テイルズオブフェイティア〜宿命を運命へと変えていくRPG〜   作:平泉

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戦闘、太刀使い

(やるしかないのか─────!)

 

アルスは先手を取った。

 

足から踏み込み、男に急襲をしかけ懐に一息で潜り込む。一瞬の動きに男は動かないが、表情はこちらからも見えなかった。そこから足で蹴りみぞおちに一撃を、と男の腹めがけて自分の足が軌道を描いて走ってゆく。

 

(────入った!)

 

「……えっ…」

 

 そう思った時には、男は俺の真横にいた。懐に踏み込む一息の間に彼もかわしてみせた、とでもいうのだろうか。そして、認識してまずい、と思った時には、完全に無防備だった俺の腹に男の蹴りが命中していた。その衝撃でアルスは後ろに飛んだ。入れようと思ったみぞおちにいつのまにか同じ蹴りでいれられた。なんて情けない。

 

男の放った蹴りは、アルスのような綺麗な形の習った蹴りではなく、無造作に出される正に不良の蹴りだった。だが、予想以上に力の篭った蹴りに、呼吸を忘れ咳き込む。腐っても体格は彼の方が良い。大きな太刀を背負っているだけの事はある。

 

「げほ、がはっ!」

 

血は出ていないが、呼吸が詰まる。

 

「…盗賊ってんだから、こんなもんか…。意外と戦いなれてんだなあんた。いやビックリしたね。急にこっちくっから条件反射で、いや悪いね」

 

男はそう悪びれるが、とても嘘臭い。きっとかけらも思っていないだろう。それに自分は盗賊ではない。仮にもスヴィエートの上級の上級の身分である。

 

「お、れはっ、ちがっ」

 

喉が酸素が欲しいと喚いている。それが邪魔でうまく話せない。一体どうしてこうも連日1対1で戦わなければならない運命なのだろうか。あの気が狂った槍の男を思い出した。今度は槍の男ならぬ、太刀の男ときた。

 

だが、ここで殺される訳にはいかない。そう思い、ただ立つ。

 

「やめとけって。今の結構痛かっただろ。あれで捕まっときゃいんだって。相手するともっと痛いぜ、多分」

 

「………セリ、フ、が、さん、したになって、います、よ」

 

「……。元気だな。思ってたより。…じゃあ銃使えよ。こっちも刀使うからさ」

 

残念だ、俺の精一杯の挑発には乗ってくれないらしい。むしろ真面目にさせてしまってこれでは逆効果だ。それ以上に銃を見破られていた事も予想外だ。男も先ほどの軽い雰囲気は口調だけになってしまった。だが、未だに男は刀に触れようとしない。飾り、というわけではないようだが。

 

男の武器は、背中に背負う細く大きな刀。刃は俺と同じか少し短いくらいか、だとしてもとてつもないリーチを誇っている。男はさっきまで抜刀をしておらず、鞘に収めた状態で戦っていた。最初はなめているのか?と思ったが、その考えはすぐに取り消されることとなった。

 

なんと、男は鞘に刀を納めた状態で体術を織り交ぜて攻撃をしかけてくる。中距離まで離れれば、仰々しい刀で防御の体制に入り、近づけば刀と体術での打撃攻撃が待っているのだ。その攻撃一つ一つは先のように一瞬で懐に潜り込むような素早さこそないが、かなりの破壊力と的確性を持ち、一度食らってしまえば動けるかどうかわからないという物だった。

 

そして、何よりも恐ろしいのは、男のまだ底知れない実力だ。自分と同じ高さの刀を、片手で平然と振り回す腕力は刀本体より空恐ろしく思えたほどである。まだ抜刀もしていない状態でこの実力だとすると…。これ以上挑発するのは避けたほうが良いかもしれない。侮っている今にこそ勝機はあるのだから。

 

(────抜刀されたら終わりか)

 

アルスはかなりの緊張感に包まれて戦った。体術での攻防が続き、いつどちらが武器を出すか分からない一触即発状態だ。今も今で一時も気が抜けない状況が続いている。アルスの銃は、ほとんど意味を成していなかった。肉弾戦にも扱えるスヴィエート制オーダーメイドの拳銃をを扱う今の状態ですら、エヴィ弾を放つ隙がなかったのだ。撃てたとしても、弾かれるかかわされる。軌道も直線でほとんど読まれる。

