第二百二十二話 神を超えし者
リンクスの強襲に戦場が再び混乱し始めた頃、最前線から一直線に地上本部を目指す一人の少女が居た。
それは隻腕隻眼の少女、英雄のクローン、現代に産まれた人造の神、ラインの乙女その人であった。
閃光の様な速さで戦場を駆け抜け、立ち塞がる全てを粉砕する様は戦場に居る全ての人間を戦慄させ、無意識に道を開かせていた。
聖剣の刃は万物を透過し任意の物を斬り捨てる、それが例え魔術的な障壁や物理的な盾であろうとだ。
今の彼女には敵も味方も無い、傭兵であろうと局員であろうと道を塞ぐ者全てが邪魔者、討つべき男まで彼女は最短で突き進む。
一人殺せば悲鳴が聞こえ、二人殺せば命乞いが木霊する、三人殺せば化け物と罵倒が飛ぶ。
淡々と作業的な殺戮を行いながら戦場を駆ける彼女の前に高町なのはが立ち塞がる。
いや、彼女だけでは無くフェイト・テスタロッサ、八神はやての三人掛かりで彼女を抑え込もうと試みた。
だが、その三人を以ってしても完全に神として覚醒し更にその壁を越えた彼女を止めるに到らない。
風のようにすり抜けた、三人がそう感じたと同時に彼女らの胴はなす術無く一閃され、鮮血が噴きあげる。
フェイトの時間停止も間に合わぬ神速、彼女がデバイスに登録していた太陽の光の癒しによって致命傷は塞がったものの、その刹那に後手で光波を放たれ大爆発に巻き込まれた。
クレーターが出来るほど強烈な大爆発、それに飲まれながらも三人はカウンター気味に砲撃を放つ、が。
その一撃は彼女によって誘導された一撃、負けん気の強い者達故、みすみす逃す事を良しとせず必ず反撃を撃って来るとそう読み切られていた。
ラインの乙女はその砲撃を踏み付けて空を跳ぶ、三条の砲撃のエネルギーを最大限に利用した跳躍は戦場を悠々と飛び越えるに足る物であり、月明かりの大剣による奔流が空中での加速を助けた為、既にラインの乙女は追撃不能となってしまった。
なのは達を彼女らの砲撃を利用して飛び越えたラインの乙女はその慣性を殺さない様に空を飛ぶ魔導士や地を這うMTを踏み潰しながら跳んで行く。
加速に加速を掛けた速さ、それは既に人に知覚出来るものでは無くなり、彼らは残像と聖剣の軌跡のみを目に映すのみ。
だからこそ其れは必然だった。
誰にも阻まれる事の無かったラインの乙女は空中で横殴りにされ地面に向けて叩き付けられた。
コンクリートジャングルとも呼べる摩天楼が並び立つ地区に叩きつけられた彼女はアスファルトの大地から起き上がり、自分を止めた者を見る。
灰色の大狼シフ、ルーテシアによって召喚され弱体化していた筈の彼は真の主によって全てを解放されていた。
それは即ち神狼としての存在の解放、ビリビリと肌を刺す威圧感は常人ならば対峙しただけで魂が潰れる程の物、彼の存在はラインの乙女に重いプレッシャーを与える事となる。
人造の神と旧世界からの神狼、格の違いは元より完全にラインの乙女と言う敵を殺害する為にブレンによってあらゆる制約を外されたシフは正に全盛期、その差は圧倒的だった。
だが彼女は退かない、臆せず一歩前へと進み出た後聖剣を構えて斬りかかった。
彼女の標的は自身のオリジナルでありこの世界の唯一神、高々その飼い犬の分際で自分の前に立つな、その様な事を吠えながら聖剣を振るい、光波を放つ。
この娘に言葉は不要、そう判断したシフは摩天楼を足場に残像すら残さず光波を回避、同時に彼女の背後に回り込むとそのまま咥えたアルトリウスの大剣を一閃。
月の光を刃が反射し、美しい軌跡が彼女の首を刎ねようとするも、ビルの窓硝子の反射でソレを見切ったラインはその場にしゃがみ込んで兇刃を回避し、二の太刀に合わせてその剣の腹に跳び乗った。
シフの戦慄と同時に彼女は剣の腹を走り、シフの額に向けて魔力を込めた聖剣を振り下ろす。
彼は咄嗟に咥えていたアルトリウスの大剣を手放すと同時にそのまま左手を叩きつけ、剣の腹の上でそのまま板挟みにし彼女を挽肉に変えたつもりだった。
しかし、彼女は咄嗟に聖剣を咥え、左腕一本でシフの拳を受け止めていた。
元々神とはそれ単体で完成している存在、故に本来ならば劣化も成長もあり得ず外的な要因で弱体化しようとその本質は変わらない、ラインの乙女を除いては。
