボクは長男のロウ兄さんのその言葉に思わず聞き返した。

 

「ああ、お前は家を出ていけ。まだ幼い弟や妹には無理だ。家の事は俺と次男のハンがやる。お前はスヴィエートのグランシェスクっていう工業都市に奉公に行くんだ」

 

「グランシェスク……。でも兄さん、ボク不安だヨ…。一人でなんて…」

 

ボクは当然最初は戸惑った。一人で異国へ出稼ぎに行けと?

 

「なぁに、安心しろ。他のアジェス人だって皆行ってるさ。今の時代、それが流行りにもなってる。あっちの国は人口が少ないみたいでな、俺らアジェス人は無駄に人口が多いから、貧しい人にとっちゃうってつけの稼ぎ場所ってわけさ。グランシェスクにはアジェス人は沢山いる」

 

そのことを聞いて少しホッとした。何だ、同じ国の人が沢山いるならまぁ……。

 

「そこで稼いだ金を持って帰って夢を叶えたり、仕送りにして家族を養ってる父親だっている。とにかく、お前はグランシェスクに渡って出稼ぎに行ってこい。男1人の食費が浮く分、こっちの家計も楽になる。長男と母、父からの頼みだ。頼むよ、ラオ。家を救うと思って!!」

 

そこまで言われちゃ仕方がない。確かに、ボクは3男。この家でやる事と言ったらもうないも当然。昔から衰退させまいと、忍者の修行を無駄にやらされていたお陰で体力もあるし、指先は器用な自信がある。

 

「分かった、ボク。スヴィエートに行くヨ!!!」

 

そんなこんなで、ボクはスヴィエートに渡る事になったんだ。

 

 

 

スヴィエートに渡って3ヵ月が経った。

 

務めた奉公先はスヴィエート国の最大主要光機関、ストーブの部品生産する"チュレーニ工場"だったヨ。

 

このとある小さな工場が後にスベトラーナが運営する巨大な兵器工場になるなんて思いもしなかったけどネ。

 

最初は慣れない土地にかなり戸惑った。アジェスなんかに比べたらクソ寒いし、環境も文化もまるで違う。仕事のミスをしたりと落ち込むこともあったケド、今じゃ作業員の中では1番作業が早いと言われるようになったヨ!

 

流石ボク!持ち前の器用さが生かされたネ〜。

 

そんなある日…、作業員の間である噂が持ちきりになった。同期のそれなりに仲のいいジンが言った。

 

「おい、ラオ、聞いたか?来週、首都のお偉いさん達がこの工場に視察に来るみたいだぜ!」

 

「エ?マジ?全然聞いてない」

 

ボクは昼休み、行きつけのアジェス人で賑わう食堂で、シチューに浸したライ麦パンを頬張りながら言った。

 

「この前、工場幹部達が話してるのを聞いたんだ。ったくめんどくせぇよな〜昼休みでも油断できねぇぜ」

 

ジンはトレイを机に置くとはぁ、と溜息をつきフォークでジャガイモを刺した。

 

「ん〜、授業参観みたいなものデショ?」

 

ボクはジン程、あんまり気にしてなかった。

 

「バカ!そんな生ぬるいかよ!おエライさんだぜ?きっと工場長にグチグチ何が言うはずだぜ。あの作業員がサボってるだの、光機関効率が悪いだのどうの!」

 

「ほえ〜、めんどくさいネ〜。まぁボクはいつも通り仕事するだけだヨ。多分それが一番彼らの見たい姿だろうし、問題ないデショ」

 

「ったく、お前は楽観的だなぁ」

 

「ボク、成績優秀だし☆」

 

ごく普通のアジェス人作業員同士の日常的な会話だった。でも、ここからボクの人生は大きく動いた。

 

 

 

あの会話から一週間が経ち、予定通りチュレーニ工場には首都オーフェングライスから視察団がやって来た。

 

「…………………」

 

ボクはいつも通り部品を組み立てていると、やけに誰かからの視線を感じた。堪らず横目でチラりと見ると、目の前にはじーっとこちらを見つめる銀色の瞳。

 

目がバッチリと合ってしまった。

 

「ワァッ!?ビックリした!?」

 

ボクは思わず悲鳴を上げて工具を落としてしまった。

 

