東方饅頭拾転録 【本編完結】   作:みずしろオルカ

79 / 87
 お待たせしました。

 タイトル通り、最終話です。

 皆さまのたくさんの感想と評価が、この作品がここまで来ることのできた要因の一つです。

 本当にありがとうございました。

 それでは、最終話をお楽しみください。

 


最終話 おかえり

 とある日、人里は普段と変わらず、過度な賑わいも無く、かと言ってさびれている訳でもない、絶妙な具合を維持していた。

 

 当時、里を護る為の前線として置かれていた家にも別の人間が住んで、生活を営んでいた。

 

 不思議とその家に住んだ人たちは病気一つせず、子孫も健康に生まれてきた。

 

「先生、なんでお家にいると温かいの?」

 

 年端もいかない子供の純粋な質問。

 件の家の子供だけど、勉学も体育も好成績な将来を密かに期待されている子供だ。

 

「ん? そうだな。一家団欒の空間は温かいモノだぞ? まぁ、お前の家は里の守護者だった人が住んでいた家なんだ」

 

「守護者~? その人はどうしたの?」

 

「百年ぐらい前に引っ越していったよ。この前教えただろう? 森の魔法使い」

 

「あー! 箒の魔法使いと人形の魔法使い! あと、ゆっくり妖怪の魔法使い!!」

 

「そう、そのゆっくり妖怪の魔法使いがその里の守護者だった人さ」

 

 いつもゆっくり妖怪が傍に付いている魔法使い。

 幻想郷縁起にも記述されている。

 

 危険度:高 友好度:高

 非常に温厚で友好的。しかし、彼の傍にいるゆっくり妖怪や彼の周囲の人物を攻撃した場合、その温厚さは無くなり、非常に高い戦闘能力で対象を排除する。

 人間から魔法使いになった為、人間らしい部分が多々ある。

 彼と交友を持ちたいのなら、ゆっくり妖怪と彼の周囲の人物に対して決して危害を加えてはならない。

 

 九代目稗田阿求がその生涯で最後に書き残した一ページ。

 

 彼女が死んだその日に彼は誕生したのだ。

 

「彼が住んでいたお家が、今君が住んでいるお家なんだよ」

 

「へぇー! 有名人の住んでたお家だ!」

 

 当然彼らが引っ越した際に、紅魔館への出入り口は解除されているし、聖域にも似た空間も魔法使いや博麗の巫女などが総がかりで中和した過去がある。

 

(消え切らない聖域の効果があるからな。まぁあの程度は許容範囲だろう)

 

 そう上白沢慧音は考える。

 

 彼が幻想郷に来た当時から彼を知っている身としては、感慨深いものがあった。

 

(もうじき、あれから百年。十代目が現れる頃か……)

 

 今は亡き友人のことを思い、今日も慧音は寺子屋に精を出していた。

 

 

 

********************

 

 

 

「うどんげ、人里の帰りに参護の家に寄るでしょ? TRPGのシナリオ作ったからキャラシとサプリ届けて来てくれない?」

 

「いいですけど……何日コースですか?」

 

「三日よ! いつもより短めかしらね?」

 

 その答えに頭痛を覚える鈴仙。

 

 蓬莱人である姫様は大丈夫だろう。

 魔法使いになった参護さんも、睡眠や食事をとる必要が無い。

 

 私だけ睡眠も食事も必要なんですが!?

 

「……了解しました。届けてきますね」

 

「よろしくね。妹紅は私が誘っておくからね~」

 

 三日である。

 普通なら、三日間の中で数時間をプレイに当てる。

 だが、姫様の言う三日は文字通り三日なのだ。

 

 三日間、貫徹でシナリオをプレイするのだ。

 

 過去最高で一週間という記録を打ち出したことがある。

 さすがに、鈴仙は参加できなかったが。

 

 前までは妹紅との殺し合いでしか暇を潰せなかったようだが、今はとことんTRPG狂という奴だ。

 

 実際、既存の作品では飽き足らず、自作のルールブックを作成中だと言うのだからそのバイタリティは恐ろしいものがある。

 

「あ、でもしばらくは遠慮した方が良いかも……」

 

 ふと思い出す。

 

 そろそろ、あの日から百年だ。

 

 参護さん達の家族が帰ってくる日が近い。

 キャラシとサプリは渡すだけ渡して、しばらく姫様には自重してもらおう。

 

 この日を邪魔するのは、さすがに気が引ける。

 

「ずっと待ってましたよ阿求さん。早く帰ってあげてください」

 

 空を見上げてつい呟いてしまった。

 