彼女は元より人造の神、不完全な神でありそれ故に完成された神となっても爆発的に成長する事が出来る、否その様に造られた。
その事を悟ったシフは飛び退くつもりだった様だが、回避しきれずに蒼い奔流に呑まれる事になった。
聖剣の奔流、解放された魔力はシフの巨体を軽々と弾き飛ばし、左前足を丸々一つ消滅させる。
衝撃で跳ね上がったシフの身体、このままでは追撃を受ける為彼は宙返りをし、近くの電柱を足場にその場から大きく離れる事で光波の射程範囲から遠ざかる。
直後シフの右前足が投げ付けられたアルトリウスの大剣に射抜かれ、地面に釘付けにされた。
そしてコレがシフが認識した最期の光景であった。
地面に聖剣を突き立て、星の魔力を直接収束したラインの乙女は地面を引き裂く様に剣を振り上げ、収束した魔力を全て巨大な光波として前方全てを薙ぎ払った。
それによって産まれた光波はさしもの神狼も耐える事が出来ず、召喚時にブレンが触媒として使用したアルトリウスの聖剣、聖盾を残し跡形無く消し飛ばされた。
成長する神、その存在は既に正面からシフを下すほどの者となった。
返り血を拭いながら其れ等を拾い集めた彼女はシフと斬り結んだにも関わらず一切の疲れを見せず、戦いの痕を一瞥した後その場を去った。
スカリエッティの元に向かっていたブレンはシフが討たれた事を感じ、足を止める。
彼のソウルが込められた聖剣や聖盾があれば何時でも再召喚は可能ではある、しかし問題は全盛期のシフが敗れた事。
彼は神狼、しかもこの世界の理に縛られないようにその力を解放した状態だった。
文字通りの速攻、一瞬で粉砕された事から彼女の実力はロードランの神々に匹敵する程となった、そう判断したブレンは覚悟を決めた。
その瞬間壁が吹き飛び、シフを下した少女が彼の前に立ちはだかった。
「…………認めよう、君は今この瞬間私の全力を以って滅ぼすと決めた」
「今更何を言っているんだ貴様は、どの道我々は分かり合えん存在では無いか」
「人形の分際で好きに暴れてくれた物だ、きっちりとジャンク品にしてやろう」
「人形、か。 残念だがそれは違うな」
「違う? よもや自分は人間だとでものたまう気かね?」
「いや、そうじゃ無い、もっと簡単なものさオリジナル」
左手の聖剣を突き付け、ラインの乙女は告げる。
「今貴様の前に立ちはだかったのは唯の剣士だ、そして貴様はその剣士によって敗れ去る」
「フッ、フフッ、クククッ、ハーッハッハッハッ!!」
ラインの乙女のその言葉を聞いたブレンは顔を覆いながら高笑いし、不意打ち気味にデバイスへ格納していた大王の大剣を振り抜いた。
刎ね飛ばされたのは意外にも剣を振るったブレンの右腕、流石に予想外だったのかブレンはきょとんとした顔をしながら自分の腕を見る。
「成る程カウンターを合わせられたか、元が私なだけあって不意打ちには敏感だな」
「余裕だな、既に大王の大剣も私の手中なんだぞ?」
そう言ってラインの乙女は自分の腕と目を始まりの火の力で再構築させ、大王の大剣とアルトリウスの大剣の二刀流でブレンを睨む。
「最早貴様には聖剣の類いは無い、何が出来るというのだ!!」
「かも知れんな、だがしかし言ったはずだぞ? 私は〝全力〟で滅ぼすと」
そう言ったブレンは左腕を伸ばし
その瞬間、ブレンの身体が燃え上がり、彼の身体に纏われた鎧が焼け爛れ歪み痩せさらばえたあばらの様に似た物に変質し、そして空間が捻じ曲がり始まりの火の炉へと落ちたのだが、其処は嘗てとは全く別の場所だった。
「砂…浜?」
「此処は世界の根源、あらゆる物の原点だ」
ラインの乙女の視線の先には焼け爛れた鎧を着込んだブレンが立っている、その圧倒的な神格は空気が灼ける様な錯覚を感じさせる程の物。
「さて、冥土の土産に君だけにはこの世界の真相を教えてやろう」
「私はそんな物に興味は–––––」
「まぁ聞いておけ、どの道私に勝とうが負けようがこの場に来た時点で貴様は〝獣〟に目をつけられた、腹を空かせた獣の餌になる事に変わりが無いのだからな」
そう言って、ブレンは獣について話し始めるのだった。