「あぁ、すまない。僕の名前はサイラス・レックス。首都からここの工場に視察団として来たんだ。ちょっと、色んな人を見てきたけど君の惚れ惚れする仕事の達人っぷりに思わず目がいってしまってね」

 

第一言から褒められ、ボクは思わず照れた。

 

「エッ、そ、そうかなぁ。あ、ありがとう、ございます…」

 

慣れない敬語を使って、とりあえず失礼のないように対応したつもりだ。

 

「あ、いいよ別に敬語は使わなくて。フレンドリーに接してくれて構わないよ、君の名前はなんて言うんだい?」

 

「ボク、ラオ。ラオ・シン」

 

「ラオ・シン…、か。いい名前だね。よろしく、ラオ」

 

「あっ、うん。コチラこそヨロシク!」

 

流されるままに握手を交わして、他愛ない話をして──────。

 

「へぇ、アジェスの遠い村からわざわざ奉公なんだ…。すごいねェ。尊敬するよ。ご両親もきっと君を誇りに思っているんじゃないかな」

 

「はは、そうかなぁ?半分追い出されるような形だったけど、結果としてボクは満足してるヨ」

 

「1ヶ月この街に滞在するんだ。様々な工場を見るんだよ。末端の工場まで隅々ね。しかしどこもかしこも出稼ぎのアジェス人だらけだけど、本当に君が一番異彩を放ってたよ。器用だね君。工場長から聞いていたとおりだ」

 

「へへん、ボク、器用さなら自信あるヨ!」

 

それがサイラス・ライナント・レックス・スヴィエート。アルスの祖父との出会いだった。勿論、この時彼がこの国スヴィエートの皇帝だったなんて思いもしなかったケド。

 

 

 

ボクに比べてサイラスは明らか年上だったけれど、年齢の差、国の壁を通り越してボクらは瞬く間に話が合い、そして仲良くなり気づいた頃にはもう外国人同士の親友と呼べる仲にまで発展していた。

 

彼が仕事を早く終わらせたり、気まぐれで抜け出したりもして、ボクが暇な昼休みや夜に会いに来ては話したり、一緒にご飯を食べたり、遊びに行ったりした。

工場が休みの日なんかは2人で闘技場に観戦しに行ったり、その帰りにバーに寄ったりして酒を飲んだりした。一緒に教えた故郷のカモメの歌を歌ったり。

 

かけがえの無い1ヶ月だった。

 

ある日に、チュレーニ工場の来客室に呼ばれたかと思うと、彼の後ろには屈強そうな軍人が数人。何事かと思ったヨ、その時は。また他愛のない話から始まって。サイラスが結婚してた事は知ってた。そして、なんと子供が出来たらしい。首都から知らせが来たみたいだ。

 

「へー、もうすぐ子供が産まれるんだ!おめでとう!え、男の子?女の子?」

 

サイラスは照れて頬をかいた。男の子じゃなきゃ困るんだけど…、と小声で言った後、

 

「ありがとう、多分男の子だよ。名前はフレーリットっていう名前にしようと思ってる。妻と一緒に決めたんだ」

 

と言った。

 

「フレーリットかぁ………。今度来た時はその子も連れておいでヨ!早く会いたいヨ!」

 

フレーリット。そう、アルスの父親だ。

 

「ああ、今度は妻も子供も一緒に連れてくるさ。不思議だよ。お前との会話は、本当によくはずむ」

 

「ボク会話上手だからだヨ!きっと!子供ともすぐ仲良くなれる自信あるネ!」

 

「はは、そうに違いないな!あそうだ、言い忘れてたけど僕の正体は視察団幹部の1人じゃなくて、サイラス・レックスっていう名前も偽名なんだ」

 

ボクはいきなりの事に頭にはてなを浮かべた。

 

「エ?何いきなり?どうゆうコト?」

 

「僕の本当の名前はサイラス・ライナント・レックス・スヴィエート。スヴィエート第6代目皇帝さ」

 

ボクはその爆弾発言に腰を抜かした。

 

それをサラッと今更言うのもおかしいけど、何で今まで身分隠してきたのか聞いたら、

 

「何だろ、仲良くなりたくて。そしたら最初身分なんて明かしたら大変だろ?でも思った以上に仲良くなって、言うタイミングなくしちゃった」

 

と何とも彼らしく、人間らしく、お茶目な返答であった。

 

 

 

