テイルズオブフェイティア〜宿命を運命へと変えていくRPG〜   作:平泉

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番外編を引き続き読んでいただきありがとうございます。イラストが少しそろったので公開しますね。

イラスト 未在様
ハーヴァン少年

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以下イラスト 長次郎様
サイラス

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ツァーゼル

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この2人の事をスヴィエートの一族達の欄にて設定追加されていますので、お暇でしたら覗いてみてみてください。


ハウエルの追憶 3

ハーヴァンは震える手で、しっかりとイラスの手をとった。が、

 

「ゔッ…、ってえ…!」

 

先ほどバケツで転び足を打ったのもあるが、宙づりにされて落とされた時あらぬ体制のまま着地したため足がズキズキと傷んでとても立ち上がれなかった。

 

「わっ、足怪我してるっぽいね。ちょっと待ってて。それに酷い。痣だらけだ。安心して。僕が背負うから」

 

イラスはハーヴァンの手をいったん離すと、しゃがんで彼を背負った。

 

「…おい…お前がおんぶなんてガラかよ…!?」

 

若干震えながら、なんとかイラスは立ち上がった。周りの軍人が手を貸すと言っているが、それを丁重に断り自ら請け負う。

 

「ハハッ、君には世話になったからね。今度は僕がお礼をしなきゃ。とにかく傷を手当てしよう。いい知り合いがいるんだ」

 

背負ったハーヴァンは軽かった。イラスは自分が割とひ弱で力がない方だと自覚はしているが、それでもまだ平気だった。しっかりと後ろに手を回して抱えると、軍人や警察に囲まれながら夜道を歩きだした。

 

「待てよ…、俺の…妹は…、仲間たちは…」

 

「大丈夫さ。きちんと手は打ってある。まずはハー君、君を安全なところに連れていこう」

 

誰かに背負われたのは、いったい何年振りなんだろう。とても懐かしい感じがした、そして安心した。兄が居たら、こんな感じなのだろうか…。

 

「助けてくれて…、ありがとう…。俺の仲間達も助けてくれ…約束…だ…ぞ…」

 

瞳が重くなっていき、意識が途切れた。そのゆっくりと閉じられていく瞳からは、一筋の涙がこぼれていった。

イラスは振り返り、背負われたまま安心して眠るその少年の涙を見た時、必ず早急にこの事件を解決しよう、そう改めて心に固く誓った。

 

 

 

「うぅ…やっぱり重い…、もう無理歩けない…誰か助けて…。城が遠い…行けると思ってたけど正直舐めてた…」

 

「大丈夫ですか陛下!?代わりますよ!」

 

「すまない…。…ヤバい僕弱すぎ情けなさすぎる…」

 

 

 

翌朝、ハーヴァンはとある部屋の一室で目が覚めた。でも、白い天井でもない、薬品の匂いとかもしなかった。質素な部屋ではあったが、見たこともない広さと気品で清潔感のある部屋だった。けれど、誰もいなかった。誰かがいた形跡はある。

 

「ここ…は…」

 

辺りを見回した。誰もいないようだが、どこかからうっすらと、微かに声が聞こえた。

 

「……ま…くだ…い…!貴方は……てい…なん…すよ…!」

 

「そ…ん…かっている…!でも…ハー…とのやくそ…なん…!」

 

「別に…ア…キ…の…勝手に…させ…いい…ろ…」

 

「ツァー…ル……様まで…!」

 

「まぁまぁ~……人共!落…着いて!」

 

恐らく3人だ。そしてイラスの声も聞こえた。徐々に鮮明に聞こえてきたそれは、扉のすぐ近くまで来ているという事だ。知っている奴の声が聞こえたのは、目覚めた後1人で心細かったハーヴァンの行動を急かすには十分だった。待ちきれず布団を捨てるようにはぎとると、ベットから飛び出し、

 

「とにかく、約束したんだ。ハー君と。だからその約束は僕自身が果たさ―――――」

 

「おい!イラス!!ここどこだ!?」

 

「グヘッ!?」

 

「へ、陛下!?」

 

「ハッ、無様だな」

 

バンッ!とお構いなしに扉を荒々しく蹴り飛ばして開けた。何か変な声がしたが、扉の開閉音にかき消さてハーヴァンは気が付かなかった。しかし目の前には目的のイラスはいなかった。代わりに赤い瞳で金髪のおばさんと自分やイラスより年上そうで厳格で怖そうな雰囲気のある青髪の青年が立っていた。

 

「あぁ?なんだ?イラスはどこだ?」

 

