テイルズオブフェイティア〜宿命を運命へと変えていくRPG〜   作:平泉

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クラリス

少女に連れられやって来たのは細い路地。薄暗くお世辞にも綺麗とは言えない裏通りを駆け抜け少女はとある四角形のゴミ箱の前で足を止めた。

 

「ここ、この下!」

 

少女はそのゴミ箱に手を掛けると精一杯押した。ゴミ箱が退かされるとその下には鉄格子の扉があった。

 

「うりゃっ!」

 

少女はゴミ箱の裏に取り付けてあるバールを用い、テコの原理を利用して重たい鉄格子の扉をあけた。そこには梯子が下まで続いていた。

 

「さぁ降りて!早く早く!意外と中は広いから大丈夫!」

 

アルス達は考えている暇もなくその中に入った。

 

 

 

「はぁ……、た、助かった…!」

 

フィルは梯子を降り終わるとぺたんと床に座り込んだ。

 

「ここは……いわゆる防空壕ですね」

 

ノインが辺りを見回して言った。

 

「この前偶然見つけたんだ。誰にも使われてなかったから、私の秘密基地になってる」

 

「きっと誰かが作ったんでしょうけど、忘れ去られてしまったんでしょうね」

 

ロダリアが言った。少女はランプに明かりを灯した。言っていたとおり、意外と広いようだ。

 

「ありがとうね、わざわざ連れてきてくれて。そういえば、まだお名前聞いてなかったね。なんて名前なの?」

 

ルーシェはしゃがんで少女の目線に合わせ話しかけた。

 

「私はクラリス。クラリス・レガート」

 

「クラリスか。俺からも礼を言う。ありがとう、そうだ。チョコ食べるか?」

 

アルスは列車の車内販売で購入したチョコレートを差し出した。乗っているとき小腹がすいた時用にと思っていたが、ルーシェとカヤと話しているうちに食べるのを忘れていたのだ。

 

「え!?いいの?そんな高い食べ物っ!?」

 

「大丈夫だよ。ほら」

 

「やったぁ!!」

 

アルスはチョコの包み紙を剥がし、丸いチョコレートをクラリスに差し出した。クラリスは嬉しそうに笑い大きく口を開けた。

 

「口に放り込んで!はい、あーん!」

 

「…え、あぁ、はいはい。あーん」

 

アルスは一瞬呆気に取られたが、素直にクラリスの口に入れてあげた。クラリスはチョコが口の中に入ったと分かると、頬をあげて幸せそうに笑った。

 

「んむむ〜!おいしい!!」

 

「それはよかった」

 

アルスはフッと笑いクラリスの頭を撫でた。すると少女の頬がほんのり赤く染まった。しかしアルスはハッとして撫でるのをすぐにやめた。

 

(まずい、過去に干渉しすぎてる…!いくら少女と言えど、ロクな事が起こらないという保証はどこにもない!)

 

アルスの思いをよそにクラリスは弾けるような笑顔で、

 

「ありがとう!!」

 

と言った。アルスはビクッと肩を揺らし、とりあえず返事はした。

 

「あ、あぁ」

 

「お姉ちゃんとお兄ちゃんの名前は?」

 

「私はルーシェだよ」

 

「俺はアルス」

 

「オレンジのお姉ちゃんはルーシェ…。青のお兄ちゃんがアルス……。えっと、他の皆は?」

 

クラリスに聞かれ、皆自己紹介をした。フィルは唯一年下であるクラリスを物珍しく見つめていた。皆が自己紹介し終わるが、フィルはノインの後ろに隠れ、じりじりと顔を出した。

 

「お、おぉう……。クラリス……。おいオマエいくつだ?」

 

「7才!」

 

クラリスは元気に言った。フィルはそれを聞くとパァっと顔を輝かせた。

 

「小生より年下だ!クラリス、小生の事をお姉ちゃんと呼んでもよいのだぞ」

 

「うん!小生お姉ちゃん!」

 

「違う!小生の名前はフィルだ!」

 

「……?何でー?小生なのにフィル?へんなのー!?」

 

「変じゃない!変なのはお前だ!小生は一人称の事だぞ!」

 

「イチニンショウ?」

 

「むぅ……分からんか」

 

「むずいことわかんない……」

 

「うぎぎ………」

 

フィルはどうしてとお姉ちゃんと呼ばれたいようだ。

 

「ん?オマエその膝はどうした」

 