 私のつぶやきは風がさらっていき、誰にも届くことは無かった。

 

 

 

********************

 

 

 

「あややや、ビッグニュース……ではあるのですがね」

 

 射命丸文が困ったようにメモ帳を見ていた。

 

 文々。新聞の一面を飾ることのできるネタだと断言できるものを手に入れていた。

 

 しかし、彼女の表情は晴れない。

 

「こればかりは、私が最初に書いちゃダメでしょう」

 

 ビリッとメモ帳から一枚破く。

 

「感動の対面は直接である方が良いに決まってます」

 

 それを空中に放り投げると、能力で作ったカマイタチで粉々に切り裂いて、そのまま風に流してしまう。

 

「清く、正しい、射命丸。お得意様でスポンサー様には最大限のサービスをお届けしますよ!」

 

 流れていく紙片を眺める彼女の表情はとても穏やかで、普段の彼女がしないような慈愛に満ちた表情だった。

 

「久しぶりに、あの空気の家が帰ってくるわけですか。今までの空気も嫌いじゃありませんが、彼女が居ればもっと居心地がよくなります」

 

 そう呟くと、そのままその場に背を向けてどこかへ飛んでいく。

 

 彼女の口元はわずかに緩んでいた。

 

 

 

********************

 

 

 

 博麗神社。

 博麗大結界の要にして、幻想郷の人妖の均衡を保つ役目の巫女が住む神社。

 

「おっす、元気してるか? 霊那」

 

「なによ魔理沙。妙に機嫌が良いじゃない」

 

 博麗霊那。

 魔理沙の友人であった少女の孫に当たる。

 

「日に日に霊夢に似てきてるな? 小生意気な所や気怠そうな所がそっくりだぜ」

 

「それ褒めてないでしょ? それでどうしたのよ?」

 

 霊夢の娘、霊那の母に当たる子は淑やかな大和撫子の様な女性だっただけに、どうしてこうなったと呟きたくなる魔理沙。

 

 性格だけじゃなく、容姿も着ている独特な巫女服も、全部彼女に似ているのだから魔理沙としても他人の気がしないのだ。

 

「いや、久しぶりに親友の嫁さんが帰ってくるらしいからな。嬉しいってだけだぜ」

 

「あんたの親友って、ゆっくり妖怪の魔法使い? お婆様が見逃した、数少ない人から外れた存在」

 

 霊夢と違う所を挙げるなら、霊那はお婆ちゃん娘だという所だろう。

 

「そうそう。帰ってくるならお邪魔虫は空気を読んで、家族水入らずで過ごしてもらうべきだと思ってな」

 

 魔法使いになって、長い時を参護と過ごしてきた彼女だが、やはり彼女なりの線引きがあるのだろう。

 

「いつも無礼なあんたにも空気を読むことができるのね?」

 

「ホント、霊夢に似てきたなお前……」

 

 人間だった頃のやり取りを思い出す。

 神社に来ては今の様なやり取りを霊夢とやっていたものだ。

 

 彼女が帰ってくる上に、昔の友人の生き写しの様な少女も居る。

 

(ホント、百年前に戻ったみたいだぜ……)

 

 参護の奴は未だに料理が上手だ。

 むしろあの頃よりも腕は上がっている。

 

(今度こいつ連れて行って、食わせてみるかな?)

 

 霊夢が通う程の料理の腕前。

 霊那がどういう反応をするか?

 

「今度美味い飯食えるところ教えてやろうか?」

 

「なによいきなり? 気味悪いわね」

 

(本当にそっくりになってるな! ムカつくったらないぜ!)

 

 若干青筋が見える気がする魔理沙。

 

 懐かしいやり取り、これもある意味の再会なのかもしれない。

 

 

 

********************

 

 

 

 紅魔館。

 

 二人の姉妹がティータイムを楽しんでいた。

 

 お茶を入れるのは今も変わらない瀟洒なメイド。

 

「お姉様、今日はお兄様の家に遊びに行きたい!」

 

 喉を潤し、上質なクッキーも味わい、お開きの時間も見えてきた辺りで、フランドール・スカーレットはそう言いだした。

 

 珍しい事ではない。

 

 参護と出会ってから、大図書館の通り道を使って遊びに行くことが多かった。

 

 今日も遊びに行きたいと言い出した。

 いつもの事である。

 

 だけど、姉のレミリア・スカーレットの答えはいつもと違った。

 

「今日はやめておきなさい、フラン」

 

 その言葉にフランドールは驚いた。

 参護の家に行く時、レミリアは止めたことは無かった。

 

