テイルズオブフェイティア〜宿命を運命へと変えていくRPG〜 作:平泉
アン・ピア所属、フレーリット直属部下
以下5名
トーダ・ストフール(45)
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1番のベテラン諜報員で、下記4人達の上司。既婚者で、妻1人、娘1人、息子1人
メガネをかけて、人生に少し疲れてるような顔をしている。フレーリットが皇帝、総司令就任日より部下であり、最初の部下。彼に1番信頼されている、長い付き合い。喫煙者。
テリー・コサレフ(30)
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5人の中で1番ガタイがよく、力が強くて、腕っ節が自慢。独身。好みの女性タイプは筋肉を嫌わない人、マッチョ好きの女性。女性にモテたいと思うが故に、筋肉をつけたが、つけすぎて、モテなくなってからしばらくたつが何だかんだ言ってもう三十路。イースとは長年の付き合いで同期であり全てにおいて正反対だが腐れ縁。喫煙者。
イース・ケレンスキー(30)
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5人の中で1番記憶力やデータ収集、その照合や計算が早くて得意だが少し筋肉が足りない。独身。メガネを昔からテリーに壊される為コンタクトにしている。過去に彼女とチェスで対決し、容赦なくコテンパンに叩きのめし、泣かれて振られた経験を持つ。テリーとは腐れ縁。喫煙者。
ラルク・ニジンスキー(26)
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最近仕事を任されるようになってきた、アン・ピア所属4年目の中堅。独身。クソが付くほど真面目で個性がなく、無個性。真面目故に空回りや仕事を押し付けられたりすることが多く、苦労人。好物はケーキ、甘い物全般。女性への理想が若干高い。非・喫煙者。
アンディ・ボロトニフ(22)
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トーダチームの中で一番若く、配属されたての新人。ラルクを先輩に持ち、真面目過ぎて融通が効かない所をたまに歯がゆく思って仕方が無い。独身。まだまだ青く、調子に乗りやすい。気が利き、上司に可愛がられるタイプ。彼女が欲しいのになかなか出来ない。出会いを求めて合コンやバーによく行くが酒に滅法弱く話にならない。喫煙者。
フレートがスミラに自分の想いをドストレートに伝え、無事恋人同士になった日からしばらくが立った。あの日以来フレートはこれでもかという程に彼女に素直に、わかりやすく言えば甘々に、デレデレになっていた。と、いうのもフレートの方の仕事が徐々に多忙を極め、会う回数が確実に減ってきているせいでもある。それもそのはず。何のために軍事パレードなんてものをやっていたのか、戦争準備のためだ。恐らくもう2年、いやもしかしたら1年以内には、と大体の目安はついている。その間に、もはや自分は彼女と結婚を前提に付き合っているも同然なので恋人ではなく、婚約者になりたいものだ、と思うようになっているのも事実だ。問題はスミラがどう思っているかだ。付き合い始めたとはいえ、まだ浅い。それでもこうして甘えさせてくれるのはとてもありがたいが。
スミラは握ってた手を放し、彼の頬軽くをつねった。
「ねぇちょっと…、いい加減重いんだけど…」
「えぇ~?お願いだよスミラ、もう少しだけこうさせて」
スミラの部屋にも無事入ることが許され、彼女曰く、お気に入りのソファだと言っていたものに深く腰をかけて座ってもらい、余った彼女の太ももに頭を乗せ膝枕をしてもらう。勿論元々2人用サイズでもないし、そもそも背の高いフレートは端側で足がはみ出してしまう。しかし、その時間が彼にとって何よりの癒しであった。
「アンタってホント…手のかかる子供みたいね…、いや…もはや猫…?」
