第百七十二話 ロードラン 中編
ロードラン。
管理世界だけに止まらず管理外世界にまで伝わる神話、『不死の英雄伝』に登場する詳細不明な土地であり、同じく出自不明な不死の英雄が死に物狂いで駆け抜けた場所である。
事情を知らないルーテシアは頭の回転が追い付かず、既にその火が消えた篝火の側で座りながら何が起きたのかを理解しようとしている。
事情を知っている他のメンバーも、ルーテシア程では無いが呆気に取られており、恐る恐ると言った感じで周辺の散策を開始している。考古学者であるユーノは遠い目をしながら、考える事を放棄、ゆっくりと建築物や土地の調査を始めている。
守護騎士達も、はやての許可を貰って思い思いの場所へと足を伸ばしていった、この世界には生物が存在していないし万が一何かあったとしても念話や通信などの機能を使用すれば問題無い。
踏み締める土の感覚、鼻をくすぐる草の匂い、頬を撫でる風の冷たさ、碌な思い出が無かった筈なのに何処か懐かしさを覚える。
瞳を閉じれば瞼の裏にあの時の事が鮮明に映し出される、数万年前の話だと言うのに、はっきりと。
世界創生の際にこの世界に存在する『人類』は不死の呪いを祓うと同時に新世界へと送り込んだ、敢えてこの世界に残る事を決めた酔狂な者達も居るには居たが、その時には既に世界の住み分けは完了しており、静寂に包まれたこの世界でその者達は皆死に絶えた。
この世界はもう既に死んでいる、建造物や目覚ましの鐘などは残っているが、この世界に生きる者は誰一人として存在しないのだ。
感傷に浸りながら祭祀場から見える絶景を一望していると、みんなの輪から一人外れていた俺の側になのはが静かに歩み寄り、寄り添うように左側に立って手のひらを優しく握ってくれた。
そう言えば、彼女は俺の記憶を余す事無く全て見ているのだったか……。隣に立つなのはの横顔を覗き見すると、彼女は何も言わずに優しくはにかんだ。
その笑顔に癒された俺は感傷に浸る事を止めると、軽くなのはにハグした後、彼女にユーノやフェイト達へロードランの説明をしてやってくれと頼み、徐々に好奇心が頭を持ち上げ始めたルーテシアの隣にそっと座る。
「兄さん兄さん、この地面にぶっ刺さってる剣みたいな奴は何?」
「これは篝火と言ってね、不死の呪いに侵された者達の帰る場所であり、唯一安息できる場所なんだよ」
「ふーん、でも篝火って言う割には火が出てないよ? 根元に灰みたいな奴があるから燃えてたって事くらいは分かるけど…」
「今は火防女が居ないからね」
「火防女?」
「この篝火の火が消えない様に守ってくれていた女性達だよ、此処の火防女の名前はアナスタシアだったかな? 丁度この真下辺りに彼女の遺品がころがっているはずだよ、時間の経過による損傷が激しいけどね」
この祭祀場の火を守ってくれていた火防女、アナスタシアは新世界には行かず、此処で朽ち果てる事を選んだ。彼女の火防の任は押し付けられた物だったが、人間不信気味の彼女はこの静寂の世界の方が良かったようだ。
ルーテシアは篝火の側にあった灰をしげしげと眺めた後、俺の言った事が本当かどうか確認する為にアナスタシアの居た場所に駆け足で向かって行った、その後彼女は直ぐに帰って来たものの、なにやら探る様な目付きで俺の事を見つめ始めた。
「何かな?」
「な〜んかさ、兄さんって矢鱈とこの場所の事に詳しいよね、なんか隠してるでしょ?」
「妹様のお勉強不足なんじゃ無いかな?」
「む〜、なんだか釈然としないんだけど……」
「まあ、アレだ」
「?」
「今はまだ秘密、って奴さ」
「なんなのさそれー!!」
頬を膨らませながら拗ねてしまった妹様の様子を一頻り笑った後、余計に臍を曲げた彼女を肩車してロードランの観光案内を開始する。その際に、デバイスの通信機能を起動し、此処から離れている守護騎士達にも俺の解説と独白が聞こえる様にしておく。
「さて、妹様。 此処は『火継ぎの祭祀場』、『北の不死院』と呼ばれる隔離施設から逃げ出した不死人が辿り着く場所だ。多くの不死人がこの場所から不死の使命を果たす為、不死教会に掲げられた『目覚ましの鐘』を鳴らしに行くのさ」
「……さっきから気になってたけどその不死人って何?」
「………………薪さ」
「えっ? ごめん、聞こえなかった、もっかい言って?」
「……不死人は世界に掛けられた呪いの様な物で、その名前の通り、彼等は何度死んでも幾度でも蘇るんだよ」
「めちゃくちゃ便利じゃん」
「……便利なものか」
「へっ?」
「不死人は死なない代わりに自分自身を構成する凡ゆる全てが消えて行くんだ、想い出は勿論、家族の顔、自分の名前、痛み、苦しみ、嬉しさ、悲しさ、果ては数字の数え方や食事の摂り方、食べ物が食べられると言う事まで、……そうして、知っていて当たり前の事を忘却して行った先に待つのは何一つ知能の無い亡者となる道だけ」
「亡…者?」
「人であった事を忘れた人の成れの果て、かな」
あの感覚だけは今でも忘れる事が出来無い、自分の中から大切な物がぼろぼろと零れ落ちてゆくような、何よりも大切な物が目の前に転がっているのに大切だと言う事に気が付けないような、あの最悪の感覚、何よりも悍ましいあの苦痛は成ってしまった者にしか分からないだろう。
そんな事を考えていた所為か、俺はついこんな事を言ってしまった。
ーールーテシア、一つだけで良い、兄さんと絶対の約束だーー
ーーな、なにさ、改まってーー
ーー君は、自分を殺さない様に生きなさいーー
ーー……えっと? どーゆー意味?ーー
ーーそのままの意味だよーー
尚、ヴィータは興奮のあまり『すっげー!!』以外の言葉が出なくなりました(白目) 正規ルート巡り。
シグナムは黒騎士が居た場所を巡っています。
ザフィーラは飛竜の谷経由で黒い森の庭へ行きました。
シャマルとリィンははやての側で冷静を装いながらヒャッハー!! してます。
ユーノは超真面目に調査中、血が騒いでいるようです。