テイルズオブフェイティア〜宿命を運命へと変えていくRPG〜   作:平泉

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ハウエルの追憶 2

あらかたのウエストスラムの地図を描き終わったが、ここで問題が発生した。

 

「絶望的に汚いな…」

 

歯にもの着せず、描き終わった地図を見たイラスの容赦ない一言だった。流石に自分でもこれはない、と思うほど汚い地図だったが、頭に入って記憶している地図をいざ描き起こしてみるとかなり難しいと感じた。

 

「うるせー!!俺はお前みたいに教養なんてねぇんだよ!大体何だこのペン!?書こうにしても先が割れてて全然うまく書けやしねぇ!壊れてんじゃねぇのか!?それにペンなんて最後にいつ持ったことすら覚えてねぇよ!」

 

ハーヴァンはそのペン先を指さしてイラスに怒鳴った。

 

「あのね、これは万年筆って言って。割れてるのは元からなの。まず持ち方がなってない。なんだその持ち方は、割れるに決まってるよ。幼子じゃないんだからグー持ちはやめたほうがいいぞ!」

 

「だーっ!嫌味かよ!?悪かったな幼子で!!」

 

ケッとつばを吐き、イラついて思わず描いた地図をぐしゃぐしゃに丸めてイラスに放り投げた。カサっと当たったそれは地面に落ちた。

しかしイラスは嫌な顔一つせず、ゴミと化したその紙を広いポッケの中に入れると、

 

「まぁごめんよ、すまなかった。いまのは僕が悪かったよ。いつかペンの持ち方を僕が教えよう。とりあえず今は仕方がない、地図は君に描いてもらうのは諦めよう。大丈夫さ、人によって得意不得意があるのは当たり前!今までペンをまともに持っていなかったのなら、当たり前だ。気にすることはない!ペンや頭は僕に任せてくれ!」

 

「なんだよ…、怒らないのか?」

 

「どうして怒るんだ?僕がそんなに気が短く見えるかい?」

 

「いや…別に…」

 

このイラスとかいう奴は随分自分とは違って温厚で優しい性格らしい。こいつとは互いに利用価値なしとして、もしくは喧嘩して終わりか?とも少し思ったが、そのような事は微塵もないらしい。

 

「ふぅ、そうなるとまだ残っているストチルを自力で探して聞き込みしかないな。まぁ地図自体はハー君の頭に入っているようだし、案内をまた頼むよ」

 

「はぁ~?もう残ってるウエストスラムのストチルときたら1チームだって聞いたぜ?それにそいつらは俺と仲の悪い連中、それにガラが悪くて年も割と上ばっかりだらけだぞ。ぜってー情報量と引き換えに何か要求してくるぞ、俺には分かる。俺だったらそうするからだ」

 

「え?1チーム?…確かに寝床をあらかた回ったいる気配はなかったな…ふむ、まぁちょっと待って。確かに情報というのは貴重だけども。ただで教えてもらおうなんて思ってないさ。でもやってみなきゃわからないだろ、それにせっかく君がいるんだから、利用させてもらうとするか!」

 

「あん?どういう事だよ?」

 

 

 

「お、ぉ、ぉおぉおぉぉおまえ~~~~~!!はははははやく知っている情報を離さないと痛い目に合わすぞ!!僕じゃなくてハー君が!!」

 

グイっと背中を押され、前に出て手を少し振り上げる。

 

「………、うぉー…」

 

「ひっひぃぃぃいい!!っ勘弁してくださいよハーヴァンさんっ!」

 

…こういう事か、とハーヴァンは振り返り、へっぴり腰で震えた指で差し、威勢よく自分より身長の高いストチルの青年に啖呵を切るイラス見つめた。ちなみに今は俺の後ろに隠れている。勿論、これはイラスがいきなり運よく1人でいたそいつに喧嘩を売り睨み返された時にヒッと怯え、一目散に俺が隠れていた路地裏に退散してきた後の出来事である。威嚇してっ!と言われ、しぶしぶ手を振り上げただけでビビられるのだから、イラスに過去に一体どんな事をしてきたんだ!?という目で見られたのは言うまでもない。多分コイツは俺と出会ってなかったら偶然縄張りに入り込んでこいつらと対面し、身ぐるみを全てはがされていただろう。

 

