今回でブレンのターンは終了、次回から新人達。
第二百十五話 再会
足元に転がる心折れたクローン。彼女の身体能力の高さは確かに神であった。
が、しかし、彼女の精神は赤子そのもの。容易く折ることが出来たし、這い上がる事が出来ぬ様に毒を打ち込んだ。
自分の存在意義、行動理念、彼女が彼女である全てに亀裂を入れて自壊させたのだ。
彼女がそれらを失った証拠に、その瞳からは光が消え、全てを諦めた表情で横たわっている。漫画や小説のような物語の主人公ならば此処までせず、彼女が求める自我と言う物に対して『自我を求めている君、それこそが自分なんだよ』と言った風な事を教えただろう。だが私は正義の味方でも万人を救う人間などでも無い。敵に情けを掛ける程優しくは無いし、道を踏み外した者を元の道に導く様な事もしない。
私は彼女の存在が、人造の生命体とは言え追放した筈の神族が地上に存在する事自体が気に入らない。純粋にそれだけだ。
振り下ろした剣。それは真っ直ぐに彼女の細い首を切断しようとしたのだが、––––––––––それよりも早く横合いから無数の火球が私に迫って来た。
この階には私と彼女の二人きり。この一閃を止める者など誰もいない筈。しかしその火球一つ一つに込められた熱量は、その全てが人間一人を容易に焼殺する力を持っている為、無視する訳にもいかない。
私は地面に横たわる人形を蹴り上げる。肋骨と背骨を粉砕した感覚が足先から伝わると同時に跳ね上げられた彼女は背中に爆炎を浴び、全身が火達磨になる。
呆気ない幕切れで結構。そう思って私の邪魔をした闖入者を討とうとした時だった。
不意に地面からボディースーツを纏った少女が現れ、今しがた火達磨になった少女を掴んで地中へと潜って行った。
水の中を泳ぐ様に現れた少女に気を取られてクローンを攫われてしまったが、その寸前に闇の霧を発動し、クローンの体内に深淵の魔力を潜り込ませておいた。
リミッター付きの闇術故、ウーラシール市民の様に人間性の暴走を起こして変質する事は無いが、想像を絶する苦痛を味わって貰う。それこそ自死を望むほどの苦痛を。
手は打った。心無き人形となった我がクローンには耐えられん代物だ。後は心置きなく私の邪魔をした者の顔を拝む事が出来る、と言っても恐らくは私の良く知る人物だろうが。
懐かしき気配。厳格そうな空気を放つ彼は十年の時を隔てても変わる事は無い。『ゼスト・グランガイツ』は其処に立っていた。
「……相変わらず苛烈な男だな、お前は」
「お久しぶりです隊長、お元気そうで何より」
「ちょっ、旦那? 彼奴めっちゃくちゃ殺気立ってるよ? 呑気に挨拶交わしてる場合じゃないって!! こんな奴さっさと伸して『会わなくちゃいけない人』に会いに行かないと!!」
会わなくてはならない者、私は隊長の隣に浮かぶ赤い小人の様な少女の言った言葉の心当たりを探る。当時の隊長の交友関係を考えれば中将閣下が妥当だろう。個人的には是非に会って貰って話し合いなり殴り合いなりして貰って結構なのだが、今は残念ながらそれ所では無い。
「感動の再会が目的の様ですが、今はそれどころでは無いのはお分かりで?」
「分かっている。だが俺も時間が押していてな、道を開けぬと言うのであれば」
斬る、隊長はデバイスの切っ先を私に向けてそう言い放つ。その顔から読み取れる感情は焦り、隊長は何かしら事情を抱えているのだろう。
だが、彼を通してしまうと必ず少なくない被害が出る事になる。陸の将である私がそれを招く様な行動は取れまいさ。