はぁ、とため息をつきそれでも仕方なく付き合ってくれるスミラは何だかんだ言って満更でもないし、無理矢理どかそうともしない。連日の仕事で彼が疲れ切っているのは承知だ。またそんなに寝ていないのだろう。どこか彼の眼のクマが深くなっている気がする。スミラはそんな彼の紫紺色の髪の毛をゆっくりと手でほぐし、愛おしそうに頭を撫でる。無造作に伸ばしてある邪魔な前髪をどけるとウトウトと夢の中に落ちそうなフレートが気だるげに答えた。
「…ふぁぁあ…。んー…一応言っておくけど、君の前だけだよ僕がこんな態度見せるのは」
フレートは頭を撫でるスミラの手を取り、頬に摺り寄せた。自分よりはるかに小さい手だ。柔らかくて、ごつごつしていない。細い指先が、愛しい人に触れている、触れられている。それだけで安心できた。しかし、癒されているフリをして、フレートはスミラの手を目敏く観察した。スミラは自分が今さっき訪問した時、薔薇の花を触っていた。うっかり棘に手をやり、それで指を切り、血が出ていたのだ。
(……………やっぱり治ってるか……)
その異常な回復の早さ、再生の早さを見たのはこれが初めてでは無い。最初も今も、本当に不思議に思っている。常人では考えられない。本人に言うと必ず誤魔化され、なおかつ機嫌も若干悪くなるので言わないでいたがフレートはやはり調べた方がいいか……と、スミラに申し訳ない気持ちになりながらも、今は思う存分甘えているフリをする。
事実それにこうして膝枕をしてもらうと自分の視点的には絶景なのでそれが見たい、っていうのも決して嘘ではない。言うと怒られそうなので言わないが。太ももも女性ならではの柔らかくて気持ちいい。彼女自身のいい匂いもするものだから、至福のひと時といっても過言ではない。
「……そ、そう…?まぁ息抜きは大事よね」
少し照れくさいのかツーンとそっぽを向いて目をそらす仕草がなんとも可愛らしかった。今までのフレートにはスミラは何もかもが新鮮に感じる。あまりからかいすぎるとキレて暴力が飛んでくるのも、もう慣れたものだ。むしろ彼女の愛情表現だと思っている。故に、何も構って貰えないよりかはビンタされたり蹴られたり罵倒されたりするのはもはやご褒美みたいなものだ。我ながら本当に自分はスミラのせいで変わったなと思いながら、そっと真上のそっぽを向いた顔を手で引き寄せた。
「ねぇスミラ…」
「なに…、フレ………」
甘ったるい雰囲気が漂い、自然とお互いの顔が近づき2人がキスしようとした瞬間―――――
ビーッ!
「ひゃあぁ!?」
「ふぐぅっ?!」
花屋正面玄関の呼び鈴がタイミング悪く鳴りスミラは驚き立ち上がった。そのお陰でフレートは心地よかった膝枕から勢いよく投げ出されドスン、と体ごと床に叩きつけられた。
「な!?何!?あ!あぁそういえば納品!納品だわ!きっとそうよ」
甘ったるい雰囲気に照れくさくなりそれを誤魔化すようにスミラは慌てて部屋を出ていき急いで1階に降りていく。
「はぁ!?納品はいつも朝だろう!?こんな時間におかしいじゃないか!居留守!居留守だそんなもの!」
当然フレートの機嫌は一気に悪くなった。恋人との口づけ寸止めをくらい、床に投げ出され体を軽く打ったのだから当たり前である。時刻は夕方を過ぎ、営業時間はとっくに終わっている。自身の仕事も少しカタがつき束の間こうしてきているというのに。
「スミラ―!?ねぇちょっと!さっきのは酷いよ!?」
急いでスミラを追いかけフレートも下の階へ降りた。
「うるさい!アンタは黙ってなさい!納品じゃなくてお客様かもしれないでしょ!はーい!今開けます!」
スミラはいつもの調子で鍵を開け、クローズ看板のかかった店のドアを開ける。てっきり目の前にはいつもの納品業者か、それもしくは仲のいいお隣さんのおばさんがおすそ分けをまた何か持ってきてくれたのかもしれない。そう思っていたのだが、目の前にいたのは身長の高いスーツ姿のかっちりした男性。スミラはひゅっ、と息を吐いて身を縮こませた。
(だ、誰!?)