「そもそもハー君から聞いた時、不思議に思ったのだ!君らのチーム以外のウエストスラムのストチルがごっそり消えているというのに何故君らが残っているのかというね!何かあるんじゃないかと思ってね!年がちょっと上ならなおさらだ!最近は成長したストチルが裏社会の反社会組織に入るなんてこともあり得るし、むしろストチルが反社会組織を形成している可能性だってありうる!」

 

彼の考察を聞き、ハーヴァンは感心した。何故コイツはそんなにも詳しいのか。流石は探偵見習いなだけはある。

 

「あ…そっかそういう考えもあるのか…お前頭良いな」

 

「え、あぁありがとう。おい!どうなんだ少年!!」

 

「あぁっ!?テメーに少年って言われたか…ってヒィ!!すみません!!」

 

懲りず無自覚に喧嘩を売るイラスに突っかかろうとした少年の胸倉を掴み、目をじっと見つめた。

 

「やめてくださいよ…!俺下っ端だから…!バラしたらいとも簡単に真っ先に消されちまう…!」

 

少年はガチガチと震え、涙をこぼした。その様子を見たイラスは間違いなくこれは何か裏があると確信した。

 

「消される?消されるって、誰にだい?」

 

イラスが目を光らせ、聞き込んだ。

 

「誰がテメェなんかにっ…うっぐぐいぎぎっ…苦しっ…!」

 

めんどくさくなってきたハーヴァンは胸元をつかみんでいた手を上に持っていき、首を強く絞めた。その姿は紛れもなくチンピラである。

 

「わー!ハー君!それ以上やったら死んじゃうよ!!」

 

「大丈夫大丈、せいぜい泡吹いて気絶させるだけだ」

 

「そういう問題じゃなくてね!?いや気絶させちゃダメだよ!情報聞き出さなきゃ!首絞めちゃダメ!!」

 

「ハイハイ、首を絞めるのはやめるよ。おい、さっさと喋らねぇとこの胸倉掴んで浮かせた体制のまま俺の暇してる手が滑って腹パン喰らわすかもしんねぇぞ」

 

空いている右手をプラプラとさせ、よりプレッシャーをかけた。そして胸倉をつかむ手も更に強めた。

 

「やめてーー!!!やめてください!!離して下さい!!」

 

「ハー君、君外道か!?怖いよ!!もっと他の方法で!!!とととにかく!暴力!ダメ!絶対!!」

 

「チッ、じゃあペンかせ」

 

「えっ?」

 

ハーヴァンはメモ片手にイラスが持っていた万年筆とやらをひったくり口に加え蓋を取り開けると投げ槍のように構え、そのまま少年の左目に――――――

 

「わぁぁあああああちょっとぉぉおおおおーーー!!?」

 

イラスは止めようとしたが間に合わず、思わず目をつぶった。

 

「………っ!っ!!」

 

少年は恐怖のあまり、そのまま固まった。ハーヴァンはふぅ、とため息を吐き、イラスに言った。

 

「良く見ろ、別に刺してねぇよ」

 

「………んん?」

 

恐る恐る目を開けると、あとほんの3ミリで目に当たるという位置で、万年筆のペン先は寸止めされていた。少しでも手が滑るとそのまま目の中に入ってしまう距離だ。

 

「いや確かに暴力じゃないけども!?鬼畜か!?そんなことに僕の万年筆を使わないでよ!?」

 

イラスは慌ててハーヴァンからペンをひったくって取り返した。少年は、息も絶え絶えに言葉を紡いだ。

 

「しゃ…しゃべります…話させてくらさい…!死ぬ…っ!助けてぇ…」

 

「よし」

 

「よし、じゃない!全く!君は悪魔か!!」

 

涙をこぼし、命乞いをした相手にフンッと息をこぼし、地面に荒々しく落とした。過呼吸寸前になったのかごほごほと咳き込み酸素を取り込み、この世の終わりを見るかのような目でハーヴァンを見た。

 

「だ、大丈夫さ。君が漏らしたってことは誰にも言わない。それに僕は、何か事件に巻き込まれているなら、君達を助けたいんだ。信じてくれ。あとハー君の代わりに僕が謝るよ。怖い思いをさせて本当にごめんね。もう大丈夫だから。ね?」

 

イラスは慌てて地面に四つん這いになり咳き込む少年に寄り添い、背中をさすってやる。

 

「俺は別に助けようなんておもってないがな」

 

「ハー君!!余計な事言わないでくれ!」

 

ぷりぷりと怒るイラスに冗談だよ、と返した。

 