血払いを済ませて隊長に向き直り、太陽の直剣に結晶のエンチャントを施して行く。乾いた音と共に蒼い魔力で編まれた結晶の棘が刀身に纏わり付き、その姿を変貌させる。
「隊長、一つだけ聞かせて下さい、メガーヌさんは生きていますか?」
「……是とも言えるし否とも言える、が、彼女は無事だ」
「そうですか、なら良かった」
目を閉じ、己の意識を切り替える。最早今の私と彼は敵同士、其処に言葉は不要だ。
「ずっと心の中で気に掛かっていた事が聞けた。 此れで私は貴方を躊躇いなく討つ事が出来る様になった。一筋縄で討てると思うなよ、騎士ゼスト。全霊を以って挑むが良い」
「まるで悪役のセリフだな」
彼はそう言った瞬間、横に居た少女とユニゾンし、その手に握られていた槍を炎を纏いながら振るった。
踏み込みと共に振るわれる槍。炎を纏った斬撃は掬い上げる様な逆袈裟斬りを放つ。真っ直ぐに私の首を狙わずに右手首を斬り落とそうとする。
半身を捻り、エンチャントを施した太陽の直剣を振るって斬撃を止める。そのまま彼のデバイスを両断しようと試みるが彼の周囲から火球が放たれ、斬り落とすには至らない。
後方に飛び退くと同時に迫る炎を斬り捨て、左手の杖を振るって闇の飛沫を発動する。
じわりと杖の先から深淵の泥が滲み出す。それを振るって拡散させる様に泥を撒き散らせ、彼の肉体を消し飛ばそうとする。
その瞬間、彼は床を踏み抜きながら跳びのき、俺の放った闇の飛沫を回避する。
歴史に秘匿された外法、伝承にすら残らないそれは初見で回避出来る代物では無いのだが、如何やら彼は私が先ほど放った闇術を見ていた様だ。
深淵の泥による散弾。それは周囲の壁や床を抉り取りながらその脅威をまざまざと見せ付ける。
着弾点の惨状に冷や汗が流れるゼスト。汚染を気にしなければ今よりも遥かに強力な威力を出す事が出来ると言うのだから歴史に抹消されるのも頷ける。
同じ事を思ったのだろう、ゼストは重く短く息を吐き、槍を回して仕切り直しをする。
––––––気配が変わった、命を賭ける気だな?
フルドライブ、それはインテリジェントデバイスの最大駆動であり、所有者の肉体に多大な負荷を掛ける事と引き換えにその性能を最大限に引き出す事の出来る技だ。
地下駐車場の床が爆発する。ゼストの踏み込みによってアスファルトが抉れ飛んだのだろう。確かに超人的な速さだが、目で追える。
直剣の間合いの外から放たれる刺突。私はその切っ先を膝で蹴り上げると同時に踏み込み、胴を一閃。ユニゾンした上でフルドライブ状態のゼストはその一閃を完全な回避行動を取らずに回避、剣先が数センチ彼の肉体を削ったが、その代わりカウンターの一撃を見舞われた。
振り下ろされた斬撃。それは真っ直ぐに私の杖を狙っている。踏み込みの直後からの回避はアルトリウスの聖剣のバックアップ無くしては不可能。しかしデバイスが手元に無い状況で杖を失うのは痛手だ。
故に私は杖を手放し、素手で彼のデバイスの刃を握り、腕力だけで投げ飛ばす、不死人としては中堅クラスの性能だった私だが、人一人を投げ飛ばすくらいは訳は無い。
投げられたゼスト。しかし彼は投げられる瞬間に手刀を放ち私の右手首を粉砕して行った。その後彼は空中で体を回転させ、激突間際の壁を足場にし、近くの柱を利用する事で三角飛びの容量で上階へと繋がる天井の穴へと逃れようとした。
–––––––逃すと、思うかね?
