テイルズオブフェイティア〜宿命を運命へと変えていくRPG〜 作:平泉
仲間達は城に帰り部屋で休んでいた。アルスはと言うと溜まっていた皇帝としての仕事を片付けていた。だがあまり身は入らなかった。あのメロディーが離れず、頭に残っている。アルスは書類に目を通すのを中止した。そしてあのオルゴールのメロディーを鼻歌で歌い始めた。
「〜♪」
「おい」
心地よく歌っていると、ノックもせずに無粋な態度で荒々しくアロイスが入ってきた。アルスの
「機嫌よさそうだね?アルス?」
「……アロイス。久しぶりだな…。あの会議以来か?」
彼と最後に顔を合わせたのは戴冠式の頃だった。
「フン、あの時まさかお前が皇帝になるなんて思いもしなかったよ」
アロイスはうんざりしたように言う。
「残念だったな。俺は生きていた」
「はっ、僕も死んだとは思わなかったけどね。お前、地味にしぶとそうだし」
「地味には余計だ。全く、俺は死にかけたんだぞ、リザーガの奴らに襲われてな」
「でも、母上はお前が死んだとは最後まで認めていなかった。だから僕もそう思わなかったんだ」
「サーチス叔母様が?」
「あぁ、アルスは生きている、ってずっと元老院に言ってた」
「え?お前が皇帝になる事を手助けしたと、俺はてっきり思っていたんだが」
アルスの
「………僕もそう思っていたけど。…母上の考えている事って、たまに僕でも本当に分からないことがあるんだ」
アロイスはアルスの机に腰掛けた。そしてマーシャが差し入れに持ってきてくれたチョコクッキーをつまみ食いした。
「おい、俺のだぞ!」
「あー?いいじゃん?ちょっとぐらいさぁ、っていうかさぁ、何で帰って来たの?ホームシック?」
アロイスはからかうように憎たらしくにやりと笑った。
「違う、……ロピアスで色々とあってな。訳あって今は父上の事を調べているんだ」
「父上?8代目皇帝フレーリット…。僕にとっちゃ
「ああ、そうだ」
「何で伯父上の事なんか?」
「極秘任務だ。お前には話さない」
「あー、ハイハイ。分かったよ、ケチなアルス!」
アルスはふと思いついた。まだ聞いていない人間が、2人いる。アロイスとサーチスだ。
「おい、お前は父上の事何か知っているか?」
「はぁ?何かって、何?」
「……性格とか、何でもいい、何か特別な力を持っていた、とか……」
「自分が生まれてくる前に、死んだ人の事なんか分かるわけないだろ。せいぜい写真とかを見た事があるだけさ。それと武勇伝とか。スヴィエートの英雄って言われてたし」
「…そうだよな、俺と同じだよな…」
大して期待もしていなかったのでやはり、という気持ちだ。
「あぁ、でも…」
アロイスは何かを思いついたようだ。
「ん?」
「母上…。僕の母上なら何か知っているんじゃないか?本当は
「サーチス叔母様か。そうだな……」
アルスはあまり気が乗らなかった。というと、昔からアルスはサーチスがあまり好きにはなれなかった。苦手意識がどこかある。時々形容し難い、何とも言えない視線でこちらを見てくるのだ。それが少し怖かったのだ。
(仕方ない、背に腹は変えられない、か)
アルスは決意した。
「聞いてみる。サーチス様は今どこにいる?」
「多分自分の部屋だと思うけど?」
「分かった、じゃあな」
アルスは部屋を後にした。
(サーチス様の部屋なんて何年ぶりだろう。全然記憶にないな…)
アルスはサーチスの部屋の前で足を止めた。ノックをする前に深呼吸した。
「何をしているのですか?」
「ッ!」
アルスは心臓が飛び出るかと思った。急いで声のした方を向くと白衣服姿のサーチスが歩いていた。
「さっ、サーチス様!なっ、どこに行ってたんです……か…?」
「あぁ…少し野暮用を、ね。そんなことはどうでもいい筈です。それより皇帝陛下?私の部屋の前で、一体何をしていたのですか?」
アルスはサーチスに睨み付けられた。彼女のメガネが光で反射し、アルスは威圧感を感じざるおえなかった。声にしても、この雰囲気にしても。アルスは思わず怯んだが、何とか声に出して言った。
「いっ、いえっ、あの……。そのお話を、し、したいと思いまして!」
「お話?政策関係のことですか?」
「い、いえ。その、父上の、フレーリット様の事について、聞きたい事が…」
「……!?」
サーチスの目が大きく見開かれたのにアルスは気付かなかった。視線を合わせていなかったからだ。
「なっ、何故フレーリット様の事を?」
「……申し訳ありませんが、言えません。極秘任務なんです。ロピアスとの条約がかかっています。訳はいろいろありますが、皇帝としての仕事の一貫です」
「………あ、あの人の事に関して、私がお教えできるのは何もありません」
サーチスは少し焦ったように言った。
(あの人?)