「お、俺達ストチルのチーム…ウォークスは…、とある組織に…金をやるから手伝えって、言われたんだ…。目もくらむような大金を目の前に見て、リーダーのイデルさんは…、最近かっぱらいが上手くいってない事や、イーストスラムの悪魔番長、ハーヴァンにボッコボコにされためんつも取り戻すためにも、その話に乗ったんだ…。それが間違いだった…」

 

イラスはメモする手が、ハーヴァンの異名を聞き震えたが、ゆっくりと静かに耳を傾けた。

 

事の発端、それはチームウォークスは、予めイーストスラムのハーヴァンが目をつけていた商業用倉庫の横取りをしようとしたのだ。それを怒ったハーヴァンがチームウォークスに殴り込みし、ボコボコにされたという事。プライド、メンツを壊されたリーダーとこのチームのありさまを目の当たりにし、チーム全体の士気も下がり、かっぱらいも上手くいかない。いったとしても、途中でバレてしまったり、とにかくうまくいかなくなってしまったのだ。

危機を感じたチームウォークスのリーダーイデルは、ある日怪しいスーツの男に話しかけられ、その男はこのような話を持ってきたそうだ。

 

『そうだな、最初の方は怪しまれないように小手調べ感覚に、まだ年端もいかない幼い子供あたりで構成されているチームが好ましい。そいつらの寝床を教えろ。そしてそのガキ達を攫うのも少し手伝ってもらう。なぁに簡単な仕事さ、心配することはない。

 

純粋無垢で、何も知らないような。それでいて少し反抗的な態度の奴がいてもいい。あ、女が多くいるチームでもいいぞ。まずは小さい奴から試すのもありだし、いらない奴はこっちで他に回す。悪い話じゃないだろう?ライバルが減るんだ。ウエストエリアが終わったら、イーストエリアにも行く。お前をボコボコにしたハーヴァンって奴も勿論攫って消してやる。まず前金として少し払ってやる。お前ら以外のストリートチルドレンが居なくなったら、このアタッシュケースの金全部やるよ。えぇ?悪い話じゃないだろう?これだけあれば、10年はチームは生きていけるさ!それに、足りなくなったらまた幼い子を連れてくれば、考えてやってもいい。さぁどうだい以上がこの契約書の内容だ。さ、契約するならここにお前の血判を押しな』

 

リーダーイデルは目の前のアタッシュケースの札束に目がくらんだ。それに、前金として支払う、と言って差し出してきた札束も恐らく100万ガルドはある。前金でこれなら、この分厚いアタッシュケースに入っている金は一体いくらになるのだろうか。しばらく遊んでくらしても大丈夫なくらいである。字もまともに読めないが、縋るような気持ちでその契約書に血判を押してしまったのだ。契約が成立し、前金の100万ガルドの札束を受け取った。そしてウエストスラムで自分たち以外の他のチームの寝床を全て教えた。あっちは、そのお礼として知り合いの店なら安く売ってくれる、と、食べ物の店を紹介されたんだ。そこには欲しいものがいっぱい売ってた、夢中で集めて、正しく購入しようとお金を差し出した。しかし。

 

「でもそれは…真っ赤な偽札だったんだ…!!」

 

「何だと!?」

 

イラスはメモしていた手を止めた。

 

「商人がそれに気づいて、俺達は通報されそうになった。イデルさんが混乱しながらも必死に命令して俺達は逃げおおせたんだ。危うくあのガタイのいい商人のおっさんにもボコボコにされそうだったぜ…。イデルさんはあの男の元に行って、抗議した。でも、殴られて、タバコの火を腕に押し付けられて、門前払いされた。前金はしっかり払ったし、後の金はイーストの連中を捕まえてからだって…。そんなの、絶対嘘に決まってる!イーストの連中は割とウエストとは違って一人をリーダーとして固まってるって、最初の契約の時にまんまとリーダーは話しちまったみたいだし。俺…、俺達は騙されたんだ…!偽札を使って買い物をしてバレて捕まれば、証拠はなかったことにされるし、知り合いの店だってのもグルに決まってる!俺達は仲間を売って…しまって…!それからどんどんウエストスラムからストチルが減っていって…!!」

 

そこまで話すと少年はわんわんと泣き出した。涙のダムが決壊したように、今まで相当我慢をしてきたのだろう。仲間を売るときも無理矢理手伝わされ、拒否したらチームのメンバー1人を殺すという話も、嗚咽紛れに聞き取れた。

 