「なんで!? 嫌だ嫌だ、遊びに行ーきーたーいー!」

 

 この百年ほどでだいぶ落ち着いているが、彼女の精神は成熟には程遠い。

 癇癪(かんしゃく)を起こす可能性もある。

 

 それを危惧しているメイドは懐中時計を構える。

 

「良いわ、咲夜。きちんと説明するから」

 

 そう言ったレミリアは紅茶のカップを眺めながら

 

「今日は家族で、明日はみんなで宴会だからよ」

 

「どういうこと?」

 

 レミリアは能力の一部として運命を見ることができる。

 故に、言葉を端折る傾向がある。

 彼女自身も勿体ぶる性格なので、理解されないこともある。

 

「今日、帰ってこられるのですか?」

 

 しかし、長年彼女に仕えたメイドは理解した。

 

 参護の家へ行くことを止める理由、運命を見て、彼の家族だけにしようとする理由。

 それに咲夜は覚えがあった。

 

「ええ、だから今日は我慢なさい。明日はみんなで宴会でしょうしね」

 

「……わかった。お兄様が困るなら行かない」

 

 渋々といった様子ではあるが、フランは行かないことを約束した。

 前はこうはいかなかった。

 

 癇癪を起こし、手当たり次第に破壊する。

 

 それがここまで落ち着いたのは、レミリア達の努力もあるだろうが、海原参護が徐々に徐々に彼女の心を動かしてきた結果だった。

 

「いい娘ね。その代わり明日はたくさん遊びましょう。大宴会になるでしょうしね」

 

 そう言ったレミリアの視線は、紅茶の紅い水面を撫でるように眺めていた。

 

 

 

********************

 

 

 

 藤原妹紅は逃げていた。

 

 情けない話だが、殺し合いよりも避けたい拷問がある。

 

「そろそろ輝夜の奴が、新しいシナリオを作る頃だからな」

 

 蓬莱人は死なない。

 欠損しても、破壊されても、元の様に再生する。

 

 だが、精神的な疲労は何気にノーガードだったりする。

 

 ちょっとの間、迷いの竹林から離れていれば、回避できるだろう。

 

「あら? 竹林の焼き鳥屋じゃない。珍しいわね、貴女がこの辺りに来るなんて……」

 

 かけられた声の方向に視線を向けると、背負った籠に人形を使って野草やキノコを入れていく魔法使いの姿があった。

 

 アリス・マーガトロイド。

 

 参護の魔法の師の一人だ。

 

「いや、そろそろ輝夜が暴走しそうでさ……」

 

「ああ、それはご愁傷様ね。でも今日は参護さんの家に行くのはやめておきなさい」

 

 苦笑気味にそう言う彼女は、表情と裏腹に嬉しそうな空気を纏っていた。

 

「そりゃまたどうして?」

 

「百年ぶりの家族勢揃いよ? 邪魔する方が無粋だわ」

 

 家族。

 

 それを聞いて少しだけ身体がこわばるのを感じた妹紅。

 

 それならば、邪魔は出来ない。

 

「確かにそれは邪魔できないわね。それで、何で知ってるの?」

 

 その疑問はすぐに解決した。

 

「この娘が教えてくれたわ」

 

 そう言って前に突き出したのは、魔理沙のゆっくり妖怪。

 

 ゆっくり同士で情報を共有しているらしく、紅魔館の主のゆっくり妖怪が教えてくれたらしい。

 能力的に信頼できそうだが、キャラ的に信頼できるかは悩みどころだろう。

 

「前から思ってたけど、どうしてゆっくり妖怪と出会えるんだ? 私、今まで会ったことないんだけど……」

 

「特別なことはしてないんだけどね? ただ、参護さんが言うには元となった人の近くにいるらしいから、竹林に隠れ住んでるかもね?」

 

 そう考えると、ずっと過ごしてきた竹林が途端に未開の地に思えてくる。

 もし会えるなら会ってみたいものだ。

 

「さて、どうせ暇でしょ? 家でお茶でも飲んで行きなさいな。用事が無ければだけどね?」

 

 当然、輝夜から逃げてきた妹紅に特別な用事は無い。

 強いて言うなら、輝夜に見つからないことだろうか?