アルスはその呼び方について少し疑問を持ったが、他の質問をぶつけた。
「サーチス様は父上と大体同じ世代の筈です。何か知っているのではないかと思って…」
「……大体、あの人の何を知りたいというのですか?」
「何でもいいんです、性格とか、趣味とか…!あ、ええと、何かの能力を持っていたとか!」
「……あの人は、あの人は……!」
「サーチス様?」
アルスはサーチスの顔を見た。
(えっ?)
アルスは驚いた。今までこの人のこんな顔を見たことがない。冷静な彼女の取り乱した様子、頬が少し紅潮している。
「…失礼、そうですね。……あの人が私を、光術のエキスパートが集う光軍の最高司令官に任命して下さいました。彼はカリスマ的な素質を持っておられて、あの人の先導に皆が従いました。性格は、そうですね。実力さえあれば認めてくださる差別のない御方でしたよ」
アルスはこの手の話は何度も聞いている。
(もっと他の何か、何か精霊については手がかりはないのだろうか?)
「何か、特別な力を持っていたとかは?」
「特別な力?……光術に関しては、あの人に享受したものも、されたものもあります」
「それだ、それです!サーチス様。あの、何か、ないですか?何と言うかその、光術に関して特に優れてた部分とか!」
アルスは例えば無詠唱の術とか、という言葉を咄嗟に飲み込んだ。あまり深く聞いてもこっちがツッコまれて聞かれてしまう。
「光術で優れた部分……?リュート・シチートの事をお聞きしたいのですか?」
「リュート・シチート?」
「第2次世界大戦の時、スヴィエートのリュート海上空で行われた戦いの作戦名です。スヴィエート光軍対ロピアス空軍の戦いで、我が陣営が圧勝しました」
「あ、えっと、知っています。士官学校で習った覚えがあります。確か強力な光術で撃退したんですよね……氷の……」
アルスはそこまで言ってハッとした。
「ええ、あの作戦はフレーリット様の発案です。複合光術という技術を用いた極めて高度な難易度が要求される作戦でした。氷属性の光術で上空に氷の幕、盾を作り出して通過してきた戦闘機をたちまちに操縦者ごと絶対零度に引きずり込み、エンジンさえも凍らせて戦闘機もろとも海に墜落させる。あの作戦は見事としか言い様がないほど、完全勝利でした」
複合光術とは、アルスは必死に思い出した。学校で習った内容だ。
(複合光術って、確かエヴィ結晶を使って術の威力を何倍にも高める事だったな。加減がかなり難しくて取得できるのはほんの僅かとか…。それに術者はそのエヴィ結晶の反対属性の術を使えないとまず成り立たないし、結晶に送るエヴィの量を間違えると暴走の危険もあり、身の危険に晒される……)
「あの作戦には、フレーリット様直々に参加なされたのです」
「父上が!?」
そんな事は聞いたこともない、初耳だ。
「あの人がいたから勝てたようなものです。本人の希望で極秘でしたが、亡くなっていますから、まぁいいでしょう。異例ですからね、皇帝陛下自ら戦場に立つなんて。それに、危険極まりない。軍にも元老院にも、話したところで反対されていたでしょう」
「リュート・シチート、氷…、やっぱり、父上は…!サーチス様!父上の光術はどのようなものだったのですか!?」
もし作戦時、元素精霊マクスウェルの力を用い、氷の光術の精度を恐ろしく高めていたとしたら───?
「先程も言ったでしょう?あの人がいたから勝てたようなもの。あのお方は素晴らしい光術使いだった。本当に…。我々には難しくとも、いとも簡単に高度な術をお使いになられたものです」
サーチスはまた先程のような表情になった。憧れ、だろうか?いや、崇拝?憧れとは何か違うような。崇拝とは少し似ているような────。
「っ、貴重なお時間ありがとうございました」
アルスはサーチスに礼を言い、駆け出した。サーチスが何かをつぶやいているのは、アルスの耳には聞こえなかった。
「ふふ、もうすぐ……もうすぐね……、あぁ……、フレーリット………!フレーリット!」
高揚した表情で、駆けていくアルスの後ろ姿を見つめた。そして、首にかけてある金のネックレスを握り締めた。
「そういえば、城にロダリアが来ていたわね。準備期間の時間を稼いでもらいましょう。それにあの氷石の事もまだ確信が持てないわ…、確実にあの人の物だったか、ふふ、ついでに確認させてこようかしら?」
彼女はそう言うと廊下を静かに歩いて行った。