もうシフ(笑)とかシフww、シフェ……とか呼ばせ無い(使命感)
第百七十八話 マグリブの落日 中
湯船をひっくり返したような記録的豪雨が降りしきるクラナガン、其処は今戦場と化していた。
立ち込める硝煙の匂い、横たわる犠牲者達、血に染まった繁華街、質量兵器による被害は凄まじく、経験の浅い局員達は次々と負傷して行っている。
寝耳に水のテロ、更に高濃度のECMとAMFが展開され、凡ゆる連絡手段が遮断されている状況で、地上本部も蜂の巣を突いた様な騒ぎとなっている。
そんな中、戦場に向かって人知を超えた速さで疾走する一つの白い影があった。
その正体は灰色の大狼と呼ばれた神狼、普段から平和を堪能している温和な性格の彼は鳴りを潜め、在りし日の姿を幻視させていた。
この騒ぎによって此方側の転送ポートが使用不能となっている為に彼はある程度離れた場所に出現し、その神速を使用して戦場に向かって最短距離を突き進んでいる。
彼の目的はルーテシアの救出及び彼女に戦場の惨劇を見せる事無く戦線を離脱する事、この二つは最優先事項とし、余裕があればマグリブ残党の主力を強襲する事。
立ち並ぶ摩天楼を足場にクラナガンの空を翔ける彼の眼下にはマグリブ残党のMTの群れが猛威を奮っている姿が目に映っている、機関砲やグレネードを撒き散らすそのMT達は見境無く目に付く全てに向かって砲火を放っており、逃げ遅れた少女に向かってその牙を剥いている、その光景を見たシフは一旦足を止めてアルトリウスの大剣を取り出し、中心に居るMTを真上から強襲、一刀両断にして少女を庇うように立つ。
「…………助、かった、の?」
シフは背後の少女に振り向き、鼻先を使って逃げる様に指示、脚が震えている少女が緩慢な動きでその場から離れる姿を確認すると、アルトリウスの大剣を咥え直して残りのMTを両断して行く。
暴力的な速度を持って暴れ回るシフに対し、動物の直感を備えていない機械では彼の動きを追う事は出来ず、なす術無く鉄屑へと作り変えられて行く。
機械油を噴水の様に噴き出しているMTを一瞥したシフは、この周辺で最も高い摩天楼の頂上に立ち、クラナガンの全てに聞こえる様に遠吠えを響き渡らせる。
その遠吠えに込められた威圧感は神狼としての神格であり、聞く人全ての心臓を鷲掴みにする様な感覚を与える物だった。
この遠吠えを聞いた全ての者達はその声の発生源に一斉に振り向き、そこに立つ狼の姿に戦慄を隠せ無いで居た。
眼下に映る全てを見下ろす様に立つ神狼、視界の悪い豪雨の中にあった彼だが、その姿は雷光に照らされその存在感と威圧感を増していた。
シフは自身の姿を見て動きの固まった人々の中から敵と味方を瞬時に見極めると敵のみを斬殺しながら前進、返り血すら置き去りにする速さで戦場を掻き乱したシフは目的であるルーテシアの救出に向かう。
だが、そんな彼を捉える一発の弾丸、それは地上から衛星を撃ち落とす腕を持った女王 メアリー・シェリーによる狙撃、その銃弾を目視したシフは反射的に足を止め、被弾を避ける為に真後ろに跳んだ。
人知を超えたスピードを誇るシフに鑪を踏ませた者は現在の主人以外に存在しなかった。
否、正面から策も無しに足を止めさせたのは彼女が初めてなのかもしれ無い。
普段のシフならばこの程度の事に気を取られたりはしなかったのだが、今回は特別だった。
本気では無いにしろ全力を出していた、あの不死の英雄ですら火炎壺を地雷代わりに設置する事で回避先を制限した上での一撃だった、なのに目の前に着弾した弾丸は小細工を一切使用していない一発だった。
故に、その一発は速度に対しての絶対の誇りを持っていたシフの逆鱗に触れた。
着弾点と弾丸の放たれた方角から狙撃手の位置を割り出し、その相手を野生の視力で目視する。
だが、向こうも目視された事に気が付いた様で、殺気と殺意に当てられた瞬間にクイックブーストとオーバードブーストを駆使して全力で逃走する。
その姿に自分が舐められていると感じたシフは、怒りの咆哮を上げ、全力全開でその狙撃手を追い立てる。
(不味いわね……、完全に虎の尾を踏む行動だった見たい)
超高速で戦場を喰い散らかすシフを何とか止めようとした一発なのだが、それの所為で標的に発見された上に化け物の様な狼に生命を狙われる事になった。
MTやマグリブの残党が赤子のように容易く解体されて行く姿を見れば、その実力が自分のそれを軽々と上回って居る事が分かる、狙撃手として近接戦は御法度、それ以前に発見される事すら論外だ。
(連中に対しての特別な感情は皆無、傭兵と依頼者、それ以上でもそれ以下でも無い、『再来』に対する足止めと支援射撃によって報酬分は働いたわ、逃げても問題無いわよね)
全力で逃走しているメアリー・シェリーはリンクスとしてのプライドが非常に高く、自分ならば逃げ切れると信じて疑っていなかったのだが、その高尚なプライドは早々に打ち砕かれる。
「うそ……でしょ……?」
死角を転々としながら全速力で逃走していたにも関わらず、目の前には殺気と殺意を撒き散らす神狼が立ちはだかっていた。
さようならメアリーさん、貴女はティアナに敵討ちさせるつもりでしたが、こうなっては仕方ないよね(白目)