「このような時間に申し訳ありません。しかし、緊急の要件ですので、ハウエル殿よりこちらにいらっしゃると聞き、お伺いしたのです」
「えっと…、どちら様…?」
「申し遅れました。自分はラルク、と申します。突然の訪問で本当にすみません。あの、フレーリット司令は、いないのですか?」
スミラが返答に困っていると、どうやら要件はここに遊びに来ているフレートらしい。後ろから階段を降りてきている足音が聞こえ、スミラは振り返った。ちょっとこれ、どうすればいいのよ、といったアイコンタクトを送るとすぐさま状況を把握したフレート。急いで玄関に向かうと、
「30秒、30秒で出る。向かいの家の方向を見てろ」
つまり後ろを向いていろ、という指示を取り付くまもなく早口で言う。スミラと話す時とは全く違う声のトーンだった。
「了解しました」
そしてピシャリと扉をしめた。男性は大人しく指示に従った。スミラはその様子をみて、きっとあの人はフレートの部下なのだといやでも分かった。そして、フレートがあと30秒でここを去ってしまうことも。
「もう行っちゃうの…?」
スミラは外に聞こえないように、小声で少し伏せ気味に目だけでフレートを見つめた。恋人との逢瀬の時間ももう終わりだ。少し前までうざいと感じるぐらいには会っていたというのに、時代の流れや物事というのは容赦がない。
「あぁ、ごめんスミラ…。ごめんね…」
本当に申し訳なさそうにフレートは謝り、彼女を強く抱きしめた。
「仕事なんだ…、行かなきゃ」
本当は行きたくない、君とずっとこうしていたい、それを口にするのはやめた。離れるのがもっとつらくなる。
「分かってるわよ、いってらっしゃい…」
寂しそうにフッと笑って送ってくれる彼女だけは、自分の宝物であり癒しでありかけがえのないものだった。
「愛してるよ」
「ん…」
スミラの顎を持ち上げ、キスを交わす。名残惜しそうに離れ、もう一度だけ強く抱きしめ大きく息を吸い、彼女の匂いを味わう。いつも花に囲まれているせいか、フローラルで、本当にピッタリで落ち着く匂いだ。決心がつき、バッと離れると、
「また来るから」
と言い、ドアノブに手をかけた。
「気をつけてね…………」
「あぁ」
スヴィエート諜報機関、アン・ピア所属
の部下のラルク、と言っても26歳で同い歳だ。独身で、付き合いは彼のベテラン上司、トーダよりは浅い。最近仕事を任されるようになり、後輩のアンディという部下もつき信頼するに値する部下である。平民街を離れ、城へと帰還する道を歩いている最中、フレートは、気を取り直し、いわゆる仕事モードに入った。
「で?緊急の要件って?」
「トーダさん、テリーさん、イースさんがロピアスのラメントから、予定より早く少し早く帰還しました」
「…!そうか、無事帰ってきたか」
「はい、ロピアスの天気が回復し船が出航可能になったそうなので」
トーダ、テリー、イースの3人には1年前、長期任務を言い渡した。海洋都市ラメントへの諜報活動。まぁいわゆる、スパイ活動である。
アン・ピアなんて諜報機関の名前も、アンチ・ロピアスから来てるものだから笑えた。自分が生まれる前よりあったその組織の名前。考えた人はなかなかセンスがあるな、とフレートは心の中で笑った。
「てことは、なんとかロピアス兵の数人は買収できたんだな。パイプも作ってきたという訳か」
「えぇ、恐らくは。ですが作戦実行時にまた確認を入念に行う予定だそうです」
「分かった、お前はもう3人と会ったのか?」
「はい、自分はアンディと港でお迎えしました。今はスヴィエート城で待機、休憩しています」
「そうか。分かった急ごう」
フレーリットは落ち着かない様子でポッケをまさぐった。しかし、目当てのものは見つからない。
「ちっそうだ……、置いてきたんだった…」