楽しい時間はあっと言う間に過ぎてしまったヨ。1ヶ月なんてすぐに経ち、親友サイラスと別れの時が来た。ボクはあの例のオルゴールをプレゼントし、2人で撮った写真は互いの宝物になった。

 

「また、またいつか絶対に会おう、今度は子供と一緒に」

 

「もちろん。また来てネ。奢っちゃうヨ!」

 

彼が首都に帰る日、月明かりが明るく照らす夜の街の門でサイラスとボクは別れを惜しんだ。ボクも凄く名残惜しかった。仲良くなった外国人の親友とはたった1ヶ月でお別れ。しかし、彼とまた会うという事は約束していた。

 

「じゃあ、しばらくさよならだ」

 

「うん、元気でネ!」

 

「あぁ、ラオもな!」

 

そこで身分も、年齢も、国も超えた親友だった彼との一旦の別れ…で、あったはずだった───────。

 

 

 

「ハァ〜、サイラスいないと毎日に刺激がないなぁ……」

 

街の門から引き返す途中、何気なくボクは呟いた。彼との毎日は本当に楽しかった。初めて親友ができたのだ。落ちていた石ころをコンッ、と蹴飛ばすとこちらに歩いてきた黒いフードを被った不気味な人物の足に当たってしまった。

 

「アッ!ごっ、ゴメンナサイ!」

 

ボクは慌てて謝った。しかし無視され、普通に素通りされた。すれ違う時、彼の腰に妙に長細い物がぶら下がっているのが隠しているようだがマント越しでも分かった。

 

そしてその時、不穏な事を彼は囁いていたのだ。

 

「…刺激なんぞ、永遠になくなるさ………」

 

─────ドクンッと心臓が飛び跳ねた。

 

「エ?」

 

ハッとして、慌てて振り返った時にはその人はもう居なかった。酷く不気味だった。

 

「……死神?幽霊?怖っ。帰りお茶でもして帰ろ…」

 

その時は全く気に止めなかった。ただの不気味な人だとそう思っていた。

 

道草をし、アジェス人が経営する団子屋のみたらし団子を食べていた時だった。

目の前の湯のみにピシッとヒビが入るのをボクは見た。

 

「…………………嫌な予感がする」

 

古くからのアジェスの言い伝えだ。食器が割れたりすると、不幸の前触れだと。ただの迷信だと思っていた。でも、どうしようもない胸騒ぎは収まらなかった。

いてもたってもいられない。

 

(待てよ?さっき門付近ですれ違った人って、なんか腰にぶら下げてたよな?)

 

一瞬しか見ていなかった為、その時はそれが何かは分からなかった。でも、今わかった。

 

(あれは……!あれは刀だ!!!そしてアイツは街の出口に向かっていった!門の先の街道真っ直ぐ行くとアズーラ港しかない……)

 

「ま、ま、まさか!?」

 

ボクは勘定も払わずその店を飛び出した───────。

 

 

 

アズーラ港に着いた頃に視察団の船は既に出航していた。僅かに港から見える小さく見える船。アレに違いなかった。ボクは売店で買った双眼鏡を取り出し、その船の甲板を見た。

 

「────────大変だ!?」

 

そう、甲板にいたのはさっきの黒フードの奴だったのだ!嫌な予感はピタリと一致した。

 

(どうやって奴は乗ったんだ!?有り得ない!皇帝の警備だヨ!?)

 

ええい、今はそんな事考えてられない!

一刻も早くあの船に向かわなければ!!

 

港でこっそり拝借したボートの先端、オールに工場からパクって懐に忍ばせていた炎結晶を取り付け簡易的に小型砕氷船を作り、必死に手動で漕ぎ、海上を進んだ。でも不思議な事に、すぐ追いついたのだ。

 

そう、船は止まっていた。船は静かだった、酷く。

 

冷や汗がブワッと吹き出した。吹き付ける海上の寒風の寒さなど、全く感じなかった。ひたすら嫌な予感がした。

 

船の後方の手すりに縄を結びつけたクナイを絡ませ、慎重に船へと上った。後方から手当り次第に見つかったドアへ入ると、

 

「なっ!?」

 

驚く事にそこには警備の軍人達が、何と全員倒れていた。

 

「ど、どうしたの!?ちょっと!大丈夫!?」

 