「まぁ!?なんて乱暴な!?」

 

金髪の女性が糾弾した。

 

「知るか。扉の開け方なんて普通教わるもんじゃないだろ。お前らは扉の開け方を習ったのか?」

 

扉を荒々しく開けたことは確かにそうかもしれないがついついお得意の喧嘩腰で言い返した。

 

「こいつが例の…。随分とまぁ…、愚弄で失礼な態度のガキだな…、浮浪者みたいな兄貴によく似合ってるじゃないか」

 

「あ?んだテメェ」

 

にやりと笑い、視線をわざわざ合わせて青髪の青年は見てきた。身長がそいつの方が遥かに高かったので馬鹿のされた気分になった。いつもなら妹に宥められるのが日常だが、ここにマイヤはいない。一貫してハーヴァンは態度を変えなかった。目の前にいるイラスと同じ髪をした人物がどれ程身分が違うのかを知らないが。そのふてぶてしい視線に喧嘩を売られたような気分になって睨み返した。

 

「ツァーゼル様!兄上様に失礼です。そういった発言は控えるように母上様から言いつけられていたはずですよ?」

 

「うるさい、俺に命令するな。治癒術が出来るという理由でお情けで居させてもらってるだけの奴が」

 

「なっ!」

 

「そうだぞ!パツキンのババアは引っ込んでろ!!」

 

ツァーゼルと呼ばれた青年に触発されてハーヴァンもかなり失礼な事を口走ってしまう。見ず知らずの2人に囲まれじろじろと見られる。不安はぬぐえない。

 

「~~~~~ッ!!なんっっっって失礼な子供ですか!?誰が傷だらけの貴方をそこまで治したと思っているのです!?」

 

「るせーー!!誰も頼んでねぇよバァーーカ!!つか、イラスはどこだよ!?おいイラス!!いるんだろ!返事しろやァ!早く出てこないと引きずりだして雪に埋めるぞ!」

 

「誰ですかイラスって!本当にもう口も悪いし!!どれだけ失礼なガキなの!?そのアホ毛抜くわよ!?陛下の気心か知れます!!」

 

「うぅっ…待って…3人共落ち着いて…!」

 

「あ?」

 

すぐ近くから聞こえたイラスの声に、耳を澄ます。扉の裏側からだった。急いで扉を閉めると、壁には押しつぶされたイラスが鼻を赤くして涙目になっていた。しかも片方の鼻穴からはつーっと鼻血が垂れている。

 

「酷いよハー君…。開けようとしたら君が蹴り飛ばしてくるんだもの…。その扉にぶっ飛ばされて…もう…鼻が痛い…」

 

「えっ…、マジかよごめん…。でも鼻血ぐらい日常茶飯事…」

 

「君にとっての日常茶飯事は僕の日常茶飯事じゃない…、けど許す…」

 

一番信頼していおり命の恩人であるイラスを扉蹴りで吹っ飛ばしてしまったのだからそこは素直に謝った。

 

「ベラーニャァ……、悪いけどちょっと鼻治してくんない…?痛いし、血の味がするよぉ…」

 

「あぁ陛下…大丈夫ですか?かしこまりました、すぐに。癒しの力よ…ファーストエイド!」

 

ベラーニャと呼ばれた金髪の女性が彼の赤い鼻に手をかざし、一瞬光ったかと思うとあっという間に治っていた。鼻血も止まっている。

 

「ふぅ…、ありがとう!さてハー君、君は謝らなければいけない。僕はもう謝ってもらって許したけど。ベラーニャに謝りなさい。さっき彼女が言ってた通り、君の全身打撲の傷やその他もろもろを治してそうやってメンチ切れるまで元気に回復させたのはベラーニャのおかげなんだよ?」

 

幼い子供を諭すような、そしてちょっと叱るような毅然とした態度とその声色に思わずハーヴァンは謝った。

 

「ごっ、ごめんなさい…ベラーニャ…………、さん…」

 

「ちょっと混乱してただけなんだよハー君も。落ち着けばいい子だから!ね?ベラも許してあげて。ホント根はいい子だから。ちょっとやんちゃすぎるだけで…。きちんとした教育を受けてないから仕方がないことなんだ。それにしてもやんちゃだけども…

 

小声で二度言った。必死にかばうその姿を見て折れたのか、ベラーニャはため息をつき落ち着いた。

 

「…、まぁ…いいでしょう…。素直に謝ることはできるみたいですからね…。それにまだ子供ですし…」

 

「身分も知らずメンチを切ってきた俺に対する謝罪はないのか?」

 

