テイルズオブフェイティア〜宿命を運命へと変えていくRPG〜 作:平泉
外は、しんしんと雪が降り続けていた。
窓に映る自分の姿。
コバルトブルーの髪に、つり目。それは銀色の瞳。アルエンスは窓に映っているもう一人の自分の頬に手を当てた。そして、目をゆっくりとなぞり、窓の自分の目に爪を立てた。
「……………裏切り者、スミラの、目……」
最低限の家具だけが置いてあり、質素であるがどことなく豪華で広い部屋。家具がないせいか余計広く感じる。
部屋は暖かく、ストーブの音がやけにうるさく聞こえた。外は銀世界。このスヴィエートは1年の8割が雪に覆われている。冷たい窓に手を当て、静かに外を見つめいていると、部屋のドアがノックされた。
「アルエンス様、陛下から伝言です。 至急謁見の間へ来るように、とのことです」
彼の執事、ハウエルの声が聞こえた。不思議に思いつつも、
「分かった、すぐに行く」
と返事を返した。しかし、そうは言ったもののため息が1つこぼす。いきなり呼び出されるとは、一体何なのだろうか?
ドアを開けると少し肌寒い。廊下は長く続いており、ひんやりしている。さらにその城の構造、色まで何か冷たい感じを醸し出している。外から見ればさぞ厳格な雰囲気だろう。
しばらく歩いて行くとエレベーターがある。このエレベーターが謁見の間へのただひとつの通行手段だ。
エレベーターに乗り、数字が上にあがっていくのを見つめる。エレベーターは止まりまた廊下が彼の眼に映る。しかしその廊下は一味違う。豪勢な装飾で彩られ、両側にはこの国の国旗が掲げられている。
そして目の前には大きな扉。謁見の間だ。見張りの兵が自分に敬礼する。御苦労、と一声かけ扉が開かれる。皇帝だけが座れる椅子にはなぜか皇帝ではない人物がいた。
アルエンスの再従兄弟のアードロイスだった。彼は第2皇位継承者。皇帝ではない。そしてその隣には彼の母親、サーチスが立っていた。
「アルスー!やっと来たね~? 遅いから道に迷ったのかと思ったよ!」
皮肉たっぷりと彼は言う。それを無視して疑問をぶつけた。
「アロイス…、何でお前がそこに座っているんだ? 皇位継承は20歳になってからが原則だぞ」
「今日はヴォルフの体調が特にすぐれないのです、それに伴い代理としてアロイスがここにいるのですよ」
アードロイスはアロイス、アルエンスはアルス。親しい仲の者は皆この略称で呼び合う。皇帝ヴォルフディアをヴォルフと呼ぶのは妻のサーチスだけだが。
アルスはサーチスの言葉に胸を痛めた。
「陛下、また体調を……」
「ええ、だから今日は特別に、息子のアロイスが仕切っているのです」
「そうなんですか…あの、大丈夫なんですか?」
不安げにアルスは問う。この事態は一度や二度ではないのだ。
「しばらくしたらまた治りますよ。顔色は常に良くありませんけどね」
サーチス様は何事も起きていないように話す。この国の皇帝ヴォルフディア様の妻だというのに、少し薄情というか、淡白というか。常に無表情だ。もともと感情表現が苦手だからなのか、冷静沈着すぎるのか?アルエンスに本当の事は分からなかった。
「母上、そろそろ本題に入ってもよろしいですか?」
「ああ、ごめんなさい、アロイス。ええ、どうぞ。」
「グランシェスクで新兵器が開発されたんだ。それの能力をアンタの目で確かめてきてよ。いわゆる視察出張ってやつ?」
「………随分と急だな、新兵器だなんて」
アルスは不思議に思った。緊急の用事かと思えば、新兵器の視察とは。正直拍子抜けだ。
「何?何か文句あんの?」
「いや…何でもない。」
「アルス、これは重要な仕事なのですよ。貴方はこの国、次期皇帝になる存在なのですから」
「はい、分かっています…」
サーチスが促すように言うがアルスは納得できなかった。機械を見るのはすごく嬉しいのだがそれが戦争に使う物だとしたら事情が違う。
戦争は…始まってほしくない…。
それが本音だ。
戦争なんか始めたら罪のない人が大勢死ぬ…。昔起こったあの無残な治癒術師大量虐殺がいい例だ。とにかく、凡庸的な自分にとって、いい話ではなかった。
「で、どうなの。引き受けんの?仕事」
(引き受けなければ無理やりにでも受けさせる癖に…)
横目を逸らし、そう心の中で呟く。
「ああ、分かった。で、いつからだ?」
「今日」
「今日!?」
アルスは思わず声を荒らげてしまった。
「護衛は少なめにして行きなさい。多いと市民を不安にさせてしまいます。あくまで街の状況観察が表向きです」
「待って下さい、急過ぎませんか!?」
「急を要するんだよ!開発の促進を、次期皇帝に認めてもらわないとね!ほら早く行けよ!この堅物!! 」
アロイスの嫌味もだんだん気にしなくなってくるほど神経が図太くなってきた
しかしムカつく。こちらも言い返してやった。
「そうだな、お前も母親がいないと何にもできないお坊ちゃま…だもんな。早く行くとするよ」
「何だと!?」
「何だ。図星だろう?」
「ふざけるなよ! お前なんて…お前なんて…!」
アロイスは椅子から立ち上がりアルスに掴みかかる。
「二人とも、おやめなさい」
サーチスから無言の殺気があふれ出た。
2人はアイコンタクトを交わし、ここはお互い引くことにした。
「ああえっと…!行ってまいります!」
逃げるように後ろを振り返る。無言の視線が突き刺さる。
「何だよ!お前!母親いないからって嫉妬か!?あぁ、いたなそういえば!裏切り者の…」
「その話はするな!!」
アルスは堰を切ったように振り向き、怒鳴った。
「な、なんだよ……!」
アロイスは少し後ずさった。彼の迫力に気圧されたようだ。
「……行ってくるよ。アロイス」
アルスは咳払いをすると何事もなかったようにまた踵を返す。
「アロイスって呼ぶな!! そう呼んでいいのは母上と父上だけだ!」
「じゃあな」
「おい!」
後ろで何かごちゃごちゃ言っているが気にせず扉をくぐり抜ける。うんざりしたが、気を取り直す。近くにいた見張りの兵士に言う。
「これからグランシェスクに新開発した武器を見に行く。護衛はなるべく少なめに。俺も準備に取り掛かる。その間にそちらも準備を済ませておいてくれ」
「はっ。御意であります!」
兵士は急いで連絡を回しに行った。
(はぁ、とりあえず、ハウエルの所に行こう、恐らく俺の部屋だろう。しかし、何故こうも急に……。無茶ぶりがすぎる…!)
部屋に戻ると案の定ハウエルがいた。そしてハウエルの妹、メイド長マーシャも部屋の掃除をしていた。ちなみにハウエルは執事長である。
「アルエンス様、お帰りなさいませ」
「部屋のお掃除をしております」
ハウエルとマーシャが優しい笑みを浮かべた。幼い頃から彼らとはずっと一緒だ。父も母もアルスにはいなかった。アルスが0歳の頃に亡くなっている。育たの親はこの2人だと言っても過言ではない。
アルスにとって、父、母のような人だ。年齢的にいうと祖父、祖母なのだが。
「いきなりだけど、グランシェスクに出張に行くことになった。新兵器の視察だそうだ。全く、急で困る!で、頼みがあるんだが…」
「すでに、準備はできていますよ」
そう言いハウエルはアルス愛用の二丁拳銃を差し出した。
「ありがとう、流石だな」
アルスはフッと笑うとそれを受け取る。
「もうお荷物も軍のお方にお渡ししております」
マーシャがにっこり笑っていった。
「早いな……、ホント、マーシャも相変わらず」
「貴方様の、忠実な側近であり、家庭教師でもありますから!」
アルスはそんな2人の様子を見て、これから少しの間会えなくなると思うと寂しくなった。
「…………では、行ってきます…」
「行ってらっしゃいませ」
「お気をつけて…!」
すぐに帰って来るだろう。その場にいた全員がそう思った。
しかし、この先アルスに降りかかってくる出来事が、人生最大の危機だなんて、この時誰も思わなかった──────