 

(──…っ。この男…。実践慣れしている…か)

 

だが、完璧な人間などいない。むしろ動きが大きく、隙はある。小さいとはいえ隙は隙だ。この状況を好転させるには、そこを突くしかない。パン、パンと不規則に、不安定になるように弾を男へと撃ち込む。その弾はただかわされ、無情にも壁にめり込むだけ。エヴィ弾が拡散し、粒子となって空中に気化し消えていく。

 

弾を無力化する過程で、男の意識は自然と次の弾、次の弾へと向き、こちらへの注意は薄れていった。顔面に近く直進してきた弾も、難なく鞘で弾き、男の視線は地に落ちた弾へと注がれる。

 

(───今だ!)

 

最も隙が大きくなったその瞬間。渾身の二発を頭、心臓の二箇所に向かって撃った。手の中に収める拳銃が出す、乾いた音が人気の無い裏通りの壁に反響する。

 

(………入った!)

 

そう確信した、その時。

 

速さでかすれて見えなかった弾丸が、急に男の目の前で止まった。そしてそのまま、弾丸は真っ二つに生き別れて男の足元へと落ちた粒子となり消えていく。男の両手には、さっきから片手で無造作に振り回していた鞘と、淡く緑掛かって光に反射する、自分と同じくらい長い刀身があった。

 

つまり、抜刀をしたのだ。

 

「……な…?」

 

 作戦の結果が、あまりに予想外な結果によって失敗した事により、アルスは驚愕の色を隠せなかった。

 

「……当たり前の事だろ。驚くなよ。それとも、俺がむざむざと油断して、その刃を見せないんじゃないかなんて希望的観測でもしてたのかい?…アリ相手に戦車持ってくる奴なんてどこにもいないだろ?簡単な話しじゃないか」

 

男は淡々とした口調で、そう告げた。両手に鞘と刀を握り、刀を肩の上に掛けるポーズを取った。見た感じからも分かる重量だ。最初から油断していたのではなくそう見限っていたのだ、とでも言いたいのだろうか。

 

だとしたら、自分は最初から大きな思い違いをしていた事になってしまう。これまでの男の実力の予想と合わせれば、勝率はほぼゼロだ。

 

「……それが、本当の戦い方なのか。だとしたら、俺はお前の本気をださせた、ということか?」

 

「…本気ねえ。ま、そういっちゃそうなんだがよ。本当の意味でだとしたら笑えないくらい的外れだな?」

 

どうやら違うようだ。しかし、これは…逃げるべきなのだろうか?抜刀した途端、先ほどと印象が百八十度変わった。逃げおおせるような隙など伺えはしないだろう。できたとしても、背中を一刀両断でもされればそれで終わりだ。

 

だが、ここで終わるわけにはいかないのがアルスだ。ここで終わったら、ルーシェや国の事を全て投げ出す事になってしまう。それだけは、避けなくてはならない。

 

「……いくぞ!」

 

アルスは神経を集中させた。自らの体内でエヴィを操り、銃に集中させる。するとさっきよりもずっと重い音が、地を這いずるように響く。エヴィの扱いはその本人の器量によって大きく変わる。エヴィを弾丸と変えて撃つこの拳銃は、要はアルスの実力次第で劇的に威力が変化するのだ。

 

1発目は男の足を狙った。2発目は、かわされることを予測して直線的に男の顔へ。2発目はほとんど威嚇射撃だった。

 

だが、小さなその戦略も、数秒後には無意味に終わるのだった。アルスが弾を撃った瞬間、どこに来るか予測していたのだろう。男は、一度左足を軸にして背を向ける形で回転し、その勢いで地面へと激突せんとする弾を、刃の先の平たい部分で弾き、1発目の弾丸に当てるという、たったの一振りで2つの弾丸を無力化するような芸当を行ったのだ。

 

「な…………うそ、だろ……?」

 