フレートはスミラの家や、スミラの前では煙草は吸わないと決めたのだ。彼女にけむい、抱きしめられた時煙草臭い、と言われてからなるべく彼女の前だけでは禁煙を心がけてきたが、機嫌が少し悪くなり、スミラから離れると途端に吸いたくなる。しかし煙草は今持っていない。今最高に吸いたい気分なのに無いこと苛立ち、舌打ちをすると、
「司令、よれしければどうぞ」
「え」
フレートは驚いた。ラルクがオレンジ色の箱のマッチと自分の吸っている銘柄の煙草の箱を差し出してきたからだ。皇室関係者や貴族、または軍階級上層部に好まれ、そのお陰でわりと値が張る煙草、インペリアルノア。略してイルノア。箱のデザインには投げナイフが描かれている。フレーリットは仕入れられたものを吸っているだけなので値段など知らないが。
そして安価なのに驚く程よく燃える、しかし湿気に極端に弱く主に愛用されるのは南西地方のシューヘルゼの田舎の火起こし御用達のジャン、と書かれたマッチだ。その極端な銘柄ブランドの偏りぶりにも驚いたが、もっと驚いたことは、
「お前煙草吸わないんじゃなかったのか」
そう、ラルクは非喫煙者である。
「はい。自分は吸いません。ただ、部下で喫煙者のアンディにこれを持っていた方がいいんじゃないか、と渡されまして」
その2つを渡すとラルクはまた何かを取り出す。携帯灰皿だ。これはアンディに、フレートがプレゼントしたものだった。
「へー………、彼なかなか気が利くじゃないか。マッチで火着けるのは久々だ」
「マッチで着けた方が上手い、と言っていましたね。吸わない自分にはさっぱりでしたが」
ラルクは煙草とマッチと渡した。フレートはそれを有難く受け取り、煙草を口にくわえる。
「後でチップでもあげようかな……」
「やめて下さい、タダでさえ調子に乗りやすいのに」
「冗談さ」
「まぁでも、イルノアはお高いんでしょうね。マッチに関しては一番安いの買ってましたから」
サイフの中身を見てうーん、と渋るアンディの顔が目に浮かんだ。新人でまだまだ青く、垢抜けない彼だが、年上に可愛がられるタイプでこういう気を聞かせられる所がフレートは気に入っていた。
「やっぱ後で褒めとこ……」
「それぐらいなら…まぁ…。今月ピンチって言ってましたので……」
部下の差し入れに感謝し、マッチで煙草に火をつける。はぁ、と吐いた煙がオーフェングライスの空に消える。
「やっぱこの煙草は美味いな………」
城に着くと、3人は応接室にいるのではなく射撃訓練場と仮眠室にいるとアンディから聞かされた。
「ゆっくり休んだ方がいいんじゃないかと俺も言ったんですけど、船の中で充分寝たと言ってますし、訓練してなきゃ気が済まない、ってテリーさんが」
アンディは俺のせいじゃないっすよ、と苦笑いし上司のフレートの目の色を伺う。
「オーバーワークだバカ。テリーは脳まで筋肉で出来ているのか?」
「イースさんもテリーに挑発されて乗っかっちゃって。トーダさんは疲れきって仮眠室で爆睡中です。やっぱ歳っすね」
フレートは呆れた。一番ガタイがよく、屈強な部下テリー。イースはどちらかと言うとインテリな方で体格はフレートとそう変わらない。テリーとは正反対の性格とガタイをしているが何かと競いあう個性の強い2人だ。さり気なく自分の上司であるトーダに失礼な事を言ったアンディもアンディで個性が強い。この中で一番無個性なのはラルクだ。無個性なのが個性、というのだろうか。
「まぁいい。そうだアンディ、煙草ありがとね」
フレートは煙草とマッチを見せ、携帯灰皿だけ彼に返した。
「えっ!?いえそんな!司令に喜んで頂けたなら何よりです!」
「良くやった」
「しっ、司令ぃっ………!」
アンディは後ろを向き「うぉぉっ……!」と喜びを噛み締めた。普段怒られてばかりなのだろう。抑揚の無い言葉で良くやった、と褒めただけでも見るからに喜んでいる。
「訓練場に行くぞ。ラルク、お前はトーダを起こしてこい。後で謁見の間で落ち合おう」
「はっ、畏まりました」
「アンディ行くぞ、着いてこい。2人を迎えにいく」
「エエッ!?司令自身がですか!?俺が行きますよ!?」