フィルはクラリスの膝を指さした。クラリスの膝からは血が出ており、脛にも痣や擦り傷がある。

 

「転んだ!あと蹴られた!あとふっ飛ばされた!」

 

「………痛くないのか?」

 

「いたいよ!でもヘイキ!クラリスは泣かないよ!お姉ちゃんだもん!」

 

「む?どうゆうことだ?小生の方が年上だぞ!」

 

「ちがうよー!弟がいるんだよ!5才の!体が弱いから、私が守ってあげてるんだよ!お姉ちゃんだもん!」

 

「そう、なのか。姉弟か………」

 

フィルは羨ましそうな目でしばらくクラリスを見たが、ルーシェによって遮られた。

 

「お姉ちゃん?」

 

「いたいのいたいのとんでいけー!」

 

ルーシェはクラリスの膝に手をかざすと治癒術をかけた。すると一瞬で傷が治っていく。

 

「うわぁああ!すごい!いたくない!」

 

「えへへ、どう?」

 

「いたいのどこいったの!?」

 

「え?えーっと………?」

 

キラキラした目で見つめてくるクラリスにいたたまれないルーシェは咄嗟に思いついたクラリスにも分かる。むしろすごく分かり易いことを言った。

 

「いたいのはアルスお兄さんにいったんだよ!」

 

「えっ!?」

 

突然話をふられアルスはルーシェを見た。彼女の視線が言っている。ひしひしと伝えている。

 

(痛いふりして!!早く!!)

 

「う、うわー、足が急に痛いー」

 

アルスはしゃがみこんで足を抑えた。棒読みである。

 

「ハッ!オイオイ大将!大根役者すぎんよ~!」

 

「チッ……クラリス、痛いのはガットに飛んでいったぞ」

 

「は!?」

 

アルスはしてやったという顔でガットを見た。

 

「ホント!?」

 

ガットはアルスを睨み返した。クラリスが期待の眼差しで見てくる。

 

「ぐ、グァアアアアアアア!あっ、足がァっ!俺の足がぁ!」

 

ガットは倒れ込んだ。アルスのと違って迫真の演技である。

 

「すごい!お姉ちゃん!いたくない!ぜんぶあっちいった!」

 

「そ、そうだねぇ〜あはは…」

 

ルーシェはクラリスの体にある痛々しい傷を次々と直してあげた。

 

「ホギャー!!僕の足が腐るー!ついに腐ってしまうー!!」

 

「いだだだだただ!!ラオさん!僕に移さないでくださいよ!」

 

ガットからラオへ、そしてノインへ痛みが伝染したのは言うまでもない。

 

 

 

傷の治療が終わると、クラリスは大きな声で言った。

 

「そうだ!ねぇルーシェ姉ちゃん!それで弟のロイといたいのぜんぶクラリスに移して!」

 

「え、え?」

 

「クラリスは、どんなに痛くても泣かないから!お願い!それ使えば、他の人にいたいの移せるんでしょ!?」

 

クラリスは男性陣を指さして言った。

 

「え、え〜?でもこの力はなんか、えー、えーと、そう!使うのはすごく〜、うーんと、すごく〜、大変で!ね!?と、とにかく大変なの!」

 

「あのね!クラリスの貯めたお金全部!全部全部払うから!それでお願い!」

 

クラリスはダンボールの中から缶を取り出すと蓋を開け中身を床にぶちまけた。小銭ばかりだ。しかし、7才の貯金にしてはかなり貯めた方だろう。

 

「ずっと地道にやってきて、この前やっと3000ガルド超えたの!それでも足りないなら、働く!お姉ちゃんの大変さを埋めるまで!ずっとずっと働く!」

 

クラリスはルーシェの服を掴んで揺らし、懇願した。

 

「クラリスちゃん………でも」

 

「お願い!一生のお願い!ホントのホントだから!死ぬまで働くから!お願いします!お願いします!体の弱い、私の弟の病気を私に移して!無理なら半分でいいから!そしたらロイは死ななくてすむから!ね!半分だけでいいから!いや、半分でも足りなかったら、もうクラリスと引換にしてロイを助けてよ!お願いだよ!ねぇ!お姉ちゃん!ロイが死んじゃうんだよ!」

 

「ク、クラリスちゃん……」

 

クラリスは必死に頭を下げ、ルーシェに泣きついた。ルーシェはこのような光景を前にも見たことがあった。下町で似たような事があったのだ。

 

