テイルズオブフェイティア〜宿命を運命へと変えていくRPG〜 作:平泉
夜通しでの作業の結果、早朝間際にアルスはレオンテ鉱石をミーレス輸送機に搭載することが出来た。これを、国境ギリギリのところで発動させればレーダーに感知されずにスヴィエートに行くことができる。アルスは急いで仲間の元に戻った。仲間達はポワリオのレガート家の実家にいたようだった。ロイの病気も治った事だし、アルス達がスヴィエートに渡るとまたハイルカークに戻り、その後戦争が落ち着いたらここ実家に戻り、住まうのだと言う。
「けれど、またいつ空襲が来るかもしれません。いくら軍の駐屯地があって、抑制となっていても近隣地のラメントがスヴィエートによって占拠されてるとなると、油断は禁物です」
ソランジュは不安を顕にしながら言った。レガート家のリビングにはセドリックもいる。
「セドリックさん、我々は明日の早朝に出発します」
アルスは皆に聞こえるようにはっきりと言った。仲間達はその言葉を聞き身を引き締めた。
「いよいよ明日、スヴィエートに行くんだな…」
「しかも、戦争中のネ。ぶっちゃけ前代未聞だよネ」
「でもアタシ達その為に、来たんだもんね…」
セドリックは立ち上がり、アルスに握手を求めた。
「アルス君…、君に出会えて良かった。そしてルーシェさんも。その他の皆さんも、娘、息子の心を癒してくれて感謝する。あなた方に会えたことを誇りに思う。ロイの病気を治してくれた事、一生忘れない。ありがとう…」
「……礼を言うのはこちらの方です。ミーレス輸送機、提供してくださって本当に感謝しています。ありがとうございました」
アルスはしっかりとセドリックの手を握った。しかし、あの事を咄嗟に思い出した。クラリスの笑無邪気な笑顔がフラッシュバックする。
「………!」
アルスはその思いを振り切った。作業中も何度も葛藤した。だが、どうすればいいのか分からないのだ。
「クラリスに言わないのですか?明日出発すると」
ソランジュが言った。
「はい……クラリスはきっととても悲しんで行くな、とせがむでしょう。連れていけ、とも言うかもしれない。それを無理矢理振り切って行くのは心苦しい。どうか、我々の事は忘れるように、と彼女には言って聞かせてください」
「しかし……それではいささか不憫では……」
「………スヴィエートに行ったら、今後再会できるかも分からない。もう会えないかもしれない。まだ幼いクラリスには酷かもしれませんが。これでいいのです」
アルスなりに考えた結果だった。所詮自分は現代の人間で、彼女達は過去の人間。干渉しすぎたのだ。
(これでいい、これでいいのだ────)
「何だか、寂しいネ」
「そういや、お前もそれなりに懐かれてたからな」
「首で遊ばれたヨ、あの子意外とかなりアグレッシブなんだよネ」
「私も遊んでやったなぁ〜、最初の方に比べると随分元気になって、良かったよ」
「貴女変なこと教えてないでしょうね?スリとか、バレにくい詐欺法とか」
「それはもう卒業したっつーの!つーか!そんなの7才の子に普通おしえるかっ!」
ガット、ラオ、カヤ、ノインはクラリスとの思い出を語った。アルスが作業中の間、かなり相手をしてやったようだ。
「小生も、悲しいぞ……。あやとりを教えてやった」
「フィルちゃんは、お姉さんになれたって、嬉しがってたね」
「うん…、小生の妹分だ。皆の中では、小生が1番年下だから、シンセイだった」
「………えっと、新鮮、って言いたいのかな?」
「あ、それだそれ。それとプチ騎馬戦ごっこもやったんだぞ」
「あぁ、最終的にノインがぎっくり腰になってたやつね……」
「ルーシェが奴を治した時、ぶつぶつ何か言ってたぞ。借りを作ってしまっただどーのこーの」
「別にそんなの……借りでもなんでもないのに」
フィルとルーシェもいつも通り仲良さげに話していた。皆、クラリスという少女に思いれを抱いていたのは確かだった。
「………各自早めに休むように。今日はもう解散しよう」
アルスは皆に告げた。アルスがリビングの扉を開けた。すると何か突っかかったような感触がした。
そこには────
「っクラリス!?」
「っ!」
ドアにクラリスが寄りかかっていたようで、アルスはドア越しに突き飛ばしてしまったようだ。彼女は尻餅を着き、俯いて言葉を発しない。
「また何でここに…!大丈夫か…って、あ……」
