テイルズオブフェイティア〜宿命を運命へと変えていくRPG〜 作:平泉
─────ここは…、何処だ……?
俺は…死んだのか…?
広大な草原の真ん中に一人アルスは立っていた。地平線まで続く緑、鮮やかな花が咲き誇り、風がさあっと吹きアルスの髪が少しなびいた。
夢……? それとも───
本当に天国なのだろうか。自嘲気味にふっと笑った。そうだ、俺は死んだのだ。そうに違いない。
すると、一面に広がる緑が白に包まれた。
上からの光、太陽じゃない。
上を見上げると雲の分け目から一斉に光が漏れ出し地上に降り注いでいるのが見える。
何本もの光に別れ、雲は針穴のように裂けている。
一本の光が丁度アルスの目の前に落ちた。
そこには名前も知らない美しい黄色い花が咲いていたが花は瞬く間に白に変わり茎をしならせ枯れていった。
そしてやがて空から細かい粒の白が降り始めた。
手を出し、それを受け取る。手の平に乗り、それは水になった、間違いない。見飽きるほどに見ている雪、紛れもない雪だった。
何が起こっているのかアルスにはまるで分からなかった。ここは天国じゃないのか?
先程まで自分は草原にいた筈なのにすっかり辺りは銀世界。いつもの風景と変わらない景色。
突然景色が一変し始めた。海、しかもアルスは海の上に立っている、否、浮いている。 少し前のほうには島がある、港が栄えていて、活気のありそうな港町のように見える。その港の船だろうか、船が海の上を航海している。
空を見上げるとぽっかり穴が開いた雲が一つ、さっきよりも大きい。それに丁度真下の位置だった。海がしけ、渦を巻き始めた。あの船が一隻、渦の中に巻き込まれていった。誰かの悲鳴が上がり、やがて海の中に消える。
再び目の前が明るくなり二つ目の光が海に降り注ぐ。海を突き抜けた次の瞬間、海の底から押しあがってきた水が大波となり大きな水のゴゴーっという唸りが響き渡った。やがてとても大きな水の塊となって、海を進んでいく。
島に向かって大波は進んでいく。スピードが増し、港を飲み込んだ。たちまち島全体が飲み込まれた。崖が崩れ、そしてその島は崩壊した。アルスは驚きを隠せず、目を疑った。開いた口が塞がらない。
一体何がどうなっているんだ…?
頭が混乱し、状況についていけない。
何故こんなものが見える!?
これは何だ?そもそも現実なのか!?
──────っ!!
アルスはガバっと体を起こした。
「ひゃあ!?びっくりした~」
聞きなれない高い声が聞こえた。女の声だった。
「っ!!ハァッ…はぁっ…、ここ…は…?」
辺りをきょろきょろと見回す。見慣れない部屋。さっき見ていたものは夢だったのだ。タチの悪い夢だ。左には灰色の壁が、そして右には珍しい真っ赤な瞳に、オレンジ色の髪を揺らす女性がいた。
「ここはオーフェングライスの貧民街、宿屋アンジェリークですよ」
湿ったタオルを手に持ち、目を丸くさせていた。
「君は…?」
「あ、まだどこか痛みますか?大丈夫です?」
彼女は顔を近づけてきてアルスを覗き込む。
「…ッうわっ!」
アルスは慌てて顔を引っ込めて離れた。一気に顔に熱が集まるのが分かる。
「あっ、ごめんなさい!いきなり!でも顔が赤いし熱が出たのかも…!?」
「いいいいや!何でもない! 何でもない!?…です!」
「そうですか? 本当に?」
「ええぜんぜん! むしろどこが痛いのかこちらが聞きたいぐらいで…」
そう言いかけた途端、頭が覚醒していき何が起こったのかを思い出した。
「そうだ…俺は確か…」
グランシェスクに出張する途中、グラキエス山付近で訳の分からない刺客に殺されかけたんだった。あいつは確実に俺を狙ってきていた。