ある者は白目を向いて、口から泡を吹いていた。声をかけると机の上の食事を指さしていた。

 

「食事に、毒が……それと、通風孔から……ガ、ガスが……がふっ………」

 

そこでその軍人は事切れた。

 

「毒ガスに、食事に毒盛り……!?絶対内通者が手筈したに違いない!あの黒いヤツが乗れたのだって誰かが裏切ったんだ!!!」

 

ボクはそう確信すると、真っ先に親友を頭に浮かべた。

 

「っ、そうだ、サイラス!サイラスは!?」

 

慌ててその船室から飛び出した。

 

 

 

「いっ、嫌だ!誰か!誰か助けてくれ!痛いッ、助けてっ!誰もいないのか!誰かァ!!」

 

先頭の甲板に向かう廊下を走っていた時、向こうからサイラスの悲鳴が聞こえた!

 

「ッサイラス!!サイラスッ!!」

 

ボクは必死に廊下を走った。甲板に着いた時、足、肩、頬から血を流すサイラスを見た。サイラスの目の前には、あのフードの男がいた、手には案の定、刀だを持っている!

 

「っやめろ!!」

 

投げたクナイが、彼が振り返った瞬間、刀に弾かれた。

 

「ラッ、ラオ!?何故ここに!?」

 

サイラスは傷口を押さえ、苦しそうに言った。

 

「君を助けに来た!!」

 

「っ、だ、だめだ危険だ!コイツはっ!」

 

ターゲットがボクに変わった瞬間だった。奴の恐ろしい瞳が一瞬見え、刀で斬りかかって来た!

 

「ッグゥ!?」

 

ガキィン!!と金属がぶつかり合う音がした。クナイで咄嗟に防御体制をとったが、状況は不利すぎた。

 

「邪魔だ。死ね」

 

フードの男は恐ろしく強かった。ボクが思うにアレはきっと雇われた屈強の暗殺者に違いない。しかも入念に準備がされていた。誰の助けも来ないように────────。

 

「手裏剣・波乱!撒菱・万丈!」

 

一点集中の手裏剣を投げつけたが、大半はかわされる、こちらに向かってこないように撒菱をばら撒くが刀の衝撃波ですべて吹き飛ばされる。まるで歯が立たなかった。

 

「殺麟波ァ!!」

 

「ッウワァァァァッ!!」

 

そして一瞬のうちに懐に潜り込まれた瞬間、衝撃波をもろに食らい、ボクは船の外に投げ出された。

 

「ッラオォオ!!!」

 

投げ出される瞬間に、サイラスの悲痛な声が聞こえた。気づいた頃には、極寒の流氷漂う海にボクは落ちた。

 

「ッウギャー!冷たい!しっ、死ぬ!くそ、サッ、サイラスが!!クソォッ!」

 

潮の流れに逆らいながら、ボクはまた必死に船の下に泳ぎたどり着いた。縄はもう無い。寒さで感覚などもうなかった。

 

かじかむ手をもはや気合で動かし、クナイを船の壁に突き刺しながら、海から意地でもはい上がった。親友は、サイラスは無事なのか、ただそれだけの思いと根性だけがボクを突き動かした。吐く息は真っ白、髪の毛は凍り付いていた。意識は朦朧とし、耳鳴りがし出す。

 

「ぐぁあぁああぁぁァッ…………」

 

遠くでサイラスの悲鳴が聞こえた気がした。ボクは必死に意識を保ち、船を自力で上った。

 

「っがっ、ハァッ!ハッ!ハァ……!さ、寒い………冷たい……!」

 

上りきった頃にはクナイの刃先は砕け、体力は限界を迎え、視界はぼやけ、寒さで気がおかしくなり今にも気を失いそうだった。

 

しかし、目の前の光景にただただ絶句した。

 

寒空の下、右足を切り落とされ、刀に貫かれ磔にされているサイラスの生々しい姿が、ボクの目に飛び込んできた───────。

 

「サイラス!!!」

 

慌ててボクは彼に駆け寄った。血まみれのサイラス。呼吸が浅く、目に光がない。

 

「サイラスッ!!サイラス!しっかりして、あぁ、ボクがもっと早く来ていれば!もっと早く気づいていれば!!こんな事にはっ……!」

 

「ラ……ラオ………、ゴフッ………」

 

サイラスは力なくボクに手を伸ばし、吐血した。

 

「し、しっかりして、死んじゃダメだ!生まれてくる子供と奥さんが待ってるんだろ!?」

 

ボクは血に汚れた友の手をがっしりと掴んだ。まだ暖かい、彼は生きている!