クラリスはアルスの差し出した手を無視すると一目散に廊下を走り、自室に走っていた。
「あーあ、聞かれたんじゃねーの?」
「あの子まーた盗み聞きしちゃったのねー」
「今回ばかりは、すごく可哀想な結果になっちゃいましたね…」
ガット、カヤ、ノインの言葉が言った。
「クラリス……」
アルスは彼女の走って行く後ろ姿を見つめた。少し見えた彼女の頬にはきらりと涙があった。
アルスはその出来事の後、ポワリオのある店を転々としていた。戦争中なゆえ、やっている店は少なかった。それに加えてアルスが探していた店は、それなりの物な為、探すのに苦労した。やっと見つけたその店の女性店主と会話を交わした。
「買ってくれるのは有り難い事です。なんせこのご時世ですから。客が来ること自体が逆に珍しいんですよ。戦争さえ無ければ結構繁盛している老舗なんですよ。しかし、こうしてやっててよかった。報われますよ。お買い上げ本当にありがとうございます」
「あぁ…、何か、綺麗なラッピングはなだろうか?」
「あ、ありますよ。誰かへのプレゼントですか?」
「……そうなればいいんだが、渡せるか分からない…、もしかしたら無駄になるかもしれないな…」
「……事情は深くはお聞きしません。ですがいい品物ですから、これがいい御方に渡ることを祈ります」
店主はそれを愛おしそうに撫でた。黒と銀に輝くそれは、製作者と店主の愛を感じられる。綺麗にラッピングされたそれを受け取るとアルスは店を出た。
「ありがとうございました、またご縁があれば嬉しい限りでございます」
「それと、この辺りにお菓子を売っている店はないか?チョコレートとか置いてあるとありがたいんだが…」
「あぁ、それなら突き当たりを左に曲がればすぐそこに。人気のお店です。多分あそこは構わず年中やっていると思いますよ」
「ありがとうございます」
店主に見送られ、アルスはまた寄り道しつつ帰路についた
そしていよいよ翌日の早朝。天気は悪くない、風もない。絶好の日だった。
倉庫外の、使われていない小さな滑走路。皆、ソランジュから渡されたバスケットの中のパンを頬張っていた。これがロピアスでの最後の食事となる。まだ夜は明けていない。薄暗闇の中、あくびをしたりストレッチをしたり、パンを食べまくったりと皆それぞれの行動をしていた。アルスは少し辺りを見回した。セドリックとソランジュも見送りとして来ている。しかし、ロイとクラリスの姿は無い。
(来るわけないか……)
アルスは昨日あった出来事を思い出した。もしかしたら来るかもしれないという思い、そして傷ついてすっかり嫌われているかもしれないという思いがアルスの中でも錯誤していた。
「いよいよですわね……」
「長いようで、短かったなァ」
「旅とはそうゆうものですわ。そして出会いも、別れも…」
「…………クラリスどうしてんのかねぇ」
ガットとロダリアが話していた。皆も緊張と寂しさが入り交じっている心境なのだろう。あまり口数は多くない。
「………じゃあ皆、乗ってくれ。じきに出発する」
「りょうかーい」
皆、クラリスの両親方に会釈を交わしながらミーレス輸送機に乗り込んでいった。最後に搭乗するのはアルスだ。
「お二方、何から何まで、色々とありがとうございました」
「こちらこそ、つまらない物しか用意できなくてすみません!」
「いえ、とても美味しかったです。ご馳走でした」
「元気でな………。君なら上手くやれるさ。幸運を祈ってるよ」
「………セドリックさん……。貴方も……。いや、申し訳ない……」
何故か謝るアルスにセドリックは笑った。
「ハハッ、どうして謝る必要があるのかね」
「…いえ、何でもありません。俺も、貴方の、いや。レガート家の幸福を祈ります」
「ありがとう」
2人は今一度固く握手を交わした。夜が明けてきたようだ。東の方角が眩しい。
「では……」
アルスはタラップの階段を一段一段ゆっくりと登って行った。走馬灯のように、彼らレガート家の事を思い出していた。
(やはり、来ないか……)
アルスはタラップを登り終たところで振り返り、下を見下ろした。輸送機の出入り口付近に隠して置いておいたそれは、どうやら無駄になりそうだった。
(申し訳ないな、あの店主)
アルスは昨日の女性店主を思い出した。だが、仕方がない。アルスは踵を返した。
────…ちゃん!