これが、居合いで小さな弾丸を真っ二つにした、ということなら、まだこんなに驚きはしなかっただろう。さっきもやっていた事だし、予想通りだったはずだ。だが、これはいくらなんでもおかしいとしか言えなかった。1発目と2発目では1秒から2秒の時間差があったはずだ。銃ともなれば、1秒や2秒でも標的に当たるまでの時間は大きく違ってくる。それをこの男は、さっきとは全く別の方法で攻略してみせたのだ。

 

これにはまたしてもアルスは驚愕せざるを得なかった。脳内で次の作戦を考えようとしても、絶望の色が脳内を白紙に戻すのだ。

 

そして、いつまでも男が待ってくれるはずがない。

 

次は俺の番だ、とでも言うように、男は一度飛行を始める鳥のように地面へ沈み、そこから低姿勢で俺の目の前まで接近した。ただ走ってきただけなのに、物言わぬ経験の差が動揺を誘う。どっちに避けるか、そう思った時には男は翡翠に輝く刃の標的を、俺の心臓へと据えていた。そして突き刺しの体制にすると、同時に刃の切っ先を的当ての様にゆるやかに、だんだんと速度と力を付加させて、渾身の力で突きを入れる。

 

「………っ!!」

 

それを右に刀に沿うようにかわした。かなりぎりぎりだ。あと少し遅れていたら、服が台無しどころでは済まなかったに違いない。剣士とは、突きをする時の気迫でどれほどの者か分かるのだという。アルスは剣の心得はあるが、一瞬切っ先へと吸い込まれるような感覚は、まさしくそれなのだろう。そう確信せざるをえなかった。

 

そして、目の前の剣はまだ動きを止めていなかった。

 

「…………っ!?」

 

「気付くのが遅いぜっと」

 

その刃は、そのままこちらへと向き、男が大きく体を回すようにしてアルスへ純粋な一閃を描く。確実に仕留める、という獣独特の突き刺すような青い目、後ろ髪に伸びる結ばれた長い髪、そして身体に付き従ってアルスを刻もうとする細く大きな刃。その全てが予定調和に思えるほどに、完成された動作だった。

 

この予想外の攻撃に、とっさに表へ出た本能が下にしゃがみこむことでかわす。意識を戻し、流れるような動きで下から銃でアッパーで殴りかかる。流石にこれをかわす事は難しいらしい。男は鞘で振り切った自分のもう片方の刀を止め、それから後ろに飛ぶ形で回転することでかわす。

 

右手の銃は男の顔の正面で急停止し、かわされたとはいえ無理やり動いたもので男の顔とは拳二つ分程度の距離しかない。手を伸ばせば触れるような近さだ。男はその場で体制を整えようとする。

 

(───読みどおり…!今お前がやったことを利用してやる!)

 

「───っ!」

 

瞬間、男の目の前で、手の内で銃を回転させ、その大きなの口径を男の顔面に向けた。先の男の戦法を真似たものだが、流石に男もこれには驚いたようだ。体勢を整える事に集中していたこともあり、とっさに適当な回避方法が実行できない。これも予想通り。男は眉根を寄せながら目を軽く見開いた。口径へと意識が集中する。早く、鼓動が己を急かす。

 

引き金に手をかけた。あとはこれを引くだけ。何を焦っている?

 

(っこれで終わりだ────!)

 

「………っくそっ!」

 

男は、とっさに足を蹴り上げた。その足が向かった先は、男に向けていた銃。

 

「ぐっ!」

 

想定外の痛みに、むざむざと銃を手放してしていまう。ただ虚空に躍り出たされ、宙に舞った。アルスの銃はクルクルと回転しながら落下し、地面にカシャンと落ちた。

 

「しまっ…!」

 

銃に目を向けたのは一瞬。だが、その一瞬が命取りだった。男は銃が無くなった右手側に回りこみ、首を平らにする勢いで刀を水平に、大きい緑の剣閃を描いてこちらへと標的を定める。

 

首に、触れる─────

 

(っ殺される!!)

 

死ぬのか、と。走馬灯が現れる間もなくやってきた事実を、あっさり認めてしまっている自分がいた。

 

「やめてぇぇえええええ!!」

 

ピタッと男の動きが止まった。聞きたかった彼女の声が、アルスの脳内に響いたのだった。


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