「俺はっ…俺達はっ!リーダーも!どうすればよかったんだっ…!どうせ用済みで消されるか、あの組織の一生下っ端で暮らしていくしかねぇ…っ!!立場の弱いガキだってわかってる!馬鹿だったってイデルも嘆いてた!でもどうしようもならないんだ!俺達は教育なんか受けていないっ!そんな契約だの、偽札だの…分かんねぇよッ!誰か…誰か俺達チームウォークスを助けてくれッ…!うっううっ!うわぁぁああぁぁん!!」

 

イラスは少年を抱きしめ、頭を撫でた。許せない。怒りがふつふつと湧き上がる。社会的に弱い立場の子供、しかも騙されやすく夢見がちな思春期から青年期の子を狙った巧妙な手口。金と美味しい話をちらつかせ、信用させる為に前金を払うというのも卑劣な手だ。そしてその前金はただの幻想、偽物だ。金の価値なんてありゃしない。彼らに残るのは、仲間を売ってしまったという罪悪感と契約書の胸糞悪い置き土産の内容だけ。もう契約は成立したんだと脅しをかけ、まともに読めない契約書をちらつかせ大人の数と暴力で締め上げる。

 

「なんって卑劣な奴らだ…!!許せない!!それに偽札だと!?これは厳重に取り締まらなければな!!」

 

イラスは帽子のつばを握りしめた。

 

「すまねぇな、元はと言えば俺…が原因じゃねぇか」

 

ハーヴァンはばつの悪そうな顔で少年に謝った。

 

「違う…俺達だって悪かったんだ…、全部俺達の自業自得なんだ…」

 

「いや、ハー君も少年も悪くない。これは不幸な偶然がきっと重なってしまっただけだ。確かにハー君も全く関係がなかったとは言い切れないが。しかし元はと言えばその卑劣な手口を使ってストチルを騙した大人連中が悪い、当たり前だろう!?」

 

イラスはこれでもかと憤慨し、早急に何か対策を取らねば!と豪語して立ち上がった。

 

「待ってくれ…今思い出したんだが…、今何時だ!?」

 

少年は慌てたようにイラスにつかみかかった。

 

「え?そうだな…えーっと…」

 

イラスはポケットから金の懐中時計を取り出した。ハーヴァンは一目見るだけでそれは高価なものだと分かった。蓋には豪華な模様が描かれ、それは何か、花の模様をしていた。文字盤を見つめ、イラスは、

 

「もうすぐ夜の7時だね。おおっともうこんな時間なのか。全く、スヴィエートは万年月明りが明るいから日が沈んでもしばらく気づかなかったな。もう晩餐の時間じゃないか」

 

と、のんきに言った。しかし少年の心は気が気ではない。

 

「奴ら…言ってた…!今夜の7時から8時の間に…イーストエリアのストチルをまとめて攫うって!!!」

 

「何だってー!?」

 

イラスは懐中時計を危うく落としてしまった。その様子が、ハーヴァンにはまるでスローモーションのように見えた。

そして脳裏の横切る、本を読む妹の姿。

 

「―――――――――――――マイヤ!!」

 

「ハー君!?っおい!」

 

イラスの止める声も聞かずに、ハーヴァンは翻し、イーストスラムへ全速力で駆けていった。

 

 

 

駆けていく途中、水はり、凍りついたバケツに躓きハーヴァンは大きく前に転んだ。その音がイーストスラム街に嫌に響いた。何でこんな日に限ってこんな静かなんだ。頼む、何も、何も起こっていないでくれ。

 

ズキンと少し傷む足に自分で鞭を打って、祈るような気持ちで無理矢理立ち上がり、寝床への道を急ぐ。

 

「頼む…頼む頼む頼む…!マイヤ…無事でいてくれ!マイヤ…!!」

 

いつもならこの時間は寝る前の読書を少しして、自然と本に顔をうずめてうたたねしてしまう、なんてのが日常だった。それをいつも俺が、ひきはがしてきちんと毛布を掛けてやる。手間のかかることだが、嫌ではなかった。

 

「マイヤ!!ホレス!!」

 

梯子を下りて、やっとのことで、いつものマンホールの下の寝床についた。ここは匂いさえ気にしなければ暖かく、雪や風もしのげるのだ。

 

「おい!!誰か!誰か返事しろ!!」

 

いつもならこんな事叫んでいれば、うるさい寝れないだろう!と怒号が帰ってくるに決まている。なのにそれがない。ぶわっと冷や汗が噴き出した。いやまて、そうだ。マイヤが寝ているいつものスペースに!藁にも縋る気持ちでそのスペースへ走る。いるはずだ、いつものように、本を読んでいるはずだ!

