テイルズオブフェイティア〜宿命を運命へと変えていくRPG〜 作:平泉
アルスは自分の部屋に戻りハウエルとマーシャ、仲間達を呼び出した。
「陛下、おかえりなさいませ。ところでお仕事は終わらせましたか?」
マーシャは人数分のデネスティーを煎れた。フィルの分には蜂蜜をたっぷりと入れている。
「今はそんな事どうでもいい!それより、皆揃ってるか?って、あれ?ロダリアさんは?」
部屋にはロダリア以外全員揃っていた。
「先ほどお化粧室に行くと仰って出ていかれましたが、少し遅いですね」
ハウエルが言った。アルスは急いでいたので、特に気にもせず話を続けた。
「まぁいい。ハウエル、父の事を色々と調べてきて分かったことがあるんだ」
「なんと。それは一体…!」
「これは俺の仮説でしかないんだが……、昨日話した気候の事も整理して話すと、つまり、その、仮に父が、フレーリットが20年前の第2次世界大戦の時に、ロピアスのどこかにいる精霊マクスウェルの力を掌握したとする。そしてスヴィエートにおいては特に氷のエヴィが大量に満ちている。父は、自分の体になじませる、もしくはマクスウェルの力を完全に自分のものにするためにも、取り敢えず誰にも公にはせずに、多分秘密裏に、1人で管理したんだと思う。どうやったかは分からない。でも、無詠唱で、あの日記にあったような記述は、ノインが言ってた通りだ。まず普通の人間には有り得ない。そして、精霊イフリートと戦った時、奴は無詠唱で火の術を駆使してきた。光術を発動する際に詠唱は必要不可欠なものだ。そうだろ?ノイン?」
「ええ、その通りです。光術を発動させるための、言うなれば…、合言葉、と言ったところでしょうか?詠唱は、古くから光術の原点であり、術を修得するためにはまずは詠唱がないとお話になりません。あとは、いかにエヴィを操れるかどうか、ですかね。ここらへんは才能も関係してくるかもしれませんね、あと本人の努力など」
アルスの問いかけにノインは答えた。アルスはその答えを聞いて、少し自分の立てていた仮説に自身を持った。その仮説とは、
「これも、あくまで推量なんだが。恐らく詠唱とは、精霊との契約の証なんじゃないか、って思ったんだ。イフリートの話によると、精霊はエヴィを生み出す存在。精霊がいる限りエヴィは絶えず生み出される。詠唱は、そのエヴィを人間が使うためのある一種の儀式なんだと思うんだ。エヴィは世界中を巡って、あらゆる霊勢を生み出す。そしてそのエヴィを調節していたロピアスのどこかにいたという元素の精霊マクスウェル。それを20年前俺の父親がその力を掌握した、もしくは封印…。とにかく、何らかの事をして、マクスウェルが力を発揮できないようにさせたんだ」
「なるほど?差し詰め、以前はそれをレガルト女王と話していたというところでしょうか?」
いつの間にかドア付近にロダリアが立っていた。そして黒い髪をすき、口角を上げて言った。
「ロダリアさん……!?いつの間にっ!?」
「あら、私影が薄いのでしょうかね?今さっき来ましたわよ?話もきちんと聞いていましたわ」
「そうですか……、失礼。流石、鋭いですね。ええ、そうですよ。俺も信じたくはありませんでしたがね」
「あれ?でもなんかさ、ちょっと違わない?」
ルーシェが不思議そうに言った。
「何がだ?」
「ほら、今日学校で聞いた話、あの氷漬けの事件。つまりあれって、アルスのお父さんが学生時代に既にその、マクスウェルの力を持っていたって事?それじゃ時系列おかしくない?」
アルスは首を横に振った。
「分からない、あの事件については曖昧な点が多すぎる。それに、父がやったという明確な証拠もないし、ただ未確認な力を持つもの凄く恐ろしい魔物がやったことかもしれない。それに対して父がその魔物の力に勝っていた、または偶然運が良かっただけ、とも考えられる」
「待てよ?そうなるとさぁ」
ガットは思い出したように言った。
「あのスミラの日記に書いてあった事については?」
アルスはそれにも首を横に振った。
「それも分からない、日記はほぼ20年前と同時期だ。……元々、父と母が出会ったのも、ちょうど20年前ぐらいだろう。俺の年齢が今20なんだし。いつ父がマクスウェルの力を掌握したか、本人にしか分からないんだ。バレないように絶対隠していたに違いない」
「20年前……。分からないことだらけ……。まさに空白の時代ってやつ?」
カヤが言った。アルスは自分の推測を言った。
「父は多分、氷属性の術が得意だったんじゃないか、って思ったんだ。でも無詠唱はどんなに頑張っても人間には絶対に不可能だ。だから、こう考えたんだ。父がマクスウェルの力を持っていたんじゃないかって、ね」
「そんなまさか!じゃあ何故!何故フレーリットは死んだのですか!?」
その時、ハウエルが悲痛な声で叫んだ。
「その精霊の力を持っていたならば!死ぬ事などありえなかったのではないのですか!?なのに!あの子は!志無念にも亡くなられてしまった!」
口調が少し変わっていた。あの子、フレーリットの事だ。ハウエルにとって、フレーリットは我が子も同然の存在だったのだ。幼い頃から見てきた彼。そして、アルスも。アルスは、所謂孫だろう。
「亡くなった?