 

「うーん、じゃあよろしく頼むわ。人形遣い」

 

「アリスよ、アリス・マーガトロイド。アリスって呼んでくれると嬉しいわね」

 

「わかったわアリス。私は藤原妹紅。妹紅でいいわ」

 

「分かったわ、妹紅」

 

 

 

********************

 

 

 紅魔館の門。

 

 そこには今日も門番が立っている。

 

 ここ最近、彼女こと紅美鈴はかなり実力を上げた。

 

 巷では銀色の闘気を持つ門番なんて言われていたりする。

 

 参護さんと修行することの多かった彼女は、波紋と気功を使いこなせるようになり、銀色の闘気を使えるまでにその練度を上げていた。

 

「……今日は参護さんは来ませんよ? 幽香さん」

 

 そう言ったらすぐに、近くの雑木林から日傘を差した女性が出てくる。

 風見幽香。

 花から花へ渡り歩く妖怪。

 

「それは残念ね。明日の予定は空いてるかしら?」

 

「明日ですか? はい、お嬢様から有給をいただきましたので……」

 

「なるほど、運命を見れる能力は健在というわけね。では明日は参護君の家に行きましょう。きっと盛大な宴があるから」

 

 その言葉に美鈴は眉をひそめる。

 

「なぜわかるんですか?」

 

「貴方の主って運命が読めるはずよね? 彼女のゆっくり妖怪の見た未来が私のゆっくり妖怪経由で花に伝えられて、私に届いたって訳よ」

 

 花のネットワークは広い。

 今の時期は特に草木が茂る命の時期だ。

 

 そして、参護の家には様々な花や作物が植えられていて、主にその世話をしているのが参護本人とゆっくり妖怪の幽香だ。

 

 なので、逐一花経由で参護家の様子が分かるのだ。

 

「久しぶりの家族団欒よ? 明日以降は私達にも声がかかるらしいからそのお誘いと、今日は参護君の家に行けないから貴女と遊ぼうと思ってね」

 

「予想してましたが、やはりですか。波紋を自力で習得したのは驚きですが、次は銀色の闘気も狙っているのですか?」

 

 その言葉に、幽香の身体から電気の様な力が溢れ出す。

 参護や美鈴の修行風景を見て覚えた力。

 

「ちょっと違うわね。貴女や参護君が波紋と気功で作る銀色の闘気じゃなくて、波紋と妖力で同様の効果が得られるか……試してみようって訳よ」

 

「なるほど、私も金色の闘気に至る為に色々と苦心してますからね。その実験にお付き合いしましょう」

 

 スッと拳を前に出し、腰を落として構える。全身から銀色の闘気が溢れ出し、美鈴のこの百年の鍛錬の結果がうかがえる。

 

 対する幽香は日傘を畳み、それをまるで銃の様に美鈴に向ける。

 全身には波紋がみなぎり、妖力も高まっていく。

 

「「まぁ……」」

 

 二人のつぶやきが重なる。

 

「「明日の宴に出れる様に防ぐのね(いでくださいね)」」

 

 二人の妖怪は激突する。

 

 

 

********************

 

 

「なるほどね。勇儀さんにも教えておいた方が良いでしょうね」

 

 先ほど帰ってきた私のゆっくり妖怪。

 こいしに頻繁に地上に連れて行かれているから地上の情勢を知るのにとても助かる。

 

 今回は参護さんの所に行ってきたのだろう。

 彼の家のゆっくり妖怪達が活発に動き回っていたようで、理由を聞くと彼女が帰ってくるらしい。

 

「お燐、お空。外出の準備よ。明日は参護さんの家に遊びに行きましょう」

 

「本当ですかさとり様! わーい、みんなと遊べるー!」

 

「あの、急にどうしたんですか?」

 

「私のゆっくり妖怪が私達を招待するって向こうのゆっくり妖怪達に言われたみたいでね。明日は宴があるわよ」

 

 喜ぶお空と質問するお燐。

 結構二人は相性がいい。お燐の面倒見が良いのもあると思う。

 

「お燐、勇儀さんにも伝えてきて。参護さんと会いたいでしょうし、萃香さんにとっても大事な宴です。参加してもらいましょう」

 

 参護さんと会ってから、相手を(おもんばか)る言葉を選べるようになってきた。

 そのせいか、少しずつ地底の妖怪達と交流が図れるようになってきた。

 

 まぁ、性格自体が合わないからそこまで深く交流はしていませんが。

 

 さぁ、早く準備をしましょう。

 

 なんだかんだと理由を並べても、私も彼女が加わった参護さんの家に行くのが楽しみなのですから。

 

 

 

********************

 

 

 

「吉凶ですか」

 

「ええ、私の占いで何度占っても同じ結果になります」

 

 そう言うと、いくつもの占いの道具を出しては机の上に置いていく。

 

「本日の参護様の家への訪問は凶、明日にズラせば転じて吉となります」

 

「なるほど、彼女が帰ってくるのでしょうね」

 