「ルーシェ、何かあったのか…ってああ、アンタ、目を覚ましたんだね」
「女将!」
ドアから一人の女性が入ってきた。女将と呼ばれた人は気前の良さそうな中年の女性、茶色の短い髪の毛で、エプロンを着ていた。
「あ…あの、ところであなた方は?」
「ああ、私はシューラ、その娘はルーシェという」
「自己紹介が遅れました、ルーシェです、よろしくお願いします!」
「え?ああ、よろしく…」
手を差し出され、不思議に思ったらああ握手か、と手を握った。緊張した。女性と、これほど近い、というか握手するなんて生まれて初めてかもしれない。
「…で、アンタの名前は?」
「あ、俺はアルエン…いえ、アルスといいます。ええっと、まだよく分からないのですが助けてくださってありがとうございます」
「お礼なら私じゃなくてルーシェだよ、この子が見つけたんだ。広場の噴水のすぐ傍で倒れているアンタをね」
「え?そっそれはどうもありがとうございます、ルーシェさん。」
「どういたしまして~。でも本当にびっくりしたんですよ?命に別状がないようで本当に良かったです!」
…………眩しい。彼女の笑顔が大変まぶしい。そして可愛い。アルスは熱くなった顔を見られないために慌てて顔をそらした。と、そこにグゥー、と腹が鳴った。アルスは恥ずかしすぎて下を向く。
「アハハ、今のアルスの腹の音かい? お腹すいてんだね、待ってな、今何か作ってくるから」
「うぅ、何から何まですいません……」
「気にしなくていいよ、病人は寝てな」
シューラは部屋を出で行った。階段を下りる音が聞こえる。そして、しん…と部屋が静まり返った。
(…どうしよう、なんだかすごく気まずい…。若い女性と話すのも初めてなのに………。何を話せばいいんだ!…あ!そうだ)
「あの」
アルスは勇気を振り絞って口を開いた。
「はい?」
「えーと、俺はどの位寝ていたんでしょうか?」
「うーん、大体半日ぐらいですね」
「えっ?半日?」
「ええ」
「今何時ですか?」
「えっと、夜の7時かな?」
(…おかしい、半日で寝ていたぐらいでこんなにも早く傷が治るわけがない。傷はかなりの深手だったはずだ…。ましてや包帯すら巻かれていないのに治ってるなんて…)
自分の脇腹付近はまったく痛くない、健康そのものだ。嘘みたいだった。
「本当に半日だけなんですか?」
「ええ、私はあなたを見つけたのは丁度お昼頃でした」
アルスは手を顎にあて考え込む。
(確か10時半頃に出かけて、昼は船の上で済ませる予定だった。俺が倒れた時間はおよそ11時半から13時までの間だ)
「あの、私なにか機嫌を損ねるような事言ってしまったんでしょうか?」
ルーシェが不安そうに言った。慌ててアルスは弁解する。
「い、いえ、たった半日程度でこんなに傷が早く治るなんて…と、あ、早く治ったことに対してはとても嬉しいんですけど、少しそこに疑問を持ちましてね」
「…っ!」
ルーシェの肩がビクリと震える。
「あ、そ、そんなことよりもぉ!えーと、アルスさんって、カッコイイですよね!」
「えぇっ!?あ、アハハ、ありがとうございます。そんな事言われたの初めてですよ」
褒められたのが嬉しくて、舞い上がる。細かいことは別にいいか。傷の治りの早さに素直に感謝した。
「そういえば俺の服は…?」
今は傷の手当のせいか極めて軽装だった。少し肌寒い。
「あ、ちゃんと洗ってストーブで乾かしました。そこにたたんでありますよ」
「ああ、本当に何から何まで、ありがとうございます」
机に綺麗に畳んである自分の衣服に目を向けた。
「そろそろ着ようかな……少しさむ…」
ガシャン!!