イラスは苦笑すると、またハーヴァンに話しかける。

 

「ハー君。扉を乱暴に開けてちょっと失礼で驚かせてしまったことも謝ろう?彼は僕の弟、ツァーゼルっていうんだ。ほら仲直りして」

 

イラスが嫌そうな顔のツァーゼルの肩を抱きよせハーヴァンに紹介した。まじまじと2人を見つめる。確かにちょっと似てて兄弟に見えるのだが。

 

「は?弟?兄じゃなくて?」

 

「……………………」

 

沈黙が流れた。

 

「ふっ…。それ言われるの何回目だろうな…。やっぱり俺の方が皇帝にふさわしいだろ…」

 

ツァーゼルは笑いを堪えきれずイラスをにやにやとした目で見つめた。

 

「君…言ってはいけない事を…」

 

ズーンと落ち込み据わった目でハーヴァンを見つめるイラスの視線に慌てて謝った。

 

「わ、わー!ごめん!ええーーと…。いきなり喧嘩売ってすみませんでしたぁー」

 

棒読みでツァーゼルに謝った。その態度に何か言いたげなツァーゼルだったが、

 

「チッこれ以上は時間の無駄だ。兄貴の勝手にしろ、俺はこんな戯れに今後一切関わるつもりはない。馬鹿が移る」

 

と言い、その場を去っていた。ベラとイラスとハーヴァンがその場に残される。

 

「ま、まぁ色々あったけど。2人の名前は覚えたかな?」

 

「あ?ああ。てかずっと聞こうと思ってたんだけど、ここどこだよ?」

 

辺りを見回せば、長い長い廊下が広がっていた。途中に甲冑らしきものがあったり、シャンデリアのような豪華な照明、そして極めつけは床の赤絨毯だ。これがあればどれ程寒さで喘ぐ同胞を包めるだろうか?

 

「あぁ、ここはね。スヴィエート城だよ。それで君がさっきまで寝ていた部屋は空いてた使用人用の部屋でね。あげるから今後自由に使っていいよ」

 

何でもないように言うが一大事である。

 

「ちょ、ちょっと待てよ?話が全然分からないんだが。何でストチルの俺がそんな場違いな場所に担ぎ込まれてんだ?」

 

「貴方…知らないのですか?このお方はサ…」

 

呆れた様子のベラがしゃべろうとするがそれをイラスが遮った。

 

「あぁ待ってベラ。僕が言うよ。隠してたのは悪いと思ってたけどさ。でも仲良くなるためと警戒されないためにはああするしかなかったんだ」

 

「???なんのこったよ?2人共一体何の話をしてんだ?」

 

「まぁそうだね。じゃあ改めて自己紹介するねハー君。僕の名前はイラスじゃないんだ。本当の名前は、サイラス・ライナント・レックス・スヴィエート。この国の第6代目皇帝だよ。ホントは継承権は20歳にならないと貰えないんだけど、父が早死してしまってね。僕は例外なんだ」

 

「………は?」

 

ハーヴァンは目が点になった。コイツが皇帝?あのどう見てもどっかの庶民か旅人にしか見えなかった奴が?探偵じゃないのか?

 

「おいおい、冗談キツいぜ。もっと笑えるジョーク持って来いよ」

 

「冗談って言われても…それが事実だし…。嘘つく意味なくない?」

 

本気(マジ)で言ってんのか?」

 

「大マジだよ。大体、警察や軍を一声であれほど動かせる人ってなかなかいないでしょ。あんなに軍や警察が駆けつけて君を助けたのは、僕の要請を聞き入れてくれたからなんだよ。多分普通僕みたいな童顔…って、認めたくないけど僕みたいな若輩者にしか見えない奴が通報してもせいぜい1人か2人の警察官でしょ。軍なんてものをそう簡単に動かせるわけがない。でも僕は動かせるよ。何てったって、軍の最高指揮官は皇帝のこの僕だからね。いわゆる鶴の一声って奴。あの事件は怪しい臭いがプンプンしてたし、首都の軍の人たちもストチルには困ってたみたいだから、快く要請を受け入れてくれたよ」

 

彼の言っていることはごもっともだった。普通軍をあれほど動員させる権力をもつ人間はこの国でほんのわずかの限られた人間しか出来ないだろう。それにだから城にいるのだと合点もいく。

 

「えぇ…マジか…マジなのかよ…。イラス…。じゃねぇ。お前の名前サイラス?だっけ?一文字とっただけじゃねぇか全然偽名になってねぇな」

 