アンディは慌てて引き止めたが、フレートが手で拳銃の形を作りアンディに突きつけた。
「……………僕も久々に少し撃ちたくなった」
S難度マリナコースだけ。そう言い、フレートはシューティンググラスをかけた。おおよそ20m、10m、5mとバラバラの先にいる目標。人形の看板をし、水平、斜め、奥へと動くそいつの頭のど真ん中をフレートは撃ち抜いた。次々に設置され、予測できない動きを不規則にするその看板を淡々とフレートは撃ち続けた。弾が切れるとすぐにマガジンを装填しリロード、その間約2秒。後ろから見ていたアンディは、テリーに耳打ちした。
「…フレーリット司令は化物ですか?」
「しーっ!失礼ですよアンディ……!」
聞こえていたイースはしーっとアンディに注意する。
「だってあのマリナコースを全弾命中………」
アンディは1度もクリアした事がない。マリナコースは、とにかく命中精度が問われるコースである。動く的にも当てるのがまだまだ危ういアンディにとって不規則に動く的に全弾命中させていく様子は、信じられない光景だ。命中率の低い者が相当訓練を積まないと反応できないような、いわゆるチートコースだ。
「俺らよりずっと昔からずぅーっとやって来てんだ。それこそ物心のついた子供の頃からだ。腕が良くて当たり前だ。訓練のし過ぎで1度右肩を壊しかけてるしな」
アンディの質問に答えてやるテリー。しかしアンディはまた驚いた。
「1度肩壊しかけててあの腕ですか!?」
「まぁ……、お前がそういう感想抱くのも無理もない。俺も最初見た時同じ感想だった」
「僕らは1度も勝った事ありません」
イースがふぅ、とため息をつく。直後そのマリナコースが終わりフレートが振り返った。
「やっぱ腕落ちてるな、ひとつ頭外した」
「いやそんなことないですよ本当に」
「司令、それは有り得ないです」
「あれで腕落ちてるなら俺の腕は何なんですか!?腐りきって骨になってます!?」
一斉に部下のツッコミを食らうフレートだった。
謁見の間にて───────。
「改めて、よく無事帰還した。トーダ、テリー、イース」
「はっ。報告書は既に提出済みですが、改めて少し口頭でも報告いたします」
イースが報告書の内容の重要部分や、注意部分などを強調しつつ、簡潔に読み上げた。
「────────からして、海洋都市ではあるが故に陸地方面の警備は海ほど厳しくはありません。急峻な街並みで構造は世界で1番複雑な街だと思いますが、マッピングして地図も作ってきました。配備されている軍の分配、それから金で買収しスヴィエートに亡命するロピアス兵と複数人、と」
フレートは書類に目を通しながらその報告を聞いた。やはり自分で目利きしただけはあり、優秀に仕事をこなす人材である。
「ご苦労。よくやった。早速だけど、次の仕事に着いてもらうよ」
「はっ……」
部下達全員がお決まりのように返事をしたが、トーダだけは声のトーンが低かった。
「トーダ、君が次に当たるのは特別任務だ。僕の執務室にこの後来るように」
「…………承知いたしました」
トーダは何か言いたげだったが、何も口にしなかった。
「テリー、アンディ、イース、ラルクの4人もトーダの後で僕の部屋に来い」
「はっ!」
先に次の任務を受けるため、フレートの執務室に向かうトーダを見送った4人。喫煙室で煙草を吸いながら、自然と仕事の話になる。タバコを吸わないラルクは休憩室でマーシャからの差し入れのケーキを食べている。
「それにしても可哀想、トーダさん。長期任務から帰ったばかりなのに家族と会えないなんて、同情しちゃますよっぱり俺的には」
と、アンディ。彼が吸っている煙草の銘柄はライナスだ。オールマイティで価格も消費者に優しく、多くの人に親しまれている煙草である。箱にクロスの模様が入っているのが特徴的である。
「仕方が無いだろう、このご時世だ。トーダさんは司令から信頼されてる。むしろ名誉な事だ」
テリーはごそごそとスーツの懐から煙草を取り出した。