────父を殺したのはあの裏切り者スミラだろっ!!!」
アルスが噛み付くように怒鳴った。
「いいえ、違います!違うのです!あんな事……!あんな事件……!未だ私は認めない!認めてなどいない、認めてなるものか!あのスミラ様がフレーリットを殺すなどと!!」
「じゃあ誰が殺ったって言うんだ!?現実はこうだ!20年前、俺が生まれて間もなくスミラは父を刺殺した!花切鋏で腹部を一突き。そして!赤ん坊だった俺をも殺そうとして!それを止めようとした父の心臓に止めの一突きだ!!」
「えっ…?」
「………マジかよ……?」
「………悲しいネ」
「……ロピアスの王室で耳にした事がありますわ。最も世界を震撼させた衝撃的な暗殺事件だったそうですわね」
ルーシェ、ガット、ラオ、ロダリアが小さく声を漏らした。
アルスはそこで初めてこんなにも大声を出していた事に気づいた。仲間達にも、大きく暴露してしまった。柄にも無く、冷静ではなかった。
こんな事恥ずべき事なのだ。フレーリットという、愛妻家で有名だった皇帝殺しの汚名、国内最大の裏切り者としての名高いスミラ。その息子など、スヴィエートでは生き地獄だ。優秀な父の影に少し隠れているだけ。だが、この紛れもない自分の出生は、変えることはできない。
────自分の母親は、スミラ・フローレンス・スヴィエートだ。しかし、彼女が母親でなかったのなら、今、こうしては生きてはいないのだろう。
否、生まれてはいなかったのだろう。
「………!すまない、取り乱した……、はぁっ……」
アルスは落ち着くために深く息を吸った。
「陛下……デネスティーを…。気分が落ち着く筈です…」
マーシャは優しい声でアルスを気遣った。母親スミラの話題、スミラの名前ですら、彼にとっては禁句にも及ぶ、言ってはいけない言葉なのだ。マーシャが、アルスにティーカップを渡す時に言った。
「陛下……、私も、あの事件は、忘れることが出来ません…。私達は何度も調査しました。あのような、悲惨な事件……」
「当事者だったんだろマーシャは!なら分かるはずだろ?俺の気持ちぐらい!」
「冷静に、冷静になってください陛下。落ち着いて。どうか話を聞いてください……」
マーシャは目を伏せて言った。
「陛下は恐らく、スミラ様による心中説を考えておられるのでしょう。私達は、そうは考えられないのです……!当事者だからこそなのです!赤ん坊の陛下が生まれて、これからという時に、あんな事件を起こすなんて。親しかった、身近だった私達にとっては信じたくもありませんでした」
「何が言いたいんだ……」
アルスはイライラしながら言った。どうせ、スミラを擁護する物言いだろうと思っていたのだ。
「そうですね、ただ……、心中なら、どうして貴方は生きているのですか?」
「─────えっ?」
アルスは鳩が豆鉄砲を食ったように、驚いた。酷く困惑もした。
「心中ならば、一家全員もろとも……。つまり貴方の事も殺していたはずです。フレーリット様が止めた後で、彼を殺したあとで、出来たはずなのです。そして、心中にしては異な事…。その場で、フレーリット様の亡骸と共に死ぬような処を、スミラ様は違ったのです。花切鋏は、フレーリット様の心臓に突き刺さったままでした。
スミラ様のご遺体は中庭にありました。皇帝の部屋は最上階。最上階のバルコニーから飛び降りたと思われます…。遺体は…、損傷が激しくて見ていられませんでした……!変わり果てたスミラ様のお姿。私のトラウマです。長くなりましたが、つまり何が言いたいのかというと、何故その場で、持っていた花切鋏で自害しなかったのでしょう?そして、どうしてアルエンス様を、息子を殺さなかったのでしょう?」