声を遮るように、何かが割れる大きな音がした。下の階からだ。
「何だ?今の音」
「私、見てきます!」
ルーシェは椅子から立ち上がり、ドアを開けて階段を下りていく。
「あ、ルーシェ…!」
あの音はただ事ではない気がする。
「俺も行くよ!」
ベットから立ち上がり机に置いてあるコートを羽織った。そして自分の拳銃がきちんとあるかを確認する。あった。アルスは階段を急いで下った。
「女将!」
「どうしたんですか!?」
声がしたほうに向かうとシューラとルーシェ以外に誰かがいる。男だ。しかも1人ではない、4人いる。
「出てきたぞ……」
アルスはその男達の姿に驚愕した。スヴィエート軍服を着ていたからだ。この国の軍人が、いきなり貧民街の住宅に押し入るとは一体何事だ。
「何してるんだ!?しかも、民間人に手を出すなんて!」
奥のほうを見るとシューラさんが頭から少し血を流して食器棚にもたれかかっていた。その横にルーシェが顔を青ざめながらシューラの様子を伺っている。
「邪魔する者は排除のみ。狙いは貴方ですからね」
「ならば最初から俺を狙え!彼女達は関係ないだろう!」
「…これ以上の会話は無駄です、私は貴方に恨みはありませんがこれも仕事だ、おとなしく殺されるんだな」
男がゆっくりと腰からレイピアを抜いた。目が本気だ。脅しではない周りの兵士も同様に武器を構え初めた。
─────一瞬の間が走り
「はぁあああああ!!」
一人の兵士がアルスに斬りかかって来た!
「はぁあ!!」
アルスは兵士に回し蹴りをし、見事にみぞに命中した。
「がっ!」
兵士は吹き飛ばされ、壁に勢いよくぶつかった。急いで銃を撃ち、弾は相手の心臓に命中した。
振り返り更にもう一人斬りかかって来たのを避ける。そして拳銃を後ろの首元におろした。
「ぐ!?」
兵士は倒れこみ、追い討ちをかけるように後ろから背中から3発弾を撃ち込む。
三人目の兵士がアルスの腹めがけてに剣を横切りする。急いでしゃがみこみそれを回避し兵士の足を足払いする。転んだ兵士の両肩に弾を撃ち込む。
「うぁあああ!!俺の肩がぁぁ!!」
両肩から血を流し呻き声を上げる。少し心苦しいが情けなどかけてはいられない。
さあ4人目は!アルスは辺りを見回した。
「きゃあぁあああ!?」
「っ!ルーシェ!?」
「動くな!! 動くとこの娘の首を掻っ斬るぞ!」
残った1人、リーダーと思われる男はをルーシェを押さえつけレイピアを首元に突きつけこちらを睨みつけた。
「ふん、こいつがどうなってもいいのか!?」
「貴様…!」
「さぁ、武器を捨てろ。そうすればこの女には手を出さない」
「ぐっ!!」
「た…助けて女将…!アルスさん!」
彼女の悲痛な声が頭に響く。ダメだ。何も関係のない彼女を巻き込むのはごめんだ。
「さあ早く武器を捨てろ!!!」
切羽詰った男の声が部屋にこだました。
アルスは唇を噛み締めた。
拳銃を手離す…が、
「私の娘に…手を出すんじゃないよ!!」
ガン!!と鈍い鉄の音が響く。女将の手にフライパンが握られていた。それで男の頭を思いっきり殴ったようだ。
「ぐあぁ!?」
男はよろけ、ルーシェは開放された。
今だ─────!
重力に従い降下する拳銃を右手でキャッチし、男の腹に目掛けて発砲した。乾いた銃声。もう片方の銃が落ちた音。そして、男の悲鳴。
「ぐあぁ! くそぉ!…んのアマァ!!」
男は怒りに満ちた顔で剣を抜いた。そして、シューラの体を斜めに斬り裂いた。一瞬の出来事だった。
シューラの体から血が噴き出した。シューラは悲鳴も上げられないまま倒れ込んだ。
「いっ、いやぁあああああぁああ!?」
ルーシェの悲鳴が上がった。彼女の目の前で斬られた。血しぶきが彼女の顔にべっとりと付いている。
「女将!!女将!!!しっかりして!!女将!」
ルーシェは悲痛な声をあげて、倒れているシューラに駆け寄る。
「貴様!?なんて事を!?」
もう一度拳銃を構えなおし、今度は心臓付近に止めの弾を撃ちこんだ。
男はそのまま絶命した。しかし、外から大勢の足音が聞こえる。また同じような連中が部屋に入ってきた。増援だ。しかも先程より多い。
「アルエンス皇子を殺せ!!」
中隊のリーダーが叫ぶ。
「女将、女将…死なないで…女将…!」
ルーシェは涙をボロボロと零し、シューラの体を揺さぶる。
「くっ!きりがない!」
アルスが中隊の出現に苦言を漏らしていると、突然まばゆい光が後方から輝きだした。
「!?」
急いで振り返った。するととんでもない光景が目に写った。ルーシェの手が光り輝きシューラの傷を治している。
傷が、すべて癒えていく─────!?