「あれ?テリーさんそれ新しい煙草っすか?」
テリーが吸っているのはロイヤルアベル、と書かれていた。アンディは興味津々に聞いた。
「ライナスから変えたんですか?」
「あぁ、スパイ中にラメントで見つけたタバコでな。ロイベルって親しまれてるんだと。ロピアス製なんで大量に買い付けて持って帰ってきた。すげー味が濃くて良いんだ。すっきりするぞ」
「へぇ~……、箱に羽のデザインが入ってるんすね……シャレてる…」
「それ、僕は嫌いだね。味が濃すぎる。それ絶対吸いすぎると肺とか呼吸器官やられるぞ」
イースが吸っているのはフレートと同じイルノアである。
「お前みたいなネガティブで陰湿な奴には分からねぇ味だ」
テリーは煙をふーっと吐き出し、ロイベルの煙草箱をトントン、と叩いた。
「僕は陰湿じゃない。賢いって言うんだよ。脳筋め」
「まぁまぁ、皆好きな煙草吸えばいいじゃないですか」
アンディがその場を和ませ、また話題を戻した。
「しかし司令も鬼ですねぇ…。今度はトーダさん単独任務ですよ。孤独との戦いって感じスカ?」
テリーとイースが答えた。
「トーダさん、嫁さんいるのになぁ……。俺も嫁さん欲しいなぁ」
「………嫁かぁ、はぁ………うっ、嫌な思い出が…」
「俺も彼女マジ欲しいッス…………はぁ…」
独身組の切ない嘆きとため息が喫煙室に響いた。
「やっぱ……、クロード屋のケーキは美味いな……」
煙草を吸わないラルクは紅茶と共に優雅にケーキタイムを過ごし、暇を持て余した。
コンコン、と無機質な音が響く。フレートは来たか、と思い問いかけた。
「誰だ」
「司令、トーダです」
「よし、入れ」
フレートは扉の鍵を明けトーダを通した。トーダは一瞬でいつもと違う上司の対応と態度に気付き、不審がった。
「失礼致します」
「誰にも尾行されていないな?」
「はい」
そもそも城の中でしかも皇室関係者のみ入れるフロアは、入れる人間は極わずかだ。信頼されている者しか入ることは出来ない。
「どうかしたのですか」
「い、いや何でもない」
「?」
トーダは自分が国を離れている間彼に何かあったのだろうか、と不安になった。
「司令、それで特別任務というのは」
「あぁ、そうそう。うん、とりあえずまぁ……」
執務室の奥の自分の椅子にフレートは座り、引き出しから何かを取り出した。それは写真のようだった。
「何も言わず、この女性の出身地や生まれなどについて調べて欲しい」
トーダは写真を受け取り、見た。
薔薇色の髪をツインテールにし、つり目の女性がそこには写っていた。背景には青い、一面セルドレアの花畑である。左目の下に泣きぼくろがあり、一言で言うと可憐な女性、というのだろうか。それがトーダが最初に思った感想だった。
「…………………………名前は?」
「名前は、スミラ・フローレンス。平民街で花屋をやってる」
今までこんなに突拍子もない仕事があっただろうか。平民街で花屋?もし彼女がロピアスのスパイというのなら別だ。調べろと言われるのも納得がいく。
「何故この女性についての出身や生まれなどを?何か怪しいものでもあるんですか?」
訝しむように聞いた。
「…………何も言わずって言っただろ」
「………今まで貴方は、任務についてはかなり用意周到に計画を練っていた。何もかもターゲットや調べるものの対象に対して情報を怠らない。今もそうだ。貴方はこれからラメントの電撃陥落作戦の打ち合わせでほぼ仕事ですし詰め状態になる。それに必要な情報とあらば、私は納得が行きますがね」
トーダも、遊びではないのだ、と心の中で思った。1年ぶりに祖国に帰ってきたというのに次の依頼で訳の分からない仕事を下されては、怪しむに決まってる。
「君には、南方のシューヘルゼ村に行ってもらう、もう経費は落としてある。皇帝の僕持ちで」
ヒラ、とフレートは小切手を見せた。そこにスラスラと何かを書き込んでいる。
「……………………はい?」
トーダはずり落ちたメガネを直した。今この上司はなんと言った?