声が聞こえた。
───兄ちゃん!
何度も呼ばれたその呼び名。
「アルス兄ちゃーんっ!!!」
アルスはその声を聞き素早く振り返った。
─────クラリスだった。
「クラリスッ!!」
「アルス兄ちゃん!!」
滑走路を、燃えるような赤い髪をした少女が涙声で必死に、全速力で走ってきている。アルスは昨日買ったそれを取ると、勢い良くタラップを降り始めた。
「何?どうしたのアルスは?」
「見てカヤ!あれ!」
「クラリス!?」
既に乗り込んでいた仲間達は窓に目を向けた。
「クラリス!」
「アルス兄ちゃんっ!」
タラップを降り終えた所で、クラリスはアルスの所に追い付いた。彼女は感情任せにアルスの胸に飛び込んだ。アルスはしゃがんでそれをしっかりと受け止め、背中を撫でた。右手に例の物を持ちながら、クラリスの息が落ち着くまで待った。
「アルス兄ちゃんのばかぁっ!バカバカバカー!!アルスのバカー!!」
「ごめん、ごめんなクラリス」
クラリスの泣き顔はかれこれ3回目だった。彼女はぽかぽかとアルスの胸を叩いた。
「勝手に行っちゃうなんてひどいよぉー!」
「連れて行って、って言われると思ったんだ。でも危ないから……」
アルスが言い終わる前に、クラリスは泣き叫んだ。
「私も連れて行ってよー!!!うぇええぇえええん!!」
「ダメだ、それは出来ないんだ。分かってくれクラリス」
「えぇええへえぇえん!!うぁあぁああ!」
「あー、よしよし………」
アルスは背中をぽんぽんと叩いて落ち着かせた。クラリスはアルスの心臓に耳を当てていた。
「うぅ~……グスッ…」
「クラリス、お前はお姉さんだろ?しっかりするんだ、泣いてばっかだぞ、泣き虫」
「ロイの前じゃないからいいんだもん!!ロイはわざと置いてきた!起こしてって言われてたけど、こんな姿見せたくないし…」
涙で顔を腫らし、クラリスは酷い顔になっていた。しかしアルスの心音を聞いて落ち着いたのだろうか。もう泣きやんでいた。そしてクラリスは何かを取り出した。
「これ……」
「これ……折り紙か?」
クラリスから渡されたそれは音符の形をしていた。
「うん……、ラオ兄ちゃんから教わった……。それで、皆の髪の毛の色で作ったの」
重なっていた折り紙を1枚1枚丁寧にクラリスは見せた。深い青のコバルトブルー、弾けるようなオレンジ、ガットを象徴する緑。ベージュ、漆黒、薄金、灰色、赤みがかった茶色。仲間達の人数分のそれをアルスに渡した。
「それでね……最後の1枚が、これ」
クラリスは赤い折り紙音符をアルスに見せた。
「赤……。クラリスの髪の色だな……」
「私は行けないから、これ持って行って。あと、これもプレゼントだよ!ロイと一緒に描いたの!」
クラリスは丸めてあった画用紙を広げた。そこには皆の似顔絵が描いてあった。決して上手いとは言えないが、一生懸命かいたのだと、アルスは分かった。
「ありがとう、クラリス。大切にするよ。皆もきっと喜ぶ」
「えへへ、2人でがんばったんだよ」
照れてはにかむクラリスの頭を撫でた。自分もこれを、とアルスは右手のそれを差し出した。
「これ、何?」
クラリスはラッピングされている細長いものを不思議そうに眺めた。
「俺からのプレゼントだ」
「プレゼント!?アルス兄ちゃんからの!?」
クラリスは素早く受け取った。
「開けていい!?」
「ああ」
クラリスは満面の笑みを浮かべてビリビリと包装を剥がした。そして出てきたそれに感嘆の声を漏らした。
「これって……!」
「クラリネットだ。是非活用して欲しい」
「ホントに!?ホントに貰っていいの!?後で返してって言っても返さないよ!?」
