テイルズオブフェイティア〜宿命を運命へと変えていくRPG〜 作:平泉
昼食を済ませた後、改めてガットは先程の女性と男性を紹介した。遠目に、男性の方がこちらに向かって手を振る。20歳というには若干若い柔和な笑みだ。いかにも、というような好青年である。
「列車が使えねぇから、徒歩で行くっきゃねぇかなぁ〜って思って宿屋ぶらついてたら、この人達に会ったんだ」
「こんにちは」
女性はにこやかな笑みを浮かべた。印象は”とても聡明そうな人”というところだろう。長く艶やかな黒髪を上に高く結いまとめていて、落ち着いた雰囲気がある。
「私はエスナ。こちらは相方のトランよ。私達、魔物の調教が得意でね、馬車を使って自然と触れ合いながらこのフォスキア大陸を旅してるのよ」
差し出された手を握り握手を交わした。
「どうもこんにちは、エスナさん。俺はアルスです。こっちはルーシェ」
「ルーシェです。どうぞお見知りおきを」
ルーシェはアルスの後ろから軽く会釈した。そして男性の方も挨拶をする。
「僕はトラン。よろしく」
少し黒い深みがかかった茶髪だ。癖っ毛なのか、毛先が上に跳ねている。 こういう言い方もアレだが、20歳頃にしては垢抜けない顔だ。良く言えば人当たりが良さそう。アルスはそう思いながらもしっかりと握手を交わした。しかし相手も負けじといつもよりはっきり返す。握った手は力強く、相手に対する信頼が見て取れた。トランは言った。
「それでね、色々旅してて、ここ1週間はここエルゼ港に泊まっていたんだ。そして僕たち、もし午後雨が上がったら今日中に首都、フォルクスのハイルカーク地区に行きたいなぁと思って傭兵を探してたんだ。1週間もここに留まってた訳が1つ。ここからハイルカークまでを繋ぐノルド街道に出没する魔物が群れをなして縄張りを貼ってしまったんだ」
「ま…、ここまで聞きゃ分かるだろ」
なるほどガットはこう言いたいようだ。
「つまり、俺達を傭兵として雇いたいというわけですか?」
「そ。その代わり俺らはとりあえず首都に行きたいわけよ。利害一致の交換条件ってわけだ。代金は首都に行くまでの飯と寝泊まりする馬車っつーこと」
「そうゆう事でしたら!是非お願いします!というか助かります!ありがとうございます!」
ルーシェはパッと顔を明るくさせ、エスナとトランの両手をガッシリと掴み、握手した。
「うふふ、よろしくねルーシェさん」
「はい!」
─────のどかだ。
ユラユラと馬車に揺られ、このポカポカと暖かい午後の天気。爽やかな風。午前の突然の雨が嘘のように午後は快晴となった。昼食後の強烈な眠気がアルスを襲う。しかし幸運だった。トランによると徒歩で行けば最低でも1日以上はかかるこのノルド街道。半日ちょっとで行けるのだから。本当に魔物なんて出るのだろうか?聞こえるのはエスナが手網をひく音、魔物の蹄の音。よく訓練され調教された馬型の魔物の速度はそれなりに速い。もしかしたら夜にはもう着くのではないか?アルスは後ろから襲撃された場合遠距離射撃で対応できるから、という理由で、貨物車の後ろの縁に座って警戒するが、コクリコクリと舟を漕ぐ。
「クスッ、アルスさん。眠かったら寝ていいですよ?」
トランが隣に座って言った。魔物の手網をひくのは交代制で、今は馬車の貨物室にはアルスとルーシェ、トランがいる。先程までルーシェとエスナが仲良さげに話している様子をアルスは見ていた。たまに話を振られたが、殆ど女子トークだったのでいたたまれない気持ちで暇していた。しかし、そのルーシェも今はとっくに夢の中である。
「い、いえ…、あくまでも傭兵、ですから……」
「大丈夫ですよ。魔物の群れ気配が来たら、シャイル達がいち早く気付きますから」
シャイル達というのは馬型の魔物の事で、今まさに馬車をひいている魔物の事だ。
「しかし…」
「それに、ガットさんもいますしね」
それに、ガットさんもいますしね………。
何故かその言葉が脳内でエコーした。
奴はこの貨物室の中にはいない。外側の見張りをしている。前方の見張りをするからと言い、俺達が馬車に乗る前に登っていた。つまり、真上に。この貨物車の屋根の上だ。
嫌な予感がした。アルスはハッとすると急いで窓から身を乗り出し屋根の上を見た。
────すると案の定、
「………ぐが〜……」
「………………おい」
寝ている。寝そべりながら頬杖をつき、いびきをかきながらしっかりと。
ダメだこれは。やっぱり俺がしっかりしなければ。