「………気が変わったんだろう?僅かにも、俺に対して同情が湧いてきたんじゃないのか?それで、父を殺した事に錯乱したか、父が最後の抵抗をしたとか、スミラにとって予想外な事が起きた、そうじゃないのか?」
「……真実は、誰にも分かりません…。ただ、これだけは知って欲しかったのです。貴方は生きている。貴方は殺されなかった」
「…………」
アルスは押し黙った。真実を知る方法など今更、どこにもないのだ。
「おい、それなら過去にいってみればいいのじゃないのか?小生はそう考えるが」
その時フィルがとんでもない事を口走った。
「ハァ?何言ってんだ?んな事出来るわけねーだろ!」
ガットが笑って言った。
「えぇ〜?小生は以前漆黒の翼の紙芝居で見たことあるぞ?時計職人のアーロンっていう男がいてな?奴は時計塔の階段を登ってた時足をすべらせて階段を転げ落ちてしまったんだ。目が覚めたら、なんとそこは昔の時代。奴は過去へタイムスリップとやらをしてしまったんだ」
「あのねフィルちゃん、それはあくまでお伽話だよ。現実で流石にそれは……」
ルーシェもただの子供の発想だと思った。しかし、ロダリアが突然笑った。
「ウフフフフ、フィル。それ、出来るかもしれませんよ?」
ロダリアが赤子をあやすように、そして言葉をためながら言った。
「イフリートが言っていたでしょう?原初の三霊……。オリジン、マクスウェル、そしてクロノス。そのうちのマクスウェルとクロノスは、ロピアスにいる、と」
「まさかとは思いますが、そのクロノスに会いに行くんですか!?」
ノインがロダリアの発言に飛び退いた。
「ええ、そのまさかですわ。あら、イフリートが出来たのですから、クロノスも出来る、って事はありません事?」
「た、確かに一理あるけどさ!アンタ当てはあるわけ!?アタシの場合、偶然とか色んなのが重なっちゃってなんやかんやでああなったって感じだったんだよ!?」
カヤが身振り手振りを混ぜあたふたした様子で反論する。
「あら、皆さんご存知ありません事?ロピアス有数の観光地……、そしてさっきのお伽話に共通するもの……」
「一番の観光地…?アタシってばアジェス人だし!……ん?ちょっと待てよ……?」
「ハッ、なーるほど……」
ガットは全てを理解したようだった。
「ロピアスの観光興行収入で一番多い街は、首都フォルクスです。2番目に、ハイルカーク地区、3番目に、僕がいた海岸沿いのリゾート地、ラメント…」
ノインが言った。ロダリアが続ける。
「ハイルカーク地区は、他の地域と比べて海抜が低いのです。大昔にあったと言われている都市が崩壊して、その地下の上に、街は形成されています。その中でも、歴史的建造物として、最もロピアスで有名な………」
アルスはハッとした。
「まさか、ハイルカーク時計塔……!?」
「ええ、時計……、お伽話にも出てきているし、時間の精霊クロノスとぴったりではありません事?地下に古代の街があったなら、調べてみる価値は大いにあると、私は思いますわよ?どうでしょう?過去へ行ってみませんか?イフリートのように、協力してくれるかもしれませんよ?」
アルス達は前人未踏の未知なる道へ進もうとしている。
そしてこの先、ある笛吹きの少女の運命を大きく変える事になるとは、この時誰も思わなかった。