思ってたことをズバッとハーヴァンは言った。

 

「う…。そ…それは認める…。とっさに聞かれて思いついたのを言ったんだ。嘘をついていたこと、ハー君を騙していたことは謝るよ。でも信じてくれ。僕は、貧困とこの今回の事件に喘ぐストチル達を助けたいんだ。そして彼らの職と定住場所を提供すると誓う。そのために、自ら現場に行って調べたし、君とも触れ合った。それは大きな収穫だった。とても参考になったよ」

 

「皇帝ってんなことまでするのか?大変だな」

 

茶化すようにそういったが、サイラスの目つきは変わりハーヴァンに訴え始めた。

 

「いやぁ、そこまでするまでもないって確かに弟にも母にも言われたけど。僕はね、皇帝だからするべきだと思っているんだ。あのね、皆僕の事を皇帝皇帝って言って慕ってくれるけど、ハッキリ言って僕はひ弱で弱いよ。どんくさいし、そうただの人間。更に弟からも雑魚呼ばわり、あと15歳の時既に腕相撲で負けた。拳銃なんてものだって一応携帯して経験もあるけど撃ったら全く面白いほどに当たらない。あと肩が痺れる。片手で撃った時なんかは脱臼しかけた程だ。でも僕はそれでもいいんだ。別に争いをしたいわけでもない、最低限自衛は出来るようには努力してるけども、頑張ってる優秀な部下達がいる。それはそれに任せて、僕は僕のすべきことをしなければならないんだ。この国をいち早く復興させて繁栄させる為にね。その為には皇帝がしっかりしなきゃいけないんだ。指導者が現場を知って国民と触れ合わなければ何も知れない、何も意味がない。弟からはよく小言言われるけどもね、僕はこの姿こそ皇帝のあるべき姿だと思うんだ。皇帝は神でも崇拝対象でもない、普通の人間なんだから」

 

ハーヴァンは少しサイラスを舐めていた。しかしそれはすっかりと消え去り、今の想いを聞いて心の中の炎が宿った。この人になら、着いていこうと思える。こいつはそれほど信頼するにあたる人間で、その人間性も完成されている。

 

「……なんか、俺…馬鹿で学歴もないし、はっきり言って皇帝にとかよく分からなくてただ漠然とした無能で税金食いつぶすっていうイメージしかなかったんだ。神なんていないのは同意だし、何で俺達は救われないんだって昔は嘆いてた。敗戦して、無政府?状態が続いたスヴィエートが荒れに荒れまくって、困窮したけど。お前みたいな奴がいるんだったら、まだまだ俺もこの国でやっていける気がするよ。俺はそれを応援したいとも思う」

 

正直な感想を述べた。身分を偽って騙していたなんてもうどうでもいい。こいつについていこう。その時そう思った。

 

「ふふ、ありがとうハー君。そう言ってくれる人がいるから僕も頑張れるんだよ。さて、本題に移るけども。君の妹と仲間達の話だ。ちょっと脱線したけど、もとはといえばこの話をしにきたんだ」

 

「!おい!その件どうなった!?」

 

「とりあえず、ベラにもう一度検査してもらって。話はそれからだ。彼女の腕はいいから、多分もう何もないと思うけど、一応ね」

 

ベラが腕を組み、ハーヴァンを見下ろした。体にもうどこにも以上がないか調べてもらうのだ。改めて命の恩人にさっきは失礼な態度をとってしまったと反省した。

 

「ベラ。よろしく。ひとまず部屋に入ろうか」

 

「よ、よろしくお願いします…」

 

塩らしい態度で素直に頭を下げるハーヴァンの様子を見てベラは優しい笑顔でうなずいた。

 

 

 

体の検査も終わり、席を外したベラを確認するとサイラスは椅子に腰かけ、ベットに座るハーヴァンと話し始めた。

 

「まず、君が昨日の晩に返り討ちにあってから、約14時間程経ってる。僕はその間睡眠時間を削って死力を尽くして奴らの潜伏場所の絞り込みあたったよ。勿論、軍の人達や警察が頑張ってくれたおかげだね。順を追って話すと、わざと逃がして泳がせて追いかけた後彼らが首都から出ていくのが確認できた。つまり、拠点がオーフェングライスじゃないってことだ。そうなるとオーフェンジークの港しか考えられない。首都の東は極寒の死の大地、ハドナ雪原。西は今のこの冬の時期には厳しすぎる全てを凍らせる山と言われてるグラキエス山脈だ。北には広大な湖しかないし、と考えられると南の港しかない。

