第二百三話 神に至ると言う事
ーーーー辛いことがあると、如何しても一人になりたかった。
夜風に当たっていた私は昔から変わらない自分の癖に苦笑しながら、隊舎の側にある海の水面を眺めていた。
こうして一人でいると、必ず彼が来てくれて隣に寄り添って慰めてくれる、確信にも似た信頼感が私にはあり、面倒な女だと自覚しながらも膝を抱えて彼を待っていた。
今日だけは如何しても彼に縋りたかったから。
案の定、彼は直ぐに来てくれた、無言で私の隣に座り、そのまま私の肩を抱きよせる。
その胸に顔を押し付け、誰にも見られない様に声を殺しながら自分の不甲斐なさを嘆く、もっとやりようは幾らでもあったのに、話し合いでもなんでも穏便に終わらせる事は幾らでも出来たのに、自分は一時の感情で力で圧する事を選択してしまった。
情け無い姿で泣き縋っている私をブレンくんは宥めながらポツリポツリと口を開き始めた。
「…………なのは、君が感情的になった時に力を振るう事を選択したのは君の所為じゃない」
彼が言うには、私は十年前のあの時、ブレンくんを倒したあの瞬間にこの世界の神となったらしい、しかし私がその事を放棄した事と、ブレンくんが神格としての面を引き受けてくれていたお陰で私はその事を自覚していなかった。
私の神としての性質は存在を共有しているブレンくんに酷似しているらしく、''強い意志を見せた人間を試す''と言う行動を半ば無意識的に行うようになると言う。
それは、望むままに世界を操れる忌むべき唯一神となってしまった自分自身を終わらせてくれる人間を渇望していた彼のたった一つの願いであり癒える事の無かった絶望でもある物、故にあの場面で、心の底から力を欲したティアの言葉に私の神格が反応し、怒りと共にそれが発露したのだと。
「…………君の魂は人としての死後、私の意識と共に始まりの火に囚われる事となる、二人で一つの身体を分け合いながら、この世界を守護する神として」
ブレンくんは悲しそうな表情で私の顔を見つめ、顔を伏せる、死後その魂が囚われる苦痛と恐ろしさは彼が一番理解し実感している、私にその苦痛を味合わせたくなかったのだろう。
私はそっと彼の頬に手を当て『大丈夫だよ』と囁いてあげる、それだけで彼は少しだけ顔色を良くし、両腕で私を痛いくらいに強く抱き締める。
お互いの傷口を舐め合う様に唇を重ね合う、数十秒か或いは数分か、長い間私達はそうしていたけど、ブレンくんの方から唇を離し、抱き締めていた両腕を離す。
「……なのは、後は良く話し合いたまえ、私の記憶は皆に見せておいたから、君が激怒した理由もはっきり分かった筈、その点も踏まえてしっかりとね」
そう言ってブレンくんは去って行った、去り際に『ドーリー君も目を覚ましたがどの道今日はもう遅いし、大事を取って隊舎に泊まらせて貰うよ、キスのその先は夜にでも』と言っていた、顔が赤くなるのと同時に嬉しさが込み上げて来たけど、背後から視線を感じ、恐る恐るそちらを振り向くと凄く気まずい場面に出くわした、と言わんばかりの表情を浮かべているティアが居た。
冷や汗がどっと流れる、小さな声だったし前半の話はあの距離では聞こえなかった筈、しかし去り際の一言は普通のトーンだったし充分聞かれて居た可能性がある。
「えっと、その、プライベートな会話を聞いちゃってご、ごめんなさい」
「あ、あはは、大丈夫、全然大丈夫だヨ?」
羞恥心で如何にかなってしまいそうだ、しかも相手は自分が打ちのめした部下、気不味いなんてレベルでは無い。
ともかく、咳払いを一つ放って空気を切り替え、正面から向かい合いながらしっかりと相手の目を見て腹を割って話し合いを始める。
静かに、そしてゆっくりと自分が強さに固執する理由を語り出すティア、兄の無念を晴らす為に執務官を目指し、その道筋として六課に入隊した事、しかしRDやスバルを始めとした天才、万能なルーテシア、竜を召喚出来るキャロ、雷の変換資質を持つエリオ、そんな中で何の特色も無い自分は本当に大成出来るのか? そんな不安と疑問が少しづつ積み重なり、あのミスショットを契機にそれが自分を支配した、才能の前に埋もれたく無かった、それを言い訳にして諦めたく無かった、だから何が何でも強くなりたかった、そう言ってティアは自分の思いを吐露し始めた。
私はその思いの全てを一つ一つ受け止めた後、今度は私がティアに向かって自分の思いを全て打ち明ける。
過去に大切な人が自分の事で苦しみ、その事に何も出来ない自分の無力を呪い、無茶なトレーニングや無謀な仕事量をこなし、その結果疲労が溜まって撃墜された事、一命だけは取り留めたものの、リンカーコアに致命的な傷が入って二度と魔法が使用出来ないと宣告された事、そしてそれを聞いた大切な人が自分と私のリンカーコアを交換して再び空を飛べる様にしてくれた事、不死の英雄のその成れの果てを見てきた事、彼の記憶とその渇望を余すことなく受け止め、死へと向かっていた彼に生きる気力を与えた事、そしてティアが脚色された英雄像に憧れ、進まなくても良い茨の道を歩もうとしていた事にカッとなった事、謝りながら私は全てを打ち明けた。
「実はね、そろそろティアには次の段階に進んで貰おうと思ってたんだ」
そう言って、私はティアのデバイスに掛けていたリミッターの一つを解放する。
''モードⅡ''それは魔力刃を展開する事の出来るモードで、執務官を目指しているティアは必ず近接戦が必要な場面に出会う、その為の訓練を行おうと思っていたのだが私の教導は地味だからティアの焦りを加速させてしまったのだろう。
全てを話し終えた後、『ゴメンね』と頭を下げると、ティアは涙を堪えながら頭を下げ、『ごめんなさい』とハッキリと謝ってくれた。
お互いに謝ってばかりだったけど、ティアとの蟠りも解消出来て良かった、そんな事を思いながら私は満天の夜空を見上げるのだった。
ーーーーなのはさんと対話を避けていた自分が情けなかった。
ーーーーあの人は初めから私の事を全力で考えてくれていたのに、私はあの人が天才だからと言う理由で避けていた、どうせあの人には自分の様な者の気持ちなど分からないのだから、と。
ーーーー謝罪を済ませ、ふらふらと部屋に戻ろうとしていた私の目にRDの後ろ姿が映った、コンビニの袋を提げている所を見ると買い物帰りの様で、何時ものように飄々としていて、思わず駆け寄ってしまった。
ーーーーその後に自分が言った言葉は、我ながららしくない物だと思う。
「………ねぇ、RD」
「ん〜? ティアナちゃんっすか? そっちから声を掛けて来るなんて珍しいっすね、明日は雨でもーー」
「…………ちょっとだけ、背中貸して」
「…………オレの背中以外にも借りる背中は幾らでもあると思うっすよ?」
「………あんたので、我慢して上げるわよ」
「素直じゃないっすね」
「……うっさい」
「まっ、オレの背中で良いなら問題無いっすけどね」
そう言って、RDは夜空を見上げる。
ーーーー月が綺麗っすね、だからオレは暫く夢中で星座とか探してるんで今からはなーんにも聞こえないっす。
ーーーーだから好きなだけ泣くと良いっすよ。