「………………うん、分かった、はぁ」

 

ついに根負けし、承諾した。彼女にもある思いがあったのだ。ルーシェは息をつくと、目をつぶり下町の思い出を頭から無くそうと努める。

 

(昔まんまこれと似たような事があって私は女将にキツく言われて、結局治癒術をやらなかった。結果その人の命は……)

 

アルスは慌ててルーシェをクラリスから引きはがし小声で耳打ちする。

 

「馬鹿!何言ってるんだ俺達はそんな事をしにきたわけじゃない!」

 

「でもアルス、このクラリスって子が居なかったら空襲逃れるためにどこ行くあてもなく、もしかしたら最終的に死んでたかもしれないんだよ?」

 

「……それはそうかもしれないが……とにかく!皆もよく聞いてくれ」

 

アルスはイライラして言った。

 

「アルスお兄ちゃん……?」

 

クラリスが取り乱したアルスの様子を見て怯えた。

 

「首都フォルクスに属するハイルカーク地区で空襲が起きたということは、もうロピアスの制空権がほぼスヴィエートにあると言っていい!つまり、あの海洋都市ラメントがスヴィエートによって陥落しているという事だ!これは第2次世界対戦末期の史実だ」

 

「……ラメント陥落…。ああ、なるほど」

 

ロダリアは気づいたようだった。

 

「そう、いつスヴィエートがロピアス首都に直接攻め込んできてもおかしくない!歴史的にはそうなっているんだ!ラメントが陥落した事によって物資の流通が劇的に滞る。ロピアス軍はラメント奪還を何度も試みたが、全て失敗に終わっている。奪還を諦めたロピアス政府はラメントを見捨て、残った物資でロピアス空軍精鋭を集めた特別部隊を編成してスヴィエート軍に戦闘機で爆撃奇襲を仕掛ける。だがしかし逆に待ち伏せされて、ロピアス空軍は壊滅させられる」

 

「ロピアスくうぐん?パパの……?」

 

クラリスがぽつりと呟いた。

 

「あ、アタシ知ってるそれ。有名なやつだよね。リュート・シチートでしょ?」

 

カヤが言った。

 

「あぁ、そうだ。つまり何が言いたいのかというと、時間がないんだ!スヴィエートがロピアス本土に駐留しているということは、今、まさにこの時期にロピアスからマクスウェルがいなくなったと言ってもいい!時系列的にはこの後リュート・シチートが起こる…!だから俺達は一刻も早くスヴィエートに行って真相を確かめなきゃいけない!さっさとここを抜けて、スヴィエートに渡る手段を考えなきゃいけないんだ!」

 

「でもアルス!この子は私達を…!」

 

「クロノスが言っていただろう!!安易に過去に関わってはいけないと…!」

 

「聞いてアルス、でもね…」

 

「でもでもでもでもって!!君はいつもそうだ!またどうでもいい事に首をつっこんで!!」

 

イライラが最高値に達した瞬間だった。アルスは今、どうでもいいと言った。これは語弊がある言い方だったと後悔するが、感情が高ぶってそれに気づいたのはもっと後だった。

 

「どうでもいい……?クラリスちゃんことが?危篤の弟のロイ君が?ふざけないで!!たとえここが過去だとしても目の前の救える命を見捨てる程、私は周りが見えていない愚かな人にはなれない!」

 

「………何だって?」

 

アルスは耳を疑った。今までにない、ルーシェを憎む気持ちが膨れあがった。

 

「今は戦争時代だぞ!周りが見えていないはどっちだ!?」

 

「分かってるけど!でもクラリスちゃんは命の恩人でしょ!?私達の事を危険を顧みず助けてくれた!」

 

「それはクラリスが勝手にやった事だ!俺は頼んだ覚えはない!今やるべき事を見失うなと言ってるんだ!」

 

「勝手にって!いくらなんでもそれはないでしょ!?」

 

「ちょ、ちょっとお2人共……!?」

 

ノインが仲裁に入ろうとしたが、収まることはなかった。

 

「おいおい、こんな時に喧嘩かよ…?」

 

ガットは頭を掻きやれやれと下を向いた。アルスの言い分も、ルーシェの言い分も、理にかなっているとは言える。しかし、このような状況ではどちらか正しいのかそれは他の皆は分からず呆然と2人を見ていた。ここまで声を荒らげる2人は初めてだった。驚きを隠せない。

 