 

今まで軍が常駐してる軍港にも相応しい場所にそんなのあり得ないって思ってたけど、それはただの憶測にしかすぎなかった。軍にもいい人達はいるけども、逆を返せば悪い人たちもいるってことさ。人間そういう風になってるからね。で、何が言いたいのかというと、調査の結果スヴィエートの一部の軍人がロピアス人と裏取引をしているみたいなんだ。君が出会った黒ずくめの連中はその仲介役だったというわけだ。彼らの仕事は子供を攫ってくること。流石に顔の知れてる軍の人がそれはやれないからね。で、それを軍港滞在の悪い軍人に引き渡してその仲介料のお金を貰う。ってわけ。多分軍港連中も一部の国のお金を横流しにしているだろうね。許せない話だ。国民の税金を自らの懐に入れて楽しむなんてことは絶対に許してはいけない。それはもう、スヴィエートに対する裏切り行為にも等しい。きちんとしかるべき制裁を受けさせる。

 

そして攫われた子供達は、ロピアス人に売られるんだ。悪趣味な話で吐き気がするよ。そのまま奴隷にさせられたり、人身売買にかけられる。スターナー貿易島の裏オークション、裏取引か何かできっと値踏みれているに違いない。子供達は純粋で抵抗力も力もない。それに暴力で簡単に従わせることもできる。船に詰められて、行った先は人身売買の地。まさに地獄だ。ロピアスに行ってしまったらもう取り返す事もできない。だから早急にこの問題は対処しなきゃいけないんだ。僕が直々に動いたのも、こういう、最近軍の金の流れがおかしいって事からだったんだ。何か少しでも疑問に思ったことは調べて、連想して、しらみつぶしに調べ始めた。そして見事にビンゴだった。ストチルがその犠牲になっていた」

 

ハーヴァンは息を呑んだ。恐ろしい話だ。まさか軍港の連中が関わって、ましてや国の事まで関わっていたとは。

 

「許せねぇ…!ロピアス人なんかに!仲間や妹たちを渡してたまるかってんだ!最低だぜ…自国民を売るなんて、本当に許せねぇ!」

 

「あぁ。だから早急に。つまり今夜作戦を決行する。腐った軍港の連中に制裁を加えて一斉検挙する。悲しいことだが、軍ってのは権力がそれなりに高くてね。元老院と軍がこの国で二番目の権力をいつも争っているんだ。力を持つものは時として傲慢になる。お金も持っている連中も多いだろう。すこし裕福になって生活基準が高くなってしまうと人はそれ以前の生活に戻れない。むしろもっと、と望んでしまう。だからあのような金を手に入れるための汚い事に、手を伸ばしてしまったんだろう。それも今日で終わりにしよう」

 

サイラスは軍港の地図を取り出し、ハーヴァンに見せた。

 

「で、その作戦の事なんだけど…」

 

 

 

――――――――――オーフェングライス軍港にて。

闇夜を照らす明るいスヴィエートの月明りを頼りに、素早い韋駄天を生かしハーヴァンは駆け回った。サイラスの言葉をもう一度頭の中で繰り返す。

 

『必ず軍港のどこかに奴らの拠点場所があるはずだよ。それをまず叩く、そして吐かせて検挙する。きっと仲介連中はバレないようにどこか、そうだね。目星としては3か所。軍港のコンテナ、地下倉庫、あるいは使っていない船が考えられるな。そのような所を拠点としているはずだ。首都には置けないからね。それらを少しでも怪しいと思ったら調べて、拠点を特定するんだ。そのあと合流しよう、僕に考えがある』

 

しかし、コンテナ、地下倉庫、船など全て調べたが見当たらない。地図にどんどん渡された軍港の地図の目星場所に×マークが描きこまれていく。うまく隠れているのか、それともサイラスの勘が外れていたのか。前者であってほしいがこれほど空回りだと、焦りが増してくる。どこにいやがるんだ奴らは。早くしないと妹が売られてしまう。急いで調べ終わった倉庫を出ようとすると、人の声が聞こえたのでサイラスは慌てて身をひそめた。

 

 

「ふぅ…昨日はとんだ邪魔が入ってどうなるかと思ったが、なんとかなったな。案外チョロいもんだぜ」

 

「あぁ。ウエストのガキどもはもう全部スターナー島に移送し終わったみたいだから、イーストのガキの連中も早ければ今夜か明日には取引して金を渡すそうだ。中々顔のいいダイヤの原石みたいな女の子がいたみたいでな。プラチナブロンドの髪に透き通るような空色の目。ロピアス人受けしそうな顔だ。きっとオークションにかければ売上がウエスト連中とは違って跳ね上がるぞ」