「こっこれは…!?」
中隊のリーダーが驚いた。アルス自身も驚きを隠せない。
「治癒術だ!」
後ろの兵士が叫ぶ。確かにあれは治癒術。しかし何故使える!?
「隊長!!今のは治癒術です!!」
「ああ、まさか…生き残りがいたとはな!これは出世の大チャンスだ!おい!あいつを捕まえるのが優先だ!!」
「まずい!」
早く逃げないと、俺の命どころかルーシェの身まで危険に晒される!
「ルーシェ!!逃げるぞ!!」
「待って!!女将が!?」
回復したシューラはルーシェの手をしっかりと掴んで言った。
「アンタ…逃げなさい! 私なんかのために力を使って!! 早く!早く逃げなさい!!」
「でも!?」
「行け!裏口から逃げな!」
シューラの剣幕にルーシェは怯んだ。
「女将……、ごめんなさい、ごめんなさい!!」
涙を流し、ルーシェは立ち上がった。
「アルスさんこっちです!こっちに裏口があります!」
アルスの手を掴みルーシェは走り出した。部屋のドアを開けると外に繋がっていた。すっかり夜だ。月明かりだけは明るい。スヴィエート特有のいつもの夜だった。
「待て!追え!!絶対に逃がすな! アルエンス皇子を殺し、あの娘を捕まえろ!!」
貧民街を駆け抜け、必死に走った。
「ルーシェ!! 港のオーフェンジークまで逃げるぞ!!」
「は…はい…!」
今度はアルスがルーシェの手を握り広場に出て、外に出る。ひたすら走り、オーフェンジークに着いた時には、完全に息が上がっていた。
「はぁ…はぁ…もう、走れません…!」
「大丈夫かルーシェ!?」
「いたぞ!絶対に逃がすな!!」
追手が来てしまった。
「ルーシェ!しっかり!」
荒い息を吐きながらルーシェは自分の額に手を当てた。ここまで一気に走ってきたのだから疲れて当たり前だ。ルーシェは女性、体力は男に劣っておりそれ以前に民間人だ。
「ごめん!ちょっと失礼!」
「うわぁ!?」
「しっかり俺に掴まって!」
彼女を横抱きにして、再び走り出した。ルーシェは振り落とされないようにアルスの首に手を回す。港の家の光は殆ど消えており、港は静まり返っている。海が見えてきた。防波堤だ。目の前には一隻の船。
しめた、あれは貨物船だ。
「今日最後の貨物便ですね」
「うむ、忘れ物はないか?荷物はすべて運び込んだか?」
「はい、漏れ残しはありません、すべて運び終えました」
「そうか、では出航するとするか」
「了解!」
港、貨物船の前の防波堤で二人の船員が話していた。そして船に乗り込み、船が出航しようとしている。
「あれだ!ルーシェ、あの船に乗るぞ!」
「ええぇ!?無理です!ってか間に合わないですよ!」
「しっかりつかまって!!」
「ちょちょっと!!」
足を必死に動かし、走るスピードを加速させていく。
「きゃああああ!?」
そして防波堤から高くジャンプし、なんとか船の甲板に着地した。ドサッと倒れ込み、ルーシェとアルスは甲板に投げ出されたように転がる。
「はぁ…間に合ったー!」
仰向けになり空を見上げる。真っ白な息が、真っ黒な空に消えていく。あと少し船が早く出港していたら確実に間に合わなかっただろう。
「くそっ!!逃がしたか!?」
「いかがいたします?隊長!?」
「くっ、仕方がない、アルエンス皇子は予定通り殺したとあの方には伝える。これ以上事を荒立てると早くこの事がバレる…それはマズイ…!引き上げるぞ!」
─────月が雲に隠れ、辺りは真っ暗になった。2人吐く荒い息と波の音が交じる。
この治癒の力を持つ彼女との出会いが、アルスの人生を大きく変えたのだった。
絶滅したと思われていた治癒術師。その生き残りの彼女、ルーシェと出会ったスヴィエート帝国第一皇位継承者。
まるで運命の糸からは逃れられない、そう言うように。
「俺、これからどうなるんだろう…………」
アルスの重い溜息が、潮風に消えていった──────