「ったく……」
起こす気力もないのでそのまま放置し、貨物室に体を戻した。
「どうしました?」
「ガットさんも寝てますよ」
「アハハ、そうでしたか。外は日光のお陰で余計暖かいですからね。そりゃ眠くもなりますよ。実は僕も手網を引いてる時うつらうつらしてました」
「流石に全員寝てしまったら警戒しなさすぎでしょう……。あの人仮にもこの仕事請け負った張本人なのに……!」
愚痴を垂れながら、たわいもない会話をトランと交わした。何人なのかと聞かれ、スヴィエート人だと答えると、「やっぱり」と言われた。何がやっぱりなのか分からないが、トランは、「いつかスヴィエートにも行ってみたい」そう言った。「雪を見てみたい、雪に埋もれてみたい」トランは楽しげに話した。
スヴィエート人からすると雪は生活の一部みたいな物なので、見てみたい、という感覚自体が新鮮だった。
「へぇ〜!あ、じゃあスヴィエートのお酒は度が強いってのは本当なのかい?」
「……俺は飲んだ事ないからあまり分からないんですが、そうらしいですね。とくに有名どころでいうとウォッカとか?」
「あ、知ってますそれ〜。かなりすごいって聞きます。はぁ〜、やっぱ寒いから体あっためるために飲むんですねぇ〜」
「………飲み過ぎも問題で平均寿命は3国中最低ですけれどね……」
「はは、そうらしいですね〜。平均寿命の長さはアジェスを超えられませんよ。しかし神秘的な国ですからね、いつかあの国にも行ってみた…うわっ!」
ガタン!!と音がして、いきなり馬車が止まった。そしてシャイル達の高い鳴き声が聞こえる。
「ふぁ……何?どうしたの?」
ルーシェは今の衝撃で起きたようだ。
「一体何が?」
「何だ?どうしたんだエスナ?」
トランは貨物室を抜け出し、エスナの座る手網席を覗いた。
「トラン……、あ、あれ……!」
エスナが震える指先で地平線を刺した。そこには土埃をあげ、こちらに向かってくる影が見える。トランは戦慄し、絶望の声色で言った。
「来た………!サイノッサスだ!!」
「チィ!めんどくせぇ!」
いつの間にか起きたガットが屋根から滑り降りてきた。そして太刀を構える。
「エスナ!トラン!アンタらは中に入ってろ!こっからは俺らの仕事だ!」
「は、はい!」
エスナは怯え、早々と中に入っていった。トランが彼女の手を引く。
「2人は中にいて下さい!」
「あ!私も行く!」
アルスとルーシェは貨物室から出て、街道に降り立った。すると足元から振動が伝わった来た。ゴクリと息を呑むとアルスは魔物の群れに向き直った。走ってきているのは猪型の魔物だ。しかし、あの程度の魔物なら、アルスはそう思った。量は多いが、危険度は低い初級の魔物だ。だから大量に群れをなしているのだろう。だが、あの角には気を付けなくては。あんなので腹を貫かれたりしたら終わりだ。もう腹を貫かれるのは懲り懲りだ。
「来るぞ!構えろ!ルーシェは馬車に近づくサイノッサスだけを排除して、前線には絶対に出るな!エスナさん達を守る役に徹するんだ!」
「わ、分かった!えっと、
ルーシェは詠唱を唱え、光術を発動させた。馬車の周りに光のエヴィのバリケードが貼られた。アルスはガットの方へ応援に行った。サイノッサスは人間めがけて突進してくる。ガットはそれをタイミングよくカウンターを仕掛け、まっぷたつに斬る。
「来いやオラァ!角煮にすっぞ!!」
「ガラ悪っ……」
不良全開のガットは踊るように太刀と鞘を振り回す。強烈な足蹴りも食らわせたりと体術も兼ねて、頼りがいあるがテンションが上がっているのかうるさい。
「オラオラオラ!つぁ!はっ!」
「もう少し静かに戦えないんですか貴方は」
「わりぃな、俺は大将みたいに上品じゃないんだよ!」
「上品どうこうじゃなくてただ黙れば……、っと、三攻弾!」
アルスは3匹のサイノッサスに向けてバンバンバン、と3発撃ち込んだ。足を狙い、確実に転ばせる。ガットの方をちらりと見ると太刀を地面に下から斜め上にこすり付け、衝撃波を何度も放っていた。
「
「だからうるさいですってば!」
「うぉおら
走ってきた魔物を2回斬りつけ、
「だぁぁあ!静かにして下さい!集中力が削られる!」
「あっ!アルスそっちいったぞ!」
「うぇっ!?」
アルスが情けない声をあげ見ると既に後ろにいた。振り返るとルーシェの方に行っている。
「しまった!ルーシェ!」
ルーシェは慌てふためく。
「ああぁっ!?どどどうしようっ!あ!そうだ!ピコハン!」
ピコッ。ギィッ!
ピコハンの音とサイノッサスの呻き声が聞こえた。
「ぉ、おぉう。ルーシェ、すごいな…」
サイノッサスは完全にノックダウン。頭に星が浮かんでいる。ルーシェが出した4つのピコハンがサイノッサスの頭にもろに当たったようだ。
「わ、私もやれば出来る!あ、そうだアルス!
ルーシェの補助光術だ。彼女が手をかざすとザァッと風吹き、三角錐の形をなしてそれはアルスを包み込んだ。するとアルスはエヴィが集束する感覚を覚えた。明らかにエヴィの力が増している。
「一気にやっちゃって!」
「ありがとうルーシェ!行くぞ!」
アルスはまたサイノッサスに向き直る。
(────よし!ルーシェと力を合わせたなら、いける!)
「業火よ巻き起これ!フレアトーネード!」
詠唱を唱え、2丁拳銃を介して光術を発動させた。放たれたエヴィ弾は地面にあたり、炎をまとった竜巻を起こし、向かってくるサイノッサスを大量に蹴散らしていった。
「ふぅ…」
「っし、お前で、ラストだぁ!ずぇりゃあ!」
そしてガットがバットのように両手で太刀を振り回し、残り一匹となったサイノッサスをぶった斬った。しん…、と辺りが静まり返った。魔物、サイノッサスの死体がゴロゴロと転がっている。なかなかにおぞましく残酷な風景だが、生きるためだ。自然界に可哀想も何もない。弱肉強食。ただそれだけ。
「お、終わったんですか?」
エスナが荷台から顔を覗かせた。
「うわ…、す、すごいですね。このサイノッサスの数もそうですけど、それを退治してくれたガットさん達も……!」
トランは既に荷台から降りていた。そして辺りを散策している。
「ハァッ、とりあえず終わったと思うが、血におびき寄せられて他の魔物が来るかもしれねぇ、早いとこ、こっからおいとまするほうがいいぜ」
「そうですね……。うひゃあ、一般人の僕らにとっては、お、恐ろしいっ…!」
トランは馬車に戻ろうと、振り返った。
しかしその後ろに─────
「っ危ないトランさん!!」
ルーシェの声がノルド街道のこだまする。彼女の隣を緑が走っていった。
「まだ生きてる奴がいやがったか!」
「えっ?」
トランは後ろを振り返った。
「ガットさん!」
「ガット!」
「うわっ!」
アルスさんとルーシェさんの声。
次に痛覚。突き飛ばされた。一瞬視覚が捉えた、緑だ。最後に嫌な音が聞こえた。直感で分かった。骨が折れる音だ。
「いっ……てっ…!」
「あぁっ、ガ、ガット、さん!」
尻餅を着くトラン。頬に生温い何かが付いているのに気づく。血だ。目の前の人物の。
「クソがっ!」
ガットは右手で太刀を振りかぶり、縦に一刀両断した。プギィッと呻き声と共に、サイノッサスの角が折れた。倒れ込むそれはどうやら完全に絶命したようだ。
「ハァッ、うっ、ぐっ、ってぇ…!」
ガットの左腕はおかしな方向に折れ曲がっていた。左肩にもサイノッサスの角が突き刺さり、血が滴る。突進で左手腕を折られ、角は左肩に命中。誰がどう見ても重症だ。
「んナロォ……!ぐっ!」
だがガットは右手で思い切り左肩の角を引き抜いた。トバッと血が溢れ出し、草木を汚していく。そして治癒術をかけようとするが───
「あ、やべっ………」
フラッと目眩が彼を襲い、そのまま地面に倒れた。薄れゆく意識の中、ガットはアルスとルーシェの叫び声がよく聞こえた。