 二人の頭に浮かぶのは、参護とずっと一緒に居た彼女の事。

 時期的に帰ってくる頃合いだし、青娥の占いでも珍しい出方をしている結果に想像がついた。

 

「……」

 

「あら、貴女なら嬉々として向かうと思ったのですが?」

 

「さすがの私でも、参護様の逆鱗に触れたいとは思いませんわ。それにまだ私は諦めてませんし……」

 

 百年越しでも諦めない青娥の執念は驚くべきものがある。

 

 本人は半ば意地になっているのだろうが、決定的な地雷は決して踏まない。

 もし踏んだら、死神よりも恐ろしいものを相手にすることになる。

 

 巷でこそゆっくり妖怪の魔法使いと呼ばれて親しまれているが、幻想郷の危険分子からは黄金の魔法使いと呼ばれている。

 

 今の彼は上級妖怪の仲間入りを果たしている。

 

 下手に敵対したら返り討ちにされるだろう。

 

「太子様! 見るのじゃ見るのじゃ! 太子様のゆっくり妖怪が居ったぞ! これで全員そろったのじゃ!」

 

 布都が太子のゆっくり妖怪を大事そうに抱えて持ってきた。

 

 一瞬で部屋に立ち込めていた重く複雑な空気は、一瞬で日常に塗り替えられてしまった。

 太子は最近思う。

 

 これもこの娘の能力なのでは? っと。

 

「良く見つけましたね。じゃあ明日、参護のところに連れて行きましょう。専門家に報告をしないといけません」

 

 布都からゆっくり妖怪を受け取ると、じっと見つめる。

 

 自分を元にしているのは分かるが、自分の能力も使える小さな妖怪。

 

 自分の欲や感情を読み取られ、行動されたらどうしようか、などと考えている。

 

 そしてそれを読み取られて、気を遣われている。

 

「いい娘ですね。よろしくね、私のゆっくり妖怪」

 

 結果として良い妖怪だという結論に落ち着いた。

 

(明日は、きっと幻想郷の実力者の多くが彼の家に集まるでしょうね)

 

 自分のゆっくり妖怪を抱きしめたまま空を見上げると、風に乗って色々なものが流れてく。

 

 誰かのつぶやきも、誰かの気遣いも。

 

 

 

 

********************

 

 

 

 風が心地よい。

 

 今日は家族以外は誰も来ない。

 

 奇妙な偶然だ。

 

 いつもいつも誰かしら、何かしらがあるのだけれど、驚くぐらいに普通の日に家族以外が来ないという事は初めてだった。

 

「百年以上も生きてれば、こんな日もあるかな?」

 

「ゆー!」

 

 そうつぶやいていると、ゆっくりパチュリーが何かを知らせる様に飛び跳ねながらこっちにアピールをしている。

 あそこまで嬉しそうでワクワクしている様子のゆっくりパチュリーも珍しい。

 

「どうしたんだ? 何か見せたいものでも……」

 

 連れられるままに、玄関へと行くと彼女が立っていた。

 

 最後に会った時よりも若い。当然だ、生まれ変わっているのだから。

 

 ずっとずっと待っていた。

 彼女を護る為に、鍛錬も学習も欠かしたことは無かった。

 

「……」

 

「……」

 

 双方無言。

 

 いや、俺は待っているのだ。

 

 たった一言、それを待っている。

 

「えっと……た、ただいま、参護さん」

 

 言ってくれた。

 帰る家だと、覚えていてくれた。

 

「おかえり、阿求様」

 

 そう言うと、彼女を抱きしめる。

 

 涙が止まらない。

 嬉しくて止まらない。

 

 阿求様も俺の胸の中で押し殺すように泣いていた。

 

 また一緒に居られる。

 

 また、家族で暮らせる。

 

「おかえり! 阿求!」

 

「おそかったわね。おかえりなさい、阿求」

 

 萃香もパチュリーも、抱き合っている二人をさらに抱きしめる様に抱き着くと、三人で泣いた。

 

 ゆっくり達も集まってきてみんなで嬉しくて泣いた。

 

 心地よい風が四人をゆっくり達を撫でる様に吹いていく。

 

 多くの人の心を乗せたままに。




 これにて、『東方の世界で饅頭妖怪を拾って転機を迎えた男の記録』略して『東方饅頭拾転録』の本編を終了させていただきます。

 今後は新作を投稿しながら、後日談や外伝を追加していく予定ですのでそちらも読んでいただければ幸いです。

 それでは、3月から9月までの半年以上の間、本当にありがとうございました。

 また別の作品出会えることを願っております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。