「私は!私は!今やるべきことはクラリスちゃんの事だと思ってる!アルスには分からない!私はいつも下町で見てきた!命の尊さ…!人の命はどうでもよくなんかない!1番大切なものだよ!」

 

「そんな事は分かってる!俺に説教でもしているつもりか!?」

 

2人の言い合いは各々の私情も混ざり合い、エスカレートしていた。関係ない話までもつれ始めているのだ。

 

「説教?うん、そうだよ!!目的の為に人間としての道徳的な要素を失ってる!」

 

それは売り言葉に買い言葉だった。

 

「道徳的…?失う?君は何を言っているんだか……!」

 

「私は、アルスがそんなんじゃまた女将が言ってたみたいな…昔の…」

 

その言葉の瞬間、ピクリとアルスの肩が揺れた。

 

「……っ!それは関係ないだろ!!!」

 

気付いたら怒鳴っていた。

 

「ひっ…!」

 

アルスがここ一番で、大きな声で怒鳴った。ルーシェは思わずたじろいだ。皆も目を見張った。幼いクラリスはアルスの怒鳴り声に恐怖を感じ涙を浮かべている。そして震えた声で言った。

 

「うっ…ひぐっ、ごめんなっ、ごめんなさいぃ……」

 

2人はそこでハッとした。発端は確かにクラリスの事だったが流石にこれはまずいと思ったアルスは慌てて謝る。

 

「あ、ご、ごめん!ごめんなクラリス…。違うんだ……、これはその、えっと…」

 

「クラリスちゃん!ビックリさせてごめんね!もう大丈夫だよ…?」

 

「う、うぇ、ひっぐ、あのね、お兄ちゃんさっきロピアスくうぐん、って言ってたよね…?」

 

「あっ?ああ。言ったかもしれないな、でも忘れてくれ。アレは君には関係ないことだよ、ハハ……」

 

アルスは乾いた笑いを発した。こんな幼い子の前ではあるがペラペラとこれから起こる歴史を喋ってしまった事を後悔する。しかし、

 

「クラリスのお父さんは、くうぐんなんだよ。この前夜に、おしっこ行きたくなっちゃっておトイレ行ったらお母さんとお父さんが話してるのを聞いちゃったの。大きな作戦が始まろうとしているんだって」

 

アルスは目を見開いて驚いた。これは偶然なのか、運命なのか。アルスはこれはまたとないチャンスだと悟った。

 

「……!君のお父さんはロピアス空軍なのか…!そしたら、もしかするとこの先…!」

 

しかし、葛藤が入った。何を思っているんだ自分は。7才の健気な少女を利用するなんて、それは……。

 

そこにロダリアがアルスに耳打ちした。誰にも聞こえないように、さり気なく皆から遠ざけて、

 

「アルス、あなたの言い分も大いに分かります。しかし逆にこう考えられませんか?私達が行った事が、最終的に正しい未来となり、私達がいた現代に繋がっているのだと」

 

「そ、それは…………」

 

アルスは何も言えなくなった。そんな事は人間の自分には分からない。慎重に物事を進めるのは、性分だったが、いざこんな状況にもなるとそんな事も言ってられない。答えなど、誰にも分からないのだ。

 

「どうです?クラリスを利用する手の他、この先の道はないと思うのですが、私は……。あぁ、勿論、リーダーは貴方ですからね?これは聞き流してしまっても良いのですわよ?私は貴方について行きますわ?どんな道であろうとも、フフフ。でもルーシェも酷いですわねぇ、心の内ではあんな風に貴方の事を思っていただなんて……。きっと、もっともっと、不満があるのでしょうね?」

 

「やっ、やめろ……!」

 

アルスは咄嗟にそう言ったが、ロダリアは容赦なく続けて言葉を並べる。それは過去に様々なコンプレックスがあるアルスにとって、最も聞きたくない、嫌な言葉だ。

 

「────────昔と、比べて?