 

「何?それは楽しみだな」

 

「あぁ。あんな顔のいいガキ久々に見たぜ。薄汚れてるストリートチルドレンなのにどこかやっぱり見るものがあった。綺麗にすりゃ絶対そこらの娼婦よりかは将来稼ぎが望める」

 

ハーヴァンは怒りでその場を飛び出しそうになった。その汚い口から語られるのは間違いなく自分の妹、マイヤの事に違いなかった。今すぐにでもこいつらを殴って歯を折って、海水に無理矢理その頭をつかんでを突っ込んでやりたい気分だった。しかしぐっとこらえ、息をひそめて奴ら2人を尾行することにした。

 

(ここか………)

 

一定の距離を保ちつつ、怒りを我慢しつつ尾行しきりたどり着いたその場所はなんと軍港からは少し離れたエリアにある灯台であった。灯台の裏外壁。白いペンキで隠された扉は、横にかかっている浮き輪のスイッチを押せば動いた。隠し扉を開いたかと思えば、そいつらは地下に入っていった。

 

「チッ。まさに灯台下暗し…だな。よし、サイラスに連絡だ…!」

 

 

 

「いやー。まさか灯台だったなんてね。ごめんごめん、僕の予想全部外れてたね。ハハハ、なかなか洒落がきいてるじゃないか。これぞ灯台下暗しってやつ?」

 

「俺と同じこと言ってんじゃねーよ。無駄口叩いてないでさっさと行くぞ。で、どうすりゃいいんだ。全部ぶちのめせばいいのか」

 

軍港の外の街道でテントを張り、そこでハーヴァンの連絡を待ち、張り込みをしていたサイラスと合流し、また灯台に戻ってくる。近くの茂みに隠れ、他愛もない話をかわす。

 

「コラコラ、またそういう物騒な発言しないの。それにハー君、君ね、返り討ちになったのちゃんと覚えてる?いる場所が分っているなら彼らはもう袋の中のネズミさ。さっき警察に応援要請をしたから来るはずだよ。軍の人たちもね、ちゃんと信頼できる人達集めたから大丈夫。軍諜報部のアンチロピアスっていうなんともストレートなネーミングなんだけど、最近弟が人事を結集してその組織作ってね。皇族と国に身を捧げてるような人間しかいない。だから秘密は絶対にバレないし、裏で軍港の軍の連中と連絡取り合われることもない。ホラ…噂をすれば来たよ…」

 

「うおっ!?びっくりした!!」

 

ザンッと木の上から何かが飛び出してきたかと思えば、それは顔をフードと口布で完全に隠していた怪しい黒づくめの7人だった。一目でやばい連中だと分かる。遅れて1人が慌てて降りてきた。合計8人だ。

 

「いやぁ~、心配だったから念には念を入れてその道のプロの人たちを呼んだんだよ。彼らはアンチロピアスの中でも更に特殊部門で、暗殺を専門とするシガー部隊の人たちだよ。まだ7人しかいないけど。まぁ7人しかいないからフルで呼んじゃったんだけど。今回の仕事は別に暗殺するわけじゃないし、仕事がなくて暇そうにしてたから丁度いいかなって」

 

「そんなゆるふわな雰囲気で語っていい連中じゃないだろ!ガチの奴じゃねぇか!!」

 

「うん、そうだよ~。あのハー君がボコボコにされちゃったからね。まぁ相手は大人だったとはいえ相手がプロならこっちはもっとプロをぶつけるまでさ。今日はよろしくね皆~」

 

「御意」

 

口布をしているので独特の籠って聞き取りづらい無機質な声で返事をする。

 

「ん?っていうか7人っつたよな?1人多くないか?」

 

「あ、それの理由については後でわかるよ。もう一回言うけど殺しちゃダメだよー。ちゃんと命令は守ってね。情報を聞き出すのが優先だからね。殺しちゃダメだよ?」

 

「…努力します」

 

明らか目を反らして返事をしたシガー部隊隊長と思われる人物を見てハーヴァンは思わずツッコんだ。

 

「ダメじゃねぇか!!絶対殺すぞこいつら!!」

 

「まぁまぁ、今のは彼なりのジョークだよきっと。皇帝の命令は基本絶対だからね。これは守ってもらわないと始末書案件だよ。じゃあくれぐれも。よろしく頼むよ。伝えた作戦通りにね」

 

「承知しております、では」

 

「きちんと奴の特徴学んできてね!」

 

サイラスが先ほど遅れて木から降りてきた1人に言った。

 

「はっ、了解しました!」

 

シガー部隊はそう言うと即座に行動を開始し、灯台裏の隠し扉を開くと突入していった。

 

 

 

1分後…。

 

「任務完了しました。こちらが誘拐組織キレサの団員リーダーの右腕、アコニフが来ていた洋服です」

 

「お疲れ様~!ありがと!」

 

はっっっや!!!嘘だろ!?