 

しかし、そこはもぬけの殻だった。”従花の恋慕”とかいう昔から大事にして何度も読み直している中古の大人びた恋愛小説が虚しく、そこには開かれた状態のまま放置されていた。

 

「いねぇ…!!っちっくしょう!!」

 

あいつが許可なくこんな夜に出かけるはずがないし、そもそもホレスも俺も許さない。そしてその肝心のホレスでさえもこの場にいるはずなのにいない。

 

―――――――――誰一人として、ここにはいなかった。

 

「くっそがぁああぁぁぁあぁああああ!!!」

 

ただ自分だけの叫びが反響し、むなしくこの下水道に響くだけだった。

 

 

 

無我夢中で梯子を上り、マンホールから飛び出した。どこだ、どこにいる。まだ時刻は7時半すぎちょっと。遅くなければ追いつける。渡してなるものか、失うものか。妹は、世界でたった一人の家族なんだ!!!

 

イーストスラムを駆け回り、ハーヴァンは目ざとく目を凝らして探した。すると黒づくめのスーツの大人達がイーストエリア境界付近のはずれで複数人いるのを確認したのだ。あいつらに間違いない、ハーヴァンは確信した。何も考えず、体が動いてしまった。元より、頭で何か考えるより先に、手が出しまう体質だった。

 

「っテメェらあぁあああ!!」

 

「あ?」

 

スーツの男の一人が振り返り、薄汚いハーヴァンを見下した。小太りで、髭を生やし、無粋な目。だがその目は冷徹で、平気で人を何度も何度も殺してきたような、そんな目だった。

 

「仲間を!!妹を!!返せえええええええ!!」

 

ハーヴァンはそのまま正面から突っ込み、拳を振り上げその男の溝にめがけて右ストレートを繰り出した。完全に入った!そのはずだった。

 

「いって…!?なんだ…?」

 

殴ったはずなのに、何故かこちらの拳の方がダメージが大きいように思えた。どうしてだ?何故この男の腹はこんなにも固い?

 

「なんだぁ?そのひよっこみたいなパンチは?」

 

「なっなんだと、そんな馬鹿な!?」

 

確かにこの男の溝に入ったはずだ。なのに男はうめき声一つ上げない。それどころかニヤりと笑い、腕を持ち上げて、締め上げた。

 

「いっづぁぁあぁああああ!!離せよ!!おい!!」

 

「フンッ、まだ居残りがいたようだな。夜の小便にでも行ってたか坊主?生憎、俺の腹には防弾チョッキが仕込まれていてね、お前のパンチなんざ屁でもねえな。おい!こいつどうするよ!?ボス!」

 

男はハーヴァンの右腕ごとそのまま持ち上げ、宙に浮かせた。腕がおかしな方向に曲がりそうだ。関節が外されそうで、涙が出るほど痛い。

間違いない、こいつらはプロだ。そして俺は感情に飲まれるまま、相手をよく見ずに喧嘩を売ってしまったのだ。まずい、と本能的に感じた。ボス、と言われた男がずい、と他の連中を押しのけ出てきてハーヴァンの顔を覗き込んだ。葉巻を咥え、分厚い眼鏡のレンズをかけた男だ。

 

「ハッ、反抗的なガキの代表って奴だな。なかなかいい面してんじゃねぇか。って、ん?」

 

何かに気づいたのか、顎をグイっと掴み、目を見つめた。ハーヴァンはそれが気持ち悪くて仕方がなかった。葉巻の、頭痛を催す酷い臭いがする。

 

「よく見るとこいつ、売春用に出したあのプラチナブロンドの髪をしたガキに目元が似てないか?目の色も同じだ。あのガキはストリートチルドレンにしとくには勿体無い奴だったからな、よく覚えてる」

 

その時、ハーヴァンの中の何かが切れた。

 

「てんめぇぇえええ!!マイヤに!!妹に何をした!?妹はどこだ!?このゲス野郎が!!」

 

暴れれば暴れるほど、腕は痛くなった。しかし、アドレナリンが一気に噴き出し、興奮しきった感情、体は感覚を麻痺させた。

 

「妹に手を出してみろ!!俺がぜってーに許さねぇ!!」

 

「うぉっなんだコイツ!いきなり力がデカく…!!」

 

腕を持ち上げていた男は慌てて逃げられないように態勢を整えた。

 

「ハッ、なるほど、こいつにとってそれが地雷、スイッチみたいなワードだったんだろう。ま、これの前には関係ないがな」

 

男は葉巻を口からとると、宙にぶら下がっているハーヴァンの腕に押し付けた。

 

「ぎっあ゛ぁ゛あ゛ぁあああああ!!!」

 

尋常じゃない熱さと痛さが、右腕に走った。

 

「反抗的なガキには、いったん躾してやらないとな」

 

「ハハハッ、ボスゥ~、ガキにも容赦ないですねぇ~!」

 

「こっの!!クソ野郎が!!」

 

ハーヴァンは押し付けられるその痛みに耐えきれず、思いっ切り足を振り上げ、その男の顔をつま先で蹴り上げた。カシャン、と、メガネが地面に落ちた音が響いた。連れの男は、やってしまった、という目で見つめた。

 

「…………、リンチした後に埋めろ」

 

葉巻の男が冷たく言い放つ。まるでそれは死刑宣告のようだった。

 

「了っかい!っと!!」

 

そのままハーヴァンは、先ほど溝を殴った男にお返し、と言わんばかりに思いっ切り溝を殴られた。

 

「かはッ…!」

 

「おい、簡単には殺すなよ。嬲ってから殺せや」

 

「分かって、ますって!!」

 

交互にまるでサンドバッグのように、殴ってくる男達は、人の目をしていなかった。ドサッと地面に落とされ、振り上げた足が背中、腹に当たる。

 

「ちっ、スヴィエート人の反抗好きの趣味をしてるロピアス貴族連中の奴隷にしてやろうかと思ったが、これ程反抗心が強いんじゃ、使えねぇ。それになかなか厄介で牙も爪も他の連中とは分かるほどに違う、研いでやがる。これじゃ売れたとしても反抗が強すぎるって苦情が来ちまう。きっちり処分しておけ」

 

「分かりました」

 

誰か、誰か助けてくれ。何で俺達がこんな目に合わなければならないんだ。妹も。俺達は、ただ生きたかっただけなんだ。そりゃ悪い事してたって自覚はあるさ。でも、それでも。生きる為には仕方がなかったんだ。意識が遠のいていく。俺はこのまま殺されるのか。本当に、妹に悪いことをしてしまった。自分が情けない。相手をよく見ず喧嘩を売ってしまった自分の落ち度でもある。

 

(ごめんイラス…今日知り合ったばかりなのに、再会は出来なさそうだ…)

 

もう友人として接していたあの人懐っこい笑みを浮かべる青年、いや少年か。ただ、探偵見習いとは言っていたから、もしかしたら、いつか仇を

とってくれるかもしれない。俺たちの目標は一緒だったんだ。イーストエリアの案内を出来ずに申し訳なかったと思うが、もうおそ――――――――

 

「いた!!あそこだ!!おい君達!これは皇帝勅命だ!!あの黒髪の少年を助けるんだ!!スーツの奴らは殺すな!威嚇射撃だけして、我々に危害を加えられたら発砲許可は下す!奴らは今は泳がせるんだ!」

 

どこかで聞いた、声がした。

 

「了解しました!おい聞いたか!?サイラス陛下のご命令通りに動け!」

 

「貴様ら!!ここで何をしている!」

 

ピーピー!という笛の音と、大人数が行きかう軍靴の音が、地面の振動が、幼虫のようにうずくまっている自分には分かる。

 

「なっ何で軍の奴らがっ!?」

 

「ここは巡回ルートから外れているはずだぞ!?」

 

「サツもいるぞ!おいマズい!!ずらかれ!!」

 

一斉にリンチを加えていた男たちは散り散りになり、散開していった。しかし、神隠しのように消えた子供達は、この場には一人もいなかった。畜生、という思いだけは残った。しかし意識をそこで失う前に薄れゆく視界の中、誰かに手を差し伸べられたのだけは分かった。

 

「ふぅ~。危なかったねハー君。遅れてごめんよ、ちょっと嫌な予感がしたから多めに手配招集したし、すぐには追わなかったから完全に見失っちゃってさ。大丈夫かい?」

 

軍と警察を我が物顔で引き連れて、さっきとは違った雰囲気を身に纏ったあのうさん臭い探偵見習いの青年が、そこにはいた。

 

 

 


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