 

あぁ、アルス、可哀相に…。人間として、道徳的な事を失いかけて……。でも、それでいいじゃありませんか?」

 

「なっ……………!!」

 

ロダリアはゾッとするような、悪魔の囁きをアルスに耳打ちをする。アルスはまるで言い聞かされた子供のように、ロダリアの言う事に納得してしまった。

 

「俺は、俺は…!クラリスを利用だなんて…!?」

 

「あら、貴方の父親なら迷わずそうした筈ですわ?本当は分かっているのでしょう?自分がどうするべきか。先代フレーリット陛下ならそうしたのではなくて?」

 

「それは、それは……!」

 

「決断できませんか…、はぁ……アルス。貴方にはガッカリですわ。やはり父親が偉大過ぎたのですね。無理もありません。スミラの件もありましたからね。今の貴方には荷が重すぎ……」

 

「ま、待て!待ってくれ…!」

 

早口でまくし立てるとアルスは焦ったように言い返した。そして、下をうつむいて、目を泳がす。

 

「ルーシェの言ったことも、道理なのでしょうね?しかし皇帝として時にはそうしなくてはいけない選択というのも、あるでしょうに?ルーシェにはそれが認められないのです…。所詮、相容れないのですよ…、彼女は貧民、かたや貴方はスヴィエートの皇帝……。考えが違うのは言うまでもない。あれが彼女の本音なのですよ……」

 

「やめろ……!やめろもうそれ以上は言うな!」

 

「あら、失礼?でも私、間違った事、言いまして?」

 

「………!」

 

アルスは頭を抱えて苦しそうにうめいた。ロダリアはそのアルスの様子に薄笑いを浮かべると、満足そうにアルスから離れる。

 

(フフッ、恐らくルーシェはフレーリットの事を言ったのではないのでしょうね……。女将が言う昔の……という事は、恐らく闇皇帝ツァーゼルの事でしょうかねぇ……?私としてはアルスがそれに対して自分の父親の事だと勘違いしてくれた事で、上手くいくわけですが……。感情が高ぶって、冷静ではいられなかったようですわね。その点を見ると、彼はまだまだ青いですわね。ま、アルスとルーシェの2人の間に亀裂が入った事は確実ですわ。想定外でしたが、これはこれで結果オーライでしょう)

 

ロダリアにはハッキリと分かっていた。アルスの悩み、弱点、葛藤。

 

フレーリットの息子として宿命か、そう。必ず比べられるのだ。偉大だった父親と。そして弱点。それは裏切り者としての名高い母親スミラの事だ。もうこの件については、アルスにとって名前が出るだけで動揺が走るワードである。

 

葛藤…。父を尊敬はしてはいるが、彼のやったように非道になりきれない自分。しかしそれが不甲斐なさとして自らの重荷と姿を変える。

 

「私も過去のスヴィエートの皇帝に、貴方の父親に会って確認しなければならない事があるのでしてねぇ…、ウフフ」

 

その彼女の小さな企ての呟きは、誰の耳に入らなかったが。

 

「あの、ロダリアさん……?」

 

痺れを切らしたルーシェが釘を刺す。

 

「あぁ、申し訳ありません。少し、この時代のことで聞きたい事を聞いていたのです。ほら、いくら幼子の前と言えども、ね?」

 

「は、はぁ…」

 

引き下がるルーシェだが、ガットは疑った。

 

「ホントかよ?」

 

「ホントですわ?あらガット、私が嘘をつく人間に見えて?」

 

「そーゆーとこが余計に胡散臭いんだっつーの!」

 

「心外ですわ。このような喋り方なのですわ、許してくださいまし?」

 

「ケッ、で?アルス?おい、どうしたんだ?」

 

ガットはアルスの様子を伺ったが、酷く動揺している。同じく怪訝に思ったラオも言う。

 

「ネェロダリア、彼に何言ったの?」

 

「アドバイスですわ」

 

「アドバイス?」

 

「嘘はついてませんよ?これは本当に」

 

「じゃあさっきは嘘ついた、って事なの?」

 

「…………さぁ?どうでしょう?ご想像にお任せしますわ。でも、嘘はついてませんよ?フフフ…」

 

彼らをよそに、アルスは目を閉じた。そしてしばらくして決心したように瞳を開いた。その目は、酷く冷たかった。

 

 

 

ルーシェはアルスに近づき、心配そうに肩に触れた。

 

「ア、アルス……?」

 

「……」

 

「え?あ、ちょっ…?」

 

アルスはルーシェのその腕を振り払った─────。

 

ルーシェは突然のその行為に立ち尽くしてしまった。まるで自分が今、いないような、存在しないような。そんな扱いを感じるように思えた。そして極めつけのアルスの目が、心なしか、いや。まるで全く相手されていないかのような、そんな目だった。

 

アルスはクラリスの元へと駆け寄った。そしてしゃがみ、目線を合わせて言った。顔は笑ってはいるが、目は笑っていない。

 

「クラリス、さっきはすまなかった。俺が悪かったんだ。許してくれ」

 

さっきとは比べ物にならない程の優しい声で言った。クラリスはその様子に安心し、笑って言った。

 

「ゆるすー!お兄ちゃんとお姉ちゃん、仲直りしたの?」

 

「あぁ。─────それより、君の弟、ロイの所に案内してくれ。君達を助けたい、そうだろう?ルーシェ?」

 

アルスは振り返りもせずルーシェへと言葉を投げかけた。

 

「えっ?あっ、う、うん」

 

ルーシェは素直に返事をしたが、アルスに感じる違和感は拭えない。

 

「ほら、仲直りだ」

 

「………なんかおかしくない?」

 

「おかしくないよ」

 

「そう?」

 

「そうだよ」

 

「ふーん、まぁいっか!」

 

淡々と返すアルスに若干の違和感を覚えるクラリスだが、弟の危機を救えると思うと今すぐにでも案内したい。その気持ちの方が優先した。

 

「わかった!じゃあ今すぐ案内する!来てきて!小生お姉ちゃん!」

 

「フィルお姉ちゃんと呼べ!」

 

クラリスはフィルの手を掴むと防空壕の出口へと走っていった。

 

「ほらノインも!」

 

「わっ、フィル!」

 

「さぁ、ガット、ラオ」

 

ロダリアが梯子の前で止まり、皆を促した。

 

「あ、ああ、っていいのか?これで?なんか、変じゃねぇか?特にアルス…」

 

「アルスー!行っていいのー?」

 

カヤが聞いた。その問いにアルスはまた淡々と返す。

 

「ああ、先行ってくれ」

 

「わかったー」

 

「カヤも、早く行きますわよ、事を急ぎますわ」

 

「……オッケー」

 

ガット、ラオ、カヤ3人達は不安げに後ろを振り返る。残されたのはルーシェとアルスだった。しかしロダリアに急かされ、梯子を登って行った。

 

「あ、あの、アルス……、さっきは、ごめ……」

 

「ああ、いいよ、そんな事は」

 

「えっ、えっ?」

 

ルーシェは困惑した。遮られる様に重ねられた声は酷く乾いていて、冷たくて。

 

「君が俺の事をどう思っているかはっきり分かった」

 

「へ?アルス……?何言って…?」

 

「本音が聞けて逆によかったよ。所詮君も、俺と父を比べるんだな、って」

 

「え?父?何?何のこと……?」

 

ルーシェとしてはかなり心外な発言だった。彼女は、アルスの事を思っているからこそさっきの事を言ったのだ。

 

(わ、私はあの思想が、昔の闇皇帝として名高かった身勝手で恐怖政治のツァーゼル政権のようになっては欲しくないって言おうと…!)

 

「人間としての、道徳的な事を皇帝である俺に説いてくれて、どうもありがとう。貧民のルーシェさん」

 

「──────っは………!?」

 

痛烈に皮肉めいたアルスの言葉に、ルーシェは絶句した。アルスがこんな事を言うだなんて信じられなかった。

 

「俺は先に行くから、早く君も来るんだ」

 

「い、今、何て………!?」

 

「仲直りはしないよ。だけど、君がいないとロイの件、進まないからね」

 

「アルス………!待って!?勘違いしてる!違う、違うの!私が言おうとした昔って、そうゆうことじゃなくて」

 

「何も聞きたくないよ。君の声すらも」

 

アルスはその言葉を無理やり遮って背を向けた。そして早々に歩き出した。

 

「アルス!!違う、違うよ待って、ねぇ待ってよ!!アルスってば!」

 

ルーシェが必死で手を伸ばしたが、空を切った。とてつもない事が起きてしまった。

 

「そ、そんな。待ってよこんな事って…!」

 

ルーシェは膝から崩れ落ち、泣き崩れた。

 

アルスも気づいていなかった。本当の自分をルーシェに見てもらいたいのに。知らずうち、今振る舞っているこの自分は、興味がない、他人には全く無関心な父であるフレーリットそっくりである事に。ルーシェに対する姿勢がまさにそれであった。

 

それは、ひどく滑稽だった。

 

誤解が、誤解を産み、ロダリアがそこに絡み、簡単に戻せない関係までこじれてしまった。2人の間に深い亀裂が刻み込まれた。




主人公とヒロインのすれ違いによる喧嘩はあるあるですね

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