 

「あぁ………クリス……ティーナ…、フレー……リット………」

 

力なく呼ぶ、妻と息子の名。

 

「だから死んじゃダメだ!死ぬな、死ぬな、死ぬなサイラスッ!サイラスっ………!」

 

こんな事言ったって、彼がもう助からないのは目に見えていた。もう、手遅れなのに……。

 

「ラオ、君のせいじゃない……さ…。こんな事に巻き込んでしまって、すまないな…そして………」

 

「何言ってるの、そんな事言わないでヨ!聞きたくないヨ!!」

 

ボクはその先の言葉が聞きたくなかった。まるで最後の言葉みたいじゃないか!

 

「助けに来て、くれて、ありがとう………、僕の、1番の、親友………」

 

次の瞬間、サイラスの銀の瞳が一瞬輝き、掴んだ手から何かが体に流れ込んでくる感覚がした。体がホッと温かくなったのだ。しかしその後、彼の目尻から、雫が溢れ、そっと瞳を閉じた。

 

「サイラス………?サイラス!?サイラス!!!サイラスー!!!」

 

掴んでいた手がポトリと血だまりに落ちた。完全に絶命したサイラス。次の瞬間、ボクの体の中に、何かが、何かが素早く駆け巡った、映像が、頭の中に流れてくる────!?

 

 

 

目に写ったのはさっきのフードの暗殺者だった。だが、視点は、不思議な事にサイラスだった。

 

「やっと邪魔モンがいなくなったな」

 

「きっ、貴様ァ!よくもラオを!?」

 

「騒ぐなよ、元々2人きりだったじゃないか。ちょっとお邪魔虫が飛んできただけさ…」

 

「きっ、貴様は何者だ!何故僕を!ラオを!」

 

「別にアイツはどうでもいいさ。俺はただの殺し屋。雇われたのさ、アンタの弟、ツァーゼルにな。お前を殺すように」

 

「ッ!?弟が!?」

 

「そう、邪魔な兄を消すんだってよ。じゃ、俺は仕事させてもらうぜ。アンタに個人的な恨みはないが、これも仕事のオプションなんでね………苦しみながら…死にな!!!」

 

鋭い刀で右足を斬られ、サイラスの足が切断された。

 

「ひぃっ、やっ、やめっやめてくぐぁあぁああぁぁァッ!?」

 

サイラスは足を抑えてのたうち回った。悲鳴なんてもんじゃない、断末魔だ。

 

「おら……よっ!!!」

 

そのまま刀を返し、仰向けに倒れこんだサイラスに向かって刀を突き立てた。

 

「ぐっ、がっ、はぁっ……!?」

 

口から血を吐き出し、この世のものとは思えない、地獄のような痛みが彼の体を貫いた。

 

「さてと………んじゃま、そろそろ港の奴らに通報して、適当においとまするか……。チッ、あのコックに罪をなすり付ける予定だったが、怖気づいて自殺しやがった。ま、幸いな事にあのお邪魔虫がいる訳だしな、俺はこの辺でオサラバするぜ、じゃあな、哀れな皇帝、サイラスさんよ」

 

そこで意識は途切れ、ハッと目が覚めた。

 

(今のは……、今のはサイラスの、死ぬ間際の記憶……!?)

 

どうやら、ボクはあの後気を失っていたみたいだ。意識がはっきりとし始め、頭痛がガンガンと襲い始めた。痛い、頭が痛い、寒い、どうなった?ボクは一体、どうなった?さっきの出来事は、一体何?

 

突如、カッ!と明るい光がボクに向けられ、思わず目をつぶった。僅かに目を開き、周りを見ると、スヴィエート軍人しか居なかった。

 

「こっ、この鬼畜がぁ!!おい!取り押さえろ!コイツは頭の狂ってる殺人鬼だ!」

 

何?何が?ボクが、鬼畜?取り押さえる?狂ってる?殺人鬼?

 

「貴様をサイラス皇帝暗殺の容疑で逮捕する!!!」

 

何で───────?

どうして─────?

 

ボクは……………、ボクは……………。

 


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