威圧する様にそう呟いた私は服の裏から両手合わせて八本のマジックナイフを取り出し、それを四回連続で投擲。計三十二本のナイフがゼストの行方を塞ぎ、彼の足を止める。
逸らしきれない程大量かつ正確なナイフに対処する為に空中で停止したゼスト。砕かれた右手から放たれた筈のナイフの軌道は全て致命打となる物。対処せずには行かず、そんな彼に向かって二発目の闇の霧を発動。漆黒の濃霧がゼストの身体を包み込む。
長年の経験からか彼は即座に口を塞ぎ、炎で迫るナイフごと霧を薙ぎ払う。闇の霧を吸い込んでは居ないだろうが、傷口からその毒霧は対象の肉体を蝕み始める。
その証拠に、ゼストの肉体はビクリと大きな痙攣を起こして地上へ落下。受け身が取れない程身体の自由の効かない彼はその場で血反吐を吐く。
「チェックメイトかい、騎士ゼスト? もう立てないと言うのならば一思いに終わせるのも人情。辛いなら立たなくても構わないよ?」
砕かれた右腕はダラリと垂れ下がり、無理を押して投げたナイフと手刀の一閃の影響で半分程肉が裂けている。だがその様な事は関係無しに敵愾心、闘争心を煽る為に崩落した天井の瓦礫に腰掛け、余裕綽々と言った風を装って話しかける。
「ほら見たまえ。私の右手は貴方に破壊され、使い物になら無い状況だ。好機じゃないかな? 普段使用している聖剣も無ければ混沌の刃も無い。立てよ、立って見せろよ、騎士ゼスト。 同胞に刃を向けてまでも、嘗ての部下と対峙してでも、確かめなければならない物なのだろう? 虫の様に地に伏したまま終わる気か? まぁ尤も私も気が長い方じゃ無いしこう見えても肩書きの所為で多忙でね。五秒以内に立ち上がらなくてはその身を消し飛ばす」
左手の杖を振るって追う者たちを発動。五つの闇の玉が俺の周囲に展開され、その視線が横たわるゼストに向けられる。
カウントを始める。彼は腕を立て身を起こす。
四秒前、膝を立て、杖を支点として立ち上がる。
三秒前、身体に巡る毒を抜く為自ら動脈を切断。大量の出血と引き換えに全身の猛毒を緩和する。
二秒前、炎による止血。傷口を焼いて塞ぎ、しっかりと前を見据える。
一秒前、両手で槍を構え、その瞬間に備える。
カウントが零となり、追う者たちが人間性を求めてゼストへと飛来。後詰めとして闇の玉と闇の飛沫を放つ。
隙間無き闇術。それは到底防ぎ切る事の出来ぬ代物、オーバーキルだと言うのは分かっているが、如何にも決意を持った人間を試したがる悪癖が出てしまった様だ。
さあ、どう凌ぐのか見せて貰おうか。
悪どい笑みを浮かべ、事の成り行きを見守る私だったが、一つ自身の悪癖の所為で見落としていた事があった。
–––––それは彼はあくまで中将閣下の元へ行く事が目的であり、私を討つ事が絶対条件では無いという事。
質量を持った闇の泥全てにゼストの放つ炎が叩き込まれ、泥を撒き散らしながら四散する。爆煙が舞い上がり視界が遮られる。
しまったと後悔した頃には遅く、既にゼストは姿を消していた。
隠れている様な気配は無い。恐らく上に向かったのだろう。私も随分と鈍った物だな。
ため息を吐きながら肩を落とす私。ドーリー君がデバイスを持って私の元に戻って来たのはその直後だった。
––––––––もう、どうにでもなれ。
身体を蝕む激痛、徐々に薄れ行く命、知った事か、初めから私には何もなかったのだ。
セインのディープダイバーによって命を救われたが興味も無い、何故大人しく死なせてくれないのだ。
「ちょっ、しっかりしなって!! あんな奴に何言われたかわかんないけどさ、何時もの様に威張ってないとアイツを倒せないよ!?」
「……知った事か、私には、私が無いんだ、人形、なんだ」
そう、人形なのだ、ドクターに作り出されたお人形、不死の英雄と言う神のクローン、他者の記憶に埋め尽くされた私に、自己など存在する筈も無い。
あの男の言葉は毒となり、この私を完全に破壊した、驚く程あっさりと、そして確実に。
だからセインの放った次の一言は、夢も希望も無くした私にとって、正に天啓で、崩壊した私の心を立て直す代物だった。
「自分が無いなら、自分を作れば良いじゃん!! 私達だって真っ当じゃないのに自分って奴を持ってるのはそう言う事、諦めて全部投げ捨てた様な顔をすんな!! あんたは私らより強いんだ!! 空っぽな訳無いだろ!! 私が保障する、ラインの乙女は此処に居るって!!」
不思議と、その言葉は私の胸に沁みた。
そして、憑き物が落ちた様な清々しさに包まれた。
ありがとう、セイン。
君のその言葉は私を奮い立たせるに足るだけの言葉だ。
––––––––借りは必ず返す、首を洗って待っていろオリジナル。