「1ヶ月間の休暇、及び任務を命じる。家族全員でシューヘルゼへ旅行に行き、羽を伸ばしてこい。土産も経費で買ってきていいよ」
「え、……はい?」
トーダは混乱した。1年間の長期任務が終わり、次の特別任務となると、と覚悟をしていたのにも関わらず、意味不明な調査依頼。そして挙句の果てには、シューヘルゼ村へ行けとは。
「妻と子供に、家族サービスしてこい。1年間、ご苦労だった」
カカカッ、と羽ペンで小切手にフレートは素早くサインをする。スミラと呼ばれた女性の写真と共に小切手をクリップで挟むと立ち上がり、トーダに押し付けるように渡した。
「シューヘルゼは退役した軍人や、脱サラした者、人生に疲れた者がよく行く、スヴィエートで1番リフレッシュできる地だ。ここみたいに寒くないし、むしろ暖かい。バカンス気分で行っていい。
ただし、仕事はちゃんとしてくるようにね。嫁さんと子供によろしく」
「へ………?フレーリット総司令……?」
トーダは小切手と任務書の内容を見た。
『トーダ・ストフールに、皇帝より以下の任務を勅命する。
1ヶ月間シューヘルゼへバカンス旅行へ行き、家族サービスする事。無論、グランシェスクに行っても構わない。部下全員と皇帝に土産を持ってくること。経費は全て皇室持ちとなる。領収書の名前はスヴィエートにすること
追記:スミラ・フローレンスの事を何でもいいから調べてくる事』
小さく追記、と書かれた所にスミラ・フローレンスについて書かれている。ただし、シューヘルゼ村出身、ということしか知らないようだ。だから写真付きなのだろう。
「か、家族サービス………!」
トーダには願ってもない、最高の任務だった。しかも1ヶ月。十分すぎるほどだ。家族サービスしても、スミラという女性を調べる余裕がある。
「あ、有難うございます…有難うございます……!」
トーダは心から感謝の意を述べたのだった。
「次、アンディとラルクを呼んできて」
次々と勅命された任務はこうだった。
『ラルク・ニジンスキーとその部下、アンディ・ボロトニフ2名に皇帝より以下の任務を勅命する。
平民街、商店街の花屋フローレンスの店主、スミラ・フローレンスを監視し、彼女の身に何も起こらないようにする事。暗殺者や彼女を誑かしたり、脅威に陥れる人物がいた場合、殺害も厭わない。この事を監視対象に知られてもならない。
私が仕事でしばらく忙しい為、貴殿らを信頼し、この依頼をする。なおこの任務は最高機密である。決して他言無用であり、漏らした場合は厳罰に処す。
』
『イース・ケレンスキー、テリー・コサレフ2名に皇帝より以下の任務を勅命する。
平民街、商店街の花屋フローレンスの店主、スミラ・フローレンスについてオーフェングライスで調査する事。身分証明書の発行や生まれ、名前の偽造がないか等をしらべ、ラルク班と連携し報告書にまとめ各自報告する事。調査対象にこの事を知られてはならない。
なおこの任務は最高機密である。決して他言無用であり、漏らした場合は厳罰に処す。
』
「え、こんな楽な任務でいいんスカ?やった、監視と護衛だけで報酬貰えるなんて最高じゃないっスカ先輩!」
「し、司令……これって完全に職権乱用………」
「え?ていうかトーダさんは?」
「家族旅行行った」
「家族旅行!?」
「スミラ・フローレンス………?」
「なかなか可愛いな彼女。はぁ~……、司令も隅におけませんねぇ…」
「こんな楽な任務久々だぜ。俺だからもっと腕っ節系来ると思ってたのによ」
「僕もてっきりデータ系かと。まぁ、司令も人の子なんですねぇ、安心しました。完全に私用っぽいですけどねこの任務」
「ていうかトーダさんはどんな任務についたんだ?」
「家族サービスとかなんとか」
「家族サービスゥ!?」
おまけ
煙草の銘柄に異様に凝ってるのは使用です。
イラスト 逢月悠希様より
インペリアルノア
【挿絵表示】
ロイヤルアベル
【挿絵表示】
ちょっとしたゲスト出演ですww。
ゲストキャラが登場するオリジナルテイルズ作品もどうぞよろしくお願いいたします。