「大丈夫。それはもう、君の物だ。それとこれも。ロイに渡してやってくれ」
アルスはチョコレートを取り出した。昨日買った物だ。かなり多めに用意し、ロイの分もきちんと用意してある。しばらく持つだろう。
「わー!チョコだぁ!!やったぁ!!!ありがとうアルス兄ちゃん!!」
アルスは最初に会った時のクラリスを思い出した。必死にリコーダーで演奏していた彼女はひどく健気だったが、音色と熱意は、本物だった。だからアルスはクラリネットを選択した。そして自分の好物、チョコレートも。
「そういえば名前も似てるな、クラリスとクラリネット」
「うん!!だから私これずっと欲しいと思ってた!!リコーダーなんかよりずっといい!クラリスとクラリネット!!吹いてみるね!?」
クラリスは試しにそれを思いっきり吹いた。しかし、空気が抜ける音だけで、クラリネットの音色は出なかった。
「むー………」
「まだ無理だよ。一杯練習して、上手くなって。そしたら、是非聴かせて欲しい、君が奏でるクラリネットの演奏を」
「うん!!!」
クラリスはこれでもかと元気な返事を返した。セドリックとソランジュが、様子を静かに見守っていた。アルスはハッとした。
「………っ!」
「アルス兄ちゃん……?どうしたの?」
虚空を見つめるアルスに、クラリスは怪訝な顔で尋ねた。
「クラリス……」
「なーに?」
「すまないクラリス……。俺を……許してくれ……!」
アルスはクラリスをぎゅっと抱きしめた。クラリスは驚いていた。
「何を?私何もしてないよ?もう怒ってないよ?」
「ごめん……、ごめん、な……」
アルスは涙をこらえられなかった。ぽろぽろと控えめに出るそれを必死に抑えようとする。
「どうしたの……?チョコ食べる?私の分いらないから」
今度はクラリスがアルスの頭を撫でた。渡したチョコを差し出すクラリス。
アルスは罪悪感で押しつぶされそうになった。自分は、クラリスの父親が死ぬのを知っている。即ちそれは彼女を裏切り、世話になったセドリックを見殺しにする事────
この事は仲間達も知らない。スヴィエートの人間で、更に皇帝という立場だったから、余計に申し訳ない気持ちでいっぱいになるのだ。例え直接自分が命令を出していなくても。
「大丈夫だよ、アルスお兄ちゃん……、いたいのいたいの飛んでいけー!」
「………あぁっ……」
クラリスはアルスの頭を撫で続けた。
「………ありがとうクラリス……」
クラリスの小さな体を抱き締め、アルスは別れの挨拶を告げた。
「………さよならだ、クラリス」
ゆっくりと、彼女から離れた。クラリスは希望に満ちた目でアルスを見つめた。
「また……また会えるよね?きっと!」
「あぁ……、きっと会えるさ」
アルスは嘘をついた。
(会えるわけないのにな────)
クラリスは去っていくアルスに手を振った。
「………バイバイ」
「バイバイ………」
アルスは静かに手を振り返した。そしてゆっくりと搭乗し、操縦席に着いた。気待ちを切り替え、一気に神経を集中させる。
「─────行くぞ!スヴィエートへ!!」
その日、ミーレス輸送機はロピアスから飛び立った。地平線の彼方に消える最後まで、クラリスはその姿を見送った。腕がちぎれるほど大きく手を振り、叫んだ。乗っていた仲間達もそれに答え、クラリスに向かって、大きく手を振り返した。
早朝の朝日が、アルスの目に眩しいほど飛び込んできた。それは綺麗な朝焼けだった。とても爽やかで、そして何故だか無性に悲しくなるような風景を超え、スヴィエートに向かって行くのだった。
さようならクラリス(フラグ)