 

ハーヴァンは腰を抜かした。シガー部隊を見送り、動きがあるまでしばらく待機か暇だな…と思って欠伸をした途端既に完了した。

しかし人数は8人から7人に減っていた。

 

「だって入ってって奴らを眠らせるだけだもの。それで1人の着てる服奪って、今度は潜入専門のサライト部隊の人との連携に移行する。シガー部隊は今から遊撃隊になるから合図がくるまでしばらく待機だよ。お疲れ様、休憩してていいよ。あ、これ差し入れね」

 

と言って渡したのは様々なグミが入った袋だった。グミには薬品効果が含まれているので割と可愛い見た目に限らず高価な品物である。

 

「そんな、いいのですかこんな割に合わない差し入れを…」

 

「いいっていいって!体力減った時とかに是非食べて!」

 

「ありがとうございます陛下」

 

「恐縮です」

 

「是非機会が来たら食べさせていただきます」

 

「その機会が来ないことを祈るべきなんだけどね~。まぁそんな簡単には腐らないと思うよ、保存食に近いし」

 

(本当にこいつら暗殺部隊なのかよ…)

 

それぐらいほんわかとした雰囲気だった。サイラスの醸し出すフレンドリーでアホスタイルに触発されているのか暗殺部隊のくせにさっきのとがった雰囲気は一体どこへいったのやらというまでの和気藹々とした空気になっている。

 

「陛下、ソロニャエフは現在離れた位置で尋問部隊と合流し、練習中です。しばらくお待ちください」

 

「そっか。じゃあせっかくだし休憩してクッキーでも食べようか。クリスから貰ってきたんだ。ほらハー君、食べる?バタークッキーだよ」

 

「緊張感無さすぎか!!ってかうめぇ!なんだこのクッキー!?」

 

そして15分休憩も終わりサイラスは張り切って言い出した。

 

「さてじゃあ僕らの作戦を開始しようか!サライト部隊の元劇団員の経歴を持つソロニャエフことソロっちと合流しよう!」

 

「………劇団員?ソロっち?」

 

 

 

「お~いソロっち~、どう?事前演技練習はばっちりかな?」

 

サイラスが軍港外れの野営テント、茂み近くで身をひそめていたソロニャエフという男性と合流した。

…近くには椅子に括り付けられ身ぐるみはがされ、顔には何か粘着質なものが付着していた。明らか何かをされたと分かるような惨めな恰好の男が泡を吹いて気絶していた。

 

(なんか…もうツッコまないでおこう…)

 

ハーヴァンはとりあえずサイラスの部下達って優秀なんだな、という自己完結をしてその場の空気に身を任せた。

 

「サイラス様、お待ちしておりました。ええ、勿論です。あとはこのアコニフが着衣していた洋服を着るだけです。顔の型もすでに取ってあります」

 

「そっかそっか、よし、じゃあよろしくね~」

 

「ありがとうございます。着衣と準備してきますのでしばらくお待ちください」

 

「?一体何するつもりなんだ?」

 

 

 

5分後…。

 

「お待たせしました」

 

「!?」

 

ハーヴァンは思わず身構てしまった。茂みから出てきたのは、昨日の晩腹に一発食らわせたが全く効かなかったあの小太りで、髭を生やし、無粋な目をした男だったからだ。しかも声まであの男。一瞬あの男が目を覚ましてソロニャエフを気絶させ出てきたのかと錯覚したぐらいだ。

 

「何だテメェ!?えっ!?おい!ソロっちは!?」

 

「私がソロっち…じゃない、ソロニャエフだ」

 

「!?」

 

声がソロニャエフに戻っていた。

 

「彼は元劇団員でね、特殊メイクの人手が足りない時に自力で独学で勉強して取得してたんだ。劇団員と特殊メイクを兼任してた優秀者なんだけど。劇団が経営破綻しちゃって路頭に迷っていた所を僕がアンチロピアスにスカウトしたの」

 

サイラスは自慢げにソロニャエフの肩をぽんぽんと叩いて、頼りにしてるよ、と付け足した。

 

「はっ、全力を尽くします。陛下には大変感謝しております。私のような若輩者に仕事を与えてくださりありがとうございます」

 

「うんうん、長所を生かした仕事をしないとね!ってわけでよろしく頼むよ」

 

「…これ作戦に俺いる必要なくね…?」

 

純粋に疑問に思ってた事を言ってしまった。

 

「お前の部下優秀過ぎだろ」

 

「だから言ったじゃないか。優秀な部下に僕は囲まれて助けられてるってね。それにまぁ、仮に君を作戦に同行させなかったら絶対俺にもついていかせろってダダこねるでしょ」

 

「…………」

 

ぐうの音も出なかった。我ながら絶対にそうするだろうと思ったからだ。

 

「それにきちんと自分の仲間や妹を救い出す仕事は、ハー君の役目だよ。しっかり役目果たしてね」

 

「え?ちょっと待ってこれから何すんだ?」

 

「大丈夫。昨日と同じ事してればいいから」

 

「え?」

 

 

 

「うぐぇ~…捕まった~…!離してくれよぉ!」

 

ソロニャエフに連れていかれた先は、軍港の桟橋先。停泊している貿易船のタラップ前にいる警備軍人に突き出され、大根芝居っぷりを披露した。まぁプロのソロニャエフがいるのであまり気合いは入れてないが、俺を使った潜入作戦らしい。今どうすればいいのか分からないのでとりあえず無理のない程度に暴れる。ソロっちが警備軍人に話しかけた。

 

「おい、通してくれ。ボスは中だろ?ボスに献上する昨晩のガキを連れてきた」

 

「あ?ああ昨日の例のバカで生意気なガキか。話は聞いている。大変だったそうだな」

 

(んだとコラ…テメェ…。後でぶっ殺すからな…。お前の顔覚えたぞ…)

 

「あぁ。このガキのせいで危うくサツに捕まりそうにもなりやがった。きちんと落とし前は着けねぇとな」

 

「よし、いいぞ通れ。ボスのキレサは確か、マーヴァル少佐と一緒に客室にいる」

 

「分かった」

 

必要最低限の情報だけを交換した、短い会話が終わった。貿易船へ見事潜入成功した。

 

「しかし、マーヴァル少佐がキレサと繋がっているということは、その上官である中佐や大佐はこのことを知っているのか?それとも共謀して全体として関わっているのだったらかなりやばいぞ…。軍港連中の総入れ替え…なんてことも考えられる…」

 

潜入し、長い船室廊下をともに歩いていると、ソロっちが呟いた。ハーヴァンにとって何を言っているのかよく分からない難そうな話題だったので聞き流し

 

「おいソロっち。俺は何すればいいんだ」

 

「そのソロっちってのやめなさい。それで呼んでいいのは陛下だけだぞ」

 

「俺もハー君って呼ばれてるから気持ち分かるぞ」

 

「………まぁ許そう。昔のソロにゃんよりはマシだ…。君の仕事は仲間達を見つけることだ。この船のどこかにいることはまず間違いない。探し出して、見つけたら甲板に出てこれを打ち上げて合図を送れ。赤の信号弾だ。もし予測できない事態に陥り、任務続行不能になったら迷わず逃げろ。外では子供たちを保護する警察の船が待機している。子供達が囚われているという事実が確認できれば、彼らは突入することができる。なんとしても探し出せ、君の妹をな。目星はついている。恐らく貨物室だろう子供とはいえ、人を運ぶのにはスペースがいるからな」

 

「ソロっちはどうするんだ?」

 

「俺はこの船の構造が載っている地図を探す。おそらく操舵室か、ボイラー管理室なら入手できるはずだ。行動を開始するぞ。今は皆が船室で就寝中の時間帯とはいえど見つからないように気をつけろよ、貨物室はここから比較的近い。階段を下れ。地下1Fから5Fエリアだ。ではハー君、検討を祈る」

 

ソロっちはそう言うと廊下を走り出し、あっという間に階段を上って行った。流石の韋駄天のハーヴァンでも大人の歩幅、しかもプロとして訓練しているソロっちには追いつけるはずがなかった。

 

「は!?おいハー君って呼ぶんじゃねぇ!」

 

そう怒鳴った声は聞こえるはずもなくポツンと誰もいない廊下に一人残された。

 

「だーっ!くっそ!ええいとにかく行くぞ!」

 

自分自身に気合いを入れ直し、ハーヴァンは